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2026.07.24 | アーヤ 藍

映画に潜む差別や偏見に気づく“メディアリテラシー”を養う2作品

映画には人の心を動かす力がある。一本の映画との出会いをきっかけに転職し、映画配給の世界に入った私自身、そう実感してきました。しかし、その力は必ずしも良い方向に働くとは限りません。ナチスドイツが映画を政治プロパガンダに利用したことは有名ですし、ドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』では、インドネシアで大量虐殺に加担した人物が「俺は殺し方を映画で覚えた」と語る場面もあります。映画は影響力をもつからこそ、方向性を間違えると、差別や偏見、暴力さえ助長してしまう可能性があります。映画に携わる一人として、そのことはいつも心に留めています。

今回は、映画が差別や固定観念を助長してきた事実と向き合う二つのドキュメンタリー映画を紹介します。

一つ目は『美しく、黙りなさい』です。1976年に制作され、公開50周年を記念してこの夏、修復版が劇場公開されます。伝説的女優デルフィーヌ・セリッグが生涯で唯一自ら監督した作品で、ハリウッドとパリで活躍する23人の女優にインタビューしています。

投げかけた問いは2つ。
「もし男性だったとしても、この職業を選びましたか」
「他の女優と友好的な関係を描く場面を演じたことはありますか」

最初の問いに対し、多くの女優は即座に「いいえ」と答えます。男性として生まれていれば、もっと教育を受けられ、人生の選択肢も広かったはずだと。旅に出る、船乗りになるなど、別の人生への夢を語ります。

女性ゆえの社会的制約に加え、女優の仕事そのもののなかにも、「選ばない」と答えた理由が詰まっています。高身長の女優は、男性とのバランスが悪くなるため、出演できる作品が極端に限られたと言います。金髪にするよう命じられたり、胸にパッドを入れるよう求められたり、果ては顎(あご)を削る手術まで勧められたという女優もいます。容姿の面で「望ましい女性像」が押し付けられていたのです。

映画『美しく、黙りなさい』より © Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

さらに、女性の役柄にも偏りがありました。
「映画に出てくる女性は、若くて脅威のない女性か、頭の悪い女性か、性的対象としての女性」
「統合失調症の女性、狂った女性、レズビアン、殺人犯ばかり」
「物語の中心はいつも男性で、女性は付属物」
女優たちはそう口々に語ります。自分自身や周囲の女性たちの現実とかけ離れた「映画の中の女性像」に、皆違和感を抱いているものの、女優の立場は弱く、異議を唱えることが許されなかったり、声を上げても耳を貸してもらえなかったりしたと言います。

50年前と比べて、女優を取り巻く環境は大きく変わったと思います。女性を主人公とした作品は増え、映画の中で描かれる女性像も格段に多様になっています。性別を区別した「女優」という表現も避けられるようになってきました。一方で、今も、女性は守られる存在や教えられる存在として描かれることが多い点など、様々な固定観念や偏りは残っていると感じますし、それらが50年前よりも見えにくくなっているようにも感じます。

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映画の表象に潜む偏りは、女性の描かれ方だけに限りません。Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』では、トランスジェンダー当事者の俳優や映画監督、脚本家、プロデューサーなどが、映画やドラマにおけるトランスジェンダーの表象の変遷を語ります。

Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』より

「トランスジェンダー」という言葉が使われる以前から映画の中にはトランスジェンダーが登場していましたが、その多くは「女装した男性」として描かれ、精神を病んだ人物や危険な変質者、殺人鬼、あるいは笑いの対象とされてきたと言います。

アメリカ人の約8割はトランスジェンダーの知人がいないという調査結果も紹介されますが、多くの人はメディアを通してトランスジェンダーについて知り、「どう反応すべきか」もそこから“学び”ます。出演者の一人は、性別移行の初期に地下鉄でよく笑われた経験を語り、その背景には、トランスジェンダーは笑いのネタにしていい存在であるとメディアが印象付けてしまったことがあるだろうと話します。

時代とともにトランスジェンダーの描かれ方は変化しますが、今度はトランスジェンダーが「設定」として消費されるようになります。“真実”を知った恋人から拒絶される、カミングアウトをしたら相手が嘔吐する、ホルモン治療や出生時の性別に関わる病気で亡くなる──そんな物語が繰り返し描かれてきました。当事者は、ようやく自分を投影できる登場人物を見つけたと思ったのに、「カミングアウトは人生を壊すもの」「自分はいずれ悲劇的に死ぬ存在なのだ」といった恐怖や失望を植え付けられてしまうのです。

Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』より

本作ではさらに、トランスジェンダーの表象の中に内包されているジェンダー差別や人種差別、文化の盗用の問題など、多様な視点が語られます。同時に、近年の前向きな変化も紹介され、表象の偏りを減らすために何が大切であるかのヒントも示されます。それが実は1作目の、今回紹介しなかった「回答」とも通底してきます。

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インターネットやSNSが日常に深く浸透した今、「メディアリテラシー」の重要性はこれまで以上に語られるようになりました。誤情報を見抜く力や、個人情報を適切に扱う力はもちろん欠かせません。しかし、それだけでは十分ではないと私は思います。映画やドラマなど、身構えずに触れる「情報」の中にも、偏見や固定観念が潜んでいるかもしれないと知っていることや、自分が笑っているものや感動しているものが、誰かを傷つけたり“消費”したりしていないかと立ち止まれる感性もまた、これからの時代に必要なメディアリテラシーではないでしょうか。

ただ、作品の世界に没入しながらその偏りに気づくのは決して容易ではありません。だからこそ大切なのは、今回の2作品のように「気づいた人」の視点に触れることです。2作品で語られているたくさんの“アンテナ”を自分の中に蓄えるだけでも、きっと「気づける」機会は増えてくるはずです。

『美しく、黙りなさい』
2026年7月24日(金) Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下 ほかロードショー
(1976年/フランス/112 分)

『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』
Netflix独占配信中
(2020年/アメリカ/107分)

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アーヤ 藍
アーヤ 藍(あーやあい) 映画探検家

在学中にアラビア語の研修で訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になり、シリアのために何かしたいという思いから、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を行うユナイテッドピープル株式会社に入社。同社取締役副社長を務める。2018年に独立。映画の配給・宣伝サポート、映画イベントの企画運営、雑誌・ウェブでのコラム執筆などを行う。アーヤはシリアでもらった名前。大丸有SDGs映画祭アンバサダー。著書に『世界を配給する人びと』(春眠舎)。

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