2014年02月14日

なにが何でも浜岡原発だけは動かしてはならないという理由・・・また原発問題かと笑わないでください

理事からのメッセージ

みなさん、こんにちは。
Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場するコーナー、
第10回目は水野誠一理事長の登場です。

理事のみなさんの紹介はこちら
http://www.thinktheearth.net/jp/about/organization/index.html
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都知事選が終わり、残念なことに宇都宮・細川・脱原発派の両陣営が負けてしまいました。
自民党推薦候補が勝ったことによって、原発再稼働が進むことは間違いないでしょう。
脱原発の候補が二人立つことによって、脱原発票が分割され、譬え合計では勝てても、たった一人を選ぶ首長選挙では、ムダな闘いになることは明らかでした。そこで、両陣営に働きかけて、政策の摺り合わせと一方が出馬を譲るということもしようと試みました。しかし、宇都宮さんはあまりにも早すぎ、細川さんはあまりにも遅すぎたために、この調整は全く噛み合わないことになってしまったのです。

今回、たしかに都知事選の重要な争点のひとつに、エネルギー政策と原発再稼働問題がありました。なんでこれが都知事選の争点なのだ?と言う人もいます。また、今回の「Think the Earth」へのこの原稿に対して、「なんでまた原発問題なのだ?」というお叱りもあるかもしれません。だが、そんな悠長なことを言っていられない事態が迫っているからなのです。
私の最大の危惧、また今回の知事選では、細川さんも訴えていましたが・・それは再び日本を襲う「大地震」が迫っている危機なのです。これこそがまさに、Think the Earthなテーマなのではないでしょうか?

現時点で、いつ起きても不思議ではないといわれる震災には二つあります。
ひとつは、直下型の「関東地震」です。これは首都圏直撃の巨大地震です。被害総額も膨大になるでしょうが、それでも100兆円には行かないだろうと思われていることと、原発事故とは絡まない可能性が大きいことが、まだ救いなのです。

ところでもうひとつの危惧が、「南海トラフ地震」です。こちらは悠に200兆超えの損害規模だと言われています。この今回の南海トラフ地震は、過去の例からみて、東海・東南海・南海・三連動地震の可能性を意味します。ところが、その中でも一番恐ろしいのが、南海トラフと繋がっている駿河トラフで起きる「東海地震」なのです。

それは不確かな地震警告は出さない気象庁までが、「東海地震発生の切迫性」と題したレポートを発表していることからもわかります。しかも、東海地震は、「駿河湾から静岡県の内陸部を震源域とするマグニチュード8クラスの巨大地震」と位置づけていることに注目して戴きたいのです。

気象庁:東海地震発生の切迫性
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/tokai/tokai_eq2.html
03.jpg

それは何を意味するのでしょうか?
南海トラフ地震や駿河トラフ地震自体は、海溝型地震ですから、3.11の東北地方太平洋沖地震と同じく、津波被害が想定されますが、それによって引き起こされる東海地震は、直下型地震を伴う地震なので、浜岡原発を取り巻く活断層が動く可能性が高いということなのです。そうなれば、津波被害で電源喪失などという事故ではなく、炉自体が直撃破壊される危険性が伴う前代未聞の巨大事故となりそうなのです。

14年前に政府が「東海地震の可能性は30年間以内に83%」と発表したことがありましたが、それから14年経った現在では、残り16年間に起こる確率は更に高くなっているということなのです。

政府が最近発表した南海トラフ地震の被害想定によると、最大被害は220兆円というものでしたが、この中には浜岡原発の事故は想定されていませんでした。これを入れると福島程度の事故だったとしても、その被害総額が天文学的に跳ね上がる可能性があるのです。
それは、福島原発の事故と違って、浜岡原発が首都圏の西に位置するからです。偏西風に乗って高濃度の放射能雲が首都圏を覆う事態になれば、3000万人の住民が一斉に避難せざるを得ません。また都心との距離も200kmを切ります。その事故規模にもよりますが、最悪の場合は政治・行政を含む総ての首都機能喪失となります。

脱原発派知事候補に勝たせたいという思いはありますが、なんと言っても肝心なのは、全炉の再稼働を促進しようとしている安倍さんを思いとどまらせることなのです。そして、静岡県知事が絶対に再稼働許可を下ろさないことなのです。
それに向かう端緒としての都知事選ではありましたが、それが総てではないいうことなのです。

2011年の事故後、5月に菅首相が浜岡原発だけの運転停止を中電に要請しました。それによっていち早く停炉されたことを憶えていますか?あの時は、私が出馬した2001年の知事選での訴えが結実したのだ、と褒めてくれた方々もいましたが、実はそうではなくて、米国からの強い要請だったと言われています。プレートのズレの余波で、駿河トラフ地震が誘発されて浜岡原発がやられると、横須賀の米軍基地が壊滅するからだと言われていました。これは事実でしょう。ですから、この外圧が最後の安全装置なのです。
外圧に頼っても止められるなら好いと思いますが、出来れば我々日本人の気づきで止めるべきことなのです。
この危機について、改めて問題にすることが求められているのです。
そんな最中、中部電力が、再稼働申請を出すことが明らかになったのです。
薄っぺらな防波壁(塀)と、多少の手直しだけで、それこそ、過去にも未曾有の原発事故が起きうると予測されていた、この世界一危険な原発を再稼働させるとは、どう考えても狂気の沙汰でしょう。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD0602R_W4A200C1EB2000/
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そこで、2011年の事故後、恐らく菅首相が浜岡原発を止めた直後に書いた原稿を、ここに再掲したいと思います。
この問題が如何に重要かを認識する上で、大事な補強的な解説になるからです。以下、長い引用をお許しください。

(以下引用)

浜岡原発を止める理由

21世紀になってなにやら20世紀の常識が覆され始めている。
今回の東北地方太平洋沖地震も様々な常識を覆している。
まず、地震の常識では滅多に起きないと思われていたマグニチュード9越えの地震が起きたこともさることながら、科学の粋を集め最新技術の塊の様に思われていた原子力発電では、次々に暴露されるその災害対策のお粗末さから、鉄壁の安全性という常識がいとも簡単に覆されてしまった。とりわけ、今まで安全の守護神の様に語られてきたECCSまでが破断し、格納容器に穴が開き、1号〜3号機でメルトダウンを起こした事実は、完全に「安全神話」の崩壊を意味する。

「なぜ浜岡なのか」

「浜岡原発が止まる!」
それは5月6日、菅首相の唐突な記者会見から始まった。
「かなり高い確率で起こり得る東海地震に備え、地震(津波)への対策ができるまで、浜岡原発の運転停止を中電に要請する」というものだった。その前日に海江田経産相が浜岡原発を訪ね、中電社長や静岡県知事と話をしているニュースが流れたので、何かが起きそうだとは思っていたが、あまりの唐突さに、長年浜岡原発の停炉を訴えてきた私ですらビックリしたのだから、事情を知らない人々はさぞ不思議に思ったに違いない。
実際その直後から、「浜岡原発はそんなに危ないのか?」「なんで浜岡原発だけなのだ?」「菅首相の延命のためのスタンドプレイか?」「電力不足も考えない拙速な独断では?」などの疑問が報道を賑わせることになった。
ところが意外なほどあっさりと、中電は政府の要請を受け入れ、運転停止を決定した。4号機は5月13日に、5号機は、復水器内で冷却用の海水が400トンも漏れ出して混入するというトラブルのオマケを伴いながらも、15日に停止した。

今回の運転停止問題には菅首相の説明不足も大いにあるのだが、受け止める側にも様々な勘違いもあるということで、少しこれらの疑問に答えてみたい。

これは「なぜ浜岡だけを止めるのか」という疑問に尽きるだろう。
答えは、浜岡原発が東海地震の危険性に晒されている危険度と緊急性が一番高い原発だということになる。
今から10年前に政府の「地震調査委員会」が「今後30年間に87%の確率でM 8、震度6〜7の地震が起きる可能性」があると発表した。さらに東海地震は1854年の安政南海地震のように東海・南海・東南海連動型地震となる可能性も高いと予想されており、これが生じた場合にM 9の巨大地震となると言われる。
浜岡原発の1号機が完成したのは1976年だ。中部電力の最初で唯一の原子力発電所であった。そんな時代に中部電力が候補地として白羽の矢を立てたのが浜岡だ。いかなる調査をし、いかなる判断で浜岡を選んだのか定かではないが、今から見ればその選択は最悪であったとしか言いようがない。

その理由の第一は「地層」の問題だ。
小村浩夫助教授(1981年当時)の調査によると、浜岡原発から8km以内周辺には8本の活断層が確認され、他に3本のリニアメント(擬似断層)があり、その内2本が原発敷地内を走っていると言われている。
しかも浜岡原発の立地する地盤は相良-掛川層群比木層 という砂と泥からできた地層であり、工学的には「軟岩」や「泥岩」に分類される。つまり中部電力が言うように頑丈な岩盤の上に建っている原発とはほど遠い代物なのだ。2009年8月の駿河湾地震では、5号機で地盤が10cm沈下し、廃炉中の1号機では逆に20cm隆起したという。
国内での評価だけではない。ウォールストリートジャーナル誌が世界の400を超える原発を調査して、その「危険度ランキング」を割り出した資料がある。それを見ても台湾の原発2機に続いて堂々世界第3位に位置していることがわかる。

二番目は、「海溝型地震」に限らぬ「直下型地震」の可能性だ。
東海地震の場合、駿河トラフが動くケースが十分に考えられる。駿河トラフや相模トラフの場合、震源域が人の住む日本列島の下まで及んでいるため、海溝型地震でありながら直下型地震と言っていいとされている。すなわち、プレートと原発直下の活断層が繋がった状態にあるというところに、直下型=比較的小規模な地震という常識が通用しないわけだ。
その場合は、原子炉の核燃料の核分裂は止められたが冷却水が間に合わなかったという事故ではなく、原子炉自体が跳ね上がり制御棒すら入れられない大事故が十分に考えられる。
むろん、津波の心配もないわけではない。だがもしも今回の東北並の津波が来たら15mの華奢な防波壁では何の役にも立たないことも明らかだろう。
2009年8月11日に駿河湾地震(M6.5)が起きた時は、浜岡原発は全炉自動停止し、幸い事故には至らなかった。また暑い最中であったのに電力不足は起きなかった。だが現在想定されている東海地震はこんな規模では済まない。政府予測によると、マグニチュード8の地震という想定である。マグニチュードが「1」上がる毎に32倍もエネルギーが増加する計算なので、少なくとも駿河湾地震の40倍以上の揺れが想定されることになる。

三番目は、今までに浜岡原発で起きた冷却水系の故障や事故履歴のあまりもの多さである。
手許の資料で見ると、2001年の平常時に起きた配管の破断事故から始まって、冷却水の漏洩などの大きな事故だけで7件、その他の火災事故、不正行為、データ改竄などを入れると16件の事故や問題があったとされている。
見逃せないのは、2009年8月の駿河湾地震の時、5号機で250本の制御棒の内30本の制御棒駆動装置が故障していたことをはじめ、24件の不都合が見つかった事実だ。さらに今回5号機の停止作業中には、復水器中のパイプが破断して400トンの海水が混入し、炉内にも5トンが混入するという事故が発生した。平常時でもこのありさまなのだから、地震が起きれば、設計上冷却系配管の破断は避けられないと、福島第一原発の設計者だった菊池洋一氏は警告している。
こんな状況の中で運転されてきた浜岡原発。1号機と2号機は安全対策投資の目処が立たずに廃炉を決断したわけだが、最新の5号機ですらこの状態であることを中電はどう説明するのか。

「停炉ではなく、廃炉でなければ意味がない」

「危険なことは分かったが、防波堤や冷却のバックアップ装置ができたら運転再開すべき」と考えている人は少なくない。これが大きな間違いであることは、直下型地震が起きる可能性が高い限りあまり意味がない対策だからだ。廃炉にすべきなのだが、廃炉ができないなら、少なくとも東海地震が来るまで休炉をすべきだろう。
また、「東電が電力不足の現在、慌てて止めなくても」という意見もあるようだ。
たしかに、琉球大学の木村政昭名誉教授のように、今回の東北地震によって東海地震は30年以上遠退いた、という見方をする地震学者もいる。だが、一方では今止めても30年先の地震に間に合うのかどうかという心配すらあるのだ。
まず、制御棒が入って核分裂が止まっても、冷却装置が壊れれば大事故になることは福島の事故から理解いただけると思う。しかし、我々は運転中の炉の停止ばかりを心配するが、廃炉が決まっている1号機、2号機の建屋のプールの中でも、使用済み核燃料が1600本も冷却中だということは見落としがちだ。ということは、運転中の4号機、5号機を止めても、その燃料を安全温度まで冷却するのには建屋内のプールで相当年数、冷却を続けなければいけないということなのだ。受け入れ先の目処が立たない使用済み核燃料を抱えたまま、地震が来ないことをひたすら祈ることになる。

福島第一原発事故では、何処までが天災で何処からが人災なのかという検証が始まるだろう。だが折角止めた浜岡を東海地震前に再稼働させたなら、これぞ100%人災になるということを肝に銘じてほしい。

(以上引用)

私は、恐らく2020年頃までに、この大型地震が到来するのではと思っています。来なければそれで結構なのですが、地球規模の危機を予め予防するために、これだけは聞き届けて戴きたいものです。

(水野誠一)

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2014年02月03日

再エネに挑む小学生パワー!

プロジェクト裏話理事からのメッセージ

みなさん、こんにちは。
Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場するコーナー、
第9回目は上田壮一理事の登場です。

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小学生のパワーがすごい! と実感する半年でした。

『グリーンパワーブック 再生可能エネルギー入門』の編集にあたって、本の編集段階で東京学芸大学附属世田谷小学校6年生のクラスが「再エネ」の授業を行ってくれました。この時に実際の授業を通して先生と議論したことが、本の編集でもとても役に立ちました。

どんな授業内容だったかというと、最初の授業で、再エネの概要を先生が教えた上で、5つの再生可能エネルギーチーム(太陽光、風力、バイオマス、小水力、地熱)に分かれます。そして、学校祭でそれぞれのチームが勉強の成果をパネル展示し、来場した父兄や下級生からの投票で順位を競うという仕掛け。

当日の午前中は子どもたち自らがシナリオを書き、演出した劇を披露し、教室での発表に誘導、投票を呼びかけます。この劇がよく考えられていて、メッセージ性もありながら、笑いもあり、突如みんなでAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を踊っちゃうエンターテインメント性もあり、その構成・演出力に驚かされっぱなし。

競争があること、発表の舞台があることで、子どもたちのモチベーションも高く、パネルの前では大人顔負けのプレゼン。ちょっといじわるな質問を大人がしても、しっかり勉強したために、怖じ気づかずに答えていました。

この授業のアイデアを考えた担任の沼田先生の力が計り知れず大きいのですが、いったん心に火がついた子どもたち自身の成長ぶりは、目を見はるものがありました。

この授業の成果は、年末に行われたエコプロダクツ2013の「グリーンパワーブース」に組み込まれることになります。資源エネルギー庁からエネルギー大使として任命され、手作りのパネル前でのプレゼンテーションと寸劇を、今度は学校関係者ではなく、一般の大人たち(来場者たち)に向けて行うという一段高いハードルを与えられ、これも見事に、そして一生懸命にクリアしてくれました。

それぞれの子どもたちが見せてくれた素晴らしい熱意とパフォーマンスに、こころからのありがとう!を贈りたいと思います。

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さらに先週、さいたま市立道祖土(さいど)小学校に行ってきました。
『グリーンパワーブック』の寄贈プログラムにご応募いただいた横須賀先生から、
6年生の理科の授業で使うから見に来ませんか? というお誘いをいただいたのです。

グリーンパワーブックの目的は本を作ることではなく、本を通じて
エネルギー教育に熱心な先生とのつながりを作っていくことです。
その最初の機会となる貴重な見学でした。

授業の内容は、ペットボトルを使った風力発電機を工作で作り、その仕組みを学ぶこと。続いて映像を視聴し、本を読んで、これからの日本のエネルギーはどうあるべきか、などの話し合いをするもの。

子どもたちは感想文に「今後、役立てることがあったら、何か手伝いたい」、「楽しくて、しかも環境にいいものがたくさん作られるといいな」など前向きな気持ちを多く寄せてくれました。

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ほかにも、現在応募いただいている学校はさまざまで、総合学習、理科、社会科などの授業で使われるほか、なかには英語の授業で使う先生も! 授業の進め方も千差万別、それぞれの先生が工夫を凝らして取り組んでいる様子が伝わってきます。

現在も希望校に寄贈するプログラムは継続中です。
ぜひご応募をお待ちしています。

学校寄贈プロジェクトリーフレットはこちらから

学校や地域で再生可能エネルギーの学びの場をどのようにつくっていくのか、これから先生たちとも対話を重ねて、じっくり考えて行きたいと思っています。
(上田壮一)

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2013年10月01日

モザイク都市と、モザイクの星。

理事からのメッセージ

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Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場するコーナー、
第8回目は小西健太郎理事の登場です。

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@ブエノスアイレス
南米のアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに行ってきました。
旅行会社の方に、「ブエノスアイレスはモザイク都市だから気を付けて下さい」と、最初に注意を受けました。
「モザイク都市」?
聞き慣れない言葉ですが、これは悪い意味です。つまり、犯罪が通常の都市の常識である地区やエリアで括られて、その発生率の濃淡が分布しているのではなく、モザイク状になっているということです。

街を歩いてみると、1ブロック毎に近代的で安全そうなところとなんか危なそうなところが入り乱れている模様が実感できます。市内随一の高級ショッピングモールの向かいのブロックにはかなり昔に廃墟となった「ハロッズ」という名の百貨店がゴーストスポットのように放置されたままです。土地の価値を考えるとそんな一等地にどうしてそんなことが、と思うような建物がたくさんあります。そして、その廃墟の裏側は一変してヤバい感じで、足を踏み入れがたい場所に様変わりしているのです。
東京に例えると、銀座の和光の向かいの三越が廃屋で、その裏手が危険スポットといったピースが都市の広さだけ網の目のように織り込まれて、モザイク都市になっているのです。

実際に知り合いが、国会議事堂の前で後ろから羽交い絞めにされて、手に嵌めていた時計を抜き取られ、相方のバイクに飛び乗って逃走されるという白昼強盗にあっています。国会議事堂前の広場です。想像できますか?
かつては南米のパリと謳われた美しい街の面影は、かなり損なわれてしまっています。コロン劇場という世界三大オペラハウスの一つがあったりする街なのですが・・・。

現在、アルゼンチンは猛烈なインフラに襲われていて、社会不安が日に日に増大しています。2001年に国が破綻しIMFの管理下に置かれましたが、2度目の破綻も秒読みといわれています。そのため国民は、自国通貨を信用せずに、米ドルに資産を移そうとやっきになっています。国が定めた銀行の換金レートのほぼ2倍の料率で街の両替所でドルは換金でき、レストランでもドルで払うというと、その手のレートで勘定してくれます。旅行者としては得した気分を味わえますが、ともかく、めちゃくちゃな状況なのです。
しかし、人々の暮らしは日々続いています。街には、ハイクラスの人種の優雅な生活もあれば、スラム街の人々の過酷な暮らしもあり、誰もが生きるのに必死で、国の状態に絶望しているようには見えません。この人間の奔放なエネルギーがさらにモザイク化を加速させているように感じました。


@「地球」
地球も同じなのかな?
と、帰りの飛行機で南米大陸を上空から眺めながら思いました。
人間本位のモザイク化が、急速に、そしてバランスを著しく欠いて、地球上のあちこちで起きている。そのため地球温暖化などこの星の問題が、全体として軌道修正されることなく深刻化し続けている。私たちが生きている21世紀とはそういう時代なのでしょう。

国家という単位では対処できないのに、国家や民族という単位は頑強で、資本主義に代表される抑えがたいエネルギーによって、地球上のモザイク化が加速していく時代。
生態系はモザイク化されると脆く、消滅するリスクが高まるのは言うまでもありません。その母体である自然環境でもモザイク化が進むと全体循環の適正化がマイナスに振れて予想もしなかった気候変動が起きているようです。
奇妙なことに、というか厄介なことに、地球のモザイク化は枠組みが大きすぎて、人がなかなか気づくことができません。モザイク都市を歩いて感じるような危険のリアリティをもてないのです。

日本に帰った週末、台風18号が本州を直撃して、これまであまり耳にしたことのない竜巻を伴っての猛威を奮っていました。そういう変種の痛みで、ようやく、この星のモザイク状の組み上げがもたらしているであろう脅威に気づかされます。
久しぶりの日本のご飯の恵みに旅の疲れを癒されながら、そんなことを考えました。

(小西 健太郎)

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2013年09月05日

適応策へ

地球日記理事からのメッセージ

大丈夫か、地球。と思っている人は多いのではないでしょうか。
今年の夏、日本はひどい豪雨や竜巻といった極端な気象現象に悩まされ続けています。
ツイッターのまとめや記事を振り返ってみただけでも、こんな感じ↓

7月23日 ゲリラ豪雨で東京がやばい
8月9日 北海道・東北で猛烈な雨
8月24日 島根豪雨
8月25日 梅田駅冠水
9月2日 埼玉で竜巻
9月4日 名古屋駅冠水
9月4日 栃木で竜巻

7年前の2006年に『気候変動+2℃』という本を編集しました。
タイトルが「地球温暖化」ではなく「気候変動」というところがミソです。

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この本を出した後、アル・ゴアの「不都合な真実」という映画のヒットをきっかけに、地球温暖化という言葉はメディアでも幾度となく取り上げられることになりました。
でも、平均気温の測定から地球が温暖化しているのは確実ですが、原因については諸説あり、メディアがその議論(喧嘩)ばかりを強調したために、世の中に混乱が生じてしまいました。

環境問題について学校で教わってきた世代である、今の学生たちと話すと「よくわかんないから、もう、その話はいいや」という気分だそうで、これは悪影響としか言いようがありません。

でも、どうなんでしょう。「その話はいいや」と横に置いておけるような状況ではなくなってきているように思います。

2006年に今年のような気象が続いていたとしたら、もっと違う本を編集していただろうと思います。つまり、あの時、僕たちはもっと穏やかな気象のなかで、もっとノーテンキに生きていました。

そのことを、ちゃんと思い出したい。

僕たちは茹でガエル状態で、徐々に変化していることには、なかなか気づかないし、危機感を感じません。もし2006年の夏から、2013年にタイムスリップしたら、今もっとオロオロしているんじゃないでしょうか。実際に、年ごとに激しくなっていて、予測困難になってきており、来年はどうなる? という問いに明確に答えられる専門家もいません。

温暖化に対して、その原因物質と言われる温暖化効果ガス(二酸化炭素やメタンガスなど)を減らそうという政策を「緩和策」と言います。
気候変動条約の国際会議では、どこまで減らすかを、先進国と途上国が、それぞれの国益を背負いながら交渉するという構図です。国が行うチームマイナス6%とか、チャレンジ25とか、そういう数字が入った啓発キャンペーンも、基本的には「緩和策」に根ざした施策です。

一方、どんな原因であれ、現実の事象として「気候変動」、もしくは「極端な気象現象」が頻発してきている事実の方を直視し、それにどうやって対応するかを考える「適応策」の大切さが議論されるようになってきています。来年3月に横浜で行われるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の会議の議題も「適応策」です。

具体的には気候変動によって引き起こされる水害や渇水などの災害に対して柔軟な(レジリエントな)社会を構築しようという考え方で、遊水池のように、洪水になったら、いったん溢れさせ、文字通り水を遊ばせるエリアをつくる治水対策などは、従来から行われてきた適応策の典型例です。
(適応策万歳と言っているわけではなく、ジオエンジニアリングという、地球を改造しちゃおうというようなオソロシイ適応策もあるので要注意)

『気候変動+2℃』の中で、この適応策に触れている箇所があるので、引用します。横浜国大の伊藤公紀教授のコラムです。
ーーー
社会や生態系の中で気候変動に弱いところを見つけて強化する「脆弱性アプローチ」や、柔軟性を持たせ、回復力を増やしてやる「レジリエンス(回復力)アプローチ」のような、適応策をとるのが良いでしょう。これらのアプローチでは無駄なエネルギー消費を減らすといった、二酸化炭素削減と共通の対策に加え、もっときめの細かい、地域や文化に合った政策をとることになります。基本的には「温暖化」であろうと「寒冷化」であろうと「どう転んでも良い」ようにします。社会のなかの強すぎるつながりを弱め、新しいつながりをつくることが効果的です。
ーーーーーー

Think the Earth Paper Vol.11で、インタビューさせていただいた岸由二さん(慶應義塾大学名誉教授)が唱える「流域思考」は、この適応策の先進的思想だと思います。対処療法的になりがちな「適応策」を、根本的な社会システムの変革の話へと発想を広げてくれます。

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ーーー
問題の核心が都市であることは間違いがない。地球温暖化によって、やがて大きな海面上昇が現実となり、豪雨傾向が強まれば、海辺の都市群は巨大水災害に見舞われてゆく。だからこそ先進国の先端都市の真ん中から変えていくしかない。その時、「流域で考える」ことが現実的なベストの地図戦略になり得ると思っているんです。
ーーー

じっくり学びたいけど、その時間はないかもしれません、
次々と迫り来る事態のなかで、家族を守ることに必死になるような状況がやってきてしまう前に、いま何ができるんだろう、ということを考えなくてはならなくなりつつあります。

環境問題という言葉のイメージは、自然を守ることよりも、自然の脅威から自分たちの生命を守る、暮らしを守る、そのために自然と人間が共生する社会をつくる、というイメージに変わっていくでしょう。共生するという言葉には「美しく豊かな自然とともに生きる」ことと「激しく荒々しい自然の脅威とともに生きる」という二つの側面があるのです。

こうなってくると、国で言えば環境省だけでは手に負えない話で、国土交通省、経済産業省、農林水産省、などなど、さまざまな領域が手を取り合って取り組まなければならないテーマです(逆に言えば、縦割りの行政が取り組むのはとっても苦手な領域かも)。
ビジョンが決まれば、新しい街作りや、家造り、暮らし作りがテーマなので、産業界にとっては大きなビジネスチャンスとも言えます。経済活動と環境保全が無理なく両立する道が開ける領域です。

さて、どうしたものか、、、
強い雨の中を、ずぶ濡れになりながら仕事場に急ぎつつ、今朝はこんなことを考えていました。
(上田壮一)

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2013年08月05日

大切な、三つの動詞

理事からのメッセージ

みなさん、こんにちは。
Think the Earth理事メンバーがスタッフブログに登場するコーナー、
第7回目は白土謙二理事の登場です。

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今回は、気になっている三つの英語の動詞について考えてみようと思います。

まず一つ目は、think the earthの"think"。これは、現代という混迷の時代にこそ、
最も大切な動詞だと思います。
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この数年、テレビでは池上彰さん的な"分かりやすい解説"が
もてはやされていますが、これはとても良いことである反面、
良くない面もあると思います。
それが何かと言えば、池上さんの説明を聞いた人たちが、
自分のアタマやコトバでもう一度考えようとせずに、
"分かった気になってしまう"こと。
さらに言えば"そうだと思い込んでしまう"恐れなのです。

もちろん、それは池上さんの責任ではありません。
様々な事象を歴史的な文脈と多様な価値観の視点で、
大局的に把握するということは大切なことです。

でも、もっと大切なのはその先です。
最近、池上彰さんが"質問する"ことの重要性をアピールされていることは
とても素晴らしいことだと思います。
プロのジャーナリストの皆さんの"質問力"が低下していることで、
様々な現象の裏で起きていることの本質が見えなくなってきている
という指摘をされています。

私が気になっている二つ目の動詞も、この"ask"なのです。
2010年に、アメリカのファンドレイジング協会の会長であった
ボーレット・マエハラさんが来日された時の講演の中で、
NPOやNGOに代表される非営利活動への支援を、
企業や財団や篤志家や寄付者にお願いする際に、
ファンドレイザー(寄付を集めるプロフェッショナル)にとって
大切な動詞は二つしかないとの指摘がありました。それは、

ask_and_thank3.jpg
ask&thankでした。

どんな素晴らしいプロジェクトであれ、
どんなに実現が難しそうな活動であれ、まずは、
支援してくれそうな相手に<お願い=ask>しに行くしかないと言うのです。

そこでもちろん支援がいただければこんな幸せなことはないのだけれど、
その成功率は極めて低い。

その時にこそ、大切なのがこの"ask"のもう一つの意味だと言うのです。
それは、"質問する"ということです。
なぜ、そのプロジェクトや活動に支援してもらえないかを、
頭を下げてでも教えていただく。
そして、その教えを梃子にして自分たちの企画や提案内容を
より説得力のあるものにバージョンアップしていけば良いというのです。

そこでもし、ダメだった理由が明らかになれば、それをクリアできたら、
またお願いに来ても良いかという約束を取り付けるくらいまで、
しなやかで、したたかであってほしい、というアドバイスもありました。

そして、その"ask"と必ず「対」で実行してほしいと
彼女が訴えたのが"thank"という動詞だったのです。
これが私の気になっている三つめの動詞です。

何かを他人にお願いに行ってOKをしてくれたら、
"thank=感謝"するのは当然のことです。

しかし断られた時にも、先に述べたように
その理由を尋ねて教えてくれたら、それにこそ"thank"すべきだというのです。

そして、その"thank"を言葉だけでなく、その支援が
何を生み出したかをきちんとしたレポートで相手に開示、提供すること。
また、支援が得られなかった場合でも、
今回はあなたの支援は得られなかったけれども、
自分たちはここまで「実行」できましたということをきちんと報告すること。
それこそが、次につながる真の"thank"だと、
自分の経験から話してくれたのでした。

何もないところから始める取り組みであればあるほど、
心をこめた"ask"と"thank"を実行し続けること。
その前向きさと、誠実さと、たくましさが、
多様で難しい環境や社会的な取り組みを、確実に
実現に近づけていくための"基本動作"だと、私も実感する、今日この頃です。

(白土 謙二)

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