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新生活を始める難民たちをルポ
ドイツ発コミック・ジャーナリズム

2017.07.04 河内 秀子

「ドイツでは漫画の地位はまだ低い。大人向けのコミック、グラフィック・ノベルが徐々に浸透してきているけれど、これは私小説に近いもので、自分の内面を描くものが大半。この『到着のABC』もそうですが、ジャーナリスティックな漫画を通して、難しいと敬遠されがちな政治的テーマを、読み手に近くなるよう、描き解いていければと思います」と、ブルク・トゥルカー

ヨーロッパで最も多い難民を受け入れているドイツ。アンゲラ・メルケル首相が難民の受け入れを発表し、次々と難民を乗せた列車がミュンヘンへと到着した時、新聞・テレビなどのメディアはこぞって報道合戦を繰り広げました。しかし、その後は―? どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、不慣れな土地で右往左往する日々。未知の国にやって来て暮らしの基盤を作ろうとする人たちの姿を、漫画で描く「到着のABC(Alphabet of Arrival)」が、5月、オンラインで発表され、静かに話題を呼んでいます。

この「到着のABC」で紹介されている12の物語は、ドイツを始め、ポーランドやイタリア、シリアなど10カ国から集まった12人のジャーナリストと漫画家による、共同ワークショップから生まれました。公募で選ばれた漫画家とジャーナリストは、まず自らの作品と、取材した話をプレゼンテーションし、テーマや作品のスタイルに合いそうな相手を決めて、一週間話し合いながら制作を進めたそうです。

「"難民"ではなく、"新しい場所にきて、そこで暮らしていくこと"、"新しいスタート"がテーマだったので、私自身も共感しやすく、挑戦してみたいと思って応募しました」と、ベルリン在住のトルコ人漫画家、ブルク・トゥルカーは言います。

彼女の漫画の主人公となったのは、2016年にシリアから、西ドイツにやってきたクルド系シリア人のラズキン・モハンマド・ヘッソ。海を越え、数々の国境を経てドイツへと到着した彼には、幼い2歳の息子と妻がいます。落ち着いたら呼び寄せようと考えていたそうですが、彼の前にドイツの法律が立ちはだかったのです。

2016年3月17日以降に滞在許可が発布された、補完的保護権利者(注)には、2年間の経過期限が与えられる。その2年間の間、家族の呼び寄せは不可

ラズキンは、しばしば爆発や紛争があるシリア北東部の街、カーミシュリーに妻子を残し、ドイツでただ待つことを余儀なくされています。

注:subsidiär Schutzberechtigter (Subsidiary protection) 補完的保護権利者
ジュネーブで締結された難民の地位に関する条約に定義された難民の要件に該当しないが、本国に送り返されると死刑になるなどの確固たる理由で重大な損失の恐れがあるため、故国に送還できない人に与えられるもの。

家族を安全なドイツに呼び寄せる日を待ちわびながら、語学学校に通い、いつかは別の街で仕事を探し、カーミシュリーにいる2人にお金を送ってあげたいと考えるラズキン。ブルクは、彼を取り巻く風景を静かなタッチで描いています。

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ラズキンから送られて来た大量の写真や、映像を元に様々なシーンを描いた。原作者であるジャーナリストとのディスカッションも、制作の糧となる

実は、漫画にする段階で、もっと感情的で激しい物語や絵を盛り込むというアイデアもありました。下描きの中には、涙を流す妻の姿や、子供の成長を思うラズキンや戦う兵士の姿も。文章を担当したジャーナリストのエレンド・シェイキーは、ラズキンの友人でもあり、自らもシリア人。シリアの爆撃の様子や傷ついて血まみれになっている市民の姿などを生々しく盛り込んで欲しいと、ブルクに頼んだそうです。しかし、彼女はあえて、ラズキンのパソコンの中の映像として描くことを選びました。

「私も含め大半のドイツ人は、こういった映像を毎日のように目にしています―でも、テレビやネットというモニターを通じてね。難民収容所、語学学校、ラズキンの部屋、そして彼が持っているパソコン、愛する家族とつながるスマートフォン......彼のいまの暮らしを形作っている全てが、モニターのような、四角い形をしていると感じたのです」

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「フィルゼンの待合室のベンチで」
文:エレンド・シェイキー
漫画:ブルク・トゥルカー


繰り返し現れる四角い空間、そしてラズキンのデスクの上の雪だるま柄のテーブルクロス。ブルクの鉛筆に水彩という淡白な描写は、独特の距離感を保ちつつも、ラズキンの日常生活をぐっとリアルに立ち上がらせます。

アメリカやフランスなどに比べ、まだコミック文化が根付いていないドイツ。しかし、だからこそエンターテイメントではなく、コミック・ジャーナリズムという新たな分野の可能性は大きいのではないかと、「到着のABC」企画者のジャーナリスト、リリアン・ピタンは言います。「ほかのメディアでは扱いづらい、記事にしづらいことでも、漫画なら伝えられる、作品化できることも多い」

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「パンと塩と、おかしなチーズ」
文:ムハンマド・アル・アジィール
漫画:ユリア・クルーゲ
シリアとドイツ、食を通じての交流を描く

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「住むところはない?」
文:マルセル・ラーベ
漫画:ヨハネス・シュタール
難民として滞在許可をもらい、住む場所を探すー難民に限らず、ひたすら待たされるドイツのお役所の閉塞感の描写がうまい

ビデオや写真といった映像のほうが生々しく、インパクトのあるビジュアルを伝えることはできますし、文章の方が数値などの情報量は盛り込めるわけですが、漫画にしかできないこともあります。まず、とっつきやすく、わかりやすくするということ。そして、作家の解釈を加えて映像化するということ。

難しくてわかりにくい政治的なテーマを噛み砕いたり、歴史的な話を身近に、そしてリアルに再現して描き出したり。ブルクは、この漫画の後に、ワークショップで出会ったジャーナリストから声をかけられ、歴史上の女性の偉人をテーマとした漫画作りに取り掛かっているそう。

複雑な政治問題が次々と登場するいま、ドイツ発のコミック・ジャーナリズムのこれからの動きに、注目していきたいと思います。

参照サイト:ドイツ連邦移民難民局



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河内 秀子