2011年07月12日

Think the Earth基金の支援先を訪問=PWJ・活動同行編

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Think the Earth基金の寄付先訪問、活動同行編。
6月24日(金)は、前日に伺ったピース・ウインズ・ジャパン(PWJ)が行っている、仮設住宅や内陸部の公営住宅への物資配布、運び込みのお手伝いをさせていただきました。

PWJでは、ジャパンプラットフォームから資金提供をうけ、大船渡、釜石、陸前高田、北上、花巻、遠野、住田、金ヶ崎、西和賀、和泉の各地域の仮設、集合住宅向けに生活支援物資の提供を行っています。

この日は、始めに釜石市の旧中学校跡に。ここには59世帯用の仮設住宅が設置されていました。
旧校舎は、物資の一時保管所や被災世帯向けの生活必需品支給窓口などに使われています。
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私たちが到着すると、荷物を積んだトラックが何台も待機中(4tトラック4-5台あったかな?)。ここから、200世帯800人分の生活基本セットと、ふとん500セット以上を下ろします。
ちなみに、生活基本セットは、石けん、シャンプーなどの衛生用品、鍋やフライパンなど台所用品、爪切り、はさみ、時計など、全44品目。

搬入は、PWJスタッフのほか、物資を調達してくれたイオンの社員、ボランティアセンターから派遣されたボランティアさんのほか、釜石市役所の方、物資を運んでくれたトラックの運転手さんまで総動員で行います。運転手さんは、荷物を降ろせばお役御免なはずなのに、保管場所まで運ぶのを手伝ってくれました。
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生活支援物資基本セットの一部。トイレットペーパー、ティッシュペーパー、救急箱、ゴミ袋などが入っています。
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学校の校舎だったところなので、エレベーターはありません。重い荷物を2階まで運ぶのはほんとに大変!でも、みんな元気です。
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みんなで汗だくになりながら、約1時間半ほどで搬入修了。市役所の方に挨拶をして、次の搬入場所、内陸部の奥州市に向かいました。

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奥州市では、雇用促進住宅を被災者向けに提供しています。PWJが奥州市に行くのは、この日が初めてでした。奥州市の職員さん、震災前はPWJのことをご存知なかったでしょうから、未知のNGOとの遭遇にやや緊張気味。でも、物資の搬入が終わり、テキバキとした仕事ぶりにすっかり安心した様子でした。

ここは数が少なめだったので、奥州市役所、イオン、PWJスタッフで数と品目を確認しながら、荷物を下ろします。
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物資の調達はイオンのの協力を得ています。一人分ずつ分けてパッキングされているので、現場での仕分けの手間が省けます。(考えてみたらパッキングをしている人達の雇用にもなっていますね。)

最後に、無理言って集合していただきました。
左のおふたりがイオンの社員さん。被災した店舗にお勤めだったとのこと。続いて、PWJスタッフの長妻さん、館野さん、公地さん、右のおふたりが奥州市役所の方です。
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生活物資支援担当の公地さんは、元自衛隊員で元青年海外協力隊員。自衛隊でイラクの復興支援に関わったこともあるとのこと。協力隊でザンビアに行き、戻ってきたばかり。
同じく館野さんは、国連の世界食料計画(WFP)スタッフとして、スリランカで働いて戻ってきて間もなく震災が起こったので、さっそくPWJのスタッフに応募したとのこと。
ふたりとも、緊急支援のプロフェショナルです。

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これまで、4つのNGOを訪問し、現地でボランティアをしてきて、改めて、今回の震災の被害の大きさに圧倒されました。と同時に、Think the Earth基金が今まで応援してきたNPO/NGOの果たした役割の大きさを感じています。
そして、こんな時だからこそ、行政や地域の人達、大小さまざまな企業やNPO/NGO、そして私たち一人ひとりが連携して、力を合わせることで、前に進んでいけるのではないかなと、強く思っています。

(はらだ まりこ)

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2011年07月12日

Think the Earth基金の支援先を訪問=PWJ編

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不定期に続けております、Think the Earth基金の寄付先訪問。
今回は、Think the Earth基金の第一期に寄付をさせていただいた、ピースウインズジャパン(PWJ)の東北・一関事務所を訪ねたときのご報告です。(翌日は、PWJが行っている仮設住宅入居者向けの物資提供の荷物運び込みをお手伝いさせていただきました。)

6月23日(木)午前11:00、一関駅近くのPWJ一関事務所に到着。1軒家を借りています。
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対応してくださったのは、広報の佐藤真央さん。

PWJは、震災が起きたその日に現地入りを決定。翌日には、先遣隊がヘリコプターで調査視察に入り、14日から物資配給等の緊急支援をはじめました。

震災直後は、とにかく燃料確保に奔走。ガソリンを確保し、寒さに凍える約2万人の人達に、一刻も早く...と、石油ストーブや燃料、食料に衛生用品を届けてきました。
そして、1ヶ月ほど経ってから、東北に事務所を構えることに。一関に決めたのは、気仙沼、南三陸、大船渡、陸前高田まで、どこへも1時間半で移動できるという利点から、とのことです。

現在は、1)避難所から仮設や内陸部の公営住宅へ移った人への生活用品提供、2)子どもの遊び支援・心のケア、3)経済復興支援の3つのプロジェクトを主に行っています。

陸前高田・大船渡では、地元の商工会議所にOA機器の提供やネット環境の整備支援を行い、南三陸町では、漁協が海の中のガレキ除去に使う備品や機材の提供をするなど、地域の人達が自分たちの力で立ち上がるためのサポートをしています。

一関事務所では15名の常勤スタッフが働いており、うち東京からの派遣スタッフは4名。
震災後に採用したスタッフの中には被災地出身者もいます。気仙沼出身のアートセラピストさんは子どもの心のケアを、漁業復興プロジェクトは南三陸出身のスタッフが担当しています。
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子どもの遊び支援では『ピースおもちゃ箱』も登場。子どもと関わる大人たちへのワークショップも行っています。
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ところで、PWJが迅速な現地入り、燃料の調達などを行えたのは、日頃から日本各地の企業や団体と連携していたことが非常に大きいとのこと。
考えてみれば当たりまえのことですが、震災が起こってから各方面に支援や協力を呼びかけ、一から関係性をつくっていたのでは、調整に時間がかかります。以前からのつながりがあったからこそ、まさに"緊急"の支援ができたのですね。(2004年の新潟・中越地震の経験もありました。)
例えば、震災翌日、道路が寸断され情報もじゅうぶんにない中ヘリコプターで現地入りしたときは、ヘリポート替わりにイオンのスーパーの屋上を借りたそうです。暖を取る燃料やガソリンは、関西方面の支援者も大きな協力をしてくれたとのこと。

●震災発生から3ヶ月のPWJの活動と今後の中長期支援の見通しは、こちらからダウンロードできます。
『東日本大震災被災者支援にかかる3か月報告』
http://www.peace-winds.org/jp/news/archives/110613_1500.html


企業から届く支援物資の箱に、社員の方からのメッセージが。
「企業さんが平日にボランティアを派遣してくれるで、助かっています」と、佐藤さん。
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最後に佐藤さんから、皆さんに伝えたいことをお聞きしました。
「被災地にはまだガレキが残っており、困っている人もたくさんいます。市役所、避難所のリーダー達はずっと気を張って頑張ってきて、疲れています。被災地にボランティアに来られなくても、自分のまわりで東北を応援するイベントに参加したり、企画したり...被災地を応援し続けてください。ツイッターやブログなどで、東北のことを話題にするのでも、いいんです。」

震災から4ヶ月が過ぎ、地域の力で立ち上がるエネルギ−も日増しに大きくなってきているように思います。その火を消さないように、日々、東北のことを話題にする...という小さなことからでも、応援していけたらいいなと思います。


PWJ広報の佐藤さん。
「海外の支援現場との違いは、ガレキの中から私たちと変わらない日常が、生活感が感じられること。湧き上がってくる感情が違うんです。」
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被災地も、頑張っています。PWJに伺った時も話題にのぼった「浜のミサンガ」には、働き者の浜の女性たちの、自分たちで仕事を生み出していこうという気持ちがこもっています。
●三陸に仕事を!プロジェクト
http://www.sanriku-shigoto-project.com/

地震・津波で被害を受け、壁がはがれ落ちていても営業を続けるガソリンスタンドは、地域の人々の命綱のひとつ。被災地のあちこちで見かけました。
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(はらだ まりこ)

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2011年06月22日

伝説のスピーチから20年ーセヴァンの地球のなおし方ー

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みなさん、こんにちは。
多摩美術大学、Think the Earthプロジェクトインターンの相川です。

今週6月25日土曜日から全国ミニシアター系劇場で公開される 「セヴァンの地球のなおし方」 を一足お先に観させていただきました。

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2009年に公開され、フランスでドキュメンタリーとしては異例の大ヒット作となった「未来の食卓」のジャン=ポール・ジョー監督の最新作です。

――
『どうやってなおすかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください』

セヴァン・スズキという人物を、皆さんご存知でしょうか。

1992年、リオデジャネイロで開催された地球サミットで、12歳の少女、 セヴァン・スズキは大人たちに環境破壊を止めるよう訴えかけました。 「伝説のスピーチ」と打てば、彼女のスピーチが出て来ます。 環境系の活動をしている人たちの間では知らない人はいない有名な"伝説"なのですが、 私がこのスピーチを初めて聞いたのは、昨年の授業のThink the Earthゼミで見たのが最初でした。

初めてこのスピーチを聞いたときの私の感想は、 「このスピーチを聞いて感動した大人たちはどこへ行ってしまったのだろうか」。あれから20年も立ったのに、状況は全く変っていないどころか、 案の定、悪化しています。私が地球のことを考える時、 「私は何が出来ているんだろう」 といつも思います。

デザインという切り口で、みんなに地球のこと考えようよと訴える立場にいる私が、 毎日、電気を使って、車や電車を使って、大量な紙を使って、水を使っています。それらを全部捨てた暮らしをしなければ、何を言っても説得力がないのではないかと思うときもあります。

「私も地球を壊している一員なのでは・・・」。

私が出来ることは本当にわずかです。自分の学んだことを訴え続けることしか出来なくて、私がいくら訴えたところで何も変わらないのではないかと思うときがあります。あんなに世界中の大人たちに影響を与えたはずの伝説のスピーチだって、変えることが出来なかったのなら、私に出来ることなどあるのだろうか。

「セヴァンの地球のなおし方」はもうすぐ母親となるセヴァンさんが、世界中の人々に再度訴えかけています。行動を起こすなら今がその時だ、と。セヴァンさんは「大切なのは生活の質と健康、そして子供。だから私は自己中心的に、自分たちをどう救うかを考えていきたい」と発言を続けています。この映画は日本とフランスで傷ついた地球と向き合い続ける人々の姿を追ったドキュメンタリーになっています。

「セヴァンの地球のなおし方」を観て、今の時代を転換期にするために、自分が学んだこと、これから学んでいくことを訴え続けていこうと、改めて強く思うことができました。劇中、「わたしたちは同じことを言い続けているわ」 「言い続けることが我々の未来への戦いなんだ。今が未来を作る」 セヴァンさんが語っています。

セヴァンさんのスピーチは本当に世界に何の影響も与えなかったでしょうか。20年前と今では、人々の意識は明らかに変りました。ジャン=ポール・ジョー監督が「未来の食卓」という映画を作ったことで、オーガニック給食の導入が進み、有機農法を採用する農家が格段に増えました。

日本のサムライとして紹介される合鴨を使った稲作をしている古野さんは、有吉佐和子さんの「複合汚染」を読んで、農薬や化学肥料を使わない農業の実践に取り組み始めました。

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訴える人がいることで、それが響く人が一人でもいる限り私たちは訴え続けることを諦めてはいけないのだと思います。 私は諦めずに、自分にできることをやり続けようと思いました。

セヴァンの地球のなおし方
2010 年/フランス/120 分/
監督:ジャン=ポール・ジョー
プロデューサー:ベアトリス・カミュラ・ジョー
音楽:ガブリエル・ヤレド
出演:セヴァン・スズキ、ハイダグワイの人びと、古野隆雄、福井県池田町の人びと、バルジャック村の人びと、ポワトゥーシャラントの人びと、コルシカ島の人々、オンディーヌ・エリオット、ニコラ・ウロ、ピエール・ラビ、他
6/25(土)より東京と写真美術館ホール渋谷アップリンクほか、全国順次公開
http://www.uplink.co.jp/severn/

(Think the Earthプロジェクトインターン 相川真里奈)

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2011年06月17日

Think the Earth基金の支援先を訪問=PB(石巻)編

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Think the Earth基金で寄付をさせていただいた、NPO/NGOの訪問記、第六弾です。引き続き曽我から報告させていただきます。

6月2日(木)、11日(土)、Think the Earth基金の第二期寄付先のひとつ、ピースボート(PB)を訪問しました。今回は石巻訪問編のご報告。

→東京訪問編はこちら

6月11日(土)
初めて石巻に行ったのは震災から約2ヶ月後の5月14日。ぱっと見たところ、ボランティアの拠点となっている、石巻専修大学構内のテントの数が減っているのを感じました。この日は朝から雨。私はap bank Fund for Japanの短期ボランティアに参加しており、お昼過ぎから太陽が出て、汗をかきながらの泥だし作業。作業後の時間を使って、ピースボート災害ボランティアセンターにお邪魔しました。

今回お話を伺ったのはピースボート災害ボランティアセンターの沼澤敬さん。現在の石巻の様子と、いま必要としていることなどを聞いてきました。

PB_ishinomaki01.jpg写真:沼澤敬さん

ピースボート災害ボランティアセンターは、石巻専修大学の施設の中にあります。前回もお伝えしましたが、石巻市は石巻災害復興支援協議会石巻市災害ボランティアセンターと共に、石巻専修大学の施設を借りています。早速お話を伺うと、沼澤さんは開口一番「いま、現地ではこれからやってくる梅雨と夏の対策に追われています」。

震災が起こったのは3月11日。季節はこれから春という時期ですが、東北は4月に入っても雪が降る地域です。現に今回の震災後も、5月に入るまではずっと寒さが続いていました。ですので3ヶ月前、被災地に持っていった生活用品はすべて冬仕様。ピースボートも、一番最初に持っていったものは毛布でしたし、避難所で暮らしている皆さんは震災当時に支給された毛布のまま、避難所生活を送っているということです。

季節は巡り、いまは夏を目の前にしています。避難所ではカビ・ダニ対策が急務となっているそうです。定期ボランティアの皆さんは、避難所で使っている毛布の掃除や布団を乾燥機にかける作業をしているそう。ただ、乾燥機にかけるにも1枚2時間ほどかかるので、すべての布団となると相当な時間がかかってしまいます。

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PB_ishinomaki02.jpg写真:ボランティアの皆さんの作業風景

ですので、夏にかけてタオルケットやすのこベッドが必要とされています。現在はまだまだ間に合っていないとのこと。※1
※1支援物資募集はこちらよりご確認お願いいたします。

そのほか、津波が起こった際、海や漁港から町に流れてきた魚やイカが腐ったままの状態ですべて処分できていません。そこから菌や菌をもったハエが発生し、感染病などの蔓延が心配されています。それを阻止するためにも側溝のヘドロを取り除くこと、町の泥をかき出す作業を急いでしなければなりません。

PB_ishinomaki04.jpg写真:側溝に溜まっているヘドロ

最近では、泥だしの作業は短期ボランティアの方が中心に行っているそうです。ですので、短期ボランティアの方もまだまだ来てほしいとおっしゃっていました。

沼澤さんによると、これからの季節はボランティアによる炊き出しも、とても不安とのこと。気温が高くなると、どうしても食べ物は腐りやすくなります。そのため避難所での炊き出しによる集団食中毒が不安のひとつだと。

これから夏を迎えるにあたり、衛生問題は急務。また、ボランティアに来る皆さんも、熱中症や感染症には十分気をつけてほしいと呼びかけています。「身体がいちばん!元気がいちばん!」なので、本当に無理はしないでほしいと。

―――

心配事はいつまでたっても絶えません。私も今回で3回目のボランティア参加でしたが、行く度に継続的に来ようと、石巻を後にし東京に戻ってきます。そして、他の地域はどうなんだろう?と、被災地のことを想います。夏休みには東北一帯を旅行しようと計画しいるので、その様子は別途ご報告します。

今回訪問を受け入れてくださった、ピースボートセンターの皆さん、災害ボランティアセンターの皆さん、ありがとうございました。


(曽我直子)

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2011年06月16日

九州〜ちくごの暮らし〜

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こんにちは、曽我です。
今日は九州ちくご地域のおすすめ情報です!

わたくしごとですが、2年半ほど前から九州に行く機会が増えました。それまでは、人生で2〜3回ほどしか行ったことがなく、あまり身近な地域ではありませんでした。それがここ最近、九州が私を呼んでくれたのか、今は自分の故郷(兵庫県)と同じくらい身近な場所に感じています。

私のちくご熱が始まったのは、今年の4月中旬。桜が満開〜散りかけていた時期です。今までは、そこがちくご地域だと認識がないまま、九州南部のいろいろな町を訪れていました。そして春に訪れた八女郡矢部村にある一軒のお茶屋さん、栗原製茶さんとの出会いで、ちくごへの想いが一気に高まりました。

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栗原製茶さんで出会った栗原悠次さんは、農学博士、日本茶インストラクターとして活躍しています。悠次さんは大学時代は東京で勉学に励んでいたそう。その大学の実習のときに訪れた小学校で、小学生に「お茶は何の実を搾るのですか?」と質問され、とても大きな衝撃を受けたということです。身近にある飲食品はすでに調理されていたり、既製品として完成している商品をみる機会が多い今日この頃。今この時代に生きる子どもたちにとって、日本茶はペットボトルのジュースと同じ感覚だったのです。その事実にショックを受け、一度は八女の茶畑に帰ろうと思ったということでした。

Kurihara01_w.jpg写真:栗原悠次さん

ただ、そのときの恩師に「論文を書きなさい」と言われたことで、農作業と論文執筆を頑張って続けたそう。その結果、研究論文の学会賞受賞し、農学博士となりました。

春に出会ったときに悠次さんは、「いま、八女の地域で子どもたちにお茶の入れ方を教えています。家に帰り、家族にお茶を入れることによって、家族のコミュニケーションが戻ってきます。家族や親戚の中で世代を超えたコミュニケーションを取ってほしい。」とおっしゃっていました。

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確かに。いつも、九州に訪れるときは美味しいお茶を入れてもらい、気持ちがホッとすると同時に、のんびりお茶を飲みながらたくさん会話をしています。忙しい東京で過ごす日々の中では、ゆっくり時間を取りたくても、パッと済ますことを優先してしまうことも多いかもしれないな、と感じました。

またもう一つ、「八女の地域全体を図書館にしたいんです。」と言っていました。まだ具体的な活動にはなっていないけれど、川原や草原や木の木陰など、いつでもどこでも図書館にしたいと。

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素敵!想像したらとても穏やかな、豊かな気持ちになりました。きっと、自分自身でできることなんだろうけど、プロジェクトとしてあることで、参加する楽しみなども増えるんだろうなと思いました。

八女はお水もとても美味しいとのこと。美味しいお水で入れた、美味しい八女茶。そのお茶を美しい風景の中、本を読みながら飲む。想像しただけで、心がワクワクしてきます。栗原製茶さんでの悠次さんとの出会いで、私のちくごへの想いは高まっていくばかり・・・。

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そんな中、なんと!福岡R不動産で『トライアルステイ「ちくご暮らし」のすすめ』というプロジェクトが始まりました!このプロジェクトは、まさしく「トライアルステイ」。試しにちくごに住んでみませんか?ということで、ちくご地域での生活を体験するモニターの方を募集しています。

さらに、今回このプロジェクトにThink the Earthプロジェクト元インターンの井出大くんがお仕事としてお手伝いしているそうです!すごい偶然。まちづくり、とても楽しそうです。

私のちくごへの想いは、すでにプロジェクトとして成り立っていました。トライアルステイ。ぜひ、トライアルで住んでみたい!!と思いつつ、東京でのミッションもあるのですぐの実現は難しそう。けど、将来はちくごを本当の故郷にすべく、これからもいろいろ掘り起こしてみたいなと思っています。

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八女郡黒木町の桜

福岡R不動産のトライアルステイの申込の締め切りは、2011年6月20日です。もうすぐで締め切りになってしまうので、少しでも興味のある方はぜひ!参加してみてください。

関連サイト
九州ちくご SOHO Project
九州ちくご元気計画
大刀洗ブランチ


(曽我直子)

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