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Food

「奇跡のリンゴ」の自然栽培がひらいた
障がい者就労支援の新たな道

2016.12.06 岩井 光子

師匠と慕う木村さんと。右が佐伯さん

「奇跡のリンゴ」と呼ばれる無農薬のリンゴを、生死をさまようほどの試行錯誤を経て実らせた木村秋則さん。その木村さんの一番弟子と言われる佐伯康人さんもまた、紆余曲折を経て、無農薬、化学肥料・除草剤不使用の自然栽培にたどり着きました。愛媛県で障がい者の就労継続支援B型事業所「パーソナルアシスタント青空」を運営する佐伯さんは、2009年から自然栽培に本腰を入れ始めます。これまでに地元で約11ヘクタールの耕作放棄地を農地に戻し、米や野菜の自然栽培に成功してきました。

「あ、農業、良いかもって、頭にパチーンと来ました」、佐伯さんは、障がいを持った人たちと農作業との相性を、直感で確信したと振り返ります。

愛媛県松山市に育ち、高校卒業後は人気ロックバンドのボーカルとしてメジャーデビューも果たした佐伯さんは、三十歳で父親の事業を手伝うために帰郷。振り幅の広い佐伯さんの人生に、"使命"として舞い降りた出来事が1999年、脳性まひと肢体不自由を抱えた三つ子の誕生でした。気力はあっても、リハビリや介助にいっぱいいっぱいで体が悲鳴を上げてしまった三人の幼児期。夫婦を気遣った地域の仲間や社会福祉協議会の有志が「三つ子ちゃんを守る会」を結成し、佐伯さんは心強い支えを得ます。地域とのかかわりが三つ子を生き生きとさせ、また、三つ子の屈託のない笑顔に地域の人たちが癒(いや)されていることを知った佐伯さんは、障がいを持った人と地域とのかかわり方について積極的に意識を向けるようになっていきました。

そんなときに冒頭の木村さんとの出会いがあったのです。「百の仕事があると言われる百姓。農薬も肥料も除草剤も使わない自然栽培であれば、百どころか千の仕事が生まれるんじゃないか」、佐伯さんはそう思い当たり、希望が見えたと言います。全国の就労支援施設には、クッキーを焼いたり、箱折りやボールペンの組み立てをしたり、似たり寄ったりの作業をしていることが多く、賃金も月額で数千円に過ぎなかったりします。でも、千もの仕事があれば、「ハンディのある人が合う仕事を見つけられるチャンスが広がり、なかには僕なんかよりずっと能力を発揮する人も出てくるだろう。彼らの自立にもつながるかもしれない」。佐伯さんは農業という選択肢にかけてみることに決めました。


愛知県豊田市の畑で。みんな地域の一員であることを一番感じさせてくれる場所が農地だ

自然栽培で育てたお米や野菜は大好評でした。知的障がいのある青年は、トマトを受粉させるために花をさする作業を「トマトにあいさつしてくる」と熱心に取り組んで重要な戦力に。土に触れることで問題行動がぴたりと止んだ人がいたり、草刈り機の使用がまひのあった手のリハビリになってしまったり―。佐伯さんいわく、彼らには「農業のDNAがある」と思える変化が相次ぎました。月給も月5万円ほどを確保できるようになり、賃金向上にもつながったのです。

活動は全国の福祉施設の関心を集め、「うちでもやってみたい」という声が上がりました。佐伯さんは要望に応じて全国どこへでも気軽に栽培指導に出かけたことから、仲間はどんどん増えていきました。今年の4月には、一般社団法人・農福連携自然栽培パーティ全国協議会が発足。今では北海道から沖縄まで約60の事業所が自然栽培パーティに参加しています。

障がいを持った人たちの働き場としてだけではなく、全国に40万ヘクタール以上あると言われる耕作放棄地、食の安心・安全の問題、地域活性化など、さまざまな社会課題の解決案としても期待されている自然栽培パーティの活動。「我々のところは手が止まると機械も止まっちゃうけれど、佐伯さんのところは夜寝ている間も作物は育っているからいいねぇ」と言う人がいたそうです。佐伯さんは、土のなかに根を太く張った稲や野菜、そして、田んぼに共生するさまざまな微生物や生きものを引き合いに出し、この活動では「自然も支援者」と語ります。

大好評の自然栽培米

今年5月には、自然栽培パーティの仲間となった全国各地の事業所が愛知県に集まり、第1回の自然パーティ全国フォーラムが開かれました。ドイツのブンデスリーガで活躍していたプロサッカー選手の高原直泰さんも仲間の一人です。今は沖縄うるま市の社会人サッカーチームで代表監督を務めるかたわら、自然栽培パーティが沖縄に設立した合同会社とタグを組み、熱心に農業に取り組んでいます。ドイツでの生活経験が長い高原さんはオーガニックにも精通していて、選手たちのセカンドキャリアとしても自然栽培の可能性に注目しているそうです。

また、自然栽培パーティでは今後、2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、農業生産の総合的な工程をみる国際認証「グローバルGAP(Good Agricultural Practice)」の取得を目指し、オリンピックで食材提供することも目標にしています。福祉の現場から農業の課題解決に挑戦する自然栽培パーティの可能性は、まだまだ広がっていきそうです。



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岩井 光子