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2021.09.15 | 岩井 光子

ウェブメディア「UMU」が目指す、妊活のリアルをオープンに語れる社会

人生何が起こるかわからない−。大手広告代理店で仕事に邁進していた西部沙緒里さんは37歳になって乳がんが発覚し、身をもってそう感じました。約1年の闘病生活を経て、ようやくこれからの生活を考えられるようになった矢先、今度は医師から「あなたが妊娠する確率は10%以下」と宣告され、目の前が真っ暗になってしまったそうです。夫婦2人暮らしで子どもはそのうちと考えていた西部さんは、人生設計は思い描いたようには進まないことに気づき、焦りを募らせていきます。わずかな可能性に望みを託したいと、復帰した職場には伏せたまま不妊治療を始めます。

不妊治療は女性にとって、心と身体にかかるストレスはもちろん、金銭面での負担も大きく、明確なゴールもありません。西部さんは自分の置かれた状況のしんどさを少しずつ友人に聞いてもらうことにしました。すると、「実は私も…」と次々に打ち明けられ、同じような苦境を耐えしのぐ知り合いが周りにたくさんいることに驚いたそうです。

現在は2児の母となり、昨年から活動の拠点を故郷の群馬に移した西部さん

厚生労働省の「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」によれば、不妊に悩む日本のカップルは5.5組に1組。不妊治療はプライバシーにかかわると考える人が多いことから、職場で事実を一切伝えていない人は58%に上り、半ばタブー化している現実があります。問題が表に出てこないので多くの上司は実態を把握しておらず、支援体制を設けている企業も3割に留まります。やむをえず退職したり、治療の方をあきらめたり、両立を果たせなかった人は34.7%に上ります。

西部さんは当事者と職場間の認識のズレが女性活躍推進の妨げになっていることに気づき、彼女たちの健康問題や環境改善を支援していこうと2016年、同志と新しい会社ライフサカスを起業しました。


ライフサカスのトップページ。社名には病や不妊、どんな局面に陥っても「私たちは何度でも人生を咲かせられる」「人生にサーカスのような彩りを」の二重の意味が込められている

ライフサカスが力を入れるのが、子どもを授かりたいのに自然妊娠がかなわない当事者たちが「産む」「産まない」の決断に至るまでの思いの変遷を詳細に聞き取ったウェブメディア「UMU」(うむ)の運営です。西部さんは「隣でうん、うん、と話を聞いている雰囲気」を目指したと言いますが、取材者との距離を感じさせない記事構成で、まるで自分も直に話を聞いたような臨場感があって、引き込まれます。

ウェブメディア「UMU

不妊治療は、排卵日に夫婦生活を持つタイミング法に始まり、うまくいかなければ、精子を子宮内に注入する人工受精、そして、卵子を採取し、体外で受精して受精卵を子宮に戻す体外受精や顕微受精へと治療をステップアップさせていきます。それでも、卵管閉塞、不育症などさまざまな理由から妊娠・出産に至らないケースがあります。彼女たちの多くはパートナーの励ましでかろうじて前に進んでいきますが、頼れる相談場所も、周囲の理解も乏しいなか、仕事をしながら関連する論文や法律にまで目を通して孤軍奮闘している現状を知ると、この分野の医療体制と社会的支援がもっと手厚くなってほしいと思わずにはいられません。

不妊はWHOを始め、海外では疾病扱いされている国も多いが、日本ではそうでないために医療費は高額となり、一回の治療に数十万円かかることも。国や市町村などの治療費一部助成制度を使っても高度な医療が受けられる病院は都市部に集中するため、交通費の負担は大きい。

昨年5月、閣議決定した政府の少子化社会対策大網に寄せられたパブリックコメントの半数近くは不妊治療に関するものだったそうです。このインパクトにも後押しされ、菅政権は不妊治療への保険適用を少子化対策に盛り込むことを打ち出しました。1万人の署名を提出した「不妊・不育治療の改善を目指す当事者の会」の主要メンバーには、UMUのストーリーに登場する女性たちもいます。例えば、mihoさんは受精卵の染色体の数に異常を起こしてしまう稀なPCS症候群保有者で、初期流産を何度も繰り返すという過酷な経験を味わいました。流産を避けるためには着床前診断(※)を行い、染色体数が正常かどうかを確認してから(胚を)移植した方が有効だとわかっているのに取り合ってもらえない日本の医療の理不尽さを感じたと言います。

※着床前診断は日産婦(日本産科婦人科学会)の許可を得たごく一部の病院でしか認められておらず、mihoさんは診断が可能なクリニックに転院して無事妊娠・出産に至った。当事者の会は不妊・不育症治療費の全面的な保険適用や治療ガイドラインの整備、施設間の技術・知識格差の是正などを求めている。

体外受精が日本で初めて行われたのは1983年のことでしたが、晩婚化などで症例は年々増加。2019年の日産婦のデータによると、日本で生まれた体外受精児は約6万人で、今や約14人に1人の子どもが体外受精で生まれているそうです。また、日本では第三者からの卵子提供や代理懐胎が法制化されていないことから、海外に渡航して卵子提供を受ける人もいれば、特別養子縁組を考える人もいますし、最終的に子どもを持たない選択をする人もいます。

命を授かるプロセスに立ち向かう当事者たちが、周囲の無理解にどれほど傷つき、葛藤してきたか−。本人の実名と写真入りで掲載されたUMUの妊活の現実がもっと多くの人に届いてほしいと思います。彼女たちの勇気ある告白は、未開の地を独りで歩いているような思いでいる仲間を励まし、背中を押してくれるはずです。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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