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企業参加が目立ったドイツのLGBTパレード 多様なアイデンティティを認め合う社会に
7月28日、性的少数者への差別や偏見のない社会を目指す、世界最大級のプライド・パレード「クリストファー・ストリート・デー・ベルリン」が開催され、50万人もの人が集まりました。今年40回目を迎えたこのパレードの今年のモットーは「わたしの体、わたしのアイデンティティ、わたしの人生」。LGBTI(※)の権利擁護などを訴えるだけでなく、自らのアイデンティティによって差別されている人が、差別されることなく生きられる社会の実現を訴えました。
今年は厳しい暑さのなか、59台のフロートと49の徒歩でのグループがパレードに参加。その周りで、世界中から来た人たちが歌い踊り、練り歩いて、最後は悪天候の警報が出たため終了時刻は繰り上げられたものの、例年通り、華やかに盛り上がりました!
ベルリンの眼鏡屋さんは手作りの手押し車にサウンドボックスを乗せて参加!
第1回目のベルリン、「クリストファー・ストリート・デー(略してCSD)」は、1979年、ベルント・ガイザーさんらの呼びかけで始まりました。きっかけとなったのはその10年前にニューヨークで起こった「ストーンウォールの反乱」。クリストファー・ストリートにあったバー、ストーンウォール・インで、度重なる警察の取り締まり、差別と暴力に耐えられなくなったセクシュアル・マイノリティたちが立ち上がり、暴動に至ったのです。
それから10年後、ニューヨークで10周年の大きなデモが行われると聞いたガイザーさんたち。ゲイとしての自らの姿を見せなければ、社会的に認められることも、自分たちに対する意見を変えることもできないと、ベルリンでもデモを行おうと決めたそうです。初めてのCSDには、450人ほどが集まりました。その当時、西ドイツでは1871年に制定されてナチス時代に厳罰化された同性愛を禁じる法律、刑法175条が有効でした。第二次世界大戦後、1969年と1973年に罰則の緩和があり、有罪判決の数は減っていたものの、ガイザーさんたちは、1973年にもその条項の無効化を訴えるデモを行っていました。その時は、「おまえらゲイたちが皆ガス室送りにならなかったのは残念だ」などと、ひどい言葉を投げつけられたと言いますが、徐々に空気はリベラルになっていったそうです。1990年には、世界保健機関(WHO)が、同性愛を病気ではないと認め、1994年には、ドイツの刑法175条は無効に。そして昨年、ついにドイツでも同性婚が合法になりました。
プロテスタント教会のフロート。同性婚が合法化される前から、ベルリンのプロテスタント教会では同性婚を祝福し、クイアに開かれた街を!と訴えていた
長い道のりを経て、いまやオープンな、LGBTIフレンドリーな街として世界中から注目を集めるベルリンですが、ガイザーさんは、差別がなくなるまで手を緩めてはいけない、CSDをただのパーティーにしてはいけないと、警鐘を鳴らします。実のところ、世界でも、ドイツでも同性愛の人やトランスジェンダーの人に対するヘイトクライムは増えているというのが現状。その背景には、差別容認の姿勢を隠さない権力者、政治家たちの姿があります。
今年度のCSDでは、11項目の要求がありました。様々な家族のあり方を認めることや、病気や障がいによる差別撤廃、イスタンブールや北京、ワルシャワやモスクワといった姉妹都市でのLGBTIとトランスセクシュアル、クィアなどの人たちのサポート、画一化されたジェンダー・性教育の改革など…多岐にわたる要求の最後にあったのが、仕事場における意識変革です。
手書きのスローガンを掲げての参加も多い
今年度のCSDを見ていて、企業の参加が増えているなあと感じました。ベルリンの日刊紙Tagesspiegel紙の経済欄でも、今年のCSDは多くの企業からのサポートがあることが報じられていました。ベルリンのCSDの参加には、地元のベルリン市交通局はもちろん、ダイムラー、NIKE、BMW、Vodafone、Ikea、ドイツ銀行、バイエル、PayPalなどの大企業が名前を連ねています。企業ではありませんが、プロテスタント教会の参加も。ミュンヘンのCSDでは保険会社のアリアンツが参加し、また同社所有のバイエルンミュンヘンのサッカースタジアムを、虹色にライトアップしたそう。
BMWはレインボーカラーの車で参戦
シュトゥットガルトのCSDでは、4年前には個人参加したボッシュの社員が社のイメージに合わないなどと一部から批判を受けたものの、今年はボッシュ社としてフロートを出したという話が紹介されています。ボッシュ社のLGBTIネットワークは、「社員が自分らしくあり、どんなセクシュアル・アイデンティティであっても、その価値を認められるというオープンな企業カルチャーをつくることに貢献している」と、人事部長も評価をしていますが、ネットワークのスポークスマンは、「日常的には、まだ多くの社員が、自分のセクシュアル・アイデンティティを隠さなければいけないと感じている」と言っています。
ドイツ最大の労働組合、DGBのフロート。「もっとセックスのために時間を! 仕事を減らし、もっと生きよう!」
DGBクィアは、からかわれたり不利な扱いを受けたりという、様々な仕事場での差別を終わらせよう!と声を上げる
企業のCSDへの参加は建前、単なるPR、広告戦略だという批判もあります。しかし建前であれ、こういった大企業が先頭を切ることの、社会的な意味は大きいと思います。
ドイツ連邦の非差別局(Antidiskriminierungsstelle des Bundes:ADS)の2017年の研究「Out im Office?!」によれば、調査対象者のいまだ3分の1ほどが、会社の中ではカミングアウトしておらず、4人に3人が仕事場で差別された経験があるそう。しかし、10年前に比べ、確実にオープンにはなっているとのこと。また従業員が、仕事場でも自らのセクシュアル・アイデンティティを隠したりすることなく、自分らしくいられればいられるほど、仕事への満足度、働きがい、会社とのつながりも高まっていくという結果が出ているそうです。仕事への満足度は、業績を向上させていきます。
自民党の杉田水脈議員が月刊誌に寄稿した「LGBTには生産性がない」という言葉があります。「生産性」は、そもそも人間の価値を測る尺度ではないと思いますが、本来の経済的な文脈で考えた時も、多様なアイデンティティが受け入れられる社会こそが、生産性を上げるのではないかー?と思えてくるのです。
ドイツ ベルリン在住 東京出身。2000年からベルリン在住。ベルリン美術大学在学中から、ライター活動を始める。 現在雑誌『 Pen』や『 料理通信』『 Young Germany』『#casa』などでもベルリンやドイツの情報を発信。テレビのコーディネートも多数。http://www.berlinbau.net/