2009年07月23日

給水オアシス・スタッフおすすめルート

みずのがっこう

みずのがっこう給水オアシスが8月1日から始まります!

7月ももう終わりに近づき、いよいよ夏本番になってきました。そんな中、今年、給水オアシスが集中している、東京都渋谷の街を巡って写真を撮ろうと、カメラを片手に出かけてきました。出かける前に色々調べてみたのですが、渋谷は昔、水が豊富にある街だったということがわかり、街を歩きながら歴史を感じ、写真を撮ることができました。

私が調べた渋谷の街と、水とゆかりのある歴史をまとめてみたので、今年の給水オアシスのテーマ「水とゆかりのある街をめぐろう」の参考になればと思います!

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東京都渋谷に、渋谷川という川が流れています。
昔は新宿御苑方面から、穏田川(おんでんがわ)、宇田川、上原川、「春の小川」のモデルとも言われる河骨川(こうほねかわ)に流れていました。現在は、大きな源頭水源がないため、新並木橋のところで下水を高度処理した水が流れていて、そこ以外はすべて暗渠(あんきょ)化され、東京都下水道局が管理する下水道になっています。
※暗渠→地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路。(参考:大辞泉)

今回はその中でも原宿にあるキャットストリートに流れていた「穏田川」と、明治神宮の中にある井戸を紹介していきたいと思います。

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明治通りと並行して渋谷と表参道を結ぶキャットストリートの入り口に、「参道橋」と書かれたコンクリートの柱を見つけることができます。かつてはここに橋が架かっていたことを思わせ、そのままキャットストリートに入っていくと、なだらかなカーブの歩行者専用道路を見ることができます。途中「穏田橋」と書かれたコンクリートの柱も見受けられ、ここでもかつて川が流れていたことを連想することができます。ここが昔、穏田川という川だったのです。

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明治中頃は直径6.5mの大きな水車に杵を57本も連結して米搗(こめつ)きを行っていました。しかし、時が流れ、水車業はおとろえ、ほとんどの水車が大正のおわりころまでにすがたを消しました。
※米搗き→玄米をついて白米にする作業。また、それをする人。(参考:大辞泉)

穏田川は1964年の東京オリンピックの開催の年に暗渠化され、現在はアスファルト舗装の道路になっており、アパレルなどのショップが軒を連ねています。今もキャットストリートには、「穏田商店街」という名前があり、昔の名残が残っています。

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また、原宿駅のホームから見える明治神宮の森の中に「清正井(きよまさのいど)」と呼ばれる湧水池があります。戦国武将の加藤清正が屋敷を構えたときに造った、清正が茶の湯を汲んだ、などと伝えられるその井では、神宮の森にたくわえられた水が今なお湧き出ています。戦後間もない頃、穏田の子どもたちは井の水で喉を潤し、自然を身近に感じたそうです。この森があるお陰で、東京の真ん中にもかかわらず、いつだって自然の中に帰ることができたのです。街と自然のどちらもそばにある。穏田はそんな自然が溢れる街だったのです。

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そのような、水とゆかりのある街を巡ろうと、カメラを片手に街に出て、歴史と、現在の様子を感じながら写真を撮ってきました。実際キャットストリートは蛇行した道になっていて、川が流れていたことを感じる事ができ、途中にあるコンクリートの柱の後も、ここに橋があって、人々が生活をしてたことを感じることができました。清正井は今もなお、コンコンと湧き出ていて、とても涼しげな風景でした。

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他にも穏田川から近い、原宿の街の中を探索し、東京の街を散歩しながら写真を撮りました。下記URLは写真を「Photoback BUNKO」でまとめた写真集になっています。皆さんの住んでいる街でも自分のルートを探し、マイボトルを持って街を巡ってみませんか?

Photoback BUNKO 「みずのがっこう 給水オアシス 渋谷編」

「みずのがっこう」WEBサイトへ


(曽我直子)

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