2011年06月17日

Think the Earth基金の支援先を訪問=PB(石巻)編

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Think the Earth基金で寄付をさせていただいた、NPO/NGOの訪問記、第六弾です。引き続き曽我から報告させていただきます。

6月2日(木)、11日(土)、Think the Earth基金の第二期寄付先のひとつ、ピースボート(PB)を訪問しました。今回は石巻訪問編のご報告。

→東京訪問編はこちら

6月11日(土)
初めて石巻に行ったのは震災から約2ヶ月後の5月14日。ぱっと見たところ、ボランティアの拠点となっている、石巻専修大学構内のテントの数が減っているのを感じました。この日は朝から雨。私はap bank Fund for Japanの短期ボランティアに参加しており、お昼過ぎから太陽が出て、汗をかきながらの泥だし作業。作業後の時間を使って、ピースボート災害ボランティアセンターにお邪魔しました。

今回お話を伺ったのはピースボート災害ボランティアセンターの沼澤敬さん。現在の石巻の様子と、いま必要としていることなどを聞いてきました。

PB_ishinomaki01.jpg写真:沼澤敬さん

ピースボート災害ボランティアセンターは、石巻専修大学の施設の中にあります。前回もお伝えしましたが、石巻市は石巻災害復興支援協議会石巻市災害ボランティアセンターと共に、石巻専修大学の施設を借りています。早速お話を伺うと、沼澤さんは開口一番「いま、現地ではこれからやってくる梅雨と夏の対策に追われています」。

震災が起こったのは3月11日。季節はこれから春という時期ですが、東北は4月に入っても雪が降る地域です。現に今回の震災後も、5月に入るまではずっと寒さが続いていました。ですので3ヶ月前、被災地に持っていった生活用品はすべて冬仕様。ピースボートも、一番最初に持っていったものは毛布でしたし、避難所で暮らしている皆さんは震災当時に支給された毛布のまま、避難所生活を送っているということです。

季節は巡り、いまは夏を目の前にしています。避難所ではカビ・ダニ対策が急務となっているそうです。定期ボランティアの皆さんは、避難所で使っている毛布の掃除や布団を乾燥機にかける作業をしているそう。ただ、乾燥機にかけるにも1枚2時間ほどかかるので、すべての布団となると相当な時間がかかってしまいます。

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PB_ishinomaki02.jpg写真:ボランティアの皆さんの作業風景

ですので、夏にかけてタオルケットやすのこベッドが必要とされています。現在はまだまだ間に合っていないとのこと。※1
※1支援物資募集はこちらよりご確認お願いいたします。

そのほか、津波が起こった際、海や漁港から町に流れてきた魚やイカが腐ったままの状態ですべて処分できていません。そこから菌や菌をもったハエが発生し、感染病などの蔓延が心配されています。それを阻止するためにも側溝のヘドロを取り除くこと、町の泥をかき出す作業を急いでしなければなりません。

PB_ishinomaki04.jpg写真:側溝に溜まっているヘドロ

最近では、泥だしの作業は短期ボランティアの方が中心に行っているそうです。ですので、短期ボランティアの方もまだまだ来てほしいとおっしゃっていました。

沼澤さんによると、これからの季節はボランティアによる炊き出しも、とても不安とのこと。気温が高くなると、どうしても食べ物は腐りやすくなります。そのため避難所での炊き出しによる集団食中毒が不安のひとつだと。

これから夏を迎えるにあたり、衛生問題は急務。また、ボランティアに来る皆さんも、熱中症や感染症には十分気をつけてほしいと呼びかけています。「身体がいちばん!元気がいちばん!」なので、本当に無理はしないでほしいと。

―――

心配事はいつまでたっても絶えません。私も今回で3回目のボランティア参加でしたが、行く度に継続的に来ようと、石巻を後にし東京に戻ってきます。そして、他の地域はどうなんだろう?と、被災地のことを想います。夏休みには東北一帯を旅行しようと計画しいるので、その様子は別途ご報告します。

今回訪問を受け入れてくださった、ピースボートセンターの皆さん、災害ボランティアセンターの皆さん、ありがとうございました。


(曽我直子)

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2011年06月16日

九州〜ちくごの暮らし〜

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こんにちは、曽我です。
今日は九州ちくご地域のおすすめ情報です!

わたくしごとですが、2年半ほど前から九州に行く機会が増えました。それまでは、人生で2〜3回ほどしか行ったことがなく、あまり身近な地域ではありませんでした。それがここ最近、九州が私を呼んでくれたのか、今は自分の故郷(兵庫県)と同じくらい身近な場所に感じています。

私のちくご熱が始まったのは、今年の4月中旬。桜が満開〜散りかけていた時期です。今までは、そこがちくご地域だと認識がないまま、九州南部のいろいろな町を訪れていました。そして春に訪れた八女郡矢部村にある一軒のお茶屋さん、栗原製茶さんとの出会いで、ちくごへの想いが一気に高まりました。

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栗原製茶さんで出会った栗原悠次さんは、農学博士、日本茶インストラクターとして活躍しています。悠次さんは大学時代は東京で勉学に励んでいたそう。その大学の実習のときに訪れた小学校で、小学生に「お茶は何の実を搾るのですか?」と質問され、とても大きな衝撃を受けたということです。身近にある飲食品はすでに調理されていたり、既製品として完成している商品をみる機会が多い今日この頃。今この時代に生きる子どもたちにとって、日本茶はペットボトルのジュースと同じ感覚だったのです。その事実にショックを受け、一度は八女の茶畑に帰ろうと思ったということでした。

Kurihara01_w.jpg写真:栗原悠次さん

ただ、そのときの恩師に「論文を書きなさい」と言われたことで、農作業と論文執筆を頑張って続けたそう。その結果、研究論文の学会賞受賞し、農学博士となりました。

春に出会ったときに悠次さんは、「いま、八女の地域で子どもたちにお茶の入れ方を教えています。家に帰り、家族にお茶を入れることによって、家族のコミュニケーションが戻ってきます。家族や親戚の中で世代を超えたコミュニケーションを取ってほしい。」とおっしゃっていました。

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確かに。いつも、九州に訪れるときは美味しいお茶を入れてもらい、気持ちがホッとすると同時に、のんびりお茶を飲みながらたくさん会話をしています。忙しい東京で過ごす日々の中では、ゆっくり時間を取りたくても、パッと済ますことを優先してしまうことも多いかもしれないな、と感じました。

またもう一つ、「八女の地域全体を図書館にしたいんです。」と言っていました。まだ具体的な活動にはなっていないけれど、川原や草原や木の木陰など、いつでもどこでも図書館にしたいと。

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素敵!想像したらとても穏やかな、豊かな気持ちになりました。きっと、自分自身でできることなんだろうけど、プロジェクトとしてあることで、参加する楽しみなども増えるんだろうなと思いました。

八女はお水もとても美味しいとのこと。美味しいお水で入れた、美味しい八女茶。そのお茶を美しい風景の中、本を読みながら飲む。想像しただけで、心がワクワクしてきます。栗原製茶さんでの悠次さんとの出会いで、私のちくごへの想いは高まっていくばかり・・・。

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そんな中、なんと!福岡R不動産で『トライアルステイ「ちくご暮らし」のすすめ』というプロジェクトが始まりました!このプロジェクトは、まさしく「トライアルステイ」。試しにちくごに住んでみませんか?ということで、ちくご地域での生活を体験するモニターの方を募集しています。

さらに、今回このプロジェクトにThink the Earthプロジェクト元インターンの井出大くんがお仕事としてお手伝いしているそうです!すごい偶然。まちづくり、とても楽しそうです。

私のちくごへの想いは、すでにプロジェクトとして成り立っていました。トライアルステイ。ぜひ、トライアルで住んでみたい!!と思いつつ、東京でのミッションもあるのですぐの実現は難しそう。けど、将来はちくごを本当の故郷にすべく、これからもいろいろ掘り起こしてみたいなと思っています。

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八女郡黒木町の桜

福岡R不動産のトライアルステイの申込の締め切りは、2011年6月20日です。もうすぐで締め切りになってしまうので、少しでも興味のある方はぜひ!参加してみてください。

関連サイト
九州ちくご SOHO Project
九州ちくご元気計画
大刀洗ブランチ


(曽我直子)

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2011年06月16日

Think the Earth基金の支援先を訪問=PB(東京)編

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Think the Earth基金で寄付をさせていただいた、NPO/NGOの訪問記、第五弾です。今回は曽我が報告させていただきます。

6月2日(木)、11日(土)、Think the Earth基金の第二期寄付先のひとつ、ピースボート(PB)を訪問しました。2日(木)は東京・高田馬場にあるピースボートセンターへ、11日(土)はピースボート災害ボランティアセンターがある宮城県石巻市の専修大学に行ってきました。

まずは東京訪問編からのご報告。
6月2日(木)
早い梅雨の始まりの雨の中、高田馬場にあるピースボートセンターにお邪魔させていただきました。入口を入った瞬間、たくさんの人の声が聞こえたと同時に、ものすごい熱気を感じました。少し中をのぞくと、たくさんの人!!これから船に乗る皆さんが、ここでボランティア活動をしているそう。若い方からご年配の方まで、老若男女が混じり一緒に作業をしていました。

皆さんが活動している中、ピースボートの合田茂広さんと森田幸子さんに今回の東日本大震災での活動について伺いました。

RIMG1754.jpg(写真 左:合田さん 右:森田さん)

ピースボートは現在、宮城県石巻市を拠点に支援活動を行っています。

PB_c.jpg<ピースボート災害ボランティアセンターウェブサイトより>

震災から4日後の3月15日に被災地に向け東京を出発し、被害状況の調査や支援ニーズの確認後、3月17日に支援物資の毛布などを届け、一般ボランティアを派遣する支援活動を始めました。

ボランティアの派遣が始まったのは3月25日(金)。5月27日の時点で2500名以上が参加しているそうです。当初は8泊9日の定期ボランティアの派遣をしていましたが、5月17日より最短2日間から参加可能の短期ボランティアの派遣も開始しました。

定期ボランティアの皆さんの主な活動内容は、家やお店や側溝などの泥だし作業や被災地での炊き出し、避難所の手伝い、物資運搬などです。短期ボランティアの皆さんは、主に泥だし作業を中心に活動を行っています。石巻市は半壊地区の範囲が広いので、泥出しの作業だけで2年かかると予想しているそうです。

石巻市では、石巻災害復興支援協議会石巻市災害ボランティアセンターと共に、石巻専修大学の施設を借りています。そのため支援団体、ボタンティアセンター等の横の連携が機能し、団体ボランティアと個人ボランティアの受け入れと役割分担がとてもうまくいっているということです。この体制については雑誌にも取り上げられ、『石巻モデル』と言われています。合田さんは「ぜひ他の地域でも参考にしていただきたい」とおっしゃっていました。

PB_c2.jpg<石巻復興支援協議会ウェブサイトより>

ただ、連携はうまくいっていてもゴールデンウィーク以降ボランティアの数は減っており、人が足りていない状況とのこと。先ほどもお伝えしましたが、泥出しの作業だけでもまだまだ終わっておらず、避難所ではまだ7000人以上(5月23日現在)の方が避難所生活を余儀なくされています。現地雇用の動きも出てきてはいますが、それもまだまだ追いついていません。短期ボランティアでもできることはたくさんあるので、皆さんに来て欲しいとおっしゃっていました。

私自身ap bank Fund for Japanの短期ボランティアに参加し泥だし作業を行っていますが、いつも思うのはこの状況は石巻だけではなく、東北・関東の沿岸地域に広がっているということ。石巻で私が出会う方は元気な方が多いですが、3ヶ月たった今でも行方不明者は8000人(6月10日現在)を超え、地域によって復興の状況は違うことを忘れてはいけないと思っています。

最後に合田さんは「石巻の地元の方はとても元気だから、日本全体でこのエネルギーを動かしていってほしい!」とおしゃっていました。私も石巻に行き、本当にそうだなと感じました。

今回の東京編はここまで。次回、石巻編をお伝えします。

(曽我直子)

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2011年06月02日

Think the Earth基金の支援先を訪問=AAR・活動同行編

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5月19日(木)、Think the Earth基金の寄付先のひとつ、難民を助ける会(AAR)が、福島市と相馬市のグループホームに物資を届けるというので、同行させていただきました。
AARの事務所訪問編はこちら→

仙台を出て高速で福島市内まで車で約1時間半。
まずは福島第一原発から9kmの富岡町から福島市に避難してきたグループホームの皆さんに、タオルや家電製品をお届け。(羊羹やチョコレートも!)

●スタッフの田中さんとカリタスドイツというNGOから派遣されて来たフォトジャーナリストのマークさん。
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震災前は、お年寄り17名が介護設備付きのホームに住んでいましたが、いまは、福島市内の1Rアパートに、1部屋2-3人ずつに分かれての仮住まいをしています。
バリアフリー構造ではないので、車椅子のままでトイレにも入れず、介助する側はとても大変。
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しかも、みなさん、この2ヶ月半で5回も!移動を余儀なくされているんです。
*最初は、地震直後、ホームから富岡町内の児童館の広場に。
*2回目は、着の身着のままで町を出て、原発20km圏外の川内村に。その時は2-3日で帰れるつもりだったそうです。環境の変化に認知症のお年寄りは寝られず、みんな落ち着かず、混乱してしまい、一般の方との避難生活は無理と判断。
*そこで、同じ川内村のおそば屋さんの座敷へ3回目の移動。ここで落ち着けるかと思ったら原発の水素爆発で、また避難することに。しかも、夜の8時にこれから避難すると言われ、途方に暮れたといいます。
*川内村から車で6時間かけ、福島市内へ。4回目の移動です。そこでも、ほかの避難者といっしょだったので、現在のアパートに5回目の移動をし、ようやく一息ついた...という様子でした。

●グループホームの方から、現在の状況や必要な物品などについて聞き取りをするAARスタッフの田中さん。
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次に向かったのは、相馬市の認知症の方専門のグループホーム。
9人の認知症のお年寄り(寝たきり3人)が暮らすここは、震災後、周囲の人々が避難するなか、全員のお年寄りを移動させるのは難しく、またガソリンもなかったため、ホームにとどまることを決断。
2週間、なんとか備蓄で持ちこたえたものの、断水が3週間続き、電話も2週間近くつながらなかったとのこと。職員1名の家が流され、1名は家が全壊し亡くなるという悲しみを乗り越え、それでもお年寄りとともに、日々を暮らしています。
AARは、このホームにも、必要な物資を届けています。

●ホームの方と、今後必要になってくるだろう備品や食料について話をしていました。
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今回のThink the Earth基金・寄付先NPO/NGOへの訪問はここまで。
訪問を受け入れてくださった、シャンティ国際ボランティア会(SVA)、RQ災害救援センター、難民を助ける会(AAR)の皆さん、ありがとうございました。

〜〜〜
この後、AARの皆さんとお別れし、南相馬市で数日間、写真洗浄や託児所のボランティアをしてきました。
津波の悲惨な情景が広がっていなくても、目に見えない被災があるということ。忘れてはいけないなと、思っています。
(もちろん、南相馬や相馬市など、福島県内の沿岸部は、津波の被害"も"、受けています)

(はらだまりこ)

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2011年06月02日

Think the Earth基金の支援先を訪問=AAR編

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Think the Earth基金の寄付先NGO/NPOの訪問記、第三弾です。

5月18日(水)、Think the Earth基金の第一期寄付先のひとつ、難民を助ける会(AAR)の、仙台事務所を訪問しました。
翌日は、福島市と相馬市のグループホームへの物資配布に同行させていただいたので、その報告も...。

AARは、震災の2日後、13日にはスタッフが東京を発って現地入りし、以来、2ヶ月で延べ420施設、5万人以上の方に物資配布等を行ってきました。現在は仙台と盛岡に事務所を立ち上げ、仙台に10人、盛岡に7人のスタッフが常駐。主に障害者施設、高齢者施設や支援の届いていない避難所や離島、在宅避難者に物資を届け、炊き出し、医療支援などなどを行っています。

例えば、認知症の方や精神障害の方は、大きな声を出したり動き回ったりするのを止められないので、避難所を追い出されてしまう。あるいは、寝たきりのお年寄りや、身体の不自由な方を抱えているお家は、避難したくてもできない、という状況にあります。こうした人たちへのケアを中心に、宮城、岩手、福島、山形の4県に支援を届けているのです。
物資支援の他、牡鹿半島の巡回診療、巡回バスの運行、福祉施設の修繕、女川でのコンテナハウスの提供、炊き出しなど、刻々と変わるニーズに合わせて、活動を展開しているのです。

でも、どうやって在宅で困っている人たちを見つけているのでしょうか?
「県や各地域の社会福祉協議会、関連する団体と連携し、定期的に情報交換を行っているんです」と、スタッフの野際さん教えてくれました。

いま、一番支援が必要な高齢者や障害者...自分で声をあげられない弱者に、一番支援が届かない状況になっているのだといいます。確かに、災害の規模が大き過ぎて、この2ヶ月は、できるだけたくさんの人を救う、支援するということに重点が置かれていたように思います。
少しずつ、状況がよくなるに従って、いまだに取り残された人々へ、もっと目を向けるべき時がきているのではと感じました。

最後に野際さんから、みなさんに伝言です。
ひとつは、「多様性を受け入れて欲しい。動くことが困難な障害者や痴ほうの方...様々な人に配慮してほしいのです」ということ。
もうひとつは、「ぜひ、継続した支援を。一度にたくさんでなくてもいいんです。1ヶ月500円でもよいので、少なくとも2-3年、被災者を一緒に支えていってください」
とのこと!

仙台事務所では、現在、地元のアルバイト・ボランティアスタッフを募集しています。
http://www.aarjapan.gr.jp/recruit/#job3

●炊き出し用の大鍋やバーナー、食材が積まれている事務所内
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●被災地には車椅子も届けます
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●野際さん(右から2番目)、小林さん(左から2番目)や事務所スタッフ、ボランティアの皆さん。他の方は既に物資配達等にでかけた後でした。
「ずっと被災地で活動していて、お辛いこともあったでしょう」と聞くと、「最初、被災地の悲惨な状況をみて、泣きながら物資を届けていたスタッフもいました。長く活動するためにも、時々はみんなで飲みに行って、気分転換しています」とのこと。泣きながら物資を届けていたスタッフの方の気持ちを思い、思わず目頭を熱くしてしまいました。
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次回は、福島市、相馬市への物資配布に同行させていただいたときの様子を報告します。

(はらだまりこ)

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