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専門家に聞いてみた!

市田則孝さんバードライフ・アジア代表

●渡り鳥の魅力とは

 渡り鳥というのは、国境を越えて長い距離を自分の力で渡っていく鳥たちのことです。たとえば、私たちバードライフのシンボルマークにもなっているキョクアジサシという鳥は、北極で繁殖して、南極まで何万キロも渡っていくわけです。なんでそんなことをするんだろう。どうやって飛ぶんだろう。これはロマンだと思うんですよね。チョウも好きだし、魚も好きです。でも、渡り鳥は生きもののなかでもスケールが大きい。そこがロマンなんだと思います。

キョクアジサシ
提供:バードライフ・インターナショナル

●渡り鳥は自然からのサイン

 渡り鳥のことが少しわかってくると、東京にいても、自分のまわりで、「あー、あの鳥がやってきたな」とか、動いている感じがする、生きている感じがするんです。8月半ばごろになるとモズが鳴く。そうすると「あ、秋が始まるな」と思います。その後、しばらくするとツバメがピューっと飛んでいく。「あ、南に行くんだな」とわかる。11月頃、今度は夜にツグミがクッィクッイと鳴くと「お、シベリアからやってきたな」と思う。だんだんわかってくると、今度は待つわけですよ。5月の初めころになると、いろんな鳥たちが南の方から帰ってくるでしょ。その頃、事務所から家に帰る時に、なんとなく耳をすましているわけです。そうすると、「キョッキョ キョキョキョキョ」と鳴きながら飛んでいくやつがいるわけです。ホトトギスですよ。あの鳥は夜渡って、なおかつ大きい声で鳴くからすぐわかる。「今年も来た来た!」って(笑) 遠くまででかけなくても、鳥たちが季節の移り変わりを教えてくれ、世界とのつながりを感じさせてくれるんですよ。

●鳥たちに国境はない

 渡り鳥は、どこからくるのか、どこへ行くんだという疑問がありますよね。最近、衛星追跡の方法が開発されて、小さな発信器を渡り鳥につけて人工衛星で追いかけるようになりました。毎日毎日、どこを飛んでいるのかすぐにわかるんです。これはスゴイです。
 昔は鹿児島から飛び立つツルを調べようと思って、モーターグライダーで追いかけたことがあります。これは大変でした。対馬の先まで追っかけたところで、人間は国境を越えられないから、そこで戻らなければならなかったけど、ツルは飛んで行っちゃう。それなら韓国に話をして、「日韓渡り鳥条約」を作ろうって提案したりしてね(笑)。人間は国境を越えるのは本当に大変です。

 衛星で追跡すると鳥たちのルートが鮮やかにわかってきました。こういう渡り鳥の道のことをフライウェイといます。鳥たちが、一番飛びやすい所を選んで飛んでいる。そこで、鳥たちが飛んでくるところを結んで、それぞれの場所の関係者が集まって、鳥たちの移動ルートの自然保護をやろうというフライウェイ・ネットワークというプログラムを呼びかけました。ツルのネットワークとか、ガン・カモのネットワークなどがあります。
 このフライウェイ計画については、日本とオーストラリアの政府がお金を出して、この10年くらい続けています。北朝鮮も韓国もロシアも参加していて、会議のためにひとつの部屋に入ると「ここでは政治的なことは言わない。鳥にとっては国境は無いんだから、僕らも関係無しで行こう」って言ってね(笑)。面白いのはね、鳥のこととなると、国境なんかなくなっちゃうことです。テーブルについたとたんに、みんな鳥の話ばかり。鳥を見に行ってもみんなで盛り上がる。どうやって守ろうとかね。機材をお互いに分け合ったり、図鑑を一緒に作ったりしようなど、話がどんどんと膨らんでいくんです。

●日本の役割は?

 (左の地球儀を見てもわかるように)鳥たちの道=フライウェイは南北にわたっていることが多いので、たとえばヨーロッパとアフリカの研究者の間では、ものすごく活発に交流が始まっています。中南米に関しては、カナダとアメリカが行っています。ではアジアは、どうか。日本がもっと中心にならなければならないし、期待もされているのだけど、なかなか国際協力の中心になるのは苦手ですね。
 日本の人たちが、タイとかベトナムとかマレーシアに行って、積極的に交流をして欲しいと思っているんですよね。アジアに行くと、ドイツ、スウェーデン、イギリスなどの若い人たちが現地に住みついて一生懸命活動しています。このごろ日本人もみかけるようになってきましたが、まだまだヨーロッパのレベルには追いつかない。バードライフ・アジアという組織は、そういうことを、どんどんやりたいと思って活動しています。

●子どもたちができること

 イギリスの野鳥の会(RSPB)は、会費を払う人が100万人もいて、遺産の寄付が毎年20億とか30億円とか入ってくるんです。そのお金でインドやタイなど、世界中の自然保護に協力している。何でそういうことが可能になっているのかというと、実際に自然の中で体験している子どもたちが多いからではないかと思うのです。放送局のBBCとタイアップして、スプリング・ウォッチ(春を探そう)、オータム・ウォッチ(秋を探そう)というような大キャンペーンをやっていて、子供達が参加して、それこそ一生懸命活動しています。
 子どもの時に自然が好きになると、中学、高校で一時期関心が薄くなっても、社会人になってかなり戻ってくる。そういう子どもたちが、役所に入ったり、企業に入ったりして中核になってくると、自然保護に対するサポートの意識も大きく違ってきます。一番、感受性が豊かな時に、とにかく山に行ったり、海に行ったり、花を見たり、鳥を見たりするということが、とても重要だと思っています。勉強ではないので、鳥の名前を覚えなくてもいい。どんな声で鳴いているか、どんな行動をしているかを覚えていてもらうだけで、20年後、30年後の日本を変える力になると思います。

●渡り鳥が直面している問題

 夏鳥がいなくなってしまったことはとても心配です。30年ほど前、6月の軽井沢では、朝、森に行くと30種類くらいの鳥の声が聞こえてきました。あまりにもたくさんの鳥が一度に鳴いているから、どれがどれだかわからず、人にも説明ができなかったものでした。ところが今、同じ時期に軽井沢に行っても、「今あそこに鳴いたのがホオジロ、あっちで鳴いているのはカッコウ」と簡単に説明できてしまいます。私は、化学物質(環境ホルモン)が関係しているのではないか? と疑ってきました。いろんなことがあって、自然が病んでいるのだと思いますね。夏鳥は20年前に比べて、1/10に減ってしまった。世界中のどこの人たちも同じことを言い出しています。そこで、今年くらいから世界中が協力して調査しようという話になっています。

●解決のカギは何でしょう?

 自然保護と一口で言っても、どの地域を優先的に保護するのか? ということになると、なかなか大変です。私は、バードライフ・インターナショナルが実施している、IBA(Important Bird Areas=野鳥たちにとって重要な生息地)を守るという活動しかないと思っています。同じモノサシで世界中の自然を測ることができるのは、実は鳥しかないんです。鳥は食物連鎖でも上位にいるため、指標としてもわかりやすいのです。

 また、日本で温暖化のことがこれだけ動き始めたのは、みんなが関心を持ったからだと思います。関心を拡げていくためには、色々な視点を持った人が参加してくれることが大事だと思います。いかんせん野鳥が好きな人は、人に関心が無いことが多い(笑)。最近は教育とかコミュニケーションに携わる人たちが環境問題に関心を持つようになってきました。別の視点を持った人たちが、門を開ければ、そこに新しい道ができます。
 30年前は、野鳥の会なんて誰も知りませんでした。「鳥を守るなんて、なんで?」という反応でした。いまは、バードウォッチング人口もすごく増えました。そう考えると、15年後、20年後は今よりずっと違ってきているかもしれません。

●地球ってどんな星?

 「地球はひとつで、国境が無い星」だと思います。鳥は国境など関係なく飛んでくる。鳥たちの問題で人が集まると、みんな同じことを考えていて、国境など関係ない。
 さらにいえば、日本人の自然への意識や感性は素晴らしいと思うのです。ウグイスが「ホーホケキョ」と鳴くと、日本人はみんなジーンと来ますけど、欧米人はその目で見ないと、ウグイスがそこにいたことにならない(笑)。日本ならではの感性や知識を世界に伝えていくことも大切なことでしょう。そうして世界中の個人、企業、国がお互いに協力しあいながら、鳥たちの生きていく場を保護するようになって欲しいと願っています。
たくさんの自然体験をしてください!
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