2010年06月03日

「ミツバチの羽音と地球の回転」上映会から思う。

おすすめ info


わたしたちはまいにちなにげなく電気を使う。
スイッチを入れるのに、パソコンをつけるのに、
エアコンをつけるのに、ほとんどなんの意識もせず。

「省エネ」という言葉が示すものを、わたしたちのほとんどは
「電気代節約」くらいの意味にしか普段は考えていない。

しかし都市とは遠くはなれた自然の多い島に、生活を脅かされながらも、
自分たちの生活だけではなく地球の未来をも考えて、闘っている人びとがいた。

bunbun_poster_14_5.jpgのサムネール画像のサムネール画像

鎌仲ひとみ監督
映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観た。

山口県、祝島。
「いわいじま ではなく いわいしま。にごらないんですよ。
祝島でいわいじま なんていったら あ、こいつだめだってんで追い出されますよ。」
映画の後、祝島島民の会代表の山戸貞夫さんがなごやかに語った。
この島の近海に、今、原子力発電所が建設されようとしている。

人びとは、島の自然の恩恵とともに生きてきた。
電力会社の人はそれを「発展のない第一次産業」と言った。
平均年齢75歳のその島の人びとは、毎日建設予定地に通い、反対運動を続けている。

もちろんこの映画は原発反対側の人びと目線の映画だ。
聞くところによると、島には原発賛成の人もいるらしいが、映画の中にはでてこない。

生活の糧、島の自然、原子力の脅威、
地域の発展・活性化、電力の安定供給、カネと政治事情
さまざまな見解があれば、対立は生まれる。

そのなかで、映画の中のある言葉が心に残る。
(多少個人的解釈もはいってしまっていますが)

「祝島島民では、原発は止められない。僕たちは、原発建設を一日でも引き延ばそうとしてるんです。人びとが原発について知り、世の中が脱原発という風潮になるまで。」
山戸貞夫さんの言葉だ。そして同じく島の住民である山戸孝さんはこう言う。
「次の子どもたちが島で生きていくかいかないかは、彼らが決めればいい。だけど自分たちが助けられてきた自然を未来に残していくことは、義務であり、僕らの決意です。」

世界が今抱えているエネルギーの問題。
わたしたちは自分たちの使うエネルギーがどんな性質のものかも知らずに、なんの責任も持たずにただ使っている一方で、祝島の人は自分たちの生活を守るためだけではなく、これからの日本や、世界や、地球のエネルギーの未来のためにも行動を起こしている。

未来を政治家や経済システムに頼り、現在をそれらの責任にして文句を言っている人はテレビを見ていてもたくさんいるけれど、祝島で反対運動をしている人びとは、ただただ権力に対して文句を言っているわけでは決してないのだ。

自分たちの未来を自分たちでつかもうとしていて、
そしてその未来を次の世代にも残そうとしている。

わたしたちがこの映画から学ぶこと。
それは、エネルギー問題を通して見えてくる、人の生き様ではないだろうか。
今の世界がこうであるのは、誰のせいでもない、自分たちのせいであり、そしてこれからの世界がどうなるかは、誰かが何かするのに従うのではなく、自分たちが何をするかで決まってくる。

エネルギー問題に関して言えば、もうこの映画は手本を示してくれている。
1980年に「脱原発」が国民投票で決まったスウェーデン。
日本がこんな風になったら、どんなにいいだろう。


観た後は、いろいろ考え込んでしまうかもしれない。
しかし遅かれ早かれ、じきにきっと、背筋をすこし伸ばしてくれる、そんな映画だと思った。


■ミツバチの羽音と地球の回転
http://888earth.net/index.html
ただいま各地でお披露目上映会を開催中です。
物産展や写真の展示、トークイベントも。

予告編はこちら


(柚原薫子:インターン)

この記事へのリンク

« 「世界を変えるデザイン展」に行ってきました。 | メイン | ボルネオからの報告(2) ー トランスロケーション »