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2020.03.04 | 岩井 光子

ガストロノミー大国めざすデンマーク 次世代シェフのためのアカデミー設立へ


昨年の「MADアカデミー」パイロットウイークで。中央はカナダ生まれの香港人シェフ、メイ・チョー。アジアを舞台にキッチンのLGBT問題に取り組む ©️ANA SANTL

レストランシェフやオーナーが店舗を飛び出し、地域コミュニティーや志を同じくする世界の同業者とつながろうとする動きが出てきました。それは、彼らがフードロスや貧困、気候変動など、世界を揺るがす大きな社会問題に対して、「料理人にはもっとできることがある」と気づき始めたから、です。

北欧デンマークでは昨年3月、 “ガストロノミー(料理)”を中核に据えたユニークな国の成長戦略「ガストロ2025」が発表されました。「より良い食事をより多くの人に届けるための世界食料サミットの開催」「輸出促進」「基金設立」など、基本戦略として挙げられた7つの柱のなかでも注目したいのが、ガストロアカデミー「MADアカデミー」の設立です。環境食糧省がおよそ380万ドル(約4億2000万円)を拠出し、運営支援に当たることを決定しています。

デンマーク政府は昨年3月、料理をテーマにした成長戦略「ガストロ2025」を発表

MADアカデミーは、従来の調理師専門校では学ぶ機会の少なかったビジネスの講義も取り入れ、未来の外食産業の経営に欠かせないサステナビリティーの視点なども幅広く学びます。現在、今秋9・10月に開講される5日間のパイロットプログラムへの参加者を募集中(3月13日まで)ですが、今回の受講費用に限ってはデンマーク政府とMAD財団が負担するそうです。自然エネルギーのように、料理の分野でも優秀な人材を集め、グローバルリーダーを目指そうとするデンマーク政府の意気込みを感じることができます。

パイロットウイークで生徒たちに話をするレネ ©️Jason Idris Alami

MAD(デンマーク語で食の意味)は日本でも知名度の高いデンマークの三つ星レストラン「ノーマ」のオーナーシェフ、レネ・レゼピが2011年に立ち上げたNPO。もともとは食のシンポジウムの名称で、食材をとことん突き詰める過程で料理人や食のエシカルについても考察を深めたレネが、世界中のシェフやレストランオーナー、メディア関係者をコペンハーゲンに集めてTED方式の意見交換の場を設けたことがきっかけでした。次第に自分たちの料理スキルを活用して社会をより良く変えていこうとするシェフたちのネットワークが育ったことから、MADは運営体制を強化。アメリカに「MAD財団」を設立し、MADの理念に合致する世界各地の活動を支援するようになっています。

会場の赤いテントが恒例となった2日間のMADシンポジウム。シェフを始め食の問題に関心を寄せる数百人がデンマークの島に集結 ©️Jason Idris Alami

テント内は森をイメージしたレイアウト。2018年に開催された第6回シンポジウムのテーマは「Mind the gap」©️Jason Idris Alami

準備が進むアカデミーについて、レネは「僕たちがシェフを目指した頃には学べなかったことすべてを学べるような場所にしたい」と語っています。今秋開講するプログラムは「サステナビリティーと環境」「リーダーシップとビジネス」の2コース。プログラムディレクターにはレネと同じニューノルディックキュイジーヌの旗手、マグナス・ニルソンが就任。講義にはマグナスのようなシェフはもちろん、経営者、大学教員、科学者など多彩な講師陣を招き、座学だけでなく、ワークショップやフィールドトリップなども交える予定だそうです。

調理スキルより、どちらかと言えば、ビジネスやサステナビリティーについて学ぶことにより力点を置いた料理学校というコンセプトが非常に画期的ですが、「従来シェフはオーナーシェフになるまで経営論については学ぶ機会がなかった」というレネ自身の実体験から、次世代のレストランシェフやオーナーに欠かせない幅広い見識を身につけることができる学校を目指しているのです。

パイロットウイークの授業風景。講師陣には食環境科学の研究者や地質学者もいて専門分野は多彩。パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードの名前もあった ©️ANA SANTL

「15年前、学者はシェフのことを考えもしなかったし、シェフは気候変動について考えることはなかった。今ようやく、それらが結びついた」、MADのエグゼクティブディレクターを務めるメリーナ・シャノンディピエトロはそう話します。アカデミーの設立構想は、食にまつわる地球規模の課題が顕在化するにつれ、これまで内向きだった各々のレストランの課題が世界で共有できるようになってきた時代の流れと並走しています。MADアカデミーの修了者が今後、接客ビジネス全般の意識底上げに貢献し、長期的には地球規模の問題解決につながるポジティブな変化につながってほしい、という大きな展望もあります。

「娘に僕と同じ仕事をさせたいとは思わない」と、あまりにも多忙な三つ星レストランのオーナーシェフという職に一時期は悲観的だったレネ。MADの新局面として教育事業に乗り出したのは、料理の本質を見失うことのない、人間味にあふれたレストランシェフを未来に送り出したいという願いもあるように思うのです。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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