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2023.04.27 | 岩井 光子

見えなくなったからこそ見えてきた―視力を失った彫刻家がいま考えるアートとは

群馬県下仁田町に住む彫刻家、三輪途道(みちよ)さんは、30代後半で網膜色素変性症という目の難病にかかり、徐々に視力を失っていきました。木彫を天職に感じていた三輪さんですが、視力の衰えと共にノミで木を彫ることは難しくなりました。

三輪さんは彫刻家として仏像や身近な人や動物の肖像彫刻まで、多くの作品を手がけてきた。写真は東大寺俊乗堂の北で重源像模刻する三輪さん(当時26歳) 撮影:大平武男

三輪さんは病気を受け入れながら立体作品を作る方法を模索し、脱乾漆という粘土に漆を塗った麻布を張り込む製法を用いるようになりました。当初は空間認識のために作品とほぼ同じ大きさに切った台を触りながら製作したり、粘土にビー玉や薄い板を埋め込んで作業箇所を把握する工夫をしていましたが、長年修練を積んできた三輪さんの手には、モノや生物の形の記憶が豊かに宿っていました。試行錯誤を経た今では、文字通り手が目となり、印なしでも作品を作れるようになったそうです。

病にくじけることなく、旺盛な制作意欲を維持し続けてきた三輪さんの出版活動にかかわってきた編集者やライター、デザイナーなど有志が2021年に立ち上げたのが、一般社団法人メノキです。メは“目”であり、“芽”。メノキのネーミングには、見えなくなったからこそ見えてきたものを社会に還元したい、芽吹かせたいという三輪さんの強い思いが込められています。

三輪さんが主宰していた彫刻教室の生徒で、20年来の付き合いがあるというメノキの理事でライターの立木寛子さんは、「健常者が障害者のために何かをする団体は多いですが、メノキは実際に目の見えない三輪さんを中心に社会に向けてさまざまなメッセージを発信する独自の活動をしています。そういう団体は全国にもあまりないのでは」、と話します。

メノキ発足のきっかけになった企画は、三輪さんが雑誌に寄稿していた連載コラムをまとめたロービジョンブックでした。目の見えない人にはオーディオブックなどがありますが、見えにくさを抱えた人に向けた本のバリエーションは少ないことから、当時わずかに視力が残っていた三輪さんが持ち歩きたくなるような魅力的な本を世に生み出そう、と製作は始まりました。黒バックの誌面に白いゴシック体の文字を乗せてコントラストをはっきりさせたり、画像に補助線を入れて輪郭を囲んだり、各行に下線を引いて行を認識しやすくするなど、三輪さんの症状を参考に視覚弱者が読みやすくなるさまざまな工夫を凝らしました。

ロービジョンブック『祈りのかたち』誌面より 黒地に白抜き文字、行間に罫線、画像に一部白補助線を入れ、弱視の読者に対応したデザインレイアウトを施してある
『祈りのかたち』出版に向けたクラウドファンディングのリターンとして三輪さんが製作した蚕神猫。三輪さんは猫好き 〈蚕神猫様〉石膏心乾漆、檜、彩色/88×65×65㎝ /2021

昨秋(2022年)は地元の企業や大学、美術館と連携し、前橋市内で「見えない人、見えにくい人、見える人、すべての人の−感じる彫刻展−」を開催。あらゆる見え方の人が共に作品を楽しむ鑑賞方法を探った企画で、すべての作品を手で触れるようにしました。盲学校の子どもたちから大人まで、さまざまな年代の来場者が交流し、互いの思いを伝え合う場が生まれました。

三輪さん製作の「せんべい皿」シリーズ。手触りの違いが楽しく、子どもに大いにウケたそう 手前から歌舞伎揚皿 14×41×41 脱乾漆 2022 砂糖醤油せんべい皿 9×43×43.5 脱乾漆 2022 醤油せんべい皿 9×47.5×41 脱乾漆 2022 海苔せんべい皿 12×46×46.5 脱乾漆 2022

そして今年度、メノキの活動はさらに大きく芽吹きはじめました。障害を持つ人たちと地域社会をアートで結ぶ試みは全国各地で活発になってきましたが、三輪さんは目の見えない人たちの鑑賞体験をアテンド(付き添い案内)する専門家を全国の美術館などに増やしたいと考えています。

三輪さんも目が見えなくなって初めて気づいたのは、目の見える人が考える見えない人への働きかけと、見えない人自身が展覧会で体験したいことの間には大きな隔たりがある、ということでした。つまり、“かゆいところに手が届いていない”そうです。「例えば、見える人にとって心を静かにして触れる彫刻展は未知の体験かもしれませんが、見えない人にとっては触れることは日常。作家の人生なりをその場で体験するなど、もう一歩先のことを味わいたいんです」、三輪さんはそう説明します。

しかし、現状見えない人たちは自分たちのために企画してくれたことがうれしいので、“投げられたボールが自分の思いから多少外れていても、受け取ってしまう”傾向があるそうです。彼らの代弁者としての使命を感じた三輪さんは企画を文化庁に提案し、採択されました。今後、メノキと群馬大学が中心となって「インクルーシブアートコーディネーター養成講座」のカリキュラムを準備するため、今年6月から研究会がスタートします。受講者は学生に限らず、全国の美術館職員、社会人などに広く門戸を開いていく構想です。

インクルージョンは“包摂”などと訳されます。目の見える人は自分たちの目線で考えた企画や交流を提示したことで満足してしまい、目の見えない人の要求に必ずしも応えられていないことがあるのかもしれません。メノキは5人の小さな団体ですが、三輪さんの体験や実感が活動の根っこにあることで、問題意識は本質をついていると感じます。インクルーシブなアート展とは、マイノリティである人たちを巻き込むだけでなく、彼らにとっても鑑賞体験が深度のあるものでなくてはインクルージョンの本来の意味には沿っていない、と考えさせられます。

メノキは4月、SDGs岩佐賞も受賞。美術鑑賞の輪を広げる活動が評価を受けました。今年は中之条ビエンナーレで絵本『みえなくなった ちょうこくか』に曲をつけるイベントや谷川俊太郎さんとのコラボによる詩画集の発刊などが予定されていて、引き続き、見えること、見えないことについて豊かな示唆を与えてくれそうです。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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