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2018.12.10 | 岩井 光子

市民運動の歴史が築いたドイツ脱原発の土台 「モルゲン、明日」

福島の原発事故から7年―。発生後数年間の報道はかまびすしかったですが、今はどうでしょうか? メディアとは距離を置きつつ、時間をかけて福島を見つめ、自分なりの表現の仕方を探ってきたのが、ドキュメンタリー映画監督の坂田雅子さんです。

坂田雅子さん  (C)2018 Masako Sakata

坂田さんのこれまでの作品は、世界には見ようとしなければ、見えてこない現実があることに気づかせてくれるものでした。2003年、アメリカ人フォトジャーナリストの夫がベトナム戦争時の影響と思われるがんで急逝したことを機に、坂田さんは「なぜ?」という思いに突き動かされるように映画を撮り始めました。枯葉剤の深刻な爪痕に苦しむベトナムの人たちを追ったドキュメンタリー映画「花はどこへ行った」(2007年)は、毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞などを受賞。その後も2作目、3作目とアメリカ、マーシャル諸島、カザフスタンなどを訪れ、強行された核実験や事故で汚染されてしまった土地に住む人々の苦悩を見つめてきました。

今作「モルゲン、明日」のテーマは、ドイツの自然エネルギー。動機は2011年に世界を驚かせた独メルケル首相の脱原発宣言だったと言います。第二次世界大戦後、同じ敗戦国だった両国が原発に関しては、異なる未来を選んだのは、なぜなのか? その理由をドイツの長い市民運動の歴史をひも解くことで探ってみようと考えたのです。

市民が出資して作ったゴアレーベンの風力発電所  (C)2018 Masako Sakata

映画には、自然エネルギーをリードする人物として環境活動家も登場しますが、さまざまな職業の市民が出てきます。例えば、修道院に設置されたバイオガス設備について流暢に語るのは、修道僧です。また、グラフェンラインフェルト原発そばの人口750人の小さな村・ランゲンドルフでは、ホテルのチップボイラーを案内する経営者が「(設備には)べンツ1台分近くかかったけど、こっちの方が気分が良いんだ」と、誇らしそうに話します。村のエネルギー需要は、水力など自然エネルギーが100%満たしているそうです。

ドイツ屈指のエコタウン・フライブルクのドイツ=フランス中高校では、生徒たちが自ら設置したソーラーパネルで作った電気を販売する会社を経営しています。環境教育にとどまらず、そこにビジネスの視点も加え、子どものうちから環境への配慮と経営のバランス感覚について考えさせるのだと言います。

フライブルクの独仏学校の子どもたちと屋上の太陽光パネル  (C)2018 Masako Sakata

各地を取材した坂田さんが、彼らの意志に共通するバックボーンとして見たのは、40、50年受け継がれてきたドイツの市民運動の歴史でした。原点は1975年、ライン川沿いの小さな都市・ヴィールで起こった原発建設反対運動。運動は各地に飛び火して勢いを増し、ついに建設計画は却下となりました。

映画は2015年5月、グラフェンラインフェルト原発の閉鎖祭の映像から始まる  (C)2018 Masako Sakata

脱原発発言をしたメルケル首相は10月、3年後の退任を表明しました。しかし、ヴィールからつらなる市民運動の歴史は、ドイツ人に確固たる勇気と自信を与えてきたから、政治家が代わろうともその土台はちょっとやそっとのことではゆるがない―。坂田さんはそうみています。

原発事故を扱った小説『みえない雲』を執筆した作家のグードルン・パウゼバングさんがこう語っていたのが印象的でした。

「命令に従うのは、ある意味では非常に楽な姿勢。自分で問題を解決しなくていい。私たちは政治に関与しないことが間違いと気づくのに時間がかかった。自分で考えて行動し、世界への責任を持つと理解するのに時間がかかった」

一人ひとりの市民の力が集まれば…。月並みな表現ではありますが、これが、坂田さんが今作の長い撮影の末にたどりついた希望であり、事実でした。ドイツの市民ボランティアが主導するエネルギー協同組合の数は、2013年の時点で888に上り、2010年の398から2倍近くに増えています。

フライブルク郊外の太陽光パネルを乗せた建物が並ぶ一画  (C)2018 Masako Sakata

「ドイツとの違いを嘆くのではなく、この映画が日本で小さな歩みを進める市民一人ひとりの気持ちを後押しするものであってほしい」、坂田さんはそう言います。ナレーションを務める坂田さんの語り口は終始静かで淡々としていますが、その願いの強さは伝わってきます。

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▼東京・アップリンク吉祥寺:12月14〜20日
▼東京・アップリンク渋谷:12月21〜28日
▼大阪・シアターセブン:12月22〜1月4日

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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