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2021.04.02 | 岩井 光子

地球温暖化は逆転できる? NYタイムズベストセラー本が示す100の解決策

菅首相が昨年、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにすると公言しました。今年が2021年ですから、期限まであと30年を切っています。産業や生活習慣を大胆に変えることが必要といわれていますが、やるのであれば、より効率的な方法を間違うことなく選択していきたいと誰もが考えるでしょう。

その参考になりそうな本が、昨年12月に発売された『ドローダウン〜地球温暖化を逆転させる100の方法』(山と渓谷社)です。これまでの環境本と少し違うのは、エネルギーや冷暖房、住環境、農業など従来別々の専門書を当たらなければいけなかったようなCO2削減策を、気候科学者ら専門家が極力専門用語を使わずにわかりやすく解説しているところです。エネルギー、食、女性と女児、土地利用、建物と都市、輸送、資材の7分野に渡る解決策が一冊で読めるので、今世界の第一線でどんな取り組みが行われているのか、総括的な知識を一通り身につけることができます。アメリカでは小学4年生からMITの学生までが教科書に使っているという話も納得できます。

ポール・ホーケンさん Creative Commons,Some Rights Reserved,Photo by Penn State

執筆と編集を担当したアメリカの環境活動家で作家のポール・ホーケンさんは、2001年頃から温暖化を食い止め、逆転させるための100の解決策をいろんな人に聞いて回ることを始めたと言います。そのたび「わからない」「良いアイデアだと思うけど、私のやることではない」などとかわされてしまい、納得のいく返答をしてくれた専門家は一人もいなかったそうです。「Googleで検索しても一向に出てこない(笑)。誰もゴールを示していない。温暖化は人類が直面する最大の危機のはずなのに、この状況はおかしい」。そこでホーケンさんは2013年、自ら「プロジェクト・ドローダウン」を立ち上げ、世界22カ国の70人の研究者と120人のアドバイザーを集めた研究チームを作ります。

ドローダウンとは温暖化がピークに達し、前年比で減少し始めるポイントを指します。プロジェクトでは信頼のおける国際機関や研究所、コンサルタント会社、企業の市場報告書などの広範囲なテクニカルレポートをメンバーが読み込んで分析、内容を慎重に検証した上で2020年から2050年までの30年間で実際にどのくらいのCO2が削減できるのかをモデル化して計算ではじき出しました。数値は複合的な効果も考慮し、重複がないよう確認したのち、1位から80位までランク付けしています。加えて、今後注目される解決策20も紹介し、合わせて100としています。

シナリオは3つ用意。現行の緩やかな移行に沿った「実現性の高いシナリオ」ではドローダウンは難しいのですが、排出量削減と経済面で控えめに出した今後の想定をより積極的な見方に変更した「ドローダウンシナリオ」と、2050年には100%再生可能エネルギーに転換できていると想定した「最大限シナリオ」では、逆転できる可能性があるという結果が出ました。

気になる1位は少し意外かもしれませんが、冷蔵庫やエアコンなどに使われる「冷媒」の転換でした。成層圏のオゾン層を破壊するとされるハイドロフルオロカーボン(通称“代替フロン”)は既に規制を受けているフロン類同様、二酸化炭素の数千倍もの温室効果があるそうです。代替フロンの使用も段階的に廃止し、別の冷媒に置き換えていくことが2016年にモントリオール議定書のキガリ改正で採択されていることから、今後世界中の代替フロンが適切に処理されていけば、89.74ギガトン(実現性の高いシナリオ)のCO2削減が期待できます。温暖化を0.5℃抑えられるほどのスケールだそうです。

10位以内に食料廃棄の削減(3位)、植物性食品を中心にした食生活(4位)、放牧の方法(9位)などが入っていますが、食のトータル削減量は、合わせればエネルギーの削減量を上回ることから、食の生産・流通方法や習慣を見直すことのインパクトはかなり大きいことがわかります。また、6位が女の子の教育機会、7位が家族計画で、これも合わせれば1位の冷媒の削減量を上回ります。これらは世界人口の抑制や自然災害などへの対応力にも影響すると考えられることから、環境へのインパクトも大きいのです。

本書は2017年の発売直後から評判を呼び、ニューヨークタイムズでもベストセラー本に選出されました。日本語訳の発刊を熱望する人たちがクラウドファンディングを企画し、昨年7月にドローダウンジャパンコンソーシアムが発足。支援者は約1200人に上り、昨年12月に発刊が実現しました。翻訳は東出顕子さん、監訳は国立環境研究所副センター長の江守正多さんです。

個人的には、バイデン政権が進める脱炭素に配慮した農業(不耕起栽培や被覆植物の利用、輪作などを活用して土壌に炭素を貯留していく)で、「環境再生型農業(regenerative agriculture)」(11位)と「環境保全型農業(conservation agriculture)」(16位)に分けるポイントが明確になり、勉強になりました。不耕起などやり方は似ているものの、後者は化学肥料や農薬を使う点で異なり、いずれ環境再生型農業へ移行する“過程”ととらえられる解決策なのだそうです。

バイオマスを「よりクリーンなエネルギーに移行しながら段階的に廃止される橋渡し策」としたり、高速鉄道は「稼働すればカーボンフットプリントは飛行機や車より低いが、建設に関連して排出されるCO2はかなり多い」と指摘するなど、客観的、科学的、ニュートラルな立ち位置での分析が際立ちます。一般にクリーンと呼ばれる対策にも別の見方があることもわかり、視野も広がります。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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