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地球リポート

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2024.09.24 | 鈴木 ゆう子

東北から日本の水産業を変えていく。フィッシャーマン・ジャパンの軌跡


漁港には何隻もの船が並んでいる

世界三大漁場とされる三陸金華山沖。この三陸の海は、親潮と黒潮にのってさまざまな魚がやってくる海洋資源が豊かな海域で、古くから漁業が盛んです。養殖も行われ、ホタテやホヤ、牡蠣、ワカメ、コンブなどの産地でもあります。

しかしこの海や漁業は、2011年3月の東日本大震災によって、大きな被害を受けました。さらに日本において水産業の人材不足が進み、海水温の上昇といった環境問題も表面化するなど、海は深刻な状態に陥っていました。

そんななかで、2014年に宮城県石巻市の若手漁師が中心となって立ち上げたのが「フィッシャーマン・ジャパン」です。これまでの漁業のイメージをひっくり返す“新3K”、「カッコいい」「稼げる」「革新的」を理念に掲げ、未来の世代が憧れる水産業の形を目指して活動しています。

フィッシャーマン・ジャパンが発足して今年で10年。いま、どんなことに力を注いでいるのでしょうか。私たちは、宮城県石巻市に向かいました。ワカメ漁師であり、フィッシャーマン・ジャパンの代表理事を務める阿部勝太さんに、漁師としての歩みや、現在の取り組み、課題について、話を聞きました。

東日本大震災後、漁師として新しい仕組み作りに挑戦


十三浜の風景。この日は風が強かった

仙台から仙石線に乗って石巻駅へ。石巻の市街地からさらに車で40分あまり走ると、石巻市北上町十三浜に到着します。名前の通り、海岸線に沿って十三の浜(集落)が点在している地域です。浜の漁港には漁船が並んでいます。


一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン代表理事の阿部勝太さん。家業のワカメ・コンブの養殖とフィッシャーマン・ジャパンの活動を続けてきた。

阿部勝太さんは、十三浜のワカメ漁師家系の3代目。サラリーマンを経て、24歳で地元に戻り、漁師を継ぎました。その約2年後に東日本大震災が起こります。

「家も船も加工場、養殖場まで流されました。海も浜辺も瓦礫だらけ。漁ができるかお金がどれくらいかかるか、震災直後は想像もできませんでした。その秋までに立て直せれば、養殖場にワカメやコンブの種を植えられます。でも秋までに間に合わなければ、もう1年延びて収入はなし。地域みんなで協力し、残った船や行政の大きな船に乗り込んで、必死で瓦礫を撤去しました」

震災による借金も抱えて大変ななか、漁師として生きていくことを決意した阿部さん。漁師の仕事を楽しく前向きにできるように、仕組みを変えようと模索が始まりました。

そこで「自分で獲ったものを自分たちで確保し、ブランディングして販売をしよう」と、浜の漁師で協業し「漁業生産組合 浜人(はまんと)」を立ち上げます。

ワカメやコンブを生産するだけでなく、加工・パッケージ化して販売店に出すまでの工程を担う形に変えました。加工や商品開発をしてスーパーや飲食店に販売し、生産、加工、販売・流通を行う、6次産業化です。稼げる仕組みを浜で作っていきました。


加工したワカメをパッケージし出荷する

売り上げを伸ばそうと尽力しながら感じていたのは漁師の担い手となる「若い人の不足」でした。

「漁師は若い世代が少なく、いまは現役でも15年先は引退する年齢の方が多く、就業者がさらに減ってしまいます。浜人で僕らが漁業を盛り上げていくためにも、海で働く人たちを守っていかなければいけません。当時は漁師の募集自体がほとんどなく、さらに風評被害もあったため、自分たちだけの力では漁業就業者を増やすことは難しいと感じました」

そもそも、日本の水産業の人手不足は深刻な状況で、担い手が減少していることは大きな課題でした。現在も減少を続け、令和3年(2021年)の漁業就業者数は、前年より4.7%少ない12万9千人です。そのうち4割近くを65歳以上が占め、高齢化も進んでいます。

「人の育成をなんとかしなければ」

阿部さんは少しずつ動き出しました。

浜の規模から広い視点で漁業を考える

震災後の翌年から、阿部さんは漁師の傍ら、東京で開催されるセミナーや勉強会に通います。最初のころはどの会場に行っても、漁師は阿部さん一人。でも徐々に漁師の参加者が増えていったといいます。

「セミナーなどでほかの漁師に会うと、『売れてる?』『育ってる?』などと、お互いの浜の現状を伝えあいました。話してみると、どこも抱えている課題は同じで、いち漁師では解決できない問題も共通していました」

大きな組織でなければできないこともあり、阿部さんはまず、目の前の仕事に集中し知見を増やしていきました。そして2014年、同じ志を持つ漁師や魚屋の13人の仲間で、「フィッシャーマン・ジャパン(以下、FJ)」を立ち上げたのです。

「当初は浜ごとの課題として考えていましたが、これって宮城だけじゃなくて、福島も岩手も一緒だよね、と。なんなら被災3県を超えて、日本の漁業の問題だと気づきました」

漁師の高齢化や後継者不足、過疎化など、水産業の抱える状況は共通していて深刻です。水産業を将来に残すために、阿部さんは日本の漁業を変えていこうという大きなビジョンを立てて、活動をするようになりました。

「どうせやるんだったら、日本の水産業のためになることをしたい。震災で、僕らは日本全国から支援も受けましたし、僕ら漁師の立場から返せるものを考えたとき、日本の課題解決につなげようと行きつきました」

フィッシャーマン・ジャパンは三陸の海から、水産業における“新3K=カッコいい、稼げる、革新的”を実行するトップランナーになることを目指し、主に4つの事業を進めています。

・水産業のしくみを変える
就業者数が大幅に減少している状況において、従来のやり方からの変革や水産業全体での新しい連携に挑戦。国内販路だけではなく輸出への切り替えも取り組んでいる。

・未来のフィッシャーマンを育てる
漁師だけではなく、水産業全体に興味関心を持つ人を「フィッシャーマン」として、未来に向かって水産業を変えていくための担い手を育成するプロジェクト。地元三陸だけではなく、全国に広げて活動している。

・漁業の魅力を伝える
3K(きつい、汚い、危険)という印象を持たれがちな漁業において、魅力も伝えていくプロジェクト。アパレルブランドとのコラボを行うなど、さまざまな形で漁業の魅力を発信している。

・これからの水産業を持続可能にする
海の環境が大きく変化している今、フィッシャーマンジャパンとして次世代に続く海を守るための取り組みを行なっている。持続可能な漁業を目指し、ASC/MSC認証の取得にも力を入れる。


未来のフィッシャーマンを育てる「TRITON PROJECT」

なかでも現在、FJが力を入れているのが、未来のフィッシャーマンを育てる「TRITON PROJECT(トリトンプロジェクト)」です。

漁師は家業として営まれることが多く、募集が公に出ることはあまりありません。漁師になるための情報や求人票も表に出てこないため、仕事内容も想像がつきにくいものです。たとえ漁師や水産業の仕事に興味を持ったとしても、「住むところがなさそう」「受け入れてくれる場所はあるのだろうか」「どこに相談していいかわからない」など、不安を感じる人もいたはずです。

そこで始動したのが「TRITON PROJECT」でした。

活動内容は、漁師になりたい人と漁師のマッチングや、シェアハウスの運営、漁師や水産事業者の求人のフォロー、就業後の住まいの提供やステップアップのための勉強会の開催など。未来のフィッシャーマンの育成に向けてさまざまな角度から取り組んでいます。

若い人に水産業の魅力を知ってもらうために、子どもたちや中高生、大学生に向けた漁業体験や課外授業も行っています。


「TRITON SENGOKU」 はFJの情報やグッズも充実

その活動拠点となっているのが、石巻駅近くの千石町にあるFJの事務所1階の「TRITON SENGOKU(トリトンセンゴク)」です。


地域住民や水産業にかかわる人たちが集まっている

ここでは、漁師に関心のある人と漁師が面談をしたり、スタッフが求人票や資料をもとに相談にのったり、新人漁師とベテラン漁師が集ったり、海と人をつなぐ場として活用されています。ときには高校生が地域学習で訪ねてくることもあるそうです。


TRITON SENGOKUで出迎えてくださったFJの香川幹さん

FJが設立して10年。今は若手社員が中心となって、さまざまなプロジェクトを進めています。
TRITON SENGOKUで、私たちを出迎えてくれた香川幹さんもそのひとり。FJに新卒でジョインし、広報・PRという立場で水産業の魅力を発信しています。

香川さんが特に力を入れているのは、地元の高校生向けの企画です。進路や将来の夢を考える高校生に向けて、水産業の魅力やどんな仕事があるかを伝え、体験や学習の場を提供しています。


香川さんは広報として水産業の魅力を伝えている

そのひとつが「すギョいバイト」というプロジェクト。地元の高校生に水産業の魅力を体験してもらうことを目的とした海の1日アルバイトで、石巻にしかない取り組みです。牡蠣養殖やホヤ養殖に関わる作業など、石巻を支える水産業に関わるメニューを用意し、働きながら現場を見学したり海産物を食べたり、水産業の魅力を体験できます。

若い世代にとって、体験や学習の場がいかに貴重な機会かを知っているのは、香川さんご自身かもしれません。実は香川さんは大学4年生のときに、「大学生の間に漁師の仕事をしてみたい」と、東京から履歴書を持ってTRITON SENGOKUにやってきました。ちょうど居合わせた漁師さんとも話をしたところ、「まずは流通を知った方がいい」ということで、魚屋で働くことに。FJのシェアハウスで暮らしながら、次は漁協で働き、さらに漁師さんの船に乗って養殖を体験。大きな漁船で漁に出たり潜水士の資格を取ったり、さまざまな経験をしたのです。

「漁師をはじめ色々な現場をみたことで、卒業後の進路としてひとつに決めきれなくて。担い手を育成するF Jの活動にも興味がわいて、インターンを経てF Jで働くことになりました」(香川さん)

大学時代に自ら水産業の世界に飛び込んだ香川さん。そのときの経験を活かし、未来のフィッシャーマンを育てる活動に力がこもります。香川さんをはじめとする若手の活躍は、地元の漁師や漁業関係者たちを活気づけているそう。

「ぼくらFJ設立当時のメンバーは、いまはどちらかというと裏方にまわり、若い香川のような社員が中心となって事業をすすめています」(阿部さん)

TRITON PROJECTは、行政とも連携しています。石巻市を皮切りに、北海道利尻島や気仙沼市、静岡県西伊豆町、三重県南伊勢町とともに、担い手育成事業に注力しています。行政や地域も巻き込みながら取り組みが広がっていけるのは、やはり地元の漁師の協力が大きいと阿部さんは語ります。

「課外授業や漁師体験、マッチングなどのFJの提案に対し、ベテランの漁師さんたちが『人を育てたい』と受け入れてくれました。これはとても嬉しかったですね。漁業に携わる人がこれ以上減らないでほしいし、浜も賑わってほしい。海は養殖や漁業が続けられる環境であってほしいし、水産業界全体が儲かってほしい。世代に関係なく、同じ思いを持って取り組んでいることが伝わったのだと思います」


阿部さんが着用しているのは、アーバンリサーチとFJのコラボで作られたカッパ(サロペットパンツ)だ

刻々と変わる海と向かい合いながら
フィッシャーマンを増やしていくために、「石巻だけではなく、全国各地の浜にも働きかけていきたい」と阿部さんは語ります。

「漁師や水産業を選択して、本人も周囲もハッピーに働けるように、責任を持って取り組んでいます」


ワカメ漁の様子

阿部さんが仕事をする十三浜地区では、環境への配慮にも力を入れています。
2022年にはワカメ、コンブの養殖業として国内で初めて「養殖のエコラベル」と呼ばれる国際認証「ASC」を取得。
近年は自然環境が急速に変化し、三陸の海では、海水温の上昇による影響も顕著になって来ました。

「今年は、低気圧の影響もあってかこれまで経験がないぐらい海は荒れています。海水温は去年の夏からずっと上がっていて、魚介類の漁獲に影響が出てこれまでのような養殖ができなくなっているのが現実です。特に今年の三陸は、ワカメやコンブ、海苔もだめですし、ホタテは成長せず、ホヤは全滅しました。牡蠣も例年のように育っていません。海産物の価格は上がり、消費者のもとに届きにくくなっています。とても危機感を持っていて、海や漁業、海産物の生産への影響を少しでも食い止めたいです」

海水温の上昇が進み、漁獲量に大きな影響が出ていることを知り、ネガティブにならざるをえない気持ちになりました。そんななかで、阿部さんにとって「海」とはどのような存在なのか、最後に聞いてみました。

「僕にとって海は、生きるための手段であり、モチベーションを高めてくれる存在です。海とともに生きていくために、まだまだ考えなければいけないし、解決のためのチャレンジを続けなければいけないことがたくさんあります。海で何を生み出して、どう稼いでいくか。これからも刻々と変わる海と向き合いながら、考え、仕事をし続けていきます」

スーパーに行けば魚が売っていて、お店に行けば魚料理のメニューがあり気軽に食べることができます。漁業と縁遠い地で暮らしていると、いま海で何が起こっているのか、水産業がどんな状況にあるのか、なかなか想像しにくいものです。でも、いつも食べている魚が食べられなくなる未来もあるかもしれません。

今回、FJの力強い取り組みに触れ、海や漁業の課題は決して他人ごとではないことを実感しました。ベテラン漁師も若い世代も一緒に取り組むFJのプロジェクト。石巻から日本の水産業を変えていく未来を応援しています。

(文・鈴木ゆう子 写真・平井慶佑)

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鈴木 ゆう子
鈴木 ゆう子 ライター

総合雑誌編集部、住宅誌編集部などを経て、フリーランスとして活動。趣味実用、住宅、インタビューなどを手掛けている。 *動物や植物が好きで、これまでいろいろな切り口で取材をしてきました。いま特に関心を持っているのが、気候変動や海洋汚染、生物多様性の危機といった環境問題です。これからも力を入れていきたいと思います。

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