2010年04月15日
ハイチ支援を知る。
こんにちは、
インターンのゆはらです。
今月中旬に発行されるThink the Earth Paper vol.6にのせるための記事で、ハイチ地震について書かせてもらえることになりました。
そこで、先日、ハイチで現在も緊急支援活動をしているピースウィンズ・ジャパン(以下PWJ)の事業責任者である山本理夏さんにインタビューをし、1)緊急支援とはどんなものなのか、2)PWJとしてはどんなことをやっているのか、3)ハイチのこれからはどうなっていくのか、主にそんなことを聞いてきました。
インタビュー中お話を聞いて、理解し驚いたこと、勉強になったこと、感動したことと、帰ってきてテープレコーダーを聞きながら文章に書き起こしたときに聞いた内容がかなりずれていたので、すごく当日緊張していたんでしょう、きっと。
質問がたどたどしくなりながらも、丁寧に、親切に、そして熱心に答えてくださった山本さんに、大変感謝しております。
Think the Earth Paper Vol.6は、Earth Day Tokyoでもお配りします。
前回までのバックナンバーとはレイアウトもかわり、ページ数も増量!
もしどこかで見かけたら、是非お手にとってみてみてください。
さて、文字数の関係で、記事には聞いたこと全部を書けなかったので、こちらのブログの方で緊急支援についてすこしご紹介をしたいと思います。
・・・そんな矢先、昨日、中国のチベット自治区で、M6.9の大地震が起こりました。被害状況はこちらもかなり深刻です。一体いま地球の表面下ではなにが起こっているんでしょうか。いつ日本を襲うかわからない地震に対して、未然に被害を和らげる術が、もしかしたら緊急支援の中にも隠されているかもしれません。
--まず、緊急支援とはいったいどんなものなのか?
レスキュー隊、医療団、緊急支援NGOなど様々な人が関わっている中で、災害支援におけるそれぞれの役割を、山本さんに教えていただいて初めて少しイメージができました。
まず、災害が起こったときに一番最初に駆けつけるのは各国のレスキュー隊。彼らの仕事は、がれきに埋まっている生存者を捜し、救助すること。
その次かほぼ同時に活動を開始するのが、緊急医療支援団。助け出された人たちを、彼らが手当て、手術などをし被災者の命をとりとめます。
そして、PWJなどの緊急医療NGOの役目はその後。地震発生から「72時間」が経過するころになると、生存者が見つかる確率がぐんとさがります。彼らNGOの仕事は、その生存者を対象とした、物資やテント、食料の支給といった支援になるので、だいたいそれくらいのタイミングで現地に入ります。
ということは、地震発生からわずか5日後に現地にとんだPWJの対応は、とても迅速で、適切なタイミングだということ。
ちなみに今回のPWJのハイチにおける支援は、
1:テントの支給
2:がれき除去のためのシャベルなどの道具の支給
3:学校の再開支援 の3つ。
崩壊した建物とがれきの山 (c) ピースウィンズ・ジャパン
--支援内容などの決定や情報収集は、どのように行われているんだろう?
「首都直下型の大地震で、被災者の数も国民の1/3などとかなりの規模だったので、活動経験がないとか、言語が専門外だとかで支援をためらうような状況では全くなかった」と、地震の第一報の印象に対して、とてもたのもしい答え。
現地での情報収集は、地元の人たちだけではなく、行政の人たち、国連や他団体との調整も考慮して包括的に行ったといいます。たとえば地元の人たちは今日を生きるために一時的なテントや食料を求めるけれど、行政や外交官の人たちからは、これから来る雨季にも備え、ハイチにとって国の再建となる中長期的な支援が必要だと言われたそうです。
また、支援をする上で気をつけていることは、地域や国の慣習や歴史をよく知ることだと、山本さんは語ってくれました。
たとえばテントを配るとき、もし配った地域に身分制度なんかが存在していたら、身分の下の人たちにはテントが行き届かない場合も十分考えられます。そういったことにならないように、女性や子どもにもちゃんとテントが行き渡るように、十分に調査をした上で物資の配給は行われているんですね。
避難所で生活をする人々 (c) ピースウィンズ・ジャパン
Think the Earth Paperのほうにも書かせてもらったのですが、わたし個人的に一番印象深かったのは、学校の再開支援についてでした。
地震が起こって、町が変わり、生活も変わってしまった。
そんな中、人々が一番精神的に安定を取り戻すためには、地震前の元の生活サイクルにすこしでも近づけてあげることなんだそうです。PWJが、学校の再開支援を緊急支援として行っているのは、そういう理由から。
こどもたちが元の生活サイクルに戻り、普段いるはずの居場所を取り戻してあげること。
そして、元気そうな子でもなにかしらストレスを抱え込んでいるケースが多いので、それに早期に気づけるように、学校の先生にも講習を開くこと。
学校の再開支援には、こういった意図が込められているのでした。
--支援における問題点も。
今回の大地震の被災者は、ハイチでは割と裕福な層だったといいます。被災範囲内でも、スラム街に住む貧しい人々は、住んでいる家が、いわゆる「建物」ではなかったので、崩落を免れたのだとか。つまり、コンクリートの中に住む人が被害に遭い、ちゃんとした家に住めない人たちが助かったと。なんとも皮肉なことですね。
被災地が首都圏だったので、地震当初は首都圏の人たちが地方へ疎開する人の流れが多く見られたらしいのですが、最近は逆の流れが起こっているそうです。
というのも、被災地では被災者のためにテントが用意され、食料が無料で配られ、医療手当も行われています。これに、もともと貧しかった地方の人たちが、被災をしていなくてもその恩恵にあずかろうと、首都目指して流れ込んできているとか。
したがって現在の課題の一つとして首都の人口集中があげられます。
そして、長らくハイチを苦しめてきた貧困と飢餓の問題。
首都が崩壊し、行政が麻痺してしまったハイチ。
メディアではもう全然見なくなってしまったけれど、ハイチにとって大変なのは、ほんとうにまさにこれからです。
ハイチは、発展途上国の中でも最貧国の一つだと言われていました。
国を一から立て直す上で、今までの問題に対して逆に心機一転して取り組むことができるんじゃないかと思ってしまいますが、現実はそんなに簡単ではないもの。
しかし、これからまた国を立て直す上で、今回の地震が大きな転機となるのは間違いなさそうです。
(柚原薫子)


