青木利晴
私たちはネットワークを通して世界中のパソコンやデータベースに常時繋がっている。時間や距離を意識せずに誰とでもコミュニケーションができる。便利というよりは、もはや個人の価値観が変わるほどの本質的な変化が起こっている。多くの問題を起こしてはいるが、インターネットのさらなる浸透は、私たちが考えを自由に発信することを促し、将来のさまざまな社会問題についても、個人の意識が政治や社会を適正に動かす時代をもたらすだろう。
赤池 学
今後、環境対応のメインストリームは、実は単なる予防策でしかない「温暖化対策」から、現実課題である食料や生物リスクに対する、具体的なソリューション開発、「生物多様性産業技術」へと移っていく。そのための多くの解は、保全、増産、改変までが可能な、持続可能な生物資源の知的活用に収斂するだろう。生物の機能性を活用したものづくり、すなわち「いきものづくり」への着目こそ、人を含めたいのちの多様性と尊厳を形にする、大きな原動力となるだろう。
安藤忠雄
地球の未来を創ろうとするならば、その未来を担う子どもたちの教育こそが重要。彼らの心の不安を取り除き、生きていくために必要な力を育み、生きることへの希望を与える。真の意味での教育だ。さまざまな国の子どもたちが、自主的に考え、共に助け合うことの重要さを学べる環境をつくること。今の世界をつくった私たち大人の責任である。
飯田哲也
今、世界は、金融危機・気候危機・エネルギー危機という「3つの危機」に直面している。これを乗り越えるために、自然エネルギーに大規模な投資を行って、産業・経済・社会を抜本的に転換するグリーン・ニューディールが提案されている。また、「10年で人類を月に送る」と訴えた1961年のケネディ演説に喩えて、アル・ゴアなどが「10年で自然エネルギー社会に造り替える」ことを訴える「アポロ同盟」を立ち上げ、オバマ新大統領に働きかけてきた。こうした根底からの社会変革が現実に始まった時、世界は変わる。グリーン・ニューディールで、気候・エネルギー・金融の再生を!
池田正昭
クラプトンの「Change The World」がヒットしたのは97年頃でしたか。今にして思えば、当時、中途半端な態度でサラリーマン生活をおくっていた僕は、ラジオから流れてくるこの曲をぼんやり口ずさみながら、なにか胸に期するものを感じはじめていたようです。あれは実は、とてつもなく甘美な愛の歌でした。結局、愛に衝き動かされることが世界を変えることだという真理を、僕はクラプトンを通して学ばされたのかもしれません。
伊勢華子
勇気と思いやりのバランス。未来を思い、貫くために努めているものが、いかに日々に落ちているか。ときに、ひとりでは難しいけれど、人はひとりではないから、補えば滑らかになる。徹夜で缶コーヒー片手に仕事をしなくてはならなさそうな人がいたら、そっと、フェアトレード&オーガニックのコーヒーを淹れてあげたりして。ある夜は、その人が誰かにコーヒーを淹れているかもしれない。すべてが連なって、世界はもっと、やさしくなれるし、たくましくなれる。
伊藤 剛
『I am the World』という自覚。この世界は、65億人の「主観」で構成されている。日本人にとっての虹は7色である一方で、8色の国も5色の地域もある。けれど、虹は100でも100万でもあり得る色のグラデーション。僕らは良くも悪くも各自の「フィルター」を通して世界を存在させる。自分が捉えたようにしか世界は存在しない。この「自分が世界そのもの(=I am the World)」と いう“本質的な当事者意識”からしか、すべての変化は始まらないのだと思っています。
伊東豊雄
スペインの建築家、A・ガウディは「そこにある1本の木が自分の先生である」と語っていた。この言葉を知ってから私にとっても1本の木が私の先生となった。木は二股に分かれるという単純なルールを繰り返しながら、周囲の環境に調和しつつ実に複雑でフラクタルな形態を生み出している。決して自分だけで勝手に生きてはいない。個性的でありながら謙虚である。木は地球環境時代の人の生き方や建築のあり方を教えてくれるのである。
上田壮一
千年先から振りかえれば、今を含む前後50年が、世界が激変した時代だったってことになるんだろうと思います。宇宙から地球を眺め、ネットが世界をつなぎ、遺伝子が解読され、人口が激増し、資本主義が揺らぎ、持続可能な社会へのチャレンジが始まった……そんな時代に生まれたことを楽しみ、変わるなら良い方向にと思う人が増えること。未来は誰かが作ってくれるのではなく、一人ひとりが日々の積み重ねの末にたどりつく場所だから。変化に参加しよう。
枝廣淳子
世界が変わっていくために決定的に重要なのは、「世界を変えていきたい!」という思いを持って行動する人がどんどん増えていくことです。こういう世界にしたいというビジョンを描き、さまざまな問題や状況が相互に影響し合っている構造を理解した上で、実際に行動していく人が増えていけば、世界は変わっていくでしょう。すでに、さまざまなレベルで世界は変わり始めています。その動きをつなげることで、大きなうねりをつくり出していける──面白く生き甲斐のある時代です。
江守正多
「分煙」が進んできたことは、世界が変わることのよいサンプルではないかと思います(僕は別に嫌煙家ではないですが)。「タバコを吸う権利」と「煙を吸いたくない権利」を両立するために、社会は「どこでもタバコを吸ってよい権利」を放棄しつつあります。まったく同様に、「必要なエネルギーを使う権利」と「温暖化を止める権利」を両立するために、社会は「無駄なエネルギーを使う権利」を放棄してもいいような気がします。
大平貴之
世界が変わった日。2001年9月11日。同時多発テロをきっかけに、米国が怒りに我を忘れ、一国主義を強め、武力をもって他国への攻撃を繰り返し、世界の不安が高まった。2008年11月4日。バラク・オバマ氏が共和党のマケイン候補を破り次期大統領に選ばれた。これは米国の一国主義に対して米国民がNOを突きつけた日。世界の国際協調への一歩を踏み出した。
スティーブン・オカザキ
私は利己的だ。集団や組織を好まずひとりでいることが好きだ。そんな私が映画製作の道を選んだのは、人と対話し世界とつながらざるをえない道だったからだ。サンフランシスコではヘロイン中毒者に、ミネソタでは農民に、ハワイではフラダンサーに出会った。クメールルージュの兵士とはカンボジアで、原爆の被害者とは広島と長崎で出会った。彼らは自分たちの人生について語ってくれ、私の人生に影響を与えた。私は自分を開き世界に何かを返そうという気持ちを持たざるをえなくなった。私のような利己的な人でも、世界への貢献はできるのだ。
I’m a selfish person. I don’t like groups or organizations. I prefer to be alone most of the time, but not all of the time. I became a filmmaker because it forced me to communicate with people and relate to the world. I met heroin addicts in san francisco, farmers in minnesota, hula dancers in hawaii, khmer rouge soldiers in cambodia, atomic bomb survivors in hiroshima and nagasaki. They told me their stories and touched my life. I had no choice but to open up myself and try to contribute something to our world. So even a selfish person like me can make a contribution.
岡田武史
地球の人口は1900年に約15億人、1950年30億、2000年60億、そして現在67億を超えたと言われています。人口が増えると共に地球が大きくなれば問題ないのですが、残念ながら地球の大きさは変わりません。限りある地球で、人口が爆発的に増え、豊かな生活をする人が増えたらどうなるのでしょうか? 私たちは、子どもたちに何を引きついでいけるのでしょうか? それは未来に対する「希望」であり、そして「夢」かもしれません。
沖 大幹
世界が変わる日。それは21世紀の半ば、あるいは終わりにかけて、世界の人口が減り始める日。それは、常に発展して生産を増やさなければならない、という呪縛からヒトが解き放たれる日だ。道具、技術、そしてエネルギーと、新しい力を得るたびに無限の世界に広がり増え続けてきた人類。しかし、地球が有限だと気づいて以来、共に生きる様々な生き物も含めた自らの生存をかけてヒトは人口を減らそうとしている。その努力が報われる日がきっとくる。
小黒一三
私がリゾートホテルを造ったケニアでは、エネルギー・キオスクという考え方が主流です。電気が来ていない村に、自然エネルギーの小さな基地を作って、電力を供給する。巨大なダムを作って、電力を大量消費する社会ではなく、エネルギー消費をできる限り少なくしても発展する社会モデルを模索中です。コンクリートづけでない未来社会が、果たしてアフリカに出現するのか。大いなる実現に参加できて私は幸せです。
小崎哲哉
世界がよい方向に変わることがあるとすれば、我々が言葉のまったき意味で「現実的」になったときでしょう。できうる限り事実を知ること。幻想を抱かないこと。愚痴をこぼさないこと。とはいえそれは「理想的」と矛盾しません。大切なのは「現実の最適化を目指すこと」であり、その姿勢を僕は、カート・ヴォネガットとジャン=リュック・ゴダール、そして中島らもから学んだように思います。実現できているとはとても言えませんが。

