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Topics: [地球リポート] #42 インディアン・ヒマラヤのオルタナティブ教育 @ インド (2008.10.23)
 
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#34   ブルーノ・ムナーリが教えてくれる子どもの可能性。

創造力豊かな子どもは幸せだ」。
イタリア人、ブルーノ・ムナーリの言葉です。


Photo: Luca Cenerelli

ムナーリは誰もが自分の読み方で楽しめる数多くの本を作りました。子どもが夢中になって遊ぶ知育玩具も作りました。そして、子どものためのワークショップを世界中で行いました。それらはすべて、子どもの創造力を刺激し広げるための試みでした。

ムナーリが亡くなった今も、彼が遺したワークショップは引き継がれています。それはどんなものなのか。イタリアで「ムナーリのワークショップ®」を引き継いでいるベーバ・レステッリさんを訪ね、エミリア・ロマーニャ州にあるチェゼーナという小さな町の小学校で行われたワークショップを取材しました。


CONTENTS

◆ ユーモアあふれる芸術家、ブルーノ・ムナーリ
◆ ムナーリの子どものための仕事
◆ ムナーリのワークショップ®
◆ 「本を作ろう」のワークショップ
◆ 指導者を育てる
◆ 終わりに



ユーモアあふれる芸術家、ブルーノ・ムナーリ

1907年、ミラノに生まれたブルーノ・ムナーリ。幼少時代をヴェネト州にある自然豊かなアディジェ川沿いの小さな町で過ごします。毎日、川や水車、草や木々といった自然の中で遊んだ体験が、のちのムナーリに大きく影響したといいます。

1927年、ミラノに戻ったムナーリは、後期未来派に参加します。未来派とは、機械やスピードを讃え、すべての既成概念と価値観を破壊しようとした芸術運動です。しかし、機械や自動車をただ礼賛した未来派に対し、ムナーリは「人間が機械の主人となるべきだ」として、機械信仰を抑制しました。1935年の未来派の展覧会において、《役に立たない機械》を発表。それは、モビールにも似た、わずかな空気の流れによって自由に動くオブジェでした。「動くけれど何も生み出さない。つまり役に立たない機械」なのです。ムナーリはこの一連のユーモラスなオブジェで広く世間に認められるようになりました。

その後の活動をすべて紹介するのはとても難しいことです。何しろムナーリは、装丁、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、空間デザイン、彫刻、絵画、絵本、映像、詩作、著述と、1998年9月に亡くなるまで実に広い分野で精力的に活動した人だからです。

彼の作品はどれも、《役に立たない機械》がそうであったように、ユーモアにあふれ、機知に富んだものでした。また、単純な形を持ち、明快に人の心に訴えかけるものでもありました。ムナーリが生涯唱え続けてきたのは、「芸術は難しいものではなく、心を豊かにしてくれるものである」ということ。ムナーリの笑いを誘うような、それでいて簡潔にその意味を伝えてくる作品は、まさに芸術を身近に感じさせ、優しい気持ちにしてくれるものでした。

アーティスト、デザイナー、絵本作家、デザイン理論家、彫刻家、詩人。ムナーリのどの作品と出会ったかによって、それぞれの人が抱くムナーリ像があるはずです。あえて肩書きをつけるのならば、イタリア中で愛された芸術家、それがブルーノ・ムナーリです




ムナーリの子どものための仕事

数え切れないほどあるムナーリの作品の中から、子どものための仕事にスポットを当てて、ほんの断片ではありますが、紹介してみたいと思います。

60年代後半から70年代にかけて、ムナーリはいくつかの知育玩具を発表しています。その多くは教育学者G.ベルグラーノと共に開発されたものでした。

これは《プラス・マイナス》という玩具です。動物や風景のイラストが描かれた透明なプラスチックのシート、穴の開いた厚紙、トレッシングペーパーなどの72枚のカードで構成されています。このカードを足したり引いたりして、ストーリーを膨らませながら遊ぶ玩具です。
カードの置き方によって、事物の遠近は変化します。上に重ねたものは手前に、一番下にあるカードが一番遠くにあるものです。子どもたちはストーリーを作りながら、容易に立体的なものの見方を学びます。平面を使った遊びでありながら、実はとても立体的な遊びなのです。

ムナーリの作った玩具は、すべてこの《プラス・マイナス》と同じように、子どもたちの想像力・創造力をフル活用させ、観察力を養い、「さらに先に進みたい」という知識欲を満たすものでした。

ムナーリは数多くの子どものための本も作りました。絵本や挿絵の仕事は40冊にものぼり、今もイタリアでは広く読まれています。日本でも何冊かの本が翻訳されているので、ご存知の方も多いかもしれません。

最初の絵本は、1945年に息子のために作られました。穴の開いたページ、異なる大きさのページを持った仕掛け絵本でした。今では仕掛け絵本も珍しくなくなりましたが、この時期を考えると、その意義の大きさは計り知れません。単純なしかけですが、どれも子どもの好奇心をストレートにくすぐるものばかり。ストーリーの面白さを楽しむ段階以前の子どもたちを、仕掛けによって、本の世界に引き込んだのです。

『本に出会う前の絵本』では、まだ文字を知らない子どもたちにも本の楽しさを教えてくれました。3枚の木の板を綴じた本。フェルトにボタンホールが開けられた本。毛糸がページとページの間に渡された本。様々な素材で作られた12冊のセットです。視覚、触角、聴覚、嗅覚を使って楽しむ本は、「文字がなくても、本でありうる」というムナーリの強いメッセージでもありました。




ムナーリのワークショップ®

ムナーリの子どものための仕事のもうひとつの柱。それはワークショップでした。

最初の試みは1973年。ミラノのギャラリーで催された「瞬間の造形」展でした。この展覧会がベースとなり、1977年にミラノのブレラ美術館で開催され「アートと遊ぼう」へと発展しました。これが記念すべき、ムナーリの第一回目の子どものためのワークショップです。その後、ムナーリはイタリア各地で、またベネズエラ、イスラエル、スペイン、アメリカ、フランスそして日本と、世界各国でも子どものためのワークショップを催しました

「ムナーリのワークショップ®」は、5感はもちろん、重さ、温度を感じる感覚や平衡感覚など、すべての感覚を研ぎ澄ませ、子どもの好奇心や興味を引き出すものでした。


Photo: Atto Cenerelli
子どもは皆同じような絵を描く時期があります。家、木、太陽、人などが良い例ですが、アイコンのように、同じ形を描くのです。ムナーリは、このステロタイプを反復させることにより、逆に子どもたちに表現力をつけさせました。あるいは、身の回りにある色を集めさせ、例えば緑にもいろいろな緑があることを教え、観察力を養いました。また、プロジェクターで鳥の羽や朽ちた葉などを投影し、視点の拡大を体験させました。雑誌の切り抜きやコピー機を使って、オリジナルの作品を簡単に作ることも教えました。実に多彩なプログラムを考案し、様々な手法で子どもの創造力を刺激したのです。

子どものためのワークショップは、私の一番大切な作品だ」。ムナーリは後年こう語っています。ムナーリがどれほど、ワークショップに力を注いでいたかが想像できる言葉です。

実はこの「ムナーリのワークショップ®」は今も引き継がれているのです。
「ムナーリのワークショップ®」を引き継いでいる一人、ベーバ・ラステッリさんが彼のワークショップと出会ったのは1978年のこと。ムナーリが子どもの世界にアプローチする方法を目の当たりにし、衝撃を受けたと話します。
「まさにノックアウトされたような感じでした。勇気を出してムナーリに電話したのです。私に勉強させてください、と」

その後、ムナーリの指示を仰ぎながら自分自身のワークショップを開催。1986年にはミラノ中心部にあるアパートの1室をラボラトリーとしてオープンし、以来この部屋で、あるいは美術館や図書館といった公共施設で、ワークショップを重ねてきました。その内容は、ムナーリ自身が行ったワークショップを再現したものや、あるいはそれらをムナーリと共に温めなおし発展させたものでした。毎年、年度の初めには、ベーバさんのラボラトリーにムナーリがやってきて、その年のオープニングのワークショップが行われてきました。




「本を作ろう」のワークショップ

エミリア・ロマーニャ州にあるチェゼーナという小さな町の小学校で行われた、ベーバさんのワークショップを見学させていただきました。参加者は1年生22人。テーマは「本を作ろう」です。

まずは、準備。用意したのは、様々な種類の紙。厚紙、画用紙、小包ようの包装紙、銀紙(アルミホイル)、薄紙、パラフィン紙、トレッシングペーパーなどなど。色も多数用意しました。それらの紙を適当な大きさに切ります。大きさをそろえる必要はありません。大きいもの、小さいもの、長いもの、短いもの、様々な大きさの紙が並びます。すんなりとワークショップが始められるよう、準備を終わらせておくことも、大切なことのひとつです

子どもたちが好きな紙を手にすることができるように、切った紙を満遍なくテーブルの上に置いておきます。そして、簡単な例として、紙を数枚重ね半分に折り、背をホッチキスで止めたものをいくつか作り、テーブルの上に立てておきました。

準備が整ってから、子どもたちの入室です。さて、最初の質問です。
「今日はみんなで何をするかわかりますか?」
「紙を使って何かするの?」と一人が言えば、「本を作るんでしょう?」と別の子が答えます。
「そう、本を作ってみましょう。みんなテーブルの上を見てみて。これはなんていう名前の紙か知っている? 小包用の紙ね。じゃあ、これは? そう薄紙」
ベーバさんはたくさんの紙の種類があることを、子どもたちに説明しました。ムナーリのワークショップは素材の観察、素材の特性を知ることをとても大切にしたのです。

「さあて、どうやって本を作るか知っているかな?」
「かんた〜ん」「しってるよ」「あのね、紙を重ねるでしょ。それでね…」
みなが口々に叫びます。
ここで、ベーバさんがお手本にひとつ本を作ってみました。
「表紙はこの紙にしようかしら。その上に別の紙を重ねてみるわね。同じ形、同じ大きさ、同じ色の紙を重ねてもつまらないから、いろんな紙を使ってみますね」
そうして、紙を5枚ほど重ねて半分に折り、ホッチキスで留めて見せました。
「ここに穴を開けてみようかしら? いい?」と聞くと、
「いいよ!」という子どもたちの返事。
次に「この薄紙をちょっと丸めて」と、くしゃくしゃにした紙をページに貼りました。そして綴じた本をパラパラとめくって、説明は終わり。決して多くを語らず、手を動かして手本を見せます。子どもたちはすでにお目当ての紙に手を伸ばしていました。

まずは紙を重ねて綴じるところまでが第一段階です。あらかじめ切ってあった紙を、さらに小さくちぎる子。半分の太さにちぎる子。それらを重ね、それぞれ違った大きさ、違う色のページを持つ本ができあがりました。その間、ベーバさんはテーブルの周りを回りながら技術的なアドバイスをします。
「ホッチキスで留めるとき、小さな紙が落ちないように、しっかり真ん中を揃えようね」
何をするかではなく、どうするかを伝える」。これが「ムナーリのワークショップ®」の鉄則でした。

本の体裁が整ったら、今度は表紙や中のページを飾ります。綴じたページの一部をちぎってみたり、穴を開けてみたり。アルミホイルを小さく丸めて貼り付けたり、薄紙をリボンのように裏表紙から表に回してみたり。厚紙を使ってポケットを作り、その中に丸めた薄紙を入れた子もいました。

みんな自分の作業が終わったと思うと、ベーバさんのところに行って、得意げに作品を披露しています。
「あのね、これは夕焼けの本。お日様が沈んでね、青い空がオレンジ色になるんだよ」
その子の本は、青い画用紙にオレンジ色の薄紙が挟まれていました。

驚いたのは、先生やベーバさんに報告するだけではなく、子供どうしで語り始めたことです。
「僕の本はね、悪いやつらの本なんだ」と一人が言えば
「私のは、春の本」といった具合です。
指示されたわけでもないのに、みんないつのまにか自分の本にタイトルをつけているのです!

ムナーリの作品に『読めない本』という本があります。 紙の一部を切って台形の形にしたり、角を落とした色紙を重ねて綴じた本です。文字はどこにもありません。読者はそれぞれの感性で、色によるイメージや形によるイメージを受け取ります。それぞれが、それぞれのストーリーを楽しめる本なのです。


子どもたちが作った本は、この『読めない本』そのものでした。文字はなくても、そこには詩があり、ストーリーがあるのです。どの子も、立派な詩人。言葉はつたなくとも、彼らにしか描けない物語がこめられていました。子どもたちの集中力、想像力、そして創造力に、驚くばかりの1時間でした。




指導者を育てる

2001年に、子息アルベルト・ムナーリ氏を筆頭に、ムナーリと協働してきたベーバさん、教育学者のピア・アントニーニさんらにより、ブルーノ・ムナーリ協会が設立されました。協会の目的はムナーリの残した作品を普及させると同時に、彼の知的財産を守ることにあります。そして、ムナーリが子どものワークショップで試みた手法は「ブルーノ・ムナーリ・メソド®」として商標登録されました。
http://www.brunomunari.it

また協会は、「ブルーノ・ムナーリ・メソド®」の継承者を育成するためのマスターコースを設けました。2006年にはイタリア各地の教育者、学芸員など15名が、このマスターコースを終え終了証を受け取ったということです。

現在、ベーバさんも、教育者の指導に力を入れています。保育園、小・中学校の先生たちに「ムナーリのワークショップ®」とは何かを伝え、実際に「ムナーリのワークショップ®」を行うためには何が必要かをレクチャーしているのです。

子どものためのワークショップが行われたチェゼーナの小学校で、同じく先生への講習会も行われました。学校の授業を終えた市内の小学校、保育園の先生たちが集まります。この日のテーマは『触覚』。持参した素材(ウール、皮、ファー、スポンジ、網、発泡スチロール、サテンなど)を用い、触感を働かせるための作品を、実際にグループ制作しました。

作品が完成した後は、発表会。互いに別のグループの作品に触れて、触感を味わい感想を述べ合います。自らがワークショップに参加者し、指導方法を学ぶのです。
午後4時に始まったこの講習会が終了したときには、7時を回っていました。先生たちの熱心さにも頭が下がります。ムナーリの遺したワークショップは、今後指導者を増やしながら各地で伝えられていくことでしょう。

「ブルーノ・ムナーリ小学校」と
書かれています。
余談になりますが、イタリアにはブルーノ・ムナーリの名を冠した学校がいくつもあります。元々ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ヴェルディなどの偉人の名を学校の名にする習慣があるのですが、その選択肢は国が決めたもの。そこに数年前からムナーリの名が加わったということです。このことからも、イタリアではムナーリがダ・ヴィンチと並ぶ、偉大な芸術家として認められていることがわかります。ブルーノ・ムナーリの名をつけた学校は、やはり造形教育に熱心な学校が多いようです。




終わりに

今、日本では「ゆとり教育の見直し」が盛んに論じられています。少し前には、図工の時間がどんどん削られているという報道も目にしました。今後、図工の肩身はいっそう狭くなるのかもしれません。

ムナーリのワークショップには、特別な道具や材料は必要ありません。それでも、子どもたちは夢中になり、自分の持っている世界を表現しようと一生懸命になります。子どもは誰もが創造力を秘めているのだということを、そして、身近な道具で創造力を刺激できるのだということを「ムナーリのワークショップ®」は改めて私たちに教えてくれます。

創造力は大人になってからいきなり伸ばすことの難しい力です。急に何かを製作しようとしても、なかなか頭も手も動きません。ムナーリはこんなふう述べています。
「想像力は視るもの。創造力は考えるもの」
創造力を鍛えるということは、考える力を鍛えることに他ならないのかもしれません。楽しみながら考える力がつけば、言うことはありません。遊びながら学ぶ。これも「ムナーリのワークショップ®」の鉄則でした。

最後にムナーリの言葉をもう一度。

今日の子どもは未来の大人。
子どもたちがステロタイプから解放されるよう手を貸そう。
子どもたちがすべての感覚を発達させるよう手を貸そう。
子どもたちの感受性がより強くなるよう手を貸そう。
創造力のある子どもは、より幸せな子どもなのです。





杉本あり 略歴
大学卒業後、出版社勤務を経てイタリアへ留学。インテリアデザインを学ぶ。イタリア滞在中に学んだことは、デザインと生活は密接な関係にあるということ。 エコ・デザインなど「暮らし」と「デザイン」をテーマに取材・執筆をしている。
著書に 「イタリア一人歩きノート」「イタリア一人暮らしノート」(大和書房) 「フィレンツェ 四季を彩る食卓」(東京書籍)など。訳書に「クリムト 美と暗の妖艶」(昭文社)。


取材・写真:杉本あり
写真提供・協力:Archivio del Laboratorio di Beba Restelli
編集:Think the Earthプロジェクト 岡野 民