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地球リポート

from デンマーク vol. 53 2010.07.30 「R水素」は未来の話じゃない! 〜ロラン島から学ぶ再生可能エネルギーとまちづくり


デンマークの南に位置するロラン島は、風という地域の恩恵を生かした再生可能エネルギーと、それによってつくった水素を使った世界初の「R水素コミュニティ」によって注目を集めています。原子力や化石燃料からの脱却を目指し、再生可能エネルギーと水素を使って実現する、水と空気を汚さない社会のロールモデルになろうとするロラン島。風車が立ち並ぶエコの見本市のような街を訪ね、島から始まるイノベーションについて話を聞いてきました。

目次へ移動 森と風の島、ロラン

目次へ移動 世界最先端の"片田舎"

053-2.jpg ロラン島の周辺には風車が約500基あり、電気のほとんどを再生可能エネルギーで自給している

デンマークのロラン島はコペンハーゲンから南へ175km、人口約7万人の一見どこにでもある田舎です。のどかな風景のなかに目立つのがあちこちでグルグル回る風車たち。一番高い丘で海抜25mという平坦な土地にはひっきりなしに強い風が吹きつけます。ロラン島ではその恩恵を生かして、電気のほとんどを陸上・洋上合わせた約500基の風車で自給するなど、自然エネルギー(枯渇する化石燃料を使わない無尽蔵の資源という意味で、「Renewable」=再生可能エネルギーとも呼ばれます)の分野ではトップランナーの"片田舎"なのです。

053-3.jpg泥んこになって遊びながら、自然から学ぶ「森の幼稚園」

風車の他にも、ロラン島は「森の幼稚園」が有名です。自然環境を利用した幼児教育として注目されている「森の幼稚園」は、1950年代のデンマークが発祥。夏でも冬でも一日中、外で子どもたちが泥んこになって、図画工作、料理、音楽など、森の中のあらゆるものをおもちゃに見立てて、自由な時間を過ごします。このような子どものころからの「自然の中で生きる力」の教育が、「風力でいこう!」という自然を生かしたエネルギー政策の決定にも、脈々と受け継がれているのかもしれません。

目次へ移動 失業率20%から4%ヘ! 〜 風を生かしたまちづくり

053-4.jpg数十基が立ち並ぶ陸上風力発電パーク

今は豊かに見えるロラン島も、80年代は失業率が20%を超えていたそうです。そこでロラン市が目を付けたのが再生可能エネルギー産業。かつて造船業で栄えた港をリノベーションし、自然環境や海運といった地域の宝を生かして、今や時価総額では東芝を超える世界最大手の風車メーカーVESTAS社の誘致に成功。90年代にEUが脱化石燃料の切り札として再生可能エネルギーへのシフトを加速させると、やがて失業率は4%にまで減らすことができました。

053-5.jpg世界初の洋上風力発電所オンセヴィ気候パーク

再生可能エネルギーを生かしたまちづくりの成功モデルとして、ロラン島には世界中の企業や政府などさまざまな視察団が見学に集まるようになり、エコツーリズムのビジネスも花開きつつあります。たとえば、北西部のオンセヴィ気候パーク(Onsevig Climate Park)は、今から約20年も前の1991年に完成した世界初の洋上風力発電所。沖合では波力発電の実験や魚介類の養殖など一石二鳥の発電所を目指して研究中です。実はここ、1970年代に原発の建設計画が持ち上がった場所。市民が原発に反対して勝ち取った思い出の場所が、エネルギーシフトは可能だ! というストーリーを実感できる絶好の見学スポットになっているのです。

053-6.jpgナクスコウの港に停泊する風力発電+波力発電の実験機POSEIDON

VESTAS社の拠点となっているのが、西側のナクスコウ(Nakskov)。港には世界に輸出される風車の羽が、そこかしこにスタンバイしていました。近くには実験施設もあり、地上100mというとにかく巨大な洋上風車の圧巻の姿を見学することもできます。

アメリカもいよいよ本腰になり、日本でも銚子沖での調査が始まるなど、世界的にトレンドとなっている洋上風力発電も、20年前は周辺に生息する動物や漁業への影響など、さまざまな不安が叫ばれていました。そこでデンマーク政府は100を超える調査を経て安全性を立証して、今ではあざらしが休みにくるほどに。

「これは前向きな保全なんです」とオンセヴィ気候パークの担当者の方は強調していましたが、世界で例がないからこそ自分たちでやる! そして、そのノウハウをオープンかつグローバルにシェアして変化を加速させる! それらの意識がロラン島では徹底していました。数年後には島と対岸のドイツを結ぶ橋も完成するロラン島では、未来を見据えて再生可能エネルギーに特化した大学や研究所を増やす予定とのこと。前回の僕の地球リポートで紹介したハワイもそうでしたが、制約が多そうな島からこそ、最先端のイノベーションは始まっているのです。

目次へ移動 世界初の「R水素コミュニティ」

目次へ移動 ■ R水素解体新書

053-7.jpg 参考:R水素社会を分解した図
http://www.flickr.com/photos/rh2/4828050979/sizes/o/

さて、エネルギーの自給自足を達成しているロラン島が次に注目しているのが、このリポートの本題の「R水素」です。R水素のRはRenewableの「R」で、再生可能エネルギーで水を電気分解してつくった水素のこと。R水素はつくるときも使うときも有害なガスをほとんど出さず、水や空気を汚しません。そして、比較的安定した地熱や小水力だけでなく、気候に依存する太陽光や風力など不安定な再生可能エネルギーをもっと上手に使いこなすために、このR水素が脚光を浴びているのです。

R水素社会のテクノロジーを分解すると、大きく「再生可能エネルギー」「余剰電力で水の電気分解」「水素の貯蔵・運搬」「水素の使い道」の4つに分けることができます(詳細はこちら→http://rh2.org/chapter02_02/  解説ビデオもあります)。

まず「再生可能エネルギー発電」これはロラン島の場合、風力ですね。ハワイやアイスランドでは地熱、カナダの渓谷では小水力、オーストラリアでは太陽光など、その選択肢は地域によってさまざまです。

続いて「余剰電力で水の電気分解」をします。必要な電力は再生可能エネルギーでまかない、ロラン島のように需要以上につくって捨てていたありあまる電気を水素の製造に使います。

「水素の貯蔵・運搬」の方法はコミュニティのインフラによって異なります。

そして最後に「水素の使い道」として、電気が足りないときに、水素と酸素を反応させる燃料電池による発電や、水素自動車の燃料、あるいはアンモニアにして肥料にするなど、石油やガソリンといった化石燃料の独壇場だった用途を、ほとんどR水素が代替することができるのです。

053-8.jpgコペンハーゲンにある水素ステーション。水素は車の燃料として使っても排出物は水だけ。

と、どうしてもエネルギーの話は抽象的に聞こえますし、「水素は未来の話でしょ」ともよく言われてしまいます。そこで僕たちも実物を見なきゃ始まらない! ということで、ロラン島のR水素コミュニティを訪ねました。

目次へ移動 市民と行政と企業、みんなで進める"R水素特区"

053-9.jpg北欧らしい煉瓦造りのR水素ハウス

ロラン島の西側、ヴェステンスコウ(Vestenskov)という街に、世界初の「R水素コミュニティ」があります。面積は1平方キロメートルくらいで家の数は40軒ほど。ご近所の一角に水素発生装置と水素タンクがあり、数百メートルのパイプラインで水素を各家庭に運び、燃料電池で熱と電気をまかなっています。2007年から始まった実証実験は今のところ5軒。2012年までに街のほとんどの家庭に燃料電池が導入される計画です。

ここは言わば「R水素特区」。ロラン市公式のCommunity Testing Facilitiesというプログラムによって、行政が早い段階からプロジェクトに関わり、場所選びや関連する法令の整備など、実現までのリードタイムを大幅に短縮することができます。市にとってはインフラの質の向上や自治体の競争力向上などのメリットがあり、企業にとっては一定数の需要を見込んで商業化を早めることができ、また研究機関も具体的なプロジェクトからデータを仕入れることができるので、各ステークホルダーにとって参入メリットがあるというわけ。日本からもパナソニックなどの大企業がプログラムに参加して共同実験を始めるなど、ビジネスの輪は広がりつつあります。

053-10.jpg風力の電気で水を電気分解して水素をつくる「水素発生装置」と水素を貯蔵する「水素タンク」

ただ、そこは世界初の試み、自分たちで切り開こうとするデンマークといえども、実現までにはいくつかのハードルがありました。最大のネックは「水素の安全性」に対する誤解です。

「水素は危険でしょ?」とよく言われますが、家庭用燃料電池ENE-FARM(これは天然ガスからつくった水素なので、R水素ではありません)が少しずつ普及し、自宅で水素を使って生活している人が増えているという意味でも、安全性が認められているといっていいでしょう。このような事例がありながら、水素はまだまだ、爆発性の危険物だと思われていますが、なぜなのでしょうか?

着火すれば爆発するリスクを抱えているという点では、車に搭載しているガソリンや、家庭で使われている都市ガス・プロパンガス・灯油なども水素とかわりはありません。有名な実験では、米国エネルギー省DOE(Department Of Energy)の水素燃料自動車とガソリン燃料自動車の燃料に点火する実験があります。詳しくはR水素のサイトにありますが(http://rh2.org/faq_02/)、水素は燃焼しながら速やかに拡散し、対するガソリンは、長時間燃焼を続け、やがてクルマごと爆発しています。確かに引火はするものの、元素の中で最も軽いため直ちに上昇するという、安全性に優れた側面もあるのです。

水素は馴染みが薄いために、安全性への不安をあおるような情報が広まりがちですが、正しい知識を持って使えば、ガスやガソリンに比べて特別に危険、ということはありません。また、水素=爆発というイメージが広がった一例として1937年に起きた水素飛行船ヒンデンブルグ号の爆発・炎上事故がありますが、水素ガスではなく外皮の塗料が燃えたことが爆発の原因だったことが専門家の間での常識となっています。

   

このような対話を数年かけて、住民全員に対し粘り強く重ねたことで、最後は住民は水素のことを受け入れむしろ誇りに思うまでになったのです。

053-11.jpg(左)エベさんと燃料電池 (右)H2インタラクションで訪問者に教えてくれる子どもたち

私たちが見学したのは、ご高齢エベ・ぺーダーセン(Ebbe Pedersen)さんのお宅でした。R水素ハウスといえども、外観は普通の一軒家。唯一の違いが、家の奥に置かれていた冷蔵庫サイズの燃料電池です。側面には「POWERING TODAY AND TOMORROW」の文字。高齢のエベおじいさんも「自分は先はそんな長くないけど、次の世代のために今から取り組まないとね。十分な説明もあったから水素が危険じゃないって知っていたし、使っていて気持ちいいよ」と胸を張っていました。

また、町内にある「H2インタラクション」は、水の電気分解や余剰電力と燃料電池の組み合わせなど、先述の複雑そうな話をゲーム仕立てで学べる学習施設。そこでは「いつもは風がたくさん吹くからいっぱい電気をつくって、あまったら水素をつくっておくんだ。でも、ときどき風が吹かなくなることもある。そのときに、貯めておいた水素を使って電気をつくればOK。よくできてるでしょ?」と、将来を担う子どもたちが身振り手振り、「R水素コミュニティ」を自分事として語っていました。

目次へ移動 R水素コミュニティのキーパーソン

目次へ移動 ロラン市議 レオ・クリステンセンさん「ボトムアップで中央政府を動かす」

053-12.jpgロラン市議のレオ・クリステンセンさん

では、なぜデンマークで世界初の「R水素コミュニティ」は可能だったのでしょうか。その背景には、1985年の脱原発宣言に代表される強靱な民意と、代替案としての新しいテクノロジーに対する政府と市民の積極的なマインドがありました。

たとえば現在500基といわれる風車のうち、約半数を島の住民が所有しています。きっかけは、電力の買い取り制度という再生可能エネルギーへの政府の後押しでした。地域の銀行から融資を受けた市民が、所有する遊休地に風車を建てるようになり、その実績がさらなる投資を呼び込んで「R水素特区」につながっていったのです。この一連のプロジェクトをずっと進めてきたのが、2009年からロラン市議となったレオ・クリステンセン(Leo Christensen)さん。

「地方政府が企業の技術開発を応援し、得られたベスト・プラクティスをボトムアップで中央政府に提示します。結果として、よりよい技術を社会全体に浸透させ、国家の持続可能性と競争力を向上させる政策をとることができるのです。今の時代は地方の方が魅力があり、生き残る力があります。大都市のコペンハーゲンだって、うかうかしていられないはずですよ(笑)」とレオさん。

ロラン島の電力はコペンハーゲンにも運ばれています。外部にエネルギーを依存する脆弱な都市に比べ、足もとに魅力的な条件がそろっていて、それが新しい価値になる。レオさんの力強いメッセージは、日本のどの地方自治体にとっても参考になるでしょう。

目次へ移動 BASS社 ヤン・ヨハンソンさん「エネルギーをもっとオープンソースに」

053-13.jpgバルティックシーソリューションズ社のヤンさん

続いて話を聞いたのが、実際に「R水素特区」を指揮するバルティックシーソリューションズ(Baltic Sea Solutions=BASS)社のヤン・ヨハンソン(Jan Johansson)さん。BASS社は10人くらいの非営利企業で、エンジニアリング、資金調達、社会学的分析などの専門家集団です。

「ありあまる風力の売電は、ロラン島にとってビジネスチャンスなんだよ。ただ2009年に電気系統の安定のため、低需要時に送電すると課金される法律が施行されたんだ。そこで電気を捨てるのではなく需給をコントロールし、エネルギーの一時的なストレージ(貯蔵)ができる技術として水素に注目したんだ。水素は自分たちのコミュニティで使うこともできるし、売電でビジネスができるからね。

次のフェーズは2つの可能性を探っているといいます。1つめは1万軒という桁違いのR水素ハウス化という需要を起こし、燃料電池の量産体制を固めること。2つめは、特にインフラが整っていない田舎での電気系統から独立したR水素コミュニティモデルをつくること。BASS社が視野に入れているのはデンマークにとどまりません。土地柄に合わせた多様なケーススタディを実践して、すべてのノウハウをオープンに公開するつもりなのです。

「同じ水素でも、化石燃料を使って水素をつくるなんてまったくナンセンスだ。何の解決にもならないからね。R水素がフィージブル(現実的)かどうかと聞かれたら、まだそうとは言えないけど、結局重要なのはフィージブルにする! と言う意志なんだよ。魅力的なビジョンによってお金や技術が集まれば自ずと近付いていく。それが今ロラン島で起こっていることなんだ。」

ヤンさんから学んだことは、ビジネスとしてだけでなく、「なぜやるのか」という大きな理想を語ることが大切だということ。デンマークでは当たり前のように、住民たちが自分のこととして未来を考えている。果たして日本はどうだろうか、どこか他人任せにしていないだろうか。ずっとそんなことを思いながら、日本への帰路につきました。

目次へ移動 R水素社会を実現させるために必要なたったひとつのこと

 僕たちがデンマークを訪れた最大の理由は、「水素は未来の話じゃない!」ということを確かめるため。そして、既にテクノロジーは揃っていて、やろう!と思えばいつでもできる、と実感できました。それと同時に、「やるか」「やらないか」、意識と実行力の差も思い知らされました(いや、むしろ「やらなきゃ!」と火が付きました)。

その話をコーディネータの方にしたとき、こんな話を教えてくれました。「デンマークでは、『国は国民に対しておいしくて新鮮な水と空気、食料とエネルギーを約束しなければならない』という軸が、どんな政治家でもぶれないんです。」だからコストや効率は乗り越えるべき課題であっても、やらない理由にはならないのですね。僕が理事を務めるR水素ネットワークの代表理事・江原春義さんはよく「R水素社会を実現させるために必要なたったひとつのことは、今、政界や財界で化石燃料を管理している人々の意識に革命を起こすこと」と言いますが、それはまさにデンマークで実際に起こっている話だったのです。

目次へ移動 そして「エネルギー・コモンズ」の実現へ

この旅のもうひとつのヒント、それはエネルギーのノウハウは共有すべきモノ=コモンズの領域なのではないか?ということです。個人の著作物をオープンにシェアすることで新しい創造を生み出す「クリエイティブ・コモンズ」や、科学版「サイエンス・コモンズ」、教育版「ccLearn」といった世界的な枠組みが既にあるように、人間が生きるための根源的なインフラであるエネルギーの領域でアイデアをオープンに共有し、化石燃料社会からの脱却を加速させること。それは遠い目標に聞こえるかもしれませんが、「待っていても絶対に来ない。自分たちで取りに行く!」という明確な意志の元、ムーヴメントにしていくことが絶対に必要です。

ロラン島だけでなく、ハワイにもカナダにも、R水素の専門家はたくさんいます。興味を持ってくれているジャーナリスト、クリエーター、科学者、ビジネスパーソンも増えています。水素だけでなく、太陽光、風力、地熱あらゆる再生可能エネルギーのプロフェッショナルを巻き込んだ「エネルギー・コモンズ」の実現へ。遙かにワクワクする新しいミッションに出会えた、実りある旅となりました。

参考サイト:R水素ネットワーク(http://rh2.org

兼松佳宏 プロフィール
1979年秋田生まれ。2020年までにクリエイティブで持続可能な世界をみんなで実現するために、さまざまなプロジェクトでウェブディレクションやイベントプランニング、執筆活動などを行っている。最近では特に「エネルギー×デザインシンキング」にフォーカスし、再生可能エネルギーとそれによってつくった「R水素」の啓発アクションをあれこれ仕掛中。
greenz.jp


取材・執筆:兼松佳宏
写真:兼松佳宏、R水素ネットワーク
協力:ニールセン北村朋子、浅倉彩、井口奈保
編集:上田壮一(Think the Earthプロジェクト)

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