2012年10月17日

ふゆみずたんぼで稲刈り授業

プロジェクト裏話


秋らしい、稲刈りの話題を。蕪栗沼ふゆみずたんぼプロジェクトの撮影のために、宮城県大崎市田尻に行ってきました。この日は、地元の小学校の子どもたちによる「稲刈り」の授業。NPO法人田んぼのふゆみずたんぼ実験田で、たわわに実った稲を子どもたちの手で刈ります。

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NPO法人田んぼの岩渕理事長が「米という文字は、八十八と書くよね。お百姓さんは、八十八の手間をかけてお米を作ってきました。この中の一つでも『手』を抜くと、それは米ではなくなってしまうんです」と子どもたちに教えます。

鎌を使って稲を刈り、束ね、棒にかけ、天日で乾かす準備までのプロセスを、大人たちのサポートを受けながら、実際に子どもたちが行います。

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無施肥、無農薬で栽培される「ふゆみずたんぼ」は、たくさんの生きものたちが一緒に暮らすことで、その力を借りておいしいお米ができます。その証拠に、稲を刈ったあとから続々と生きものたちが現れました。生物多様性が豊かな、いきものがにぎわう田んぼなのです。

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米を天日で乾燥させるため、まっすぐに立てた棒の周りに螺旋状に稲束を置いて並べていきます。東北独特の方法だそうで、「穂仁王」と書いて、この地域では「ほにょ」と呼ぶそうです。この季節にはあちこちに、田んぼを守る、この「仁王様」の姿が現れます。

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この状態で2-3週間乾かした後に脱穀します。農家の方は「これから栗駒(くりこま)からの冷たく乾燥した風(栗駒おろし)が吹いてきて、さっと乾くんだ」と。米作りが、田んぼの上だけの行為ではなく、広がりのある世界から、自然の力を借りて行われていることが、何気ない言葉の中に語られます。子どもたちも、いろんなことを身体で学びとった一日だったのではないかな。

ちなみに2012年6月には、田植え前の、同じふゆみずたんぼで、子どもたちによる「人間代掻き」の撮影を行いました。そのときの子どもたちの楽しそうな様子は、映像が公開されていますので、ぜひご覧ください。

蕪栗沼ふゆみずたんぼプロジェクト(ムービー)

(上田壮一)

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2012年10月12日

企業の環境イベントがおもしろい!「ビーチクリーンアップ&サンドクラフト」

地球日記

こんにちは、伏見です。先日、リコーグループ社員とその家族の皆さんが集まる環境イベント「ビーチクリーンアップ&サンドクラフト大会」に参加しました。毎年9月に鎌倉材木座海岸で行われるこのイベントは、今年で14年目の開催となる長寿イベントにして、150名を越える参加者で賑わう人気ぶり。開始当初から某雑誌に取り上げられたり、企業のかたからベンチマーク(?)されるなどしながら、ここまで育ってきたこのイベントは、社員の小さな呼びかけからはじまりました。その社員というのが実は私...なので、今回はこのイベント誕生の物語をご紹介したいと思います。

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14年前、私はリコーの社会貢献推進部門に所属し、社員が主体となって活動する社会貢献クラブ・FreeWillの運営を担当していました(社会貢献クラブは、会員となった有志社員から給与の端数を集め、社会的な活動を行う団体に寄付する組織です)。そこで多様な社会活動を知る経験の一つとして、社内の環境教育研修を受講しました。リコーでは14年前から、地域や職場の人を巻き込んだ環境活動を企画・推進するリーダーとなる社員を育成する研修が行われていて、500名近い社員が環境ボランティアリーダーとして各地で活動をしているのです。研修では、バードウオッチングやエコ石鹸作り、里山の下草刈りなどの野外体験、生態系について学ぶ座学などがセットになっています。普段あまり交流のない部門の社員さんと飯盒炊爨をしたり、夜の森を歩いたりすると...、仕事仲間の意外な一面を知ってぐっと親近感が湧いたり、その後の仕事でも助け合える仲間意識が芽生えるなど、とても充実した時間だったなぁ、と思います。

(今だから書けますが)当時まったくエコでも山ガールでもなかった私は、森林や里山について学んだは良いけれど、さて一体どんな活動をすれば良いのか?見当もつきませんでした。頭を悩ませていたある日、ニュース番組に、海岸で遊ぶ家族連れが作った砂像が映りました。レポーター氏曰く「砂にゴミが混ざっていると、すぐに崩れちゃって上手に仕上がりませ〜ん」のだそうです。おぉ!これだ!と閃いた私は、さっそく調査を開始し、鹿児島と鎌倉に砂像作りの普及と啓蒙を行っている「砂像連盟」なる組織があることを知り、思い切って電話をしてみたのです。今思えば、突然の電話にさぞかし驚かれたことと思いますが、会長の小野田さんは見知らぬ私の未知なるアイデアに「それはおもしろい!会いましょう!」と 言って下さったのでした。そして、初めてお会いした日に、社員による環境活動の意義を熱く語る私の話を深く頷きながら聞いてくれた小野田さんは、その日のうちに、鎌倉市役所→海岸→近隣のお店→砂像作りのお仲間→休憩施設、と順番に私を連れ回し(笑)、関係者の皆さんにご紹介くださり、帰る頃には実施に向けての段取りがすべて完了していたのでした。こうして、すべては小野田さんのおかげで、環境イベント「夏のあいだに汚れた海岸をキレイにして、サンドクラフトを作ろう!」が誕生したのです。

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ビーチクリーンアップの名の通り、活動のメインは浜辺の清掃です。夏のあいだ海水浴客でにぎわった海岸には、秋の訪れとともに人の姿が消え、代わりにさまざまなゴミたちが取り残されています。集めたゴミは、市村自然塾(リコーが運営するNPO)を卒塾した子どもたちが中心となって分別・廃棄しています。たばこの吸い殻が数百本も捨てられていたり、ビン、ガラス、缶など、放置しておくと危険なゴミもたくさんあって悲しくなりますが、みんなで拾うとあっという間に海岸がキレイになって、なかなか気持ちが良いものです。ゴミが混ざっているとそこから砂像が崩れやすくなってしまいますので、砂像づくりのためにもみんなで一生懸命にゴミを拾います。

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いよいよサンドクラフトづくり!日本ではそれほど浸透していない砂像ですが、実は世界各地で大きなイベントや大会が開かれるほど、グローバルな「砂遊び」です。常連の社員さんたちは、ストローやお箸などの秘密兵器を持参される方も多く、今年も力作が浜辺に並びました。

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指導と審査をしてくださるのは、鎌倉砂像連盟の小野田さん。今年は途中で雨が降って中断する場面もあったため、審査は行わず、砂像づくりを自由に楽しみました。ちなみに、受賞者には市村自然塾で作った「採れたて野菜セット」が贈呈される予定でした、んー残念。(写真は昨年の賞品です)

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数年前から、私は一参加者として材木座を訪れていますが、砂像作りは本当に楽しくて、時間を忘れて夢中になります。海辺で過ごした楽しい記憶で自然環境を好きになってゆく!これが、シンプルだけど一番の特効薬なのかもしれません。

(伏見 聡子)

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2012年10月04日

「百年の愚行」を顧みて・・ (3)

地球日記理事からのメッセージ

どこの国も同じという勘違い

 この地震大国という条件を考えただけでも、日本は欧米の原発導入国とは違っています。だから我が国では原発を稼働させるべきではないと考えるのです。
 では、地震についてもっと安全性の高い国ではどうなのでしょうか?
 例えば、現在日本から原発を買って新設しようという国がいくつかありますが、そのひとつにリトアニアがあります。私は「日本リトアニア友好協会」の会長をしている関係から、数ヶ月前にリトアニアのクビリウス首相が日立との交渉のために来日したときに、会食をしながら、この原発問題について話し合いました。日本の地質学的な危険性について話をしたところ、首相は、建設予定地のビサギナスはかつてソビエト製の旧型炉が存在していた所だが、歴史的に地震が起きた事がなく、冷却水には周囲の豊富な湖水がある最も安全な立地であることを強調しました。そして、長年のソビエト支配から解放されたのに、未だ電気をロシアから買電しなければならない現状から何とか脱したいという悲願を達成するには、原発しかないのだ、と強調されたのです。
 ここまで言われては、さすがの私も反対できませんでした。
 ところが首相は、国内での賛否はほぼ50対50であり、場合によっては国民投票をすることになりそうだとも話してくれました。そしてその国民投票を10月14日、総選挙と同時に行うことになったのです。
 首相自身の本音は明らかに原発建設推進でしたが、国会の賛成多数で国民投票を実施する国なのです。今までも、ソ連からの独立と欧州連合加盟について、二度も国民投票を実現しているという、この国が独立と同時に獲得した真の民主主義をうらやましくさえ感じました。ちなみに、首相と同行してきた原発担当大臣は弱冠30代の清々しい若者でした。
 それにつけても、何時の日か、我が国で原発の賛否についての国民投票が実現する可能性があるのだろうかと、考え込んでしまいました。

いまこそ従来の常識をリセットしてみる・・否常識のススメ

 原発推進派の人達は、必ず、原発なしでは電力が足りないと言います。また原発以外の電力は高い、とステロタイプの刷り込みを繰り返します。是非この思い込みを一度リセットしてみて欲しいのです。
 かつて電力会社をはじめ原子力ムラの人達が流布した「安全神話」がよく語られますが、私は「三安神話」だと思っています。すなわち「安全」「安定」「安価」の三つの、実は神話ならぬ「ウソ」なのです。ここでは多くを説明しませんが、すでに皆さんは、今回の大事故のように安全でもなく、始終小事故や故障が起きて安定でもなく、ランニングコスト以外は幾ら掛かるか計り知れず安価でもない、というウソにお気づきでしょう。それよりも、関連子会社を経由してLNG(液化天然ガス)を米国の8〜9倍の価格で買う仕組みを改め、地熱や、太陽光、海上風力、潮力などの再生可能エネルギーの技術競争に一日も早く本気で挑むべきなのです。

 それと、大切なのは、合理的にムダを省く節電という知恵の活用です。では日本の消費電力のレベルはどうなのでしょうか。Wikiによると、いささか古い2008年のデータですが、日本では1,083,1、42 GWh(㌐ワット時)の電力が消費されました。これは、米国、中国に続く世界で3番目の消費量であり、全世界消費量の5.3%でした。最大の電力消費国は米国で4,401,698GWhで全世界の22%、次が中国の3,444,108GWhで全世界の17%だといいます。GDPの大きさに比例するといえばそれまでですが、国土の面積が、0.25%しかないことを考えると、面積当たりではこの5.3%はダントツでしょう。
 一人あたりの消費量では日本は一日23.35KWh(㌔ワット時)で世界平均(8.18KWh)のほぼ3倍、米国・39.25KWhの60%、ドイツ・20.61KWhの113%、フランス・22.54KWhの103%、イギリス・17.97KWhの130%です。米国が如何に浪費しているかが分かりますが、日本も欧州と比較すればまだ絞れるはずです。
 エネルギーの経済効率として消費電力あたりのGDP (PPP)金額をみると、日本は1㌔ワット時あたり4.0ドルの生産。米国は 3.3ドル/㌔ワット時、ドイツは4.7ドル、フランス4.0ドル、イギリス5.6ドル、イタリア5.1ドルでした。米国よりは高く、欧州と比べると生産性が低いことが分かります。
 ここからもヒントが見つかります。いわば大国と総生産量を競うのではなく、知的効率を高めて高収益性を競う競争への頭の切り替えなのです。私はこの切り替えを「否常識のススメ」と呼んでいます。
 兎も角、従来の大量消費ではなく、スマート消費を目指すだけで、かなり電力消費から総ての経営効率までを上げることができるはずです。

遠い道のりを叡智の結集で・・

 野田首相は、新エネルギー政策案の「革新的エネルギー・環境政策」で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能にするよう、あらゆる政策資源を投入する」と言っています。脱原発派の人々に取っては曖昧な表現であり、安全確認の原発のみ再稼働」というものの、それをする原子力規制委員会の人事問題から、結局は総ての現存炉を再稼働させるに違いないと、一斉に批判の声を上げました。私は、閣議決定さえ見送ったというその曖昧さもさることながら、原発維持が前提となる使用済み核燃料の再処理事業は続けるなど数々の矛盾も評価できません。しかし実際には、廃炉をするにせよ、核燃料の最終処分をするにせよ膨大な経費と時間が掛かる作業であり、直ぐに炉を止めただけでは何の解決にもならないことも述べてきた通りなのです。もちろん明確な計画を持たない再稼働は反対です。
 原発問題は進むも地獄、退くも地獄という状態なのです。人類が原爆を創り、原発を創った時に「パンドラの箱」が開いてしまったのでしょう。
 これをあえて譬えれば、人間に素晴らしい幻夢を魅せてくれる覚醒剤の様なものではなかったのでしょうか。しかし、この大きな犠牲を伴った福島の残酷な現実は、「原発止めますか?それとも人間止めますか?」と、今、我々に問いかけているのです。
 その答えは明らかでしょう。
 そして今、推進派もただ原発を盲信するのではなく、その危険性を素直に学習し、反原発派や脱原発派もただ「再稼働反対」と叫ぶだけではなく、如何にしたらこの「パンドラの箱」を閉じることができるのかを、共に叡智を集めて考えるべき時なのです。

「百年の愚行」を顧みて・・ (1)
「百年の愚行」を顧みて・・ (2)

(水野 誠一)


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2012年10月04日

「百年の愚行」を顧みて・・ (2)

地球日記理事からのメッセージ

大震災は当分来ないという勘違い

 そしてこれは福島原発や浜岡原発だけではなく、すべての停止中の原子炉に共通する危険性でもあります。あえて言えば、ここしばらくは太平洋沿岸国の原発には特に共通する問題なのだと言えます。さらに言えば、地震大国といわれる日本にとっては特に深刻な問題なのです。
 世界全体に占める日本のM6以上の震災発生率は、20.5%だといわれます。国土面積が世界の0.25%でしかないのに、活火山数が世界の7.1%を占めるということとも関連するのでしょう。これが地震大国と呼ばれる所以です。
 そしてここ数年、太平洋プレートに絡む地域に大地震が集中・連発しているという事実にも注目しなければなりません。
 ここに2011年の世界地震分布図があります。

これを見ると他の地域に比べて如何に太平洋プレート周辺での地震発生が多かったかが分かります。明らかに、太平洋プレートが活動期に入っていますし、それが急速に収まるとも思えません。
 少なくとも次は、フィリッピンプレートやユーラシアプレートが関係する、「東海・東南海・南海地震」の到来の確率が一番高いといわれていますが、過去のデータで見る限り、三陸沖地震と必ず連動するといわれる「東京直下型地震」など、注意しなければいけない地震は少なくありません。




(出典) http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32802?page=2

使用済み核燃料の最終処分は何とかなるという勘違い

しかも、原発問題は、事故の危険性だけではないのです。
この背景には、原子炉を止めても持って行き場のない核廃棄物という、もっと根本的な核燃料最終処分問題があります。いわゆる、「トイレの無いマンション」といわれる問題です。
国は、300mの深さに埋める地層処理のための最終処分場の場所を2020年までに決め、2030年までに完成させると言っていますが、恐らくムリでしょう。日本には、活断層の有無に関わらず、地震と無関係な土地は存在しないとも言われているからです。
これは、この度日本学術会議が、今までの地層処理の考え方を白紙撤回すべきだと、原子力委員会に意見書を出したことからも分かります。日本国内での地層処理では、1万年、10万年はおろか、1000年でも覚束ないのではないでしょうか。

では、夢の核燃料サイクルの実現はどうでしょう・・これもすでに45年間、10兆円を越える膨大な予算を注ぎ込み続けていますが、恐らくムリでしょう。
六カ所村の再処理工場の稼働は、何度も延期が重ねられているし、「高速増殖炉・もんじゅ」も1994年の運転開始以来度重なる事故で、わずか数ヶ月しか運転できていない。しかも、六カ所村の再処理施設が稼働しても、再処理能力は年間800トンといわれており、国内のほとんどの原発が再稼働した場合、排出される使用済み核燃料の総量は、1000トンを超えるとされています。
そこで電気事業連合会は2003年12月時点で、これらのバックエンド費用が、総額18兆8000億円掛かると 試算しています。これを計算に入れたら、原子力発電のコストは幾らになるのか、見当もつきません。

「百年の愚行」を顧みて・・ (3) へ続く

(水野誠一)

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2012年10月04日

「百年の愚行」を顧みて・・ (1)

地球日記理事からのメッセージ

みなさん、こんにちは。
今月から月に一度、Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場します。
第一弾は、水野誠一理事長による特別編 全3回でお送りします。

理事の紹介はこちら
http://www.thinktheearth.net/jp/about/organization/board.html
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「百年の愚行」を顧みて・・

「Think the Earth」の活動も足かけ11年目を迎えました。
 10周年の昨年は、東日本大震災に見舞われた大変な一年でした。しかし、それによって真の意味で「地球を考える=Think the Earth」ことの重要性を再認識させられた一年でもありました。
 その認識は、昨年の7月30日・31日に行われたトークイベント「EARTHLING 2011」のテーマに活かされ、20世紀の行きすぎた「物質文明」から、21世紀人類の謙虚な「生活文化」へ戻ることの重要性が、様々な登壇者により、様々な内容で語られました。
 それはUstreamを通じて日本国内はもとより世界各地に発信されると共に、記念出版を通じて記録することもできました。
 それと共に、11年前に初めての出版プロジェクトとして上梓した「百年の愚行」の内容を改めて思い出しました。20世紀の科学や技術の目覚ましい進化の裏で、顧みられなかった資源の蕩尽、環境の破壊、民族や国家間の紛争、大量破壊兵器の出現など、人類にとって愚かしいことが進んだことも事実なのです。まさに、物質文明の進化の陰に、生活文化の退化が進んだと言えましょう。
 これを、多くの報道写真と共に紹介したものが、「百年の愚行」だったのです。

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 原子力爆弾はまさにその最たる事例でしたが、26年前に起きたチェルノブイリ事故もまた、原子力の平和利用というテーマに対して大きな問題意識を喚起させる事象でした。しかし、それでも私達は何処か他所の出来事だと片付けていた感がありました。
 それが我が身に降りかかって来たのが、今回の福島第一原発・事故なのです。
 ところで、私達の意識の中では、次第に風化し始めている今回の東日本大震災ですが、未だ済んだ事とは言えないのではないでしょうか。それは震災や津波被害ではなく、まさに「原発事故」そのものが未だ解決していないということなのです。政府は一日も早く終わったことにしたいとばかり、「冷温安定・収束宣言」を早々に出しましたが、世界の識者たちからは全く信用されていません。私は、環境問題に関心を持つ一人として、まだ終わらないのみならず今後も続く危機として捉え続ける義務があると思っています。そこで我々が陥りやすい「5つの勘違い」から考えてみましょう。

三重の安全装置という勘違い

 3月11日の大震災によって起きた福島第一原発の大事故は、私にとってとりわけ大きなショックでした。
 というのも、私は2001年、まさに「Think the Earth」が発足したその年に行われた「静岡県知事選」に出馬したのです。当時、何時起きても不思議ではないと言われていた東海地震。それが来れば必ず大事故に繋がる可能性の高い「浜岡原発」を何とか止めるために出馬したのです。
 そもそも、当時参議院議員をしていた私は、基本的には原発容認派だったのですが、ある時、東海地震が30年以内に8割以上の確率(現在は88%と発表されている)で起きるという発表を読んで、にわかに心配になったのです。
 そこで原子炉の安全性について調べ始めました。経産省の担当者はもちろんのこと、中部電力や東電にも聞きましたが、どこでも「地震が起きても三重の安全装置がついていますから、絶対に安全です」の一言で片付けられました。しかしその頃、大事には至らないものの、あちこちの原発で様々な事故や故障が起きていました。それらを無視して、ただ安全だと言い募る態度に呆れたものです。
 事実、浜岡では2001年に点検中の1号機で、冷却パイプの破断事故が起きています。中部電力のこの事故を境に、東電が出した対応策があります。実はこれが後に福島原発で起きたメルトダウン事故の原因にもなっているのです。
 つまり原発には三段階の安全装=ECCS(非常用炉心冷却装置)があり、それの最後の砦と言われる、IC(非常用復水器)=余熱で発生する水蒸気を循環させて冷却する装置が、勝俣社長時代に取り外されていたという驚くべき事実なのです。
 その根拠が、2001年の浜岡原発の配管中で起きた水素爆発事故だったといわれています。つまりこの事故は、バルブ調整が難しくて起きたといわれていますが、ならば外してしまえという、驚くべき結論に至ったというのです。そこで東電の福島原発では、2号機から6号機までのIC(非常用復水器)が外されたていた可能性が高いといわれています。
 では、1号機にはICが付いていたはずなのに何故メルトダウンが起きたのでしょうか?これには、現場の人間が判断ミスから起動させることを忘れていたという証言があります。またもう一方で、1号機はICのタンクから常温水を入れてしまった為に、脆性劣化していた炉心近くの配管が150℃の温度差に耐えきれずに破断したという見方もあり、また、津波による電源喪失前に、地震の揺れによってパイプの破断事故が起きていたという見解もありで、依然真相は闇の中なのです。
 ただたしかなことは、想定外の津波の所為ではなくて、人的なミスか、40年を越えた炉の劣化が原因で起きた事故の可能性が高いということなのです。つまり、安全神話の素でもあるECCSが機能しなかったということです。


「百年の愚行」を顧みて・・ (2) へ続く


(水野誠一)

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