2016年03月10日

「東北復興の今を知る 釜石から学ぶ復興」開催レポート

お知らせ

こんにちは、Think the Earthの鈴木です。2016年3月2日。Think the Earth15周年記念×co-lab代官山1周年記念のコラボ企画の第二弾、代官山から東北復興・防災を考える3週間〜「東北復興の今を知る 釜石から学ぶ復興」をSodaCCo STUDIOで開催しました。

01_0302.jpg

会場には、フライキ(※)と呼ばれる大漁旗を飾り、いつものイベントとは少し違う雰囲気になりました。※フライキとは、漢字で書くと「富来旗」「福来旗」と表記し、漁船が帰港する際に大漁を表わす合図として使うそうです。お店の開店時や結婚祝いにプレゼントすると縁起が良いという習わしもあるようです。

一般社団法人RCFにはいるまで。

今回のゲストは、一般社団法人RCFの山口里美さん。UBSコミュニティ支援プロジェクトマネージャーとして釜石を拠点に活動しています。

02_0302.jpg

山口さんのご経歴を簡単にお伝えすると
・大学で途上国のノンフォーマル教育について学ぶ
・青年海外協力隊でタイ農村部の女性グループと活動する
・ドキュメンタリー番組制作会社にて企画制作に携わる(この時、震災を体験)
・震災後、石巻ボランティア活動に参加
・TwitterでRCFの存在を知り、2012年夏からRCFの釜石プロジェクトに参画

震災ボランティアを体験した際、例えば、おにぎりが、あるエリアにだけどんどん溜まっていくといった「適切なものが適切な場所に配分されていかない」現状を目の当たりにし、どうにかしたいと思い、縁あってRCFの釜石プロジェクトに参画しました。

03_0302.jpg

現場での適切な判断や情報整理をするために、RCFは復興支援のリサーチから始めました。トライセクター(民間と非営利と住民を超えて繋いでいく仕組み)として、googleやキリンといった大手企業と一緒になって復興を進めていきます。その際に気をつけたポイントが、「地域によそ者が入る時のインパクトをどう活かすか」。地元の人からすれば手伝ってもらえるのは有難いが、何をしてくれるのか、どんな人が行うのかはとても大事な視点。そこで、郷土料理の研究をして、地元の人と食事をし、お酒の力を借りながら腹を割って話もしたそうです。

2011年3月11日 釜石に何が起きたのか。

当時の動画を少し振り返りながら、釜石での復興プロセスを語っていきました。

04_0302.jpg

釜石は、20メートルを超える波が届き、死者・行方不明者1000人以上の被害を受けた地域です。津波浸水域の人口比でみると、釜石は、陸前高田、女川、大槌についで4番目に犠牲者の割合が多かった場所ですが、山口さんは、まちの機能が部分的に残っている分、まだいいのかな...、と心境を明かします。役所などの機能が残っていたため、復興を始める際どこから手を付ければよいか判断が早かったそうです。

復興をしていくには、社会的問題の解決にも取り組まなければなりません。釜石の高齢化率は人口の約35%。他のいくつかの自治体では、復興のため過疎集落が集約されましたが、釜石では震災前の集落を維持したので、コミュニティが引き継がれるメリットがある一方で、過疎を助長するリスクも含みます。住む場所の問題が新たな社会問題を生むために、気をつけながら現場で活動されているようです。それでもまだ釜石は復興が進んでいる方だと、山口さんは感じています。

その理由は、
【釜石の復興で加速要因となったもの】
・水深65mの湾口防波堤の存在があった
・中心市街地の津波浸水地域の半分以上が新日鉄の用地で、住宅地ではなかった
・市役所が被災を免れた
・第二の防潮堤で、かさ上げ区域を極力減らしていた
 
かさ上げ区域が少なかったため、動ける人が自力で動いていくことができました。まちの姿は歯抜けではあるけれども、少しずつ稼働していくことができたことに意味があったそうです。


人が集まる場所から活性化していく。

2014年3月に釜石にショッピングモールが開業しました。そこで感じたのは、人通りの回復による活性化と若者の日常がある大切さです。牛丼屋や定食屋があるだけで、若者が集まり活気が生まれると同時に、若者にとっても日常の一場面となり、彼らの精神面も回復します。なんでもないけど「タムろ」する場の必要性を感じたそうです。

また、中越地震から、ハード面とソフト面のバランスが大切だと山口さんは学びました。「建物などハードさえ復興すれば、人は交わります。ただ、ハードだけでは復興にはなりません。復旧=復興に近いですが、何よりも大切なのは、復興プロセスに積極的に参加した人が多いほど、復興したと思えるんです」。コミュニティ支援は、ハードを整えた後にソフトを整えることが重要だと、山口さんは考えています。

05_0302.jpg

釜石モデルとは?

◎まず自分たちから動く
復興計画の合意形成が2012年頃から進められ、市街地の再生について話し合われるようになりました。そこでまずとりかかったのが、行政と地域住民との意見のすりあわせ。被災跡地利用や公営住宅の復興計画に対する住民の意見を集約し行政側に伝えるなど、まずはハード面が整うよう、合意形成を促進することに力を注ぎました。

コミュニティ活動の再開から拡充するため、地域の担い手つくりに着手しました。しかし、ハード面が整備されないと地域のことを考えられないという現実に直面します。そこで、被災していない人が中心となってコミュニティをつくる活動をはじめました。このプロセスはモデル形成として、自分たちでやってみたそうです。

◎進捗評価の指標をつくる
定量化できる数値や定性的な目標を設け、地域のキーパーソンが役割を果たしているのか、状況・状態の把握をしているのか、多様性を担保しているのかなど、第三者が見てもわかりやすいように行動を可視化していきました。

◎小さな成功体験を積み上げる
RCFでは、等身大のまちづくり計画を進めることを大事にしてきました。たとえば、数億円かかる住宅計画が作られたことがありましたが、実現には予算がかかり身動きがとれませんでした。そこでまずは、住民たちが自分たちでできることからはじめたのです。それが桜並木の復興です。公営住宅完成後を想定した植樹を始め、自分たちが住みたい未来を描いての行動でした。

◎釜援隊の自律的マネジメント体制をつくる
復興支援員制度を利用した釜石リージョナルコーディネーター(通称「釜援隊」)の存在が生まれました。釜援隊の課題解決力の底上げ/チームビルディング/地域の指標化/中長期目標の設定などをサポートし、地域で共に動いていくコーディネーターを増やしていきました。

◎地域の担い手づくり
よそ者、釜援隊の存在が復興の力になっている一方で、地域に住む人が復興を誰かに任せっきりにする状況にするのではなく、自分たちで動けるようにしていくことにも注力します。地域のリーダー(担い手)となる人を発掘し育てること、成功体験を積み重ねるためのサポート、コミュニティビジネスの創出や女性、若者へのサポートがこれからますます重要になってきます。

釜石は2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップ開催都市として決定。地域が盛り上がってきていることを感じているそうです。また釜石には、世界遺産「橋野高炉跡」があるため、『鉄とさかなとラグビーのまち、釜石』として世界にPRをしています。


東京側でいま自分に何ができるか、個人・企業として考えてみる

お話を伺ったあとに、参加者のみなさんと山口さんにもご参加頂き、「東京側でいま自分に何ができるか、個人・企業として考えてみる」をテーマにグループセッションを行いました。

06_0302.jpg
07_0302.jpg
08_0302.jpg

最後に話し合った内容を発表していただきました。

そこで出たアイデアは、
【個人】
・消費する
・忘れないこと、とにかく行ってみる、「地」の物を買う
・東京のメンバーに東北の魅力を伝える
・他のエリアにも行ってみる

【企業】
・楽しさを創る
・企画を押し付けない
・企業で情報を伝える
・企業の本社を移転する
・公共鉄道の運賃の1%をファンド化。東京から東北への移動費、宿泊費に充てる。

さまざまな意見やアイデアが生まれました。

09_0302.jpg

最後に、山口さんからのメッセージとして、被災地は課題先進地域であると同時に、その言葉の重みを持つのはこれからと言います。災害はハードインフラの持つ要素をリセットしてしまうため、その時に、はじめて「地域のソフトの強み(地域資源)と弱み(地域課題)が露呈し、より強化されるプロセスになる」といいます。ハードが復旧しないと、人の心はソフト面に向かわないことも釜石から学びました。

10_0302.jpg

Think the Earthもクリエイティブの力を使って社会に貢献するチームではありますが、東北の震災から5年経った今だからこそ、ハード面からソフト面に連携する時に何か貢献できることはあるのかもしれないと感じました。3週間のイベント期間でしたが、これからも継続的に東北復興や防災について考える機会を設けられたらと思います。

(推進スタッフ 鈴木高祥)
=2016/3/17 一部加筆修正=

【イベント】
釜石のこれまでとこれから。3/19〜21
釜石の今に触れ、人に出会う釜石大博覧会開催!

この記事へのリンク

« 「カフェからはじめる、新しい社会・経済のつくり方」 [セミナー&サロン] | メイン | いつもじゃなくてもいい。でも忘れないように。 »