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地球リポート

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2024.09.12 | 小泉 淳子

海洋ごみが押し寄せる対馬で考える 「あおいほしのあおいうみ」を守るためにできること(前編)


烏帽子岳(えぼしだけ)展望所から眺めた浅茅(あそう)湾の風景。美しい山並みと穏やかな海の光景は古代からほとんど変わらない

私たちが長崎県対馬に向かったのは、Think the Earthが発行予定のビジュアルブック『あおいほしのあおいうみ The blue oceans of a blue planet』の取材のためでした。未来を生きる子どもたちに海に関心をもってもらおうと、この本には地球に海が誕生する話や海のいきものの生態、海に関わる仕事、海について知る本など、海にまつわるあらゆるトピックが盛り込まれています。そのなかの第6章「日本の海をまもる」に登場するのが対馬です。

九州最北端に位置する対馬は韓国・釜山まで直線距離でわずか50キロ。かつて大陸と地続きであったことから、ツシマヤマネコなど大陸由来の固有種が生息し、豊かな生態系を有する島として知られてきました。日本海に流入する対馬暖流の影響もあり、アナゴやイカなど豊富な海産物が取れるのも自慢のひとつです。そんな対馬に、新たな呼び名が加わったことを知りました。

“日本でいちばん海のごみが集まる島”

対馬でいったい何が起きているのでしょうか。対馬の海が直面する問題を知ることは、海に囲まれ、海とともに暮らしを営んできた日本全体の未来を考えることにもつながります。対馬からのリポートをお届けします。


対馬の真ん中に位置するクジカ浜は足の踏み場もないほど漂着ごみが散乱していた。ブイや漁具、ポリタンクなどが目立つ

漂着ごみのホットスポットで見たもの

対馬北部の空港に降り立つと、対馬グリーン・ブルーツーリズム協会のスタッフが出迎えてくれました。車で移動しながら外を眺めると、対馬の9割が森林で覆われていて、山々が海岸まで迫っていることがよくわかります。

漂着ごみの「ホットスポット」とも言われるクジカ浜に案内してくれたのは、同協会事務局長の川口幹子さんです。環境保全の研究者だった川口さんがフィールドワークの場を求めて島おこし協働隊(総務省の地域おこし協力隊の対馬での呼称)の一員として対馬にやってきたのは2011年。その後対馬に定住し対馬里山繋営塾を起業、対馬が誇る自然の営みを後世に繋ぐ観光教育プログラムを企画・運営しています(対馬グリーン・ブルーツーリズム協会の事務局運営もそのひとつ)。大阪の衛生用品メーカー、サラヤ株式会社が海洋問題の解決に取り組むために2024年1月に設立した株式会社ブルーオーシャン対馬の代表も務めています。

クジカ浜までは車が入れないため、車を降りて海岸へ向かいます。細い道を抜けて海岸にたどりつくと・・・そこは想像を遥かに超えるごみで覆い尽くされていました。砂浜一面に広がるごみの山を前に、もうどうしていいかわからない。人はこの状況に何かできるのだろうかと、まさに途方にくれる心境になりました。同時に、なんとかきれいな砂浜に戻したいという気持ちが沸き起こります。

カラフルなポリタンク、発泡スチロール、ペットボトルに浮きや魚網などの漁具。ペットボトルには、韓国語や中国語のほかベトナム語やインドネシア語などの表記も見られ、軽くて丈夫なペットボトルはどこまでも流れていくことを実感させられます。遠く離れた国のものは、行き交うコンテナ船やタンカーから廃棄されたものかもしれないと川口さんは言います。


ラベルに外国語の表示がついた漂着ごみも多い。漂着ごみの問題は日本だけの問題ではなく、世界的な視座で考える必要がある

対馬海ごみ情報センターの調べによると、2023年1月から2024年1月に対馬の海岸に流れ着いた漂着ごみは推定3万6,764立方メートル(海岸に打ち上げられたごみを「漂着ごみ」、海原に漂っているものを「漂流ごみ」、海底に沈んだものを「海底ごみ」と呼びます。それらの総称が海洋ごみです)。ごみの量は毎年変動しますが、豪雨や台風など自然災害の多い年は流木や灌木が増え、地球の気候の動きが如実に反影されていることが分かります。


韓国から流れてくるポリタンク。ノリ養殖の消毒に使う過酸化水素水を入れるものだが、違法な薬品が入ったものが不法投棄されているケースもあるという

魚網は複雑に絡み合い、砂に半分埋まったビニール袋を引き抜こうとすると、ボロボロと崩れ落ちてしまいました。波や紫外線にさらされて劣化したプラスチックごみはマイクロプラスチックと化し、回収が困難になります。砂浜に散らばるキラキラした破片は、貝殻ではなく、砕けたプラスチックでした。こうしたプラスチックごみが風に飛ばされたり、時化(しけ)の波にさらわれたりして、再び海に戻っていく再漂流も問題となっているそうです。

プラスチックにはPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの有害物質を吸着しやすい性質があると言われています。分解されないマイクロプラスチックが世界の海を漂いながら海水中に溶けている有害な化学物質を吸収。それを海洋生物が誤って口にすることで体内に蓄積・濃縮され、生態系を脅かしたり、食物連鎖を通して人間の口に入ることが懸念されているのです。


土砂が崩れ落ちむき出しになった山肌にもごみが吹き飛ばされているのが分かる。土砂が崩れ落ちている原因は後半の記事で説明

海洋ごみがあふれているのは、海岸だけではありません。風でペットボトルや発泡スチロールが吹き飛ばされて、100メートルも離れた森の奥にまで散乱。自然の美しい姿が人間の行為で破壊されている。そんな光景が広がっていました。

地球規模の視点をもつ人を育てる必要性

対馬市SDGs推進課の前田剛さんに、対馬の海をとりまく状況について話を聞きました。長崎県出身で元々はツシマヤマネコの保全に携わっていたという前田さん。14年前に市職員となり、SDGs(持続可能な開発目標)の目標14「海の豊かさを守ろう」を軸とした持続可能な島づくりを目指し、漂着ごみ問題について島内外に積極的に発信をしています。


対馬市SDGs推進課の前田剛さん。うしろに見えるのは鎌倉時代から江戸時代に対馬を支配した宗氏の居住となっていた金石城の櫓門

対馬にごみが集まるのは、対馬が日本海の入り口に位置していることが関係しています。南北に長い海岸線のほとんどを占める複雑なリアス海岸が、海流に乗って流れてくるごみを、まるでクシの歯のようにキャッチ。対馬が防波堤のように海洋ごみを受け止めなければ、日本海沿岸に膨大なごみが押し寄せる可能性があるのです。

大陸から北西の季節風が吹くため、大陸方面からのごみも流れてきます。地球温暖化による異常気象で漁場が破壊され、韓国でノリ養殖に使っている漁具や中国で牡蠣養殖に使っているフロートなどが大量に流れてくることも。

「この島で起きている問題というのは、現在の、また明日の地球規模の環境問題の本質を先鋭的に表していると思います。ローカルの視点だけではダメで、地球規模の視点をもちながら行動していく人を育てていかないことには解決しないんです」

対馬市では漂着ごみを回収・処理するため、市の予算と国からの補助金を合わせて年間3億円近くを投じています。ボランティアによるビーチクリーンに加え、漁業協同組合を通じて有償で回収を実施しているものの、実際に回収できる量は漂着ごみの5分の1ほど。漁船でも近づけないような洞窟にもごみが流れ着き、ほとんど手付かずになっているとのこと。クジカ浜のように車が乗り入れできない海岸も搬出作業が難しく、すべてを回収できていないどころか、取り残しがどんどん増えている状況です。

しかも私たちが目にしている海洋ごみはごく一部。海中のごみの量は調査できておらず、ほとんどのごみは海底に沈んでいると考えられます。2050年には海洋に存在するプラスチックの総重量が海にいる魚の総重量を上回るという試算も出ています。

「プラスチックが誕生したことよって私たちの生活は便利になりましたが、管理しきれずにごみとなって意図的、非意図的に海に流れ出ている。利便性の裏側にあるのがこの光景なんです。対馬の子どもたちの原風景が、ごみで埋まった海岸になっていると思うとぞっとしますよね」

取り残されたプラスチックが地層のように積み重なっていけば、「1900年代後半から2000年代はプラスチックによって自然が汚染された時代」として、未来の歴史で語られるかもしれません。

「実際に海洋プラスチックが地層のようになっている箇所があり、まさに人新世の現れです。未来にはプラスチックに変わるものが開発されて、プラスチック汚染は過去の人類が犯した汚点になっていればいいのですが」


前田さんは漂着ごみの様子を自身で撮影した動画も限定公開している

海で起きている問題というのは、経済や社会の仕組みも同時に考えないと解決できません。消費者が安いものを求めると、海外で違法操業が行われ、その漁具のごみが対馬に流れてくることもあると前田さんは指摘します。地球環境のことを考えた消費行動が求められていることが、いまそこにある危機として迫ってきています。

「国内の漁業の問題も海洋ごみに関係しています。資源量を管理せずに魚を取り尽くすことで水揚げが減り、暮らしが成り立たないから漁師さんが減り、海を守る人がいなくなる。そして使われなくなった漁具がごみとなって流出してしまう。そんな悪循環が起きています」

それでも対馬が回収を諦めると、日本海沿岸に大量のごみが再び流れ出るリスクが高まります。対馬の役割としては、いかに早く、いかにたくさん回収するかが重要になると前田さんは言います。

対馬市では、海洋ごみ問題解決に向け、島内外の人々に関心をもってもらうための活動にも力を入れています。地元の子どもたちやボランティアによるビーチクリーンを定期的に行っているほか、プラスチック製品を作っている企業の意識変容を促すため、企業のスタディツアーも積極的に受け入れています。

2022年には、アートの力で課題解決をめざす「対馬海ごみアート×NFTプロジェクト」をスタート(2024年に「Ocean Good Art」に改称)。アーティストが海洋ごみでアート作品を製作し、その作品の売り上げの一部が対馬市に寄付され、回収事業にあてられる仕組みを構築しました。


国境を超えて対馬の漂着ごみの実態を知ってほしいと、日韓のボランティアによる海岸清掃も定期的に開催している(写真提供:対馬CAPPA)

マテリアルリサイクルの難しさ

では漁協組合やボランティアが回収した漂着ごみは、その後どうなるのでしょうか。川口さんに、リサイクルの前処理を行う市直営の対馬クリーンセンター中部中継所を案内してもらいました。


回収された漂着ごみはいったんすべてこの中部中継所に集められる。1年間に搬入される量は約8,000袋。色や種類ごとに分類されているが、行き場のない大量の袋が置かれたままとなっていた

発泡スチロールに付着している汚れや不純物を取り除く作業が手作業で行われている

2021年には汚れを除去した発泡スチロールを破砕したものを加圧してペレット化する機械が導入された

中部中継所にはマテリアルリサイクルされた商品も展示されているが……

中部中継所には回収された漂着ごみが集められ、ここで色や種類ごとに分類されます。発泡スチロールは汚れなどを手作業で丁寧に削り落としてから、粉砕・圧縮されペレットに。ポリタンクやブイなどごみの一部は、プラスチック製品の原材料としてマテリアルリサイクルされ、買い物かごや歯ブラシ、ストローなどに生まれ変わっています。でも川口さんによれば、漂着ごみはその特性として劣化が激しいためマテリアルリサイクルには向いていないといいます。

「ごみが海を漂っている間に塩分や砂、重金属などの不純物が付着しますし、外来種の生きものが入り込んでいることもあります。素材が多岐にわたるため高度な分別が困難なうえ、紫外線による劣化も激しく、安定的に価値のある品質を保つのは難しいんです」

漂着ごみを利用したリサイクル製品は話題性はあるものの、実際のリサイクル率は高くありません。手間をかけて加工された発泡スチロールのペレットも、残念ながら利用されていないといいます。熱エネルギーとして再利用するサーマルリサイクルをめざし、温浴施設で灯油の代替燃料に使用する計画だったそうですが、石油由来のプラスチックは熱量が高いため専用のボイラーを新たに導入する必要がありました。しかしそのボイラーが値上がりしたうえ、サーマルリサイクルのボイラーは漂着物処理の補助金の対象外とされ、導入が見送られたとのこと。このペレットの活用方法はまだ決まっていません。

川口さんは、海洋プラスチックごみを使った製品を作ることが問題解決のように捉えられるのは、「非常にもやもやする」と言います。まずは海ごみにならないように啓発するべき、と川口さんは考えています。

海ごみは宝の山ではない


対馬里山繋営塾の事務所は志多留にある築100年を超える古民家。志多留は3000年以上前から集落が存在していたとされ長い歴史のある地区だが、今は高齢化が進む

川口さん自身、対馬に来るまではリサイクルはいいことだと考えていました。でも対馬で漂着ごみを毎日目にするなかで、品質が劣悪な漂着ごみから製品を作ることにどれほどの意味があるのかと考えるようになったそう。

「現場と都会の意識のギャップがあると思います。回収したものを再資源化する過程で膨大なコストと手間がかかることを、みんな知らないんですよね」

「海洋ごみは宝の山ではありません。最終的な目標は脱プラスチック社会を作って、海洋ごみを出さないようにすることです。いま一丁目一番地としてやるべきことは、ごみになる前の回収ルートを作って、効率的に再資源化し、新たな石油の採掘を減少させること。ものすごいコストをかけて、海洋プラスチックごみを回収して、洗浄して、破砕して、ペレット化してということが果たして環境にいいか疑問に思っています」

再資源化についてブルーオーシャン対馬では、島から排出されるごみと漂着ごみを合わせて加圧・加温して硬い加炭剤という固形燃料にすることを考えています。この方法のメリットは、手間をかけて分別する必要がなく、燃えるものをすべて合わせて加工できること。また石炭の代替燃料として利用できるため、たとえば鉄鋼の街である釜山に輸出し、鉄鋼の製造に必要な石炭の代わりに利用してもらうことも可能になるかもしれません。

漂着ごみを回収するための技術開発や、製品設計の段階でのイノベーションにも並行して取り組む計画です。重要なのは対馬だけではなく、他の島嶼地域でも応用できるような持続可能なモデルを作ることだと、川口さんは言います。ブルーオーシャン対馬では、2025年4月に開幕する大阪・関西万博に向けて事業モデルを発信することをめざしています。

磯焼けから獣害までさらなる課題も

今回の取材で、漂着ごみ問題には気候変動や社会経済の問題が複雑に絡み合っていて、社会全体で対策を考える必要があることがよく分かりました。プラスチック代替製品の開発やごみ回収のための技術革新に加え、当たり前のことではあるのですが、一人ひとりの意識が大事であるとの意を強くしました。

普段生活しているなかで、プラスチック削減の必要性を頭ではわかっていても、実感できていない人が多いかもしれません。でも対馬のごみを目の当たりにすれば、きっとその考えは吹き飛ぶでしょう。自然界で分解できないプラスチックごみがいかに環境を破壊しているか。漂着ごみにならないよう、ごみをごみとして処分することがどれほど大切か。海岸を覆い尽くすごみの写真を見て、いま何が必要か思いを巡らせる人が増えることを願います。

前田さんによれば、海をめぐる課題はごみの他にも山積しています。そのひとつは、気候変動による磯焼け(藻場が消失して海が枯れてしまう状態)によって魚が取れなくなり、島の重要な産業である漁業の担い手が減っていること。また、増えすぎたシカやイノシシが山を荒らし、その影響が海にも及んでいること。自然に寄り添ってきた対馬の暮らしが大きく崩れてしまっていました。

海の未来を考えると暗澹たる気持ちになりますが、そうした状況をはねのけようと、アクティブに活動しているたくさんの人たちに出会うこともできました。なかでも問題解決の手法を描く方法が非常に優れていると川口さんが紹介してくれたのが、対馬CAPPA代表理事の上野芳喜さんと丸徳水産の犬束ゆかりさんです。

対馬CAPPAでは、シーカヤックで海を楽しむ遊びと、漂着ごみ問題を伝える学びを掛け合わせたツアーを実施。海洋ごみ問題を自分ごととして捉えるための素晴らしいツールとなっていました。丸徳水産の犬束さんは、磯焼けの原因となっているイスズミやアイゴを美味しく調理することに成功。食害魚と呼ばれ廃棄されていた魚を有効活用することで、漁師さんたちの意識改革に貢献しています。

上野さん、犬束さんのほか、増えすぎたシカやイノシシの命を資源に代え、森を守る活動を行なっている一般社団法人daidaiの齋藤ももこさんにも話を伺いました。森と海は深くつながっているということを改めて気づかせてくれた貴重なお話です。
詳しくは後編でご紹介したいと思います。

(文:小泉淳子 写真:平川雄一朗)

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小泉 淳子
小泉 淳子(こいずみ あつこ) 編集者・ライター

出版社でニュース週刊誌や書籍、英文ウェブメディアの編集に携わり、2024年よりフリーランスに。Think the Earth発行の『未来を変える目標 SDGsアイデアブック』『あおいほしのあおいうみ』に執筆者として参加。国際政治から環境、テクノロジー、カルチャーまで幅広く携わった経験を生かして、多面的な視点を伝えていきたいと考えている。

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