2016年04月07日

5年で「終わり」ではなくて

忘れないプロジェクト

4月2日〜3日、忘れない基金で寄附をすることになった岩手県釜石市の一般社団法人三陸駒舎を訪ねてきました。

2019年のラグビーワールドカップのスタジアムが建設される釜石市鵜住居地区から内陸に20分ほど車を走らせると、三陸駒舎の事務所兼活動拠点となる古民家に到着します。
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ちなみにもう少し奥に進むと、「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に指定された橋野高炉跡があります。

三陸駒舎は、ちょうど1年前の2015年4月に設立。
釜石市の復興支援コーディネーター(釜援隊)のスタッフだった黍原豊(きびはら ゆたか)さんは、活動を通じて子どもたちと接するうちに、子どもたちへの心のケアはこれからも必要ではないか、と考えるようになります。そんなとき、ホースセラピー(馬とのふれあいを通じて、心身の障害や心の病を癒す療法)を実践する寄田勝彦さん(現・三陸駒舎代表)と出会い、活動を立ち上げました。

事務所には、薪釜やロケットストーブもあって、それだけでワクワクしてきます。
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この土地には、昭和30年代頃までは馬とともにある暮らしがあり、南部曲り屋という、厩(うまや)と住宅が一体化した建物がありました(南部曲り屋は、いまは文化財として岩手県の各地で保存されています)。
ちょうど三陸駒舎を立ち上げようと、馬が飼える場所を探していた時に、築90年の南部曲り屋の古民家を貸してくださる方に出会ったのです。昨年から古民家の家主さんやボランティアの力を借りながら古民家再生を続けています。

黍原さん(中央)は、釜石に来る前にも、自然のなかで子どもたちの体験活動をサポートする仕事をしていたことがありました。左右はそれぞれ、兵庫県と岩手県の内陸・奥州市から来たボランティアさん。どこで写真を撮ろうかなと考えていると、兵庫県から夜行バスでやって来たという建築を勉強する学生ボランティア男子が、「曲り屋だってことがわかるように、ここのつなぎ目のところで撮りましょう」と提案してくれました。
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これから、馬を学校や復興住宅などに派遣したり、古民家での宿泊体験と乗馬体験などの活動をしながら馬と共にある暮らしの場づくりをすすめ、地域の資源を活かしつないでいきたいとのこと。
忘れない基金からの寄附は、これらの活動のスタートアップの資金に活用されます。
今月20日は待望の馬がやってきますよ。
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乗馬や古民家体験は、子どもはもちろん、おとなも大歓迎とのことなので、一度、訪ねてみてはいかがでしょうか。古民家改修のボランティアは随時募集中です。


◆釜石では、こんなところにも行ってきました。◆
市役所の近くにできた釜石情報交流センター。
映画上映やライブもできる多目的ホール「釜石PIT」や、
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ミッフィーカフェが入っていて、ゆっくりお話したりちょっと作業をしたりできる場所になっています。
すぐ隣にはイオンタウンもでき、さらに市民会館も建設中。
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三陸鉄道南リアス線の釜石駅では、ラグビージャージを着た猫がお出迎えしてくれます。
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◆釜石の北となりにある大槌町と、
  さらに北にある宮古市にも行ってきました◆

大槌町では、「一般社団法人おらが大槌夢広場」が行っている大槌町の語り部ガイド、赤崎さんに案内をしていただきました。

「(津波に飲まれた町の中心部を指して、)私の家はあそこにあったんですよ。津波が来ると思って、このお墓の斜面をみんなの肩を抱いて背中を押しながら、とにかく逃げました」
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震災前の町を、住んでいた人達で思い出を書き記しながら再現したジオラマ(左)と、町の再建計画(右)。上の写真はその中心部です。
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町を案内していただくと、まだあちこちに5年前の様子がわかるものが残されています。これは、津波後に発生した火災で溶けて割れてしまったお寺の鐘。赤崎さん達は、このお寺のお墓がある斜面を登って避難しましたが、お寺は津波と火事でなくなり、いまもプレハブの本堂です。
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●おらが大槌夢広場の研修・視察ツアーや語り部ガイドはこちらから。
http://www.oraga-otsuchi.jp/project/tourism/

〜〜〜

宮古市では、万里の長城と言われた防潮堤があった田老地区で、宮古市観光協会の「学ぶ防災」ガイド、小幡さんに案内をしていただきました。
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整備が進む一方で、津波でひしゃげた鉄柵が残っている堤防の一部をまだ見ることができます。これまで現地に出かけたことがないという方も、現場を訪れると何か得るものはあるのではないかと思います。
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住宅の高台移転が決まり、建設が進む高台から、かつての町を見下ろしたところ。左の白い建物が、震災遺構として残される「田老観光ホテル」です。この4月1日から始まったのですが、津波が来たときにこの建物から撮影した映像を、撮影した位置から見ることができます(予約制)。
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●宮古観光文化交流協会の学ぶ防災についてはこちらから。
http://www.kankou385.jp/pickup/548.html


震災から5年。
町づくりや復興住宅の建設は、多くの町で当初の予定通りではないものの、一歩一歩進んでいるように見えます。けれども、仮設住宅の入居者は岩手、宮城、福島3県で約5万人。災害公営住宅の建設進捗率は50%前後。昨年から順次入居は進んでいますが、そこからまた新しいコミュニティをつくり、地域の見守りを続けていくには時間がかかることでしょう。今回お会いした方達からも、仮設や災害公営住宅で孤独死をされた方のお話を幾度となく聞きました。

月日が経過するにしたがって、私たちが直接的にできるボランティアやお手伝いは、徐々に少なくなってきてはいると思います。けれども、小さいことですが、機会があれば現場を訪れ、忘れない基金を通じて、コミュニティ、人と人との紡ぎ直しのお力になれればと、改めて強く思いました。

あ、もちろん、美味しいものや素晴らしい景色、楽しい人達に出会う楽しみがあるのは言うまでもありません(^_^)

(はらだまりこ)


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