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Water

「水の国」の水が止まった理由
熊本地震でわかった水脈の複雑さとインフラのもろさ

2016.05.06 橋本 淳司

干上がった池の上は管理スタッフが歩けるほどに

干上がった水前寺成趣園の池

「まさかこんなことになるとは」。枯れてしまった池を見つめながら女性は言葉を詰まらせていました。彼女は週に2、3度、母親のために出水神社に水くみに来ていたと言います。

熊本を代表する名園、水前寺成趣園(じょうじゅえん)。江戸時代、熊本藩主・細川家の御茶屋として利用され、細川綱利(つなとし)の時代に回遊式庭園が完成。園内の池からは阿蘇から流れる清冽な伏流水が湧き出していました。

しかし、目の前の池は8割方干上がって白い底が露呈、庭園を管理するスタッフが歩いています。地震前、約1ヘクタールの池の水深は最大50センチ程度ありましたが、4月14日の地震(前震)の翌朝に7~8割の水が干上がりました。地下水をくみ上げて回復しましたが、16日の本震後、再び8割ほど干上がりました。

水前寺成趣園前

「地震で水脈が変わったんだ」。池を見ていた初老の男性が言いました。「きっと江津湖も枯れてしまう」

江津湖は熊本県熊本市東区から中央区にある湖です。周囲6キロ、水面の面積は約50ヘクタール、1日の湧水量は40万トンを誇ります。水前寺成趣園と江津湖は1キロほどの距離にあり、同じく阿蘇からの地下水脈から湧き出していると考えられます。地震によって水脈に何らかの変化があったのであれば、江津湖も影響を受けるのでは......。

しかし、江津湖の水は普段と変わりなく湧いていました。

熊本大学の嶋田純教授(地下水学)は、「浅い層の地下水」と「深い層の地下水」を区切っている層に、地震で何らかの変化が起きたのではないかと、指摘しています。「浅い層の地下水」と「深い層の地下水」の「しきり」にひびが入り、浅いところを流れていた水が深い流れのほうに落ちてしまったということです。東海大学熊本教養教育センターの市川勉教授は、地震の影響を受けたのは浅い地下水層との仮説を立てています。

水前寺成趣園の水は「浅い層の地下水」なので、地震の影響を受けて枯渇しましたが、一方、江津湖の水は「深い層の地下水」なので、地震前後で水位に変化はありませんでした。江津湖直下の深い層には、空洞が多く、水を通しやすい「砥川(とがわ)溶岩」があり、上部地層から常に圧力を受けて、噴水のように地表に地下水が噴き上がります。江津湖では地震後も、地下水が湧くときに水底の砂を巻き上げる「砂踊り」現象が確認できました。わずか1キロほどの距離にある湧水でも、水の出てくる層によって大きく違うのだと地下水脈の複雑さあらためて感じました。

江津湖はいつも通り水をたたえる

老朽化した水道管が壊滅的な打撃

切れてしまったのは地下水脈だけではありません。水道管もです。水豊かな土地であっても蛇口から水が出るのは水道インフラがあるからです。

本震後の4月17日、3県(熊本県、大分県、宮崎県)の20市町村で44万5421戸が断水し、その96%が熊本県で、6市7町3村で42万9591戸で水が止まりました。全国の水道事業者が給水車を出動させ、また、自治体は備蓄するペットボトル水および給水袋で緊急給水しました。他地域の水道職員・技術者が復旧や応急給水に協力しました。急ピッチで復旧作業が行われましたが、4月26日時点でも、被害の大きかった益城町や南阿蘇村、西原村などでは、まだ断水が続いています。

断水は水道管の損傷や漏水によっておきましたが、そこには2つの要因がありました。

1つはもちろん2回の大地震によるインパクト。たとえば、西原村では水道管が布田川断層を横断していたため大破するなど、地震の直接的な影響によって水道管が損傷しました。

漏水や濁り水などが残るケースも

もう1つの要因は、水道管の老朽化問題です。厚生労働省や日本水道協会のデータによると、日本各地に張り巡らされた水道管は延べ約66万キロに達しますが、そのうちの12%にあたる延べ約8万キロが耐用年数を超えています。こうしたことが今回の断水に大きく影響しました。

熊本市では、耐震適合性のある基幹管路の割合は、74%に達し(平成26年度末)、全国平均34.8%を大きく上回っています。一方で、管路全体での耐震化率は22%。加えて、昭和40年代~50年代に整備した管路が、更新時期を迎えることから、老朽管の更新も必要とされていました。

老朽化した管というのは骨粗しょう症になった骨のようなもので、衝撃に弱くなります。老朽化という背景と地震というインパクトが重なったことが断水を引き起こしたと考えられるでしょう。

また復旧済みであっても、漏水や濁り水の問題が残っているケースもあります。漏水によって水圧が低く、マンション高層階では夜中だけ復旧するケースもあります。

熊本地域では個人宅に井戸をもっている人も多く、そうした人は断水になっても水が使えていました。ただし、浅い地下水を利用する家庭の井戸は、水質に注意が必要でした。もし地下水の流れが変わったら、これまでと同じ水質が保たれているか分からないし、下水管が破損して汚染源が入りこむ可能性もあります。

実際、熊本市生活衛生課には、家庭の井戸水が濁ったという情報が寄せられていましたし、熊本市環境総合センターにもちこまれた水58件(4月27日現在)のうち8件が飲用に適さなかったそうです。

でも、これでその水がダメになってしまったかと思うと、そうとも限らない。時間の経過とともに水質が回復してくるかもしれません。こまめに水質を測っていく必要があるでしょう。

東日本大震災の経験から、地下水は地震に強いとされていました。社団法人全国さく井協会の平成24年度の報告によれば、東日本大震災で被害を受けた6県にある261井戸のうち、地震発生後も従来通り使用出来た井戸が213井戸(81.6%)、障害が現れた後も使用できる井戸が34井戸(13.0%)合わせて94.6%が大震災後も使用が可能でした。

しかし、地下を流れる地下水は活断層など地下の動きに大きく左右されます。また、井戸ごとに個別の事情が違うため、大きく影響を受けるケースもあります。

水道水のほとんどを地下水でまかない、地下水保全の意識も高く、そのマネジメントのしくみを国連に表彰されていた熊本で、水が止まってしまったのは衝撃的でした。そこに2つの水脈の途絶がありました。1つは水道管路、もう1つは地下水脈と水道管路です。地震は水道管を打ち砕き、一部の水脈を変えていました。「水の国」の人たちは、水に不自由する生活を余儀なくされています。

熊本・大分で被災されたみなさんが通常の暮らしに戻るにはまだまだ時間がかかります。多くの方の応援を引き続きお願い申し上げます。



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橋本 淳司