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ネットワークする森の人々、 雪の人々|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from フィンランド vol. 07 2002.09.20 ネットワークする森の人々、 雪の人々

『森から出てみたら外は情報社会だった!』ムーミンとサンタクロース発祥の地、妖精の住む雪の中のおとぎの国、フィンランドの人々は冗談めかして言います。自然とともに生きる国として有名な北欧の国に、大学のゼミの調査で2週間ほど行ってきました!寒い国での暖かいネットワーク作りの話をお届けします。

目次へ移動 サンタとムーミン

雪と氷で真っ白なフィンランドの首都ヘルシンキに着いたのは3月の初め。北極圏にも入るこの国では、3月になったとはいえ、暖かい日でも気温は5度以下。夜には、駅前の電光温度計もマイナス4度を示します。フィンランドの冬は長く、一日中、日の昇らない期間もあります。なんだか暗くて憂鬱な、どんよりした冬を何ヶ月も過ごすことになります。厳しい冬の間は、街を歩く人の顔もとても暗く、物思いに耽るような憂鬱な重い表情。でも、ほとんどの家庭が湖や山にコテージを持っていて、夏になると数ヶ月そこで木の実や魚をとったり、湖で泳いだりして楽しみます。「毎年のことでも夏が来ると新しい日々が始まった気がする!」と、自然を愛するフィンランド人は語ります。夏に自然から採った食料を保存して、冬に少しずつ食べて過ごすという生活のリズムが、今でも強く残っているんですね。

「スオミ(SUOMI)」とは、フィンランド人が自分たちの国と国民自身を呼ぶ名前。また、国土の70%が森林、10%が湖という自然とともに暮らす「自然を愛する人々、森の人々」という意味もあります。そして、この国を代表するのがサンタクロースとムーミン日本ではムーミンを「かば」だと思っている人も多いようですが、実は、森の妖精=トロールです。フィンランドの妖精は、サンタのお手伝いをして、子供達が良い子にしているか見張っていたり、ちょっといたずらをするおちゃめな存在で、人々のすぐそばで生活してると信じられているんですよ。

(左)真っ白な雪の上に新しい足跡を・・・。「きゅっ」 (中央)冬のヘルシンキは雪で真っ白になります。 (右)凍った海の上では鳥たちも、魚もとれず、丸まるしかないようです・・・。

目次へ移動 情報社会

ゼミの調査テーマは『情報社会』。フィンランドは、世界の中でもとても進んだ情報社会を築いています。情報社会とは、情報技術=ITを人々の生活に取り入れて活用していく社会のこと。ハイテクならいいということではなく、人々にやさしくて、使いやすいITであることが大事なのです。

北欧諸国は、福祉の整った国であることはとても有名です。フィンランドももちろん福祉国家。国民は、医療費、養育費などほとんど無料でサービスを受けることができ、年金、失業保険も整っています。日本では、「政府」とか「行政」なんて聞くと、固いイメージで、閉鎖されたものを想像する人も多いかと思いますが、フィンランドで聞くと、必ず「人々にやさしい」「国民を守ってくれるもの」という肯定的な意見がかえってきます。私たちが調査でまわった学校や、NGO、老人ホームなどあらゆるところで質問したのですが、どこへ行ってもそうした肯定的な返事ばかり。「国家は人々を守ると同時に、国民としてのアイデンティティーを与えてくれるもの」というのが、フィンランド人の共通の認識なのだそうです。

(左)高齢者のパソコン教室は大人気!教えるほうも、同じ年代であることはとても大事なこと。同じペースと視点で学べます。 (右)パソコン教育も小学生から。中学生になるとプログラミングもできちゃいます。

これまでの情報社会のイメージは、「技術革新を進めて、すべてをパソコンで管理して、新しい技術を高いお金を費やして開発して、高いお金で売る」というものでしたが、フィンランドが世界でも注目されているのは、福祉国家での情報社会、「人」を常に中心に考えた情報社会が、発達しているからです。

目次へ移動 携帯電話

有名なのは、携帯電話のノキア。今や世界の3分の1以上のシェアを誇るノキアは、フィンランドの代表的な企業。情報社会の先頭を切って引っ張っています。
携帯電話の普及率も、フィンランドは世界一。日本も数では多い方ですが、国民の72%(2000年5月調べ)が携帯電話を持っているこの国では、幼稚園児からお年寄りまでがその利便性に気づき、所有しています。携帯電話がこれだけ普及した理由のひとつは、その国民性に合っていたからだと言われています。人口わずか500万人が33万平方キロメートル(日本の国土は約37.8万平方キロメートル)という広大な土地の中に散らばって暮らす人々は、直に人と会って交流する機会が少なく、厳しい冬は、家から出るのも大変で、自分の生活を守るのに精一杯でした。「口数が少なくて、人見知りで、シャイ」な『森の人々』にとって、顔を合わせなくても、寒い外に出なくても、気軽にコミュニケーションのとれる携帯電話やインターネットは、最適なツールになりました。

元はパルプ工場だったノキア。今でも、ノキアの町では工場が白い煙を出しています。

しかし、日本のような娯楽としての見方はほとんどなく、生活に必要なプラスアルファとして冷静に捉えているようです。老人は、緊急連絡用として外出時だけ持ち歩き、小学生や中学生は、自分のお金で通話料を払えないので、親と月単位の金額を決めてプリペイド方式で使っています。高校生や大学生も、企業が日本を真似て取り入れようとしている携帯Webサイトには、全く興味のない様子。「ヘルシンキにいても、どこにカフェや駐車場があるか、どこからトラムに乗れるのかだいたい知ってるわ。Webでわざわざ検索する情報なんてあるのかしら?」

最大の都市ヘルシンキでも、歩くと必ず知り合いに会うのです。東京では考えられないことですが、この「お互いにお互いを知っている」というのはフィンランド社会を作り上げている重要なポイント。長い支配の歴史の中で、同胞で結束してきたことを感じさせます。必要以上の情報があふれかえっているということはなく、必要なものが必要な分だけ存在している、そんなこの国ではどうやらWebの受け入れられ方も違うようでした。

目次へ移動 Aula

フィンランドの情報社会の成功のカギがもう一つ。『年齢や性別の壁がない』ことにあります。もちろん、パーフェクトとは言えませんが、女性の雇用機会、労働環境は世界でもトップレベルに整備されています。地位、年齢の上下に関係なく互いの話をきちんと聞いて協力しあうことも、厳しい冬や支配された歴史で培われたものです。そうした壁をさらになくして、みんなをつなげていきたい、と動き出した若者たちがいます。

"Aula"とは、フィンランド語で「場所」の意味。私たちが訪問したNGOの名前でもあります。大学院生など4人の若者で始めた"Aula"は、さまざまな分野の人々を集めたオープンな場所を提供しようというコンセプトで、ヘルシンキの中心に30平方平米程の広い部屋を借り、年会費約8000円を払った人ならだれでも使うことができます。部屋は、仕切られることもなく開放的で、長い机といすのある空間、マットレスがランダムに置かれている空間など、用途も自由に使えるようになっています。

創設者の一人、Jyri(ユリ・24歳・男)は言います。
『ここでは、Transparency(透明性)を大事にしています。会員は、学生から元大統領、アーティストやジャーナリストまでさまざま。そうした人々が、それぞれの分野の壁を壊して新しい物を作っていく手助けをするのがAula。会員は、ホームページや携帯電話でも交流できますが、他と違うのは物理的な交流をいちばんに考えていることです。だから、ここにはパソコンを並べることもしません。みんなが並んで言葉も交わさずにキーボードに向かうだけのインターネットカフェならいくらでもあります。僕らがめざしてるのはそういうものではなく、あくまで人と人とのつながり。普段会うことのない人々が、ここで会議をして新しいプロジェクトを作ったり、演劇やショウを開くのに使ってもらってます。壁なんてない方がいい。会員はここでは名刺を必要としない代わりに、仲間がメールで送ったメッセージがその人が入ると勝手に流れる。「Hey!おまえこの前、すっごい酔って、暴れてたぞ~。」とかね。それでもう中にいる人みんながその人がどんな人かわかってしまう。(笑)。』

その言葉通り、壁一面のホワイトボードに書き込まれたプロジェクトや提案には、必ずあちらこちらから矢印が引っ張ってあって、誰かの意見が書き足してある。書いたものを残して置くから、別の時に来た人がまた書き足す。こうして新しいアイデアが生まれて形になっていくのです。運営の問題で、年会費を取る会員制にせざるを得なかったのですが、それでさえユリにはもどかしいといいます。『こうしてAulaの部屋の中にいる人は、外から見たら閉じられて見えるかもしれないし、会員でない人にも壁に思えるだろう。仕事の分野とか、年齢とか、性別とかすべての壁がどんどんなくなって、新しいものが生まれていけばいけばいいなと思ってる』日本にもAulaの誕生する日が早くくればいいな、と私達の帰り道はそのアイデアでもちきりでした。

靴を脱いだり、みんなで作ったり、みんなで話したり、自由な空間がアウラの特色です。

目次へ移動 ITおばあちゃん

厳しい気候と環境のため、資源も乏しく、国の資源といえるものは「国民」そのものであるという認識が昔から強いこの国では、人を大事にし教育の機会を与えると共に、学校を卒業しても、特定の仕事に就いたり退職してからも、常に学習できる環境が整っています。小学校から大学まで教育は無料。いくつになっても学習への意欲は尽きません。

(左)Liisaさんの住むハイテク老人ホーム (右上下)Liisaさんと地下の倉庫兼シェルター

私達が会ったLiisaさん(77歳・女)は、戦争も、恐慌も乗り越えて子育てをしてきた元気なおばあさん。彼女の住む老人ホームは、ヘルシンキの中心から車で約15分のところ。『若い人たちと話すのは、私を若くしてくれるから大好き!私の家へぜひ遊びに来て!』と誘われるままについて行ってびっくり!全面ガラス張りのおしゃれな新しい建物は、まるで高級マンション。キーカードや暗証番号、エレベーターはもちろん完備、建物全体にセントラルヒーティング、地下には物置兼避難用シェルターまであります。老人ホームとはいえ部屋は完全個室制で、一階に食堂、共有リビング、ナース・センター(簡単な治療、検査、薬処方などをしてくれる)がある以外には、一人暮らしとまったく同じなのです。各部屋のプライバシーは守られ、キッチン、シャワー、トイレもそれぞれあり、サンルームまでついた清潔感のあるちょっと豪華な部屋。万一に備えて、室内にはブザーがあり、呼べばすぐに下のナース・センターから人が助けに来てくれます。

Liisaさんは63歳で引退後、修士、博士号を取得。論文を書く際に習い始めたパソコンも、今では週に1,2回講師を務める大学の講義のレジメ作りや、Power Pointの資料作りにと大活躍。e-mailでも、時々依頼される講演の打ち合わせや、新しい友達作りへとネットワークを広げています。外出時には携帯電話を首から下げ、緊急時の連絡手段として使っているそうです。ここでも感じられるのは、過剰にITツールに頼らず、必要に応じて使いこなしていること。インターネットで知り合っても、結局は会って交流を深めることを大事にし、携帯電話も家に帰れば玄関に置いておくだけ。通話にはほとんど使いません。大学で教えるのもボランティアでやっているという彼女は、人と人のつながりのあたたかさを教えてくれました。

高齢者は、大事な知恵袋。フィンランドの高齢者は、明るくてチャーミングな方ばかりでした。

目次へ移動 自然と人をネットワーク

この国の未来を考えたとき、とても不思議な気持ちにりました。私にとってそれまでの情報社会のイメージは、「高額な費用を注ぎ込んで、他国と競争しながらどんどん新しいデジタルツールを取り入れて、物事の手順を効率化していくこと」でした。しかし、調査を終えてみて思ったのです。「無理になにもかも発展させる必要はないんじゃないか」と。情報社会の先端を追ってこの国に調査に来たのにおかしな話ですが、この国にはアメリカや日本のように『競争に勝つ』ことだけを目的に進んでいってほしくないと思いました。今、日本では『自然』は、「お金を出してまで手に入れたいもの」からあたりまえのように「お金を出すもの」に変わってきてしまっている気がします。東京に生まれ育った私は、今回の訪問で『自然』がいかに私の生活や考え方の中に不足しているのか思い知らされました。同じように森と水に恵まれた国、日本は、森を振り返ることもしなくなってしまうのでしょうか。

「森の人々」は、まだ自然の心を失っていません。フィンランドでは、田舎でも都会でも、男の子は小さいときからたいていナイフを持ち歩いています。森の中で生きていくのに必要だからです。これが、人を傷つけるものに変わってしまう社会には、ならないで欲しい、厳しい冬も、木の実や魚を与えてくれる夏も、自然に住む妖精も、これからもずっと彼らの生活と共にあってほしいと願うのです。人と人との心をつなぐ手助けをする情報社会は、森と人、自然と人をもつないでいくことができる情報社会でありつづけて欲しいと願いました。

(左)サウナは、フィンランドでは重要な社交の場。『密室会合』がこの中で行われることも・・・。(右)凍った港でも、市場は朝から元気です。

参考URL:
フィンランド大使館
http://www.finland.or.jp/
フィンランドのページ
http://www.kmatsum.info/suomi/
Fabulious Finland
http://www.publiscan.fi/
フィンランド統計局
http://www.tilastokeskus.fi/index_en.html
フィンランド総合情報誌[スオミ]
http://www.suomi.or.jp/

岩辺 みどり(いわなべ みどり)
都内大学在学、情報社会のゼミで学習中。2000年3月にTV東京系『地球モバイルリポート』で、レポーターとしてマレーシアの情報社会をレポート。休みになると、バックパックをしょって、トルコやメキシコなど放浪に出かけるのがパワーの源。2002年夏からはカリフォルニアに留学。まだまだ未熟な自分がなにより楽しい!

取材・写真: 岩辺 みどり

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