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東京発・世界視点のカルチャー誌「ESP Cultural Magazine」が目指すもの
「ホール・アース・カタログ」という雑誌がアメリカで創刊されたのが1968年のこと。泥沼化するベトナム戦争や公民権運動、激動の時代に揺れる若い世代へのエールを込め、農業や養蜂、DIYなどのスキルや情報、参考書籍など、自立の助けとなる地球上のあらゆる “ツール”を集めて紹介した画期的なカタログでした。
ホール・アース・カタログはその後、幾度かリニューアル版が作られ、70年代には発行を終えてしまうのですが、当時の若者に与えたインパクトは相当なものでした。アップル創業者のスティーブ・ジョブズもその壮大なコンセプトに心奪われた一人。彼がスタンフォード大の卒業式の祝辞で、最終号のラストメッセージ「Stay hungry, Stay foolish」を学生たちの門出に贈ったエピソードは、今でも広く語り継がれています。
昨年12月、新しいカルチャー誌「ESPERANTO Culture Magazine/エスペラント・カルチャー・マガジン」が東京で創刊しました。編集長は菅付雅信さん。コアスタッフは菅付さんが代表を務めるグーテンベルクオーケストラの社員ですが、フランス、ロシア、ラトビア、香港からも編集スタッフを迎え、制作は多国籍な顔ぶれで行われています。
初号の特集は「ホール・アース・ガバメント」。コロナ禍で全世界が同じ課題に立ち向かう今こそ、改めてホールアース(地球全体)の政治や世界市民の可能性について思いを巡らせてみようと投げかける、意欲的なトピックです。菅付さんも創刊のタイミングは「今しかないと思った」と語っています。
特集の冒頭記事で、編集の青野利光さんがホール・アース・カタログの表紙写真のエピソードを引き合いに出しています。ホール・アース・カタログの表紙には、NASAが宇宙から撮影した青い地球の写真が使われていますが、どうしてもその写真を使いたかった編集長スチュアート・ブランドの思いが引用されています。
「僕たちが見る地球は平らで、あらゆる方向に終わりなく広がっているように見える。だから資源は無限だと思ってしまうけれど、いつかは使い切ってしまう。地球は丸い宇宙船だから、細やかなメンテナンスが要る。この考えを共有できれば、世界は変わる気がする。だから始めに、宇宙から見た地球の写真が必要なんだ」
エスペラント・カルチャー・マガジンも初号の表紙に地球をデザインしています。バックミンスター・フラーが発明したダイマクション地図の展開図で、組み立てると正十二面体の地球になるというものです。
実は雑誌の構想自体は、30年以上前からあった、と菅付さんは書いています。1985年、NYを拠点に活動する前衛舞踊家、モリッサ・フェンレイの舞台「エスペラント」を見たことがきっかけでした。音楽は坂本龍一さんが担当していて、両者が生み出す独特の世界観に菅付さんは言語を越えた表現の新たな地平を見たような気がしたと言います。いつしか自分も特定の地域や国の域を越えたグローバルな雑誌を作ってみたいと思うようになったそうです。
構想通り、エスペラント・カルチャー・マガジンの誌面は全編英語で、インタビュー者や寄稿者の国籍も専門も様々。ホール・アース・ガバメントの特集インタビューでは、「WIRED」を創刊したケビン・ケリー(「ホール・アース・カタログ」の編集者も務めた)、経済学者で思想家のジャック・アタリ、台湾のオードリー・タンと、豪華なラインナップでとても読み応えがあります。4人のチェンジ・メーカーを取り上げたページや、世界13都市のクリエーターのコロナ禍の日常にフォーカスしたページも興味深いです。コロナの感染状況や死者数などでなく、最近どんなエンターテイメントに心動かされ、何がおいしかったのか、そんな何気ない日常生活に不思議と連帯感を感じ、世界市民(ホール・アース・シチズン)という特集のキーワードがじんわり浸透してきます。
同誌はこのほどイギリスのD&AD賞を受賞。アートを特集した第2号が現在発売中です。
地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!