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2002.10.23 パレンケの若者たち
2002.10.20 キューバの路地裏の少年たち
2002.10.15 第2回「蹴球祭」
2002.10.11 ラスパルマス: 本気のサッカー
2002.10.06 マルセイユ: サッカークラブ
2002.10.01 トルコサッカー
2002.09.23 マッサワ: ピースボール発祥地
2002.09.21 ペットボトルサッカー教室
2002.09.16 コーチン: サッカー交流
2002.09.14 サッカー大会「蹴球祭」
2002.09.10 フィリピン・パヤタス地区
2002.09.09 マニラ北東部: 子どもたち歓迎
2002.09.06 ほのぼのサッカー
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 | 2002年10月20日 キューバの路地裏の少年たち
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ラスパルマスからの長い航海を経てオリビア号は大西洋を横断、「カリブ文化の中心地」キューバのサンティアゴ・デ・クーバに寄港した。
キューバ、と聞けばやっぱりサッカーよりも野球、というイメージが強い。事実、キューバの国技は野球。オリンピックでも毎回、好成績を残している。では、サッカーについてはどうだろう。知っている人は少ないだろうが、実はキューバは1938年のフランスW杯に出場している。しかし、現時点ではこれが最初で最後のW杯。中米にはジャマイカやメキシコ、コスタリカといったサッカーが盛んな国が多いものの、キューバではやはり「サッカーより野球」らしい。僕は町中でキャッチボールをする子どもたちをイメージしながら船を降りた。
港から市街地までは歩いて10分ほど。市街地へ向かう道の両脇には、かなり古そうな建物が並んでいる。中には壁が崩れかけているものや、窓ガラスが割れたままの家もある。後で聞いた話だが、サンティアゴ・デ・クーバ市でも、どちらかと言うと「貧しい」人たちが住んでいる地区だという。そこで僕は、路地裏でサッカーをしている子どもたちに出会った。「キューバと言えば野球」というイメージで歩いていた僕にとっては、サッカーをしていることが驚きで思わず足を止めてしまったのだが、よく見れば、彼らは裸足、しかもサッカーボールではなく、直径15cmくらいの小さなゴムボールを蹴っている。普通に蹴ってもまっすぐ飛ばないし、小さくて蹴りづらそうだ。ルールはいたってシンプル。道端にレンガを2つ置き、ボールがその間を通ればゴール。地面はアスファルトだし、ラインだって無い。それでも彼らは必死に、そして、すごく楽しそうにボールを追っている。その様子を見て、僕は急いで船に戻った。
船からサッカーボールを1つ持って、また彼らのところに戻る。本物のサッカーボールでサッカーをして欲しい――ボールを追う彼らを見てそう考えたからだ。カタコトの英語とボディーランゲージで僕がなぜサッカーボールを持ってきたのかを説明し、それからは僕も一緒にボールを蹴った。子どもたちは小さなゴムボールに慣れてしまっているからか、サッカーボールは大きすぎて蹴りづらそうに見える。それでも、本物のサッカーボールを蹴る、というのはやはり気持ちのいいことなのか、それとも僕のような「外国人」と一緒にサッカーをするのが珍しくて楽しかったのか…俄然いきいきとした表情になり、時には大きな声を上げてボールを追いかける。気が付いたら2時間以上も僕は彼らとボールを蹴っていた。
翌朝、僕はもう一度彼らに会うために、また同じ路地裏に足を運んでみたのだが、子どもたちはいなかった。すると、前日に僕が子どもたちとサッカーをしている様子を見ていたというおじさんが「あの子たちなら、家にいるよ」と案内してくれた。案内された家の前でサッカーボールを蹴っていたのは、一緒にサッカーをした子どもたちの中で一番リフティングが上手かったアルベルと、ひときわ大きな声を出して走り回っていたデイブの2人。おじさんの話によると、2人は暇さえあればサッカーボールを蹴っているという。
僕たちはこのクルーズに、日本全国各地から送ってもらった約1000個のサッカーボールを乗せている。1000個――それはとても大きな数字だ。しかし、1つ1つ、全てのサッカーボールが「歴史」を持っている。どれも、明日のスタープレイヤーを目指す子どもたちや、各地のサッカーチームで大切に使われていたボールだ。先にも書いたようにキューバはサッカーが盛んな国ではない。でも、こうして路地裏でボールを蹴っている子どもたちがいる。僕たちにボールを託してくれた日本のサッカー少年たちに、「地球の裏側」でボールを蹴っている子どもたちのことを伝えられたらいいな、と思った。(PEACE BALL project スタッフ: 岡部直樹)
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