2011年04月17日

石巻、女川にて その2

地球日記

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女川にて

女川町のリアス式海岸沿いの桃浦、月浦、を後に、調査団は萩浜へ。

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漁業の道具が津波に流されてつくった異様な光景・・・

萩浜の避難所、東浜小学校を訪れた。

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一時100名を超える地域の人が避難していたけれど、少しずつ自宅に戻り始めているという。

ここには子どもたちがたくさんいた。最初は緊張していたけれど、訪問団が話しかけたりするうちに元気な笑顔をみせてくれて、なんだか、とてもほっとした・・・。

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子どもたちがにぎやかになったら、訪問団の到着とともに部屋にこもってしまった大人たちもわらわらと姿を見せてくれた。子どものもってる前向きなエネルギーを感じた。アグネスさんにサインをもらったり、写真をとったり。

※わが家でだんまり暮らしていた手袋人形のポニョは、ここで満4歳のゆいちゃんという女の子の里子になりました。前略、大ポニョちゃん。その後どうしてる? ゆいちゃんたちと一緒に寝たり、みんなの手にはまったり、活躍してることを願ってるよ。

道中にあった海岸沿いの保育園
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保育園の前の道路
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地面に散乱していた牡蠣の殻

次に訪れたのが、石巻湾沿いの小網倉浜の民家の避難所。

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この日は子どもたち全員が支援を受けて温泉へバスで出かけたらしく、数人のお父さん・お母さんたちが留守を預かっていました。

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東京の医薬品支援会社シミックさんから預かった電池式の携帯充電器を手渡した。


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石巻市街は浸水したり壊れたものを路肩や各戸の道路わきに寄せたり、復興への動きがはじまっているのを感じた。NHKでは4月中の瓦礫撤去を目指すといっていた。今週末、瓦礫の撤去で現地入りした知人たちもいる。

でも、ほんの一角を車で巡ったにすぎないけど、これだけ被害が広域で多様だと、こういった半島の先まで十分な復興の人出がまわるのにどれだけ時間がかかるのか・・・思い知らされた。

(鳥谷美幸)

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