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太陽にさらして生まれる布の陰影 色あせを魅力に変えるデザイナー
日本では服を外干しするとき、陰干ししたり、紫外線で色落ちしないように裏返しにして干すことがあります。買った当初の色味や風合いを損なわずに長く着たいと思うからです。
色あせは一般的には生地の劣化だと思われていますが、韓国人のデザイナー、ジヨン・キムさんが受けた印象は違いました。ヴィンテージのデニムやミリタリー服を集めていた彼はソウルの生地市場を歩いていたとき、日なたにつるされていた店先のトレンチコートに、日光が当たる部分と当たらない部分が自然としま模様を形成しているのを見て、「美しい」と心を打たれたのです。
太陽光によるブリーチは自然の作用なので、1着1着異なるニュアンスが表れる
日本の文化服装学院を経て、ロンドン芸術大学のセントラル・セント・マーチンズ(CSM)で服飾デザインを学んでいたキムさんは、それから太陽光が生地に及ぼす影響のとりこになり、フリーマーケットなどで日焼けした “美しい”古服を集めて、その作用を研究し始めました。
2021年に発表したCSM卒業制作のタイトルは「Daylight Matters」。もともと服の大量廃棄問題に関心があったキムさんはサステナビリティを強く意識し、生地は新調せず、ヴィンテージの古服、縫製工場の端材、アンティーク生地などを再利用。縫製も極力生地の無駄を出さず、色あせの効果が魅力的に出るようドレープを大胆に取り入れ、ゆったりしたフォルムに仕立てました。そして、服をマネキンに着せて5カ月間、太陽にさらして完成としたのです。
8ルックを発表したBA(学士)の卒業コレクション「Daylight Matters」より
服に明暗のコントラストをつけるのは太陽光や風などすべて自然の力。染色工程などが入らないことから、化学物質や大量の水も使いません。キムさんは、服の一部をリボンで覆ったり、ひもで縛ったり、ひだを作って折りたたんだりして屋外に並べ、紫外線の力を使って風化を“デザイン”していきます。
紫外線の漂白力と言えば、日本の雪国にも昔から和紙や織物では雪ざらしという工程がある
生地、気象、季節など、これまで条件を変えてさまざまな実験を試みてきた。今ではどんな気象条件下でどんな風化作用が起きるか、ほぼ熟知しているそう
ファーストコレクションが話題となったキムさんは、在学中に自らの名前を冠したブランド「ジヨンキム」を立ち上げ、卒業後はルメールやルイ・ヴィトンでキャリアを重ねました。今はブランドの作品展示会や企業とのコラボレーション企画が相次ぎ、クリエイティブデザイナーとして多忙な日々を送っています。
どこかノスタルジーを感じるジヨンキムの最新コレクション。アースカラーが基調で、風紋を写し取ったようなしま模様が映える
素材、季節、時間、偶然が作用するジヨンキムのコレクションは、コンセプトそのものが大量生産・大量廃棄が問題となっている業界へのアンチテーゼとなっていて、独特の存在感を放っています。今年度はLVMHヤングファッションデザイナープライズでセミファイナリストにも選出され、評価がさらに高まっています。
地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!