2011年06月02日
Think the Earth基金の支援先を訪問=AAR・活動同行編
5月19日(木)、Think the Earth基金の寄付先のひとつ、難民を助ける会(AAR)が、福島市と相馬市のグループホームに物資を届けるというので、同行させていただきました。
AARの事務所訪問編はこちら→
仙台を出て高速で福島市内まで車で約1時間半。
まずは福島第一原発から9kmの富岡町から福島市に避難してきたグループホームの皆さんに、タオルや家電製品をお届け。(羊羹やチョコレートも!)
●スタッフの田中さんとカリタスドイツというNGOから派遣されて来たフォトジャーナリストのマークさん。

震災前は、お年寄り17名が介護設備付きのホームに住んでいましたが、いまは、福島市内の1Rアパートに、1部屋2-3人ずつに分かれての仮住まいをしています。
バリアフリー構造ではないので、車椅子のままでトイレにも入れず、介助する側はとても大変。

しかも、みなさん、この2ヶ月半で5回も!移動を余儀なくされているんです。
*最初は、地震直後、ホームから富岡町内の児童館の広場に。
*2回目は、着の身着のままで町を出て、原発20km圏外の川内村に。その時は2-3日で帰れるつもりだったそうです。環境の変化に認知症のお年寄りは寝られず、みんな落ち着かず、混乱してしまい、一般の方との避難生活は無理と判断。
*そこで、同じ川内村のおそば屋さんの座敷へ3回目の移動。ここで落ち着けるかと思ったら原発の水素爆発で、また避難することに。しかも、夜の8時にこれから避難すると言われ、途方に暮れたといいます。
*川内村から車で6時間かけ、福島市内へ。4回目の移動です。そこでも、ほかの避難者といっしょだったので、現在のアパートに5回目の移動をし、ようやく一息ついた...という様子でした。
●グループホームの方から、現在の状況や必要な物品などについて聞き取りをするAARスタッフの田中さん。

次に向かったのは、相馬市の認知症の方専門のグループホーム。
9人の認知症のお年寄り(寝たきり3人)が暮らすここは、震災後、周囲の人々が避難するなか、全員のお年寄りを移動させるのは難しく、またガソリンもなかったため、ホームにとどまることを決断。
2週間、なんとか備蓄で持ちこたえたものの、断水が3週間続き、電話も2週間近くつながらなかったとのこと。職員1名の家が流され、1名は家が全壊し亡くなるという悲しみを乗り越え、それでもお年寄りとともに、日々を暮らしています。
AARは、このホームにも、必要な物資を届けています。
●ホームの方と、今後必要になってくるだろう備品や食料について話をしていました。

今回のThink the Earth基金・寄付先NPO/NGOへの訪問はここまで。
訪問を受け入れてくださった、シャンティ国際ボランティア会(SVA)、RQ災害救援センター、難民を助ける会(AAR)の皆さん、ありがとうございました。
〜〜〜
この後、AARの皆さんとお別れし、南相馬市で数日間、写真洗浄や託児所のボランティアをしてきました。
津波の悲惨な情景が広がっていなくても、目に見えない被災があるということ。忘れてはいけないなと、思っています。
(もちろん、南相馬や相馬市など、福島県内の沿岸部は、津波の被害"も"、受けています)
(はらだまりこ)
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