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専門家に聞いてみた!

岸守 一さん

●UNHCRとは、どんな仕事をしているところなのですか?

 1951年に、難民の地位に関する条約が制定されました。政治的、宗教的、民族的な理由により、本来であれば、自分の国で保護を受けて生活をするという、あたりまえのことができない人を難民と呼んでいます。この条約には現在、146カ国が加盟していて、加盟国は、国境を越えて難民が逃げてきた時には追い返さないで支援し、保護することが義務づけられています。この条約の実施の監督がUNHCRの主な仕事です。
 1951年に発足した当時、33人だった職員は、いま6800人に増えています。最近は内戦が多発し、しかも長期化しているため、難民だけでなく、国内避難民や帰還民への支援も必要になっています。さらに第三国に定住をして支援を必要としている人や、無国籍者も加えると、UNHCRが支援の対象としている人は、全世界で2000万人に上ります。
 アガ・カーンという難民高等弁務官の言葉に「UNHCRの究極の目標は廃業することである」という言葉があるんです。本来、私たちはいま存在していない方が良かった組織なのですが、皮肉なことに、質的にも規模的にも大きく展開してしまい、いまでは国連の中で専門機関として、恒久的に残ることが決定してしまいました。

●難民の人たちは、どのぐらいの年月で国に戻れるのでしょうか。

 ひとつの難民問題の平均の長さは、90年代には3年程度でしたが、いま17年ぐらいです。いま残っている難民問題は長期化して、解決の見通しが低いものばかりなのです。
 たとえば、アンゴラはワールドカップのサッカーに出られるまで復活しましたけれども、ミャンマーの14万人の難民問題は1984年に発生して以来、いまも解決の見通しすら立っていません。
 ミャンマーとタイの国境近くの難民キャンプに行くと、キャンプで生まれた子供や若者が既に半数を占めています。支援によって食料などはあるけれど、彼らに一番足りないのは「希望」です。いくら勉強しても、大学に行ったり、就職したり……という道が閉ざされているからです。故郷を知らずにキャンプで生まれた子どもたちも、成長してそのことに直面して、難民であることを思い知らされるのです。

●難民問題の解決の方向性は?

 2つの方向性があると思います。緒方貞子(おがたさだこ)さん(第8代国連難民高等弁務官)が、「人道問題に人道的解決はない」と発言しています。難民問題は、本来政治の問題ですし、経済の問題でもあるし、安全保障の問題でもある。本当の解決は人道的支援だけでは無理で、根本的な解決の糸口を宗教、社会、経済、安全保障、政治など、ありとあらゆる側面で見つけていくしかない。これは言葉で言うのは簡単ですが、非常に難しい。UNHCRだけでできることではないですが、これからも手を抜かずにやっていかなければなりません。

 もう一つは、プロテクション(保護)に加えて、エンパワーメント(能力強化)という方向です。「難民はかわいそう」とか、「助けてあげなければ」という面ばかりが強調されていますが、アインシュタインが難民だったという例にもあるように、難民の中にも普通の、あるいは普通以上の能力を持った人がいるという視点が見過ごされがちだと思うのです。2000万人というと、東京の人口の2倍ぐらいに相当します。その中には、多くの能力を持った人たちがいるはずです。IQが高い人、芸術的に優れた人、体力的に優れた人……この難民の持つ力を引き出すことで問題解決につなげていくことができるのではないか、という考え方(=人間の安全保障)が出てきています。

 人間の安全保障という難しい言葉を使わずに、私が、このことを考えるようになったきっかけは、スーダン難民が暮らすケニアのカクマ難民キャンプを訪れたときに、高村さんという日本のNGOの青年に出会ったことです。
 NGOの活動というと、井戸を掘ったり、毛布や食料を配布するというイメージが強いかと思いますが、高村さんは「僕の仕事は走ることです」と仰っていました。彼は、難民のマラソンランナーを育てていたのです。得意な能力を伸ばすことで、難民がプライドを持って生きていける。そのことで、行き詰まった状態から抜け出ることができるのではないか。彼の活動を知って、「こんな難民支援があるのだなあ!」という驚きがありました。
 楽楽しみながらやっていくためには、スポーツや音楽などを組み合わせていく必要があります。一見、ぜいたくにみえるけれども、人道支援において「スポーツや音楽がぜいたく」という考えは改める時期に来ていると思います。私たちが、週末に美術館に行ったり、サッカーをしたり、映画を見に行ったりすることが普通であるように、難民の人たちの生活にも、そういうことがないと人間的な生活とは言えません。  サッカーでもいいし、料理でもいいし、勉強でもいいし、歌でもいい。その人の特性を見つけて、それを発揮する場を用意してあげる。こういったことが、UNHCRの新しい仕事になってきています。

冊子
エンパワーメントをテーマに、日本人らしい支援活動の創意工夫(レシピ)を集めた冊子を発行している。

タムヒン難民キャンプでの「食の交流」
タイ西部、タムヒン難民キャンプでの「食の交流」。日本のシェフがカレン族のお母さんたちに、肉じゃがやおにぎりの作り方を伝授し、かわりにカレン族の伝統料理を教わった。
PHOTO:UNHCR


●岸守さんにとって、地球ってどんな星?

 難民というレンズを通して見ると、よい喩えかどうかわかりませんが、ニキビ顔のようなものでしょうか。ニキビは小さいけれど、中高生にとってのニキビは結構深刻ですよね? 放っておくと出てくる。痛いし、見た目も悪いし、ヘタにいじって悪化すると皮膚病になったりする。常に、大きな問題になる可能性がある。難民問題も、政治がまずい、経済的な配分がうまくいっていない、憎しみに歯止めがきかなくなっているなど、いろいろなことの結果として出てきているし、65億人の地球人口に対して2000万人という規模を考えても、ニキビとイメージが近いように思います。ニキビも、規則正しい生活をして、ちゃんとしたものを食べると直ったりします。難民問題についてもちゃんと対応して、未来の地球は、きれいな顔になって欲しいですね。
 一人ひとりの難民の持つ孤独感について思いをはせるのであれば、学校に行き、家に帰って、ゴハンを食べて、宿題をする……そういう普通の生活ができなくなるということや、お父さんやお母さんとはぐれてしまうことの寂しさや辛さ、そういうことをちょっと想像してみてみると良いと思います。難民問題解決のために、自分に何ができるだろうか?ということは、後で考えてくれてもかまいません。募金することも大事なことですが、募金することだけで支援した気持ちになってしまうのでは十分ではありません。地球のニキビを治すために、もっと自分で想像して、感じて、考えていただければと思います。

自分とは違う境遇にいる人が、世界にいるということを気にかけてみて欲しい。
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