thinkFace
thinkEye

考える、それは力になる

dogear

contentsMenu

地球ニュース

contents

2023.12.05 | 宮原 桃子

パンを焼いた薪窯の熱を、みんなでシェア!「パン屋塩見」がつくる温かいつながり

東京・新宿駅から代々木に向かって歩くこと15分。住宅街の一角に、緑と薪に囲まれた「パン屋塩見」があります。平日の昼間にも関わらず行列に並ぶ人たちのお目当ては、薪窯で焼かれた味わい深いパン。パン好きの筆者もその味わいに魅了された一人ですが、お店の魅力はパンにとどまりません。パン屋塩見は、薪窯の熱を地域の人も利用できる仕組みをつくり、熱エネルギーを素敵な形で有効利用しているのです。

あえて都心で薪窯パンを こだわった「薪窯」と「手渡し」

塩見で販売されるのは2種類のパンとビスケット。もっと多くの人に薪窯パンの魅力を知ってもらおうと、最近はサンドイッチの販売も

「パン屋塩見」を立ち上げた塩見聡史さんは、もともとは全く別のキャリアからスタートしました。大学卒業後に小学校教員を務めたのち、水産技術を学ぶため琉球大学大学院に進学。アルバイト先のパン店で薪窯に出会い、パンの発酵と薪窯の温度を合わせるプロセスの面白さに魅了されました。その後、東京・富ヶ谷にあるパン店「ルヴァン」で約5年間働いたのち独立し、2020年11月に「パン屋塩見」を開店しました。

自身のお店を開くにあたってこだわったのは、もちろん薪窯でパンを焼くこと。こだわりのパンを多くの人に届けるため、お店の場所は多様な人びとが集まる東京都心に決めました。塩見さんによると、電気で焼くのと異なる魅力は、パンにじっくりと熱が入るため、表面の皮は十分に水分がぬけてパリッと分厚く、どっしりとしたパンになることだそうです。薪窯に適したパンを追求した結果、お店で販売するのは基本的にカンパーニュと食パン、ビスケットの3種類のみ。毎日、店内にある石うすで無農薬の小麦を挽いて全粒粉にし、パンを焼くこだわりぶりです。

塩見聡史さん

さらに大切にしたのは、お客さまに手渡しでパンを届けること。薪窯パン店の多くは、受注生産により配送で届ける店が多いそうですが、塩見さんはこう言います。

「薪窯で焼くパンは、窯の熱の具合によって毎日コンディションが違います。お客さまの好みに合うパンを選んでお渡ししたり、その日のパンの状態を直接伝えたりといったコミュニケーションを大切にしたいので、配送ではなく手渡しで売ることにこだわっています。受注生産の方が無駄はありませんが、“ドキドキしたい”というのもあります(笑)」

捨てられてしまう木を薪に 地域のさまざまな人とつながる面白さ

店の横に積まれた薪

薪窯で気になるのは、都心で薪をどう調達しているかということです。塩見さんは、なるべく近い地域から、商売用に切り倒したものではなく、伐採せざるを得ないが使い道のない木を調達して、有効活用したいと考えてきました。

例えば、電線に引っかかっている木、カシノナガキクイムシが潜入することで菌が増殖し枯れてしまった木など、切らざるを得ない木が地域にはたくさんあります。こうした木々や使いきれなかった薪などが、さまざまな人との縁やつながりで調達できているそうです。

「薪を安定して調達できるかどうかは常に心配事ではあるのですが、パンを焼くだけでは出会えなかったような色々な人たちと接することができて、とても面白いんです」

ここにも、ドキドキと人とのつながりを楽しむ塩見さんの姿が垣間見えました。

熱がもったいない! フランスの田舎町からヒントを得た「薪窯の一般開放」

 

店内にある薪窯一般開放のポスター

人とのつながりを楽しむ塩見さんだからこそ、開店からほどなくして、地域の人たちに薪窯を活用してもらう「薪窯一般開放」を始めたのも必然だったのかもしれません。もともとのきっかけは「パンを焼いた後の薪窯の熱がもったいない!」という想いでした。塩見さんは、毎朝2時間半ほどかけて薪に火を入れ、窯内が400度前後になる9時~11時30分の間に1日分のパンを焼き切ります。薪の火を消すと窯内の温度は徐々に下がりますが、取材に訪れた16時の時点でも190度。まだまだお菓子などさまざまなものを焼ける温度です。

薪を燃やすスペースは、予想外に小さい。この上にパンを焼く窯があり、全体は煙突のように縦長であるため、燃焼効率がいいそう

そんな時に塩見さんは、知り合いのフランス人からこんな話を耳にしたそうです。フランスの田舎町では、パン店の薪窯に自分たちの鍋を持っていき、調理をしてもらっている間にバルで一杯飲んで、飲み終わったら鍋をピックアップしにいくのだと。「これならうちでもできそうだ」と考えた塩見さんは、地域の人たちにも窯の熱を使ってもらおうと、インスタグラムやポスターで呼びかけました。今では、常連客を中心に地域のさまざまな人が鍋を持参したり、地域の子ども食堂が窯で焼き芋を作ったりしているそうです。

熱はムダにならず、地域に「温かい関係性」が生まれる

窯でじっくり熱を入れた鍋料理(パン屋塩見のインスタグラムより)

塩見さんが、パンを焼くという本来の仕事だけでなく、こうした取り組みを続けている背景には、どのような思いや手応えがあるのでしょうか。

「薪窯の一般開放をしたのは、単純に熱を無駄にしたくないという想いからでしたが、得られたものはそれ以外にもありました。来てくださった皆さんは、鍋の蓋を開けると歓声を上げ、笑顔になります。窯でじっくり熱を通すと、とてもおいしい料理になるんですよね。やっぱり誰かのためになるって、気持ちがいいことです。

さらに、食べ物を囲んで話をすると、お互いに心がほぐれて、商売を超えたつながりが生まれます。料理や食事などについて雑談したり、店で冷蔵庫が壊れたときも地域の方が冷蔵庫を使わせてくださったり。最初に始めたころは、地域をどうしたいとか大きなことを考えていたわけじゃありません。でも、自分が住んでいる街に、こういう温かい関係性があるって、すごくいいなと思います」

環境と地域に良い循環を生んでいるこの試みは、他の薪窯パン店からも共感を呼び、同じような取り組みが広がり始めているそうです。

オープンからちょうど3年を迎えたパン屋塩見。ハイテンションで走り続けた1-2年目、機材のトラブルや心身のアップダウンから立ち止まるタイミングとなった3年目を経て、塩見さんは今改めて「毎日良いものを提供し続ける」ことの価値を感じていると語ります。薪窯の一般開放も、もちろん続けていくそうです。今日もパン屋塩見は、地域においしいパンと薪窯の熱を提供し、温かいつながりを生み出しています。

関連するSDGs

  • SDGs Icon
  • SDGs Icon
宮原 桃子
宮原 桃子(みやはら ももこ) 地球リポーター

日本貿易振興機構(JETRO)に勤務後、フェアトレードファッション・ブランド「People Tree」にて、バングラデシュ・インド・ネパールにおける生産管理に従事。現在は、企業のサステナビリティ推進を支援する「 エコネットワークス」に、コンテンツプロジェクトマネージャーとして参画。ライフワークとして、フェアトレード絵本「ムクリのにじいろTシャツ」を制作したほか、親子向けにフェアトレードを学ぶワークショップを企画する「フェアトレードガーデン世田谷」(本部・東京)の運営に携わる。社会や世界で起きていることを「自分ごと」として感じ、考え、行動する。そんなきっかけになるような記事をお届けしたいと思います。

sidebar

アーカイブ

Think Daily 2000-2017