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2018.05.18 | スタッフブログ

「ソーシャルデザイン論 〜社会課題を創造的に解決するデザイン〜」セミサロ実施レポート

松本 麻美
松本 麻美 スタッフ

2018年2月21日に行なったセミサロは、株式会社cocoroé代表取締役・アートディレクター田中美帆さんに「ソーシャルデザイン論 〜社会課題を創造的に解決するデザイン〜」というタイトルで、お話いただきました!

田中さんは、1997年に多摩美術大学のグラフィックデザイン専攻を卒業し、イギリス・ロンドンの美術大学院「Royal College of Art(英国王立美術大学院)」で修士号を取得。現在、多摩美術大学でソーシャルデザイン論の教鞭をとられています。

最初に、ソーシャルデザインとは「社会の課題を創造的に解決すること」と説明いただき、優れた過去事例を交えながらソーシャルデザインを解説していただきました。国内はもちろん、英国・米国の最新ソーシャルデザイン事例と幅広くご紹介くださいました!

ソーシャルデザインが成り立つ3要素

数多くの過去事例の調査から、ソーシャルデザインが成り立つには、次の3つの要素が必要なのだそうです。

公益性 一企業・特定の人や組織のためだけでなく、国や地球の未来、市民全体のためになること。
協働性 お年寄りや障がいのある人たちなど、業界や世代を越えた人達が共に取り組むこと。
持続性 改良やアップデートを重ねながら、10年、20年、30年と、その取り組みが続くこと。

そして最初のソーシャルデザイン事例では、グラフィックデザインの領域で、ふたつのマークを例に紹介してくださいました。

ひとつ目は「障がい者のための国際シンボルマーク(International Symbol of Access/ISA)」です。聞きなれない言葉ですが、“車イスのマーク”と言えばわかる人も多いのではないでしょうか。

1968年にデンマークの学生がこのデザインの原型をデザインしたそうですが、当時はなんとマークに頭が無い状態でした。その後、現状のデザインに改良され、日本でも長く使われ続けるマークとなっています。これが使われて半世紀が経とうとしている現在、ニューヨーク市で新たな動きが生まれました。

2014年、ニューヨーク市ではこちらのマークが公式認定されたのです。45年ぶりとなるデザイン更新で、障がい者のアクティブなライフスタイルへの変化と、より自由で自発的に行動する様が表現されています。このマークは、マンハッタンの現代美術館(Museum of Modern Art/MoMA)にも永久収蔵品になりました。

元のマークと、ニューヨークで新たに公式となったものを見比べると、受ける印象は確かに全く違います。日常的に見るものから勝手にイメージが作られる、このことに着目していくと暮らしの空間もどんどん変わっていくのかなぁと思いました。

ふたつ目は「I♡NY」ロゴ。なんと田中さんは、このロゴをデザインしたミルトン・グレイザーさんの独占インタビューをされたばかりで、そのときの様子も、お話してくださいました。

「I♡NY」ロゴが生まれたのは1970年代。ニューヨーク市は財政難で、高い失業・犯罪率で困窮していた時代でした。グレイザー氏は市からの依頼を受け、自分が生まれ育った街を救うために、「I♡NY」ロゴをプロボノ(プロフェッショナルな知識と技術をボランティアで提供する事)でデザインし、使用権利ごと提供したそうです。以来、「I♡NY」ロゴはニューヨーク市が管理しながら、観光キャンペーンやお土産グッズなどに活用され、街の収益に大きく貢献してきました。

実は、このロゴは何十年も後に再びニューヨークを救います。

2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルがテロの攻撃を受けた後すぐ、グレイザーさんは、「I♡NY」の”♡”部分をニューヨークのマンハッタンに見立て、ツインタワーがあった場所が黒く焦げた「I♡NY more than ever」ロゴをデザインしました。

「I♡NY more than ever」ロゴを印刷したポスターは多くの賛同者によって街に掲げられ、デイリー・ニュース紙一面を飾る事にもなりました。さらに、その影響は大きく、9.11で亡くなった消防士達の遺族をサポートする多額の募金が集まりました。このロゴは、人々がニューヨークという街を大切に想う気持ちを、気づかせてくれるきっかけとなったのです。

グレイザーさんは、デザイナーの役割とは「良い市民」であることと話していた、と田中さん。独占インタビュー映像の「Do good work. Do no harm.(良い仕事をし、何も傷つけない)」とおっしゃるグレイザーさんの言葉が、とても力強く印象的でした。

分かりにくいものを、伝えやすくする

次に、田中さんが紹介してくれたのはプロダクト事例。家具のなかでもとりわけ有名な「イームズチェア」がデザインされるきっかけとなった「レッグ・スプリント」や、建築家・坂茂さんの「紙の教会」など、社会的な課題解決となった事例を説明いただきました。

そのなかでも特に印象的だったのは、ロンドンのSt. Mery’s病院に併設されたデザインスタジオの「Helix(ヘリックス・センター)」です。ここでは、医者とデザイナーが協働し、医療とヘルスケアの最前線でデザインが行われています。

ヘリックス・センターでは「ケア・マップ」と呼ばれるツールが好例です。例えば検査で乳がんと診断された際、治療プロセスや手術の選択肢が路線図の様にシンプルに可視化され、治療の行程や病状の進行に不安を覚える方々の気持ちを和らげます。

また、喘息を患う子供たちが、毎日楽しみながら自分の体調を確認できるゲームアプリも開発されました。このアプリのおかげで、その日の体調に合わせて薬の量を調整する習慣が自然と身につくそうです。

お話を伺って、ヘリックス・センターでは、課題を見つけ出す力とデザインで解決する力を組み合わせながら、病気の不安を安心に、治療の面倒臭さを楽しさに変える取り組みをしているのだと思いました。このような仕事ができるなんて、なんて素敵なのだろうと感じます。

この様な、楽しく情報を伝えるデザインは、田中さんご自身もアートディレクターとして手がけています。そのうちの一つが、インフォグラフィックスです。

田中さんいわく、インフォグラフィックスの活用によって「分かりにくいものを、伝えやすくする」機会を一気に広げてくれます。右脳的なイメージと左脳的な情報の融合は、デザインの力だからこそ実現するのかもしれません。プロジェクト全体像と未来ビジョンをインフォグラフィックスにより可視化している例として、フェリシモの東北支援サービス「花咲かお母さんプロジェクト」や、世田谷区二子玉川の福祉作業施設との協業ブランド「futacolab」のインフォグラフィックスを披露してくださいました。

田中さんは最近では、江副記念財団45周年記念事業「びゅー View ビュー」展の総合プロデュースや、警視庁による自転車交通安全×ソーシャルデザイン「みんなで、たまには自転車交通安全の未来を語り合ってもいいんじゃないか会議」などにも関わっているそうです。

冒頭でソーシャルデザインは「社会の課題を創造的に解決するデザイン」とありましたが、難しいことや身近に感じにくいことが伝わること、市民のつながりと一体感を生みだすことは、デザインが成し遂げることのできる大きな役割と思います。ソーシャルデザインはまさに、社会のすべての人々に関わる重要なものだと感じました。

(写真提供:田中美帆さん)

松本 麻美
松本 麻美(まつもと あさみ) スタッフ

子どものころに楽器を習うも、石川県の美術大学へ進学し彫刻を勉強。卒業後の1年を、ロンドンへの語学留学、派遣社員としての勤務などをして過ごす。編集未経験で勤務した編集プロダクションでは、移住専門雑誌や書籍などの編集、ライティングを2年間担当。そろそろやりたいと思ってきたことをしたい、と退社したところにThink the Earthと出会う。関心は映画、音楽、美術、谷戸など。新しいことを知るたびにワクワクします!