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森を育て、人を育てる〜「富良野自然塾」の試み|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from 北海道 vol. 29 2006.08.03 森を育て、人を育てる〜「富良野自然塾」の試み

北海道富良野市。旧富良野プリンスホテルのゴルフ場跡地で始まった、「富良野自然塾」の活動が注目されています。
旧富良野プリンスホテルのゴルフ場といえば、かつては、アーノルド・パーマーが設計したことでも知られた名門コースでした。その6ホール分、約35ヘクタールに50年間で15万本の木を植え、壊された森を、再び森へと還そうというのです。また、そのフィールドを使って、体験型の環境教育を実践。この「富良野自然塾」を立ち上げ、塾長を務めるのは、脚本家の倉本聰さんです。
初夏の北海道。遠く十勝岳と大雪連峰を望むその地を訪ね、始まったばかりの「富良野自然塾」について、倉本さんにお聞きしました。

目次へ移動 地球の奇跡を知り、扉を開ける

富良野自然塾

旭川空港から車で約1時間。富良野西岳の麓に建つ旧富良野プリンスホテルの裏手に、「富良野自然塾」のフィールドはあります。

活動の柱は大きくふたつ。ひとつは、植樹をして自然の生態系を回復させる「自然返還プログラム」。もうひとつは、フィールド内の様々な仕掛けを使ったワークショップで自然の大切さを実感させる「環境教育プログラム」。

活動が本格的にスタートしたのは、今年6月のことですが、既に2000人以上の人が各プログラムに参加したといいます。

「地球が他の惑星とは異なる奇跡の惑星だということ、だからこそ大切にしなければならないということを、頭ではなく、体で、感覚でわかってもらいたい」と倉本さんは言います。

学ぶということの方向性を変えたいんです。森の中に入って、森の木の名前を覚える必要なんてないんです。それは、知りたくなったら知ればいい。まず地球の不思議を体験し、本筋を知ってもらうことから始める。自然塾の活動は"環境に目を覚まさせる扉"だと思っています。扉を開けたら真っ暗闇だったから帰る、というのではなく、真っ暗闇の中に飛び込んでみようよ、ということなんです」

目次へ移動 体験がすべての始まり。- 環境教育プロブラム

倉本さんの言葉の意図は、実際に「富良野自然塾」のプログラムを体験してみるとよく分かります。と言うよりも、本当のところ、体験してみないと分からない......

活動の柱のひとつ、「環境教育プログラム」は、まず息を止め、自分たちが呼吸によって取り込む酸素の必要性に、改めて気づくことから始まります。息を止めて数十秒もすると、当然ながら苦しくなってきます。酸素が体に入ってこなければ、2、3分で私たちは死んでしまう生き物。その酸素をつくっているのは、森の木々の葉だと教えられます。風にそよぐ葉の音に耳をすましながら、そのことを認識し直す瞬間は、周囲の自然にガツンと頭を叩かれるような、まさに、目の覚める瞬間でもあります。

次に、五感を取り戻すいくつかのプロセスを体験します。嗅覚や触覚、ふだんの生活で視覚偏重に陥っている都市生活者にとって、五感を取り戻すプロセスは学びの前の準備体操のようなもの。その後、地球と月と太陽の距離、大きさや引力の関係、地球の表面積に占める森や海の比率など、地球がいかに奇跡的な惑星で、危ういバランスの上に成り立っているかを学んでいきます。森の中に点在する石のオブジェを使って、分かりやすく、直感的な表現で伝えられる地球の姿。それは、「知っているつもり」だった自分たちの住処、地球に対する驚きの連続です。

参加者同士が声をかけあい、目隠しで歩く「裸足の道」。足の裏の感覚だけではなく、触覚や聴覚など視覚以外の感覚が一気に目覚めていく。

フィールド内に設置された1mの石の地球は、屋外授業の教材のひとつ。写真は私たちの案内をしてくれた「富良野自然塾」の林原博光さん。自然塾の教頭先生だ。

1mの石の地球の約30m先には、同じ縮尺で表現された月が置かれている。
宇宙に浮かんで地球と月の関係を俯瞰して見ているような不思議な体験だ。「この縮尺だと、太陽は約12km先、あの辺り」と森の向こうを指差され、想像力がフル回転。倉本さんは当初、12km先に太陽を表す気球を浮かべることも考えたという。

目次へ移動 1歩1千万年。踏みしめて歩く「地球の道」

「環境教育プログラム」のハイライトとなる体験が、「地球の道」散策です。「地球の道」は、地球46億年の歴史を460mに縮めた道。「1歩1千万年ですよ」と言われると、踏み出す足に重みが...... 
インストラクターの解説を聞きながら、この道を30分ほどかけて歩くと、高熱、凍結を繰り返し、生物が誕生し、恐竜時代や氷河期を経て現代に至る、長い長い地球の歴史の全体像が、感覚的に捉えられるようになっています。

46億年が460mだと、現世人類(ホモサピエンス)が登場してから現代までの20万年は、ゴールの手前のたった2cm。20世紀の100年間なんて 0.01mm。もう、線で示すこともできません。460mを歩き終え、この先に続くであろう道を目の前に思い描くとき、その道に人類の歴史が記されているか、否か。思うこといろいろ、普段と全く違うスケールで、地球や時間と向かい合うことができます。

目次へ移動 想像力を刺激する、伝え方の重要性

「環境問題というと、理科系の人たちが出てきて、専門的な言葉を使い、数字ばかりで説明しようとする。それではわからないし、科学アレルギーのようになってしまう。環境問題を一般の人にわかりやすく伝えるためには、どんな表現をすればよいのか。そこを考え、変えていくことが、環境に対する突破口だと思うんです。

数字ではなく、イメージできる言葉を使って伝える。たとえば、あの木は樹齢30年、と言うより、あの木と君と、どっちが長生き?と聞く。最初にデータを与えてしまうと、データが全てになり、想像力が衰退してしまう。もっと噛み砕いて、言葉を選んで、絵として頭に入ってくるような比喩を使っていかなければダメです。

我々は地球の道の解説で"地球温暖化"ではなく、"地球高温化"という言葉を使っています。温暖という言葉は"暖かくて快適"という意味で、現在の切迫した状況を伝えるのには不適切。いや、不謹慎ですよ。言葉の問題は大きいと思います」

「地球の道」の沿道に並べられたオブジェはすべて、倉本さんのアイディアを形にしたもの。インストラクターによる解説のベースは、倉本さんが書き下ろしたシナリオです。参加者の年齢や人数、その時々の反応に合わせてインストラクターが適宜演出を変え、分かりやすく、面白く、解説してくれます。それはまるで、「地球の道」という演劇の屋外公演のよう。

実は「富良野自然塾」のインストラクターは、倉本さんが主催する脚本家と役者の養成学校「富良野塾」の卒業生たち。想像力を刺激する伝え方の上手さ、楽しんで過ごせるような工夫の数々は、倉本さんの元で鍛えられた表現のプロならではの質の高さを感じます。

倉本さんが主催する「富良野塾」の卒業生がインストラクターとなり、ひとり芝居さながら、ユーモアを交えながら地球の成り立ちを説明してくれる。

目次へ移動 なぜ木を植えるのか。- 自然返還プログラム

では次に、「自然返還プログラム」について。冒頭でも書いたように、「50年で15万本の木を植え、森に還し、自然の生態系を回復させる」という、壮大かつ前例のないプロジェクトに参加するカリキュラムです。

森で採った種から育てた苗や、フィールドで自然に育ちつつある木の苗を数種類組み合わせ、主にカミネッコンを使って植えていきます。カミネッコンとは、北海道大学の名誉教授である東三郎氏が開発した段ボール製の植樹用ツール。

森で種を拾い、育てるところから「自然返還プログラム」は始まっている。たとえばカエデが5cm程度の高さの苗になるまでには、3年近くかかるという。

この「自然返還プログラム」で倉本さんが大切にしていることは、「なぜ森へ還すのか、なぜ木を植えるのか、その目的をはっきりさせること」だと言います。

「何のために木を植えるかといえば、それは、"葉っぱ"が欲しいから。なぜ"葉っぱ"が欲しいのか。それは"空気と水"をつくってくれているものだから。木を植える理由の多くはこれまで木材のためだった。木材はお金になるから。"葉っぱ"はお金にはならないけれど、私たちが生きていく上で一番大切なものをつくっている。だから"葉っぱ"のために木を植える。"空気と水"のために森を育てる。ただ森林再生といっているだけじゃ、ダメだと思うんです

木々の葉が太陽の光を浴びて光合成を行い、二酸化炭素を取り込み、空気中に酸素を放出しています。森の地面に水が蓄えられるのも葉のお陰で、雨を受ける傘のような役割もするし、地面に降り積もって、湿ったスポンジのようにもなってくれる。木を植える前に、そのことを思うと思わないとでは、力の入れようが随分変わってきます。

軍手をして、スコップを持って、大地と格闘し、汗を流して木を植える。写真で見るより、ずっとずっと重労働。言うとやるとでは世界が変わる。大人も子どもも夢中になって、葉っぱのつくり手になる。

目次へ移動 森は自らの力でも森に戻ろうとしている

ところで、準備期間も含めたこの1年間、フィールドに出て倉本さんが一番気になったのは、実生(みしょう)の生命力だったといいます。実生とは、接ぎ木や挿し木ではなく、自然にまかれた種子から芽を出し、成長した植物のこと。フィールドのあちらこちらに、その実生を見つけることができます。

実生があれだけあるということは、つまり、森は勝手に森に戻ろうとしている。50年で15万本と言って始めたけれど、実際には50年かからないと思います。

僕の自宅にあるハルニレは、15年くらい前に植えた木なのですが、今年初めて種をつけ、まき出した。植えたときは1mくらいの苗木で、芽を出してから5、 6年たっていたとすると、15年+5、6年。つまり、20年くらい経つと種をまき出すわけです。自然塾のフィールドでも同じことがおこるでしょう。

そうなると、僕らがひとつひとつ種を拾い、育てて植えているよりも、はるかに早く、自然の力で森に戻っていく。下草刈りをして種が芽を出しやすいようにしたり、育ちやすいように間伐をしたりする必要はありますが、僕らは森の手助けをするに過ぎないのだと実感しています」

フィールドで拾ったハルニレの種と、植樹の際に見つけた実生。「長年農薬漬けだった不毛の土地にも芽を出す、実生の生命力はすごい」と倉本さん。

目次へ移動 開発地の今後の選択を変える、大きな布石に

「環境問題へのひとつの突破口として、富良野自然塾をつくってみて、これを面白いと思った人がいたら、いろんなところにつくってくれればいいと思っています。

森が増えれば、環境は確実に変わるんです。地球全体のことを考えると、本当は、うちの自然塾の35ヘクタールでは、屁の足しにもならないんですよ。北海道では閉鎖されるスキー場がこれからどんどん増えていくことになりますが、スキー場の削られた山だって森に戻すことができるはずでしょ。この事例に着目した取り組みが、日本のみならず、世界中に広がっていって欲しいと思っています」

開発によって壊された森を、多くの人の手と、長い長い年月をかけ、森に還すというストーリーは、時代や価値観の変革を象徴しているように感じます。木を植えるとき、きっと誰もが心も植える。そのことで人が集い、新たな輪が生まれ、持続できる社会の礎を築く、という活動の事例は、開発地の今後の選択を、大きく変える可能性を持っています。

目次へ移動 富良野にいらっしゃい

最後に、地球リポートの読者へのメッセージを倉本さんにお願いしたら、
「とにかく、富良野にいらっしゃい」
と間髪入れずに、きっぱりひと言。「体験してもらうしかないですから」と言って笑った後で、こう加えてくれました。
「頭で考えないで、泥の上に、地べたの上に一歩を踏み出すこと。結局、環境問題に対して一番強いのは、黙って実践している人が、増えていくことしかないんです」



倉本聰(くらもとそう) 略歴
1935 年東京生まれ。東京大学文学部美学科卒業。1959年ニッポン放送入社。1963年に退社後、シナリオ作家として主にテレビ作品の執筆を手がける。 1978年から富良野に暮らし、脚本家と俳優の養成学校、「富良野塾」を主宰。2005年、「SMBC環境プログラム C・C・C 富良野自然塾」を設立。2006年6月よりフィールドでの本格的な活動をスタートさせる。
代表作に「前略おふくろ様」「北の国から」「昨日、悲別で」「優しい時間」などのテレビ作品、「冬の華」「駅」などの映画作品をはじめ、「ニングル」「谷は眠っていた」など著書多数。

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C・C・C 富良野自然塾
http://furano-shizenjuku.yosanet.com/
北海道富良野市北の峰町17番51号
電話:0167-22-4019
FAX:0167-22-5385
Mail:shizenjuku@furano.ne.jp



写真素材提供 C.C.C 富良野自然塾
取材・写真 Think the Earthプロジェクト 上田壮一
取材・文  Think the Earthプロジェクト 岡野 民

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