2014.03.10 Tweet

from 福島県 vol. 67 音楽の力で福島復興を 〜南米からやってきたエル・システマの取り組み

目次へ移動   再会、そして心を合わせる

 相馬市では震災で458人が亡くなりました。親を亡くした子は44人。福島第一原子力発電所からの距離は45キロあり、避難区域ではありませんでしたが、市民は風評被害の影響を大きく受けています。被害の集中した沿岸部や、避難指示解除準備地域の小高区や浪江町などから避難してきている人たちも市内に多くいます。

067-006.jpg 旧藩校で、震災直前に純和風建築として再建された中村一小。同校を背景に咲き誇る中村城跡お堀側の桜 (c)FESJ/2012/Yutaka Kikugawa

 エル・システマジャパンの活動を始めたとき、「 室内で体を動かせるのがいい 」と話した保護者が少なからずいたと言います。 外遊びが思うようにできない育ち盛りの子どもたち 。事故からまもない頃は、外で遊んで泥がついてしまった服を、母親を心配させないようにこっそり着替えてきたことがあった―、そんな胸の詰まるエピソードも耳にしました。

 2013年夏からエル・システマジャパンの弦楽教室でバイオリンを始めた小学3年生の中川楓くんは震災当時、幼稚園年長組でした。

067-007.jpg 中川颯くん(奥)と魁くん(手前)兄弟と母親のこずえさん

 幼い頃同居していたおばあちゃんの家は全壊し、卒園式も中止に。さらに原発事故を受けて秋田に避難と、本来なら小学校入学を控えてワクワクするはずの時期を、先の見えない混乱の中で過ごしました。「震災で友だちとバラバラになってしまったんです。だからエル・システマでようやく再会できた友だちも多くて、子どもも親も喜んでいます」と母親のこずえさん。

 相馬市と協定を結び、市教委をエル・システマジャパンが支援する形で始まった活動は、2013年夏には既存の放課後クラブ活動への支援に加え、相馬子どもオーケストラの週末の弦楽教室も軌道に乗り、市内の小中学校から100人近くが参加する一大教室になりました。

 「お兄ちゃん(お姉ちゃん)がやっているから」と未就学児の妹や弟が参加する形で年齢幅も広がり、 学校や部活の枠にとらわれない子どもたちの「居場所」としての意味合いも高まっていった のです。

067-009.jpg 「遊び」から始めて、音楽の楽しさを体験するのがエル・システマ流。教室には笑い声が響きます (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

067-010.jpg 経験者の子どもが初心者の子どもに教える「ピア・ラーニング」 (c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

067-011.jpg 紙製のバイオリンを親子で楽しく工作することから始めて、楽器の扱い方を学びます (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

 弦楽器の楽しさを尋ねると、多くの子どもたちが「音が重なり合ったとき!」と答えてくれます。仮設住宅から通ってくる子もいるなど家庭環境は本当に様々な中、 仲間と音を合わせることで元気が出たり、気持ちが落ち着くといった効果は計り知れません。

次へ