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2019.11.01 | 岩井 光子

貧困から気候変動まで セレブシェフはソーシャルへ向かう 

米コネチカット州ニューロンドン。貧困率が30%近いこのまちの学校給食を様変わりさせたのは、新北欧料理の潮流を切り拓いてきたデンマークの高級レストラン「ノーマ」の料理長を務めていたダン・ジュスティです。


ブリゲードの導入でニューロンドンの学校給食には食材を一から手間をかけて調理したメニューが並ぶように。子どもとシェフ間のコミュニケーションも活発化したという
©︎Winter Caplanson

彼はノーマを辞めた後に米国に戻り、2016年に公立校の厨房で働くシェフをレベルアップさせるプログラム「ブリゲード」を立ち上げました。それまでは冷凍ピザやピーナッツバターサンドイッチなど手っ取り早いメニューが目立っていましたが、貧困家庭の子どもたちは給食が唯一の栄養源になるケースがあることから、ダン・ジュスティは食材の下ごしらえや切り方など料理人としての基本スキルを学校給食のシェフたちに再教育するプログラムを発案。ニューロンドンでは開始3年で80人近くが訓練を受け、時間をかけて食材を一からカット・調理したメニューが約3400人の子どもたちの給食に登場するようになりました。


一部のセレブよりたくさんの子どもたちの食環境に貢献できる今の仕事の方が「やりがいもあり、幸せ」と語るダン・ジュスティ。ブリゲードはニューロンドンでの成功を弾みに、現在はニューヨーク市ブロンクスなど他地区の公立校へも広がっている
©︎Winter Caplanson

ダン・ジュスティのようなレストランシェフが、自らのスキルや経験を活かして社会貢献することを「ソーシャル・ガストロミー」と言います。活動分野は貧困、紛争、移民問題、気候変動、伝統食の継承などさまざま。例えば、トルコのシリア難民キャンプで「ハラン・ガストロノミー・スクール・プロジェクト」を運営するエブル・バイバラ・デミールは、働き口の乏しい難民やトルコの女性たちを対象に調理スキルを教え、雇用機会を増やす活動をしていますし、ローマのニコ・ロミートは、地元の大学と協働し、より健康的でおいしい病院食の開発に力を入れています。

ソーシャル・ガストロノミーという言葉をよく耳にするようになった背景には2016年、スペインのバスク自治州がバスク・カリナリー・センターの後援を受けて始めた「バスク・カリナリー・ワールド・プライズ」の影響があります。「ノーマ」のレネ・レゼッピなど、世界各地の有名シェフが審査員を務め、料理(ガストロノミー)が世界を変える強い力になり得ることを示したシェフを世界中からノミネート。10人に絞り込まれたファイナリストのなかから選ばれた受賞者には、活動資金として賞金10万ユーロ(約1200万円)が贈られます。


バスク・カリナリー・ワールド・プライズ2019の審査員一同。日本からは昨年国際ガストロミー学会グランプリを授賞した「NARISAWA」の成澤由浩シェフが参加
BCWP 2019 Jury panel Credit Basque Culinary Center

今年の授賞式は10月24日に行われました。授賞したのは中国系アメリカ人のアンソニー・ミント。サンフランシスコを拠点に、既存店の一部を間借りして出店する「ミッション・チャイニーズフード」で頭角を表した彼の授賞理由は、近年の気候変動対策。地球の二酸化炭素排出量のおよそ半分が食にかかわる(※)ことを知ったアンソニー・ミントは、LCA(ライフサイクルアセスメント)の手法を用いて店の環境負荷を見える化。食ビジネスを代表する外食産業が率先してCO2排出削減に努めようと呼びかけ、米国を中心に世界約90店舗によるNPO「ゼロ・フード・プリント」ネットワークを構築しました。

※農業15%、食料生産のための森林伐採18%、輸送、保管、廃棄などが17%と、フードシステムに関わるカーボンフットプリントを合計すると50%になるという。
「ゼロ・フード・プリント」のサイトページ。店のCO2排出を減らすための実践的な方法などについても触れている

また、店のCO 2排出源の内訳を算出してみると、廃棄やエネルギー利用、輸送を上回り、食材由来が6、7割に上ったことから、調達先の農場との連携も強化。アンソニー・ミントは土壌科学者、気候学者、農家、州政府などと立ち上げた「ペレニアル・ファーミング・イニシアチブ」ディレクターとしても、畑の土壌健全化を進めて炭素排出を抑えようと寄付や協力を呼びかけています。

アンソニー・ミントは会社勤めを経験した後、31カ国を巡る世界旅行に出たことを機にシェフを志した異色の経歴の持ち主。もともとレストランの規模拡大よりも、レストランの新しい在り方を探ることに興味があったという
Credit Basque Culinary World Prize Anthony Myint Retrato

審査委員長を務めたジョアン・ロカは、「料理が気候変動の要因となるべきではない、むしろ、その解決策になるべきだ」と彼の活動を評価。これまで気候変動に関心の薄かった全米約70万店のレストランが変われば、逆に問題解決の大きな原動力になるというのがアンソニー・ミントの信念です。

環境再生型有機農業への移行が地球温暖化をくつがえせるという科学者もいる。シェフ、食事をしてくださるお客さま、農家、政策立案者、みんなが新しいフードシステムの構築に向けて一つになれると信じている」、アンソニー・ミントは授賞式でそう語った
Credit Basque Culinary World Prize Anthony Myint Retrato

世界では力のあるシェフたちがミシュランの三つ星獲得より、深刻な社会課題と向き合うことにやりがいを見出す例が相次いでいます。多忙な高級レストランで身をすり減らすよりも、10年、20年先の未来にとって意義のあることをしたい−。そんな思いの発露先として、ソーシャル・ガストロミーはあるのかもしれません。日本はまだミシュランの星やきらびやかな一皿を演出するセレブシェフへの関心が高いですが、いずれ食と社会課題の解決を斬新な発想でリンクさせた日本人シェフがバスク・カリナリー・ワールド・プライズにたくさんノミネートされる日を待ちたいと思います。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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