2013年03月21日

えっ?の付く環境先進国NIPPON

理事からのメッセージ

みなさん、こんにちは。
Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場するコーナー、
第4回目は小西健太郎理事/プロデューサーの登場です。

理事の紹介はこちら
http://www.thinktheearth.net/jp/about/organization/index.html
---------------------------------------------------------------------------------

えっ?.gif
「この最先端テクノロジーの環境プラントは、日本以外では必要とされません」

えっ?の付く環境先進国NIPPON

城南島という東京湾の埋め立て地に行ってきた。
この島は、環境テクノロジーの粋を集めたプラント施設の集積地でもある。自治体が事業上の優遇措置なども手厚くして、未来都市の先進システムの育成のために力を入れているエリアである。
そのいくつかの施設を見学する機会があった。

見学したプラントは、食品廃棄物を家畜用の配合飼料原料へ再生処理する施設である。
ふむふむ、さすが素晴らしい施設だ。日本の環境技術はこういったところで先端をいっているのだな。ちょっと安心、むしろ誇らしい心地。

質疑応答タイムにすかさず、この素晴らしい技術とノウハウの海外からの引き合いや技術協力、あるいはプラントの輸出などはどのくらいあるのでしょうか?と質問があがった。
「ゼロです。このプラントは日本以外では必要とされませんから」
"えっ?"
予想だにしない答えに、思考が急停止した。
そして、さらなる衝撃的なお話が。

「日本以外の国々では、食品廃棄物はないですから、このようなプラントのニーズがないのです」
"えっ?"

それから怖い話が一頻り続いた。

 日本で廃棄される食品は年間でおよそ2200万t。
 これがいかにインパクトのある数字かというと、私たちは1食あたり目方にして0.5~1kgを食べているらしい。1日で約2kg。年間で約700kg。
 ということは、・・・・・。
 この国に暮らす私たち日本人は、年間3000万人分の食品を廃棄していることに!
 幼児やお年寄りは、成人ほど食べないので、実質は日本の人口の1/3に当たる4000万人分もの食品が喉を通らずにゴミに!

 一方で、日本は食糧を60%以上輸入しているのです。
 日本の食料自給率が低いのはもはや社会通念であるが。しかし、その実態は、海外から島国の日本に、お金をかけ、労力を費やし、Co2まで排出して、輸入した食糧の半分を超える量を、私たちは食べることなく処分しているわけです。
"えっ、えええええ?????"

 最先端の施設を見学して、胸膨らまずに、暗澹たる気持ちになるのって・・・。

"えっ?"は、think the earthが監修した書籍「1秒の世界」の帯の文言である。
その世界に倣えば、日本は1秒間に約1.3tの食料を廃棄し続けている。
そして、1.3t/秒の食料を作り、運び、その上、消費されずに廃棄するために、さらに数倍、数十倍もの環境資源が消失し、環境負荷が掛っている。

 私たちの「いただきます」や「もったいない」の文化からすると眼を覆いたくなるような状況に、私たち自身がかなり無自覚に生きている。

 捨てることができるのは、「豊かさ」の証ではなく、「愚かさ」の証。
 同じくthink the earth監修の「百年の愚行」は、過去の世紀の話でなく、その愚行の山を降りることなく、我々は現在進行形で登り続けている。
 「自然界でゴミは人間しか出さない」のは有名な話であるが、「人類で食料廃棄物は日本人しか出さない」ことはあまり知られた話でもないし、世界は食料を高値で買ってくれるお客さんとしての島国日本を非難したりはしない。今、話題のTPPでもそういう論点はごっそりと抜け落ちてしまっている。

 お隣の中国で食事を残す見栄の文化を見直そうという動きが起きているそうだ。日本では、元来、社会課題を自浄して自然と共生する文化を持っていたはずなのだが、どうやら平和と豊かさのコストとして、その種の文化力を減損処理され、劣化させてしまったようである。

 文明とは、ジレンマの捩じれを抱えたまま成長を遂げる社会装置である。そして、そのジレンマがバランスを大きく欠いた状態で走り続けている時に、「想定外」の事態と遭遇すると不可逆的な結末に陥ってしまう。そのことは、2年前の福島原発事故で修復不可能な傷を負いながらこの社会は学んだばかりのはずだ。

 東京からは、食品廃棄物を運ぶトラックが引きも切らず押し寄せてくる。
 人が暮らしていない埋立地特有の殺風景にも増して、心の中が寒々と・・・。
 "むむむっ・・・う~ん"
寓話の中に迷い込んだような一日でした。

 ソリューションや行動が付かないとボヤキの域をでないのが苦しいところだが、逆の発想で、その無駄を低減させることで社会保障の負担を減らしていくことに結び付けられる可能性のようなものは感じた。

 この国には、社会システムの整体師が必要なんだな。
 本来は、その整体師の正体こそ文化そのものなんですが。

小西健太郎

この記事へのリンク

« 映画 『サバイビング・プログレス − 進歩の罠』 | メイン | 九州ちくご元気計画@ヒカリエMOV_aiiima 1&2 »