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from 福島県 vol. 67 2014.03.10 音楽の力で福島復興を 〜南米からやってきたエル・システマの取り組み

貧しい地域の子どもたちにバイオリンなどオーケストラの管弦楽器を無償で与え、集団で音楽を教えることで、子どもたちを犯罪やドラッグの道から救ってきた南米ベネズエラの独創的な社会教育プログラム「エル・システマ」。現在世界50カ国以上に広まっているこのプログラムが、日本では福島県相馬市で初めて導入されました。震災からの復興を目的に一般社団法人エル・システマジャパンを立ち上げた菊川穣さんと、この取り組みを支える人たち、そして相馬の子どもたちを取材しました。 (Text by Mitsuko Iwai)

目次へ移動 ベネズエラ発の音楽革命

 ベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメルという30代前半の若き指揮者をご存知でしょうか? 20代で米ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任するなど早くから才能を開花させたことで知られ、「バーンスタインの再来」なんて表現をする人もいます。最近ではアイドルグループ、嵐の松本潤さんが、彼が指揮するシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの「マンボ」を見て心沸き立ったと話し、関心を集めました。

ドゥダメル指揮によるマンボ

 演奏中、楽団員は立ち上がって威勢良く「マンボ!」とコールしたり、ステップを踏んだり、ついには観客もつられて踊り出し、会場はまるでダンスホールさながらに―。こんなに楽しく、元気をもらえるクラシックコンサートを私は見たことがありません。

 ドゥダメル率いるこの楽団は、ベネズエラが国家プロジェクトとして行う「エル・システマ」を通して生まれました。政治家で音楽家、経済学者でもあるホセ・アントニオ・アブレウ博士が1975年にベネズエラで立ち上げた音楽教育プログラムで、貧しい子どもたちが暴力、ドラッグの危険にさらされることがないよう、すべての子どもたちに分け隔てなく無償で管弦楽器を提供、音楽を学ぶ場を用意するというものです。ドゥダメルも幼い頃から地域のエル・システマに通い、才能を見出された一人でした。

 裕福な人が学ぶものという印象が強かったクラシック音楽を貧しい子どもたちに率先して開放することでアブレウ博士が目指したのは、子どもたちに生きる「誇り」を持たせること。それは音楽を通した社会変革でした。子どもたちは合奏を毎日体験することで演奏スキルの上達に留まらず、社会生活に必要な自律心や協調性を身に付け、立派な大人に成長していきました。

 アブレウ博士は2009年、世界に価値あるアイデアを広めようと開かれているアメリカのカンファレンス「TED」のTED賞を受賞。エル・システマは一躍アメリカでも大きな注目を集めるようになります。




TEDで喝采を受けたアブレウ博士のスピーチ


 約40年前、アブレウ博士がわずか11人の子どもたちに向けて始めたエル・システマ。今ではヨーロッパ、アジアなど世界50カ国以上に大きく広がっています。

目次へ移動 福島に「エル・システマ」を

067-002.jpg 岩手県大槌の避難所でユニセフのレクリエーションキットを配布する菊川さん (c)Yutaka Kikugawa

 東日本大震災で津波に原発事故と幾重もの被害を受けた福島県。直後から日本ユニセフ協会の緊急支援本部のチーフコーディネーターとして被災地支援に走り回っていた菊川穣さんは、心に計り知れない傷を追った子どもたちに長期的に寄り添う支援の必要性を強く感じていました。

 そんな菊川さんに2011年12月、「エル・システマにできることがあるのでは?」と話を持ちかけたのは、ユニセフ親善大使でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のホルン奏者、ファーガス・マックウィリアムさんでした。

 菊川さんはそのときエル・システマの理念のすばらしさには共感していたものの、ベネズエラと日本では国の事情があまりに異なり、音楽教育システムが既に学校にある日本での導入は、現実的に難しいのではと感じていました。

 マックウィリアムさんは菊川さんの先入観を打ち消すように、故郷のスコットランドで自身が中心となって5 年前に立ち上げたエル・システマについて話し出しました。

067-003.jpg マックウィリアムさん(写真右)(c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

 「少子高齢化や産業構造の変化による景気低迷といった日本と同じような問題を抱えるスコットランドでもスタッフが地域に密着する形でうまくいっている。福島の方が状況はもっと深刻だろう、ぜひやるべきだ」と。

067-004.jpg スコットランドのエル・システマのセッション風景。子どもの周囲の大人たち(親、教師、地域の人)を対象にしたオーケストラをゲストのベネズエラ人が指導 (c)FESJ/2012/Yutaka Kikugawa

 菊川さんは信頼を寄せる友人の話を聞くうち、次第に東北でエル・システマを取り入れることを前向きに考えるようになっていきました。

 菊川さんはそれより1カ月ほど前、福島県相馬市で開かれた「ふるさと相馬子ども復興会議」で小学6年生の男子児童が発表した言葉に強く心を揺さぶられていました。「相馬の復興は、今後20、30年はかかると思います。それは私たちの人生そのものです。私たちは相馬の未来作りに役立つ人間になれるようしっかり学び、考えていきたい」

相馬の子どもが考える東日本大震災発表会

 福島では大人も子どもも将来にとらえようのない不安を感じていることを、菊川さんは支援活動の中で鋭く感じとっていました。「復興は本当に長期戦でまさに子どもたちの人生そのものになる。支援も一朝一夕の話ではないという思いが僕の中でも大きく膨らんでいた」と菊川さん。

 音楽は子どもたちが困難に立ち向かう際の勇気を後押ししてくれるのではないか―。そんな思いが募った菊川さんはついに大きな決断をします。2012年3月にエル・システマジャパンを設立。5月には相馬市と協定を交わし、その1週間後に日本ユニセフ協会を退職したのです。

目次へ移動 相馬の誇り

 日本初のエル・システマの実施場所を相馬に決めた理由を、菊川さんは「オーナーシップ(当事者意識)」と表現します。相馬と言えば、相馬野馬追や相馬民謡など福島を代表する伝統文化が息づく城下町。「自立心が強い土地だと始めから感じていました。サステナブルな活動をしていくには地域の人がオーナーシップを持っていることが欠かせませんが、その点、相馬なら大丈夫だと思いました」

 福島は戦後まもない1950年代に小中学校に一斉に弦楽合奏のクラブが作られた音楽先進県で、当時から弦楽合奏や合唱が盛んでした。そうした環境下で子どもたちの実力を全国レベルまで押し上げたのが相馬市。60年代には中村第一小学校が全国器楽合奏コンクールで優勝し、一時代を築いたのです。相馬のエル・システマは、少なからずこの黄金期を体験した人が支えることになりました。

 例えば、当時を地元楽器店の技術者見習いとして過ごした後藤賢二さんは、弦の修理ができる貴重な技術者として活動に加わりましたし、部員として演奏していた尚美学園大教授の岡崎明義さんもコンサートの舞台監督をボランティアで買って出ています。

067-005.jpg「音楽を学ぶことに対して非常に理解がある。相馬にはそういう風土があると思います」と後藤さん (c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

 エル・システマを日本でやるとしたら、分け隔てなくすべての子どもたちが参加できるようにしなくてはならない。それにはまず学校の仕組みに乗せる必要があると菊川さんは思っていたと言いますが、とりわけ市教委の担当者がその思いを強く持っていたことが、相馬の挑戦を大きく前進させました。中村第一小を90年代に再び全国大会に導いた元器楽部顧問の星洋子さんがコーディネーターとして参加するなど、人はつながり、話はトントン拍子に進んでいったのです。

 活動は市内小学校に既にある器楽部などに専門家を派遣し、楽器の購入や修繕を行うという後方支援から始まりました。相馬の伝統と誇りを尊重して求められることを少しずつやっていく―。それは、菊川さんがユニセフ職員としてアフリカなど途上国支援を経験する中で常に肝に銘じてきたことで、市教委の担当者とも了解し合った方向性でした。

 「被災地の小学校には、毎日のように新しい支援イベントの話などが持ちかけられるのですが、先生たちは結講それで疲弊してしまう。忙しくて負担感がある中で受け入れてもらうということは、やはり相手が求めていることをやっていくこと。もちろん、いつもお互いの方向性が一致するわけではないですが、当事者の立場に常に立つこと。そこが重要かと」

目次へ移動  再会、そして心を合わせる

 相馬市では震災で458人が亡くなりました。親を亡くした子は44人。福島第一原子力発電所からの距離は45キロあり、避難区域ではありませんでしたが、市民は風評被害の影響を大きく受けています。被害の集中した沿岸部や、避難指示解除準備地域の小高区や浪江町などから避難してきている人たちも市内に多くいます。

067-006.jpg旧藩校で、震災直前に純和風建築として再建された中村一小。同校を背景に咲き誇る中村城跡お堀側の桜 (c)FESJ/2012/Yutaka Kikugawa

 エル・システマジャパンの活動を始めたとき、「室内で体を動かせるのがいい」と話した保護者が少なからずいたと言います。外遊びが思うようにできない育ち盛りの子どもたち。事故からまもない頃は、外で遊んで泥がついてしまった服を、母親を心配させないようにこっそり着替えてきたことがあった―、そんな胸の詰まるエピソードも耳にしました。

 2013年夏からエル・システマジャパンの弦楽教室でバイオリンを始めた小学3年生の中川楓くんは震災当時、幼稚園年長組でした。

067-007.jpg中川颯くん(奥)と魁くん(手前)兄弟と母親のこずえさん

 幼い頃同居していたおばあちゃんの家は全壊し、卒園式も中止に。さらに原発事故を受けて秋田に避難と、本来なら小学校入学を控えてワクワクするはずの時期を、先の見えない混乱の中で過ごしました。「震災で友だちとバラバラになってしまったんです。だからエル・システマでようやく再会できた友だちも多くて、子どもも親も喜んでいます」と母親のこずえさん。

 相馬市と協定を結び、市教委をエル・システマジャパンが支援する形で始まった活動は、2013年夏には既存の放課後クラブ活動への支援に加え、相馬子どもオーケストラの週末の弦楽教室も軌道に乗り、市内の小中学校から100人近くが参加する一大教室になりました。

 「お兄ちゃん(お姉ちゃん)がやっているから」と未就学児の妹や弟が参加する形で年齢幅も広がり、学校や部活の枠にとらわれない子どもたちの「居場所」としての意味合いも高まっていったのです。

067-009.jpg「遊び」から始めて、音楽の楽しさを体験するのがエル・システマ流。教室には笑い声が響きます (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

067-010.jpg経験者の子どもが初心者の子どもに教える「ピア・ラーニング」 (c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

067-011.jpg紙製のバイオリンを親子で楽しく工作することから始めて、楽器の扱い方を学びます (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

 弦楽器の楽しさを尋ねると、多くの子どもたちが「音が重なり合ったとき!」と答えてくれます。仮設住宅から通ってくる子もいるなど家庭環境は本当に様々な中、仲間と音を合わせることで元気が出たり、気持ちが落ち着くといった効果は計り知れません。

目次へ移動 初めてのクリスマスコンサート

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 2013年12月23日、相馬市民会館でエル・システマジャパンに参加する子どもたち135人が出演するクリスマスコンサートが開かれました。

067-013.jpg会場は震災で使用不可となった後、新しく再建された市民会館でした

 別々に練習してきたコーラスとオーケストラが初めて同じ舞台に立つ記念すべき発表会で、「相馬子どもオーケストラ&コーラス」のお披露目コンサートです。

067-014.jpg本番直前のリハーサルです

067-015.jpg子どもたちの家族が晴れ舞台を見守ります

 第1部は桜丘小学校の合唱部とOB・OGとなった中学生有志が加わった「相馬子どもコーラス」のステージでした。澄んだ歌声が会場に響き渡ります。

067-016.jpgラッキー池田さんが振り付けを担当した「ずいずいずっころばし」、エンディングのポーズです

 そして、小山薫堂さん作詞の「ふるさと」。NHK合唱コンクールの昨年の課題曲としてたくさんの子どもたちに歌われました。

「苦しみぬくから強くなる―」。震災の苦労と重なる歌詞に思わず涙する人も多かった「ふるさと」

 桜丘小学校の6年生は2013年7月、楽天イーグルスのファン感謝デーに招待され、東京ドームの大観衆の前でこの曲を歌いました。修学旅行も兼ねて出かけたこの一泊二日の東京旅行が「特に楽しかった!」と子どもたちはうれしそうに話していました。

 第2部は、「相馬子どもオーケストラ」のステージ。この日の山場のひとつが猛練習したというヴィヴァルディのバイオリン協奏曲。

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 昨年8月に来日したベネズエラの指導者から、高音域の曲を取り入れるとより上達するとアドバイスを受け、チャレンジを始めたそうです。指揮の浅岡洋平さんが子どもたちを勇気づけるように何度も優しくうなずく様子が印象的でした。

小さく、大きく、心を合わせて音を奏でます

 第3部はオーケストラとコーラスの合奏でした。勇ましく始まったモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス。見事でした。

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 そして童謡唱歌の「ふるさと」。この日最後の曲を堂々と歌い上げ(演奏し)、直後に会場から割れんばかりの拍手を受ける子どもたちを映像でご覧ください。

指揮はNHK東京児童合唱団を育て上げたことで知られる古橋富士雄さん。エル・システマジャパンには合唱アドバイザーとして参加しています

 コンサートを終えた子どもたちに話を聞きました。

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 「気持ちを込めて歌うようにしています。今日は弦の人たちも私たちと同じように苦労したのがわかったし、今後もコラボレーションやってみたいと思いました」(左から、桜丘小合唱部OBで中村第一中1年の鈴木航さん、桜丘小6年合唱部の八島伶奈さんと門馬玲奈さん)

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 「今日やった中ではヴィヴァルディが一番好きです。速くて指が疲れるけれど、できるようになるとうれしい。授業中に勝手に指が動いちゃうこともあります(笑)。最近、クラシックに興味を持つようになりました」(右から、向陽中1年の添田歩佳さん<ビオラ>、菅野朱音さん<ビオラ>、佐藤仁奈さん<チェロ>)

 フェロー・アンサンブルとして子どもたちの演奏にも加わっていた大学生のボランティア・桜井雄三さん(早稲田大学4年)は演奏後、緊張感から解放された子どもたちの遊び相手になっていました。

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 「合唱と合奏が一緒にやるのは初めてだったので、お互いすごく刺激を受けたと思います。今日はみんなテンション高めですから(笑)、きっと達成感があるのでしょうね」

 楽器の手配や音の調整に奔走し、陰から舞台を忙しく支えた後藤さんもニコニコしながら話してくれました。

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 「今回大成功でしたね。でも発表会だからと言って特別なことは何もしていないのですよ。一番は子どもたちが楽しくできればいいと」

目次へ移動 システムのないシステム

 現在世界50カ国以上に広まっているエル・システマですが、ベネズエラの財団が示す特定の方針というものは実は何もないと聞き、驚きました。エル・システマは英語で「The System」ですが、意外なことに本国の財団が唯一こだわっているのが「マニュアルを作らないこと」、なのだそうです。

 アブレウ博士は子どもたちが直面する課題に応じて日々の活動をより良く進化させていくことに徹底してこだわっていて、その本質を「存在するけど、まだかたちになっていない―」と表現しています。「システムを定義したら、その日からその命は消えてしまう」と。世界に広まったエル・システマに対しても柔軟性と多様性を尊重し、活動がマニュアル化されることがないよう、それだけは厳しく見守っていると言います。

 そのため、各国とも財源も活動母体も多様なエル・システマを試行錯誤しながら進めているのです。エル・システマジャパンの今後について菊川さんにお話を聞きました。

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―相馬のエル・システマにはどんな特徴があるでしょう?

 エル・システマの奇跡を追った著書『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』を執筆したアメリカ人のトリシア・タンストールさんは、相馬も取材してくださいましたが、その後韓国にも取材に行かれたそうで、「アプローチの仕方が全然違って面白い」と指摘していました。お隣の韓国では格差解消や貧困対策を目的に2010年に導入され、本国ベネズエラ以外で唯一国が主導する大きな予算がついたエル・システマ活動が広がっています。

 相馬の良いところはトップダウンでなく、地に足をつけてコミュニティー重視でやっている部分だと思うので、そこを大事にしたいですね。自分は始まりがそうだったように、スコットランドのエル・システマに親和性を感じています。スコットランドでは最初の地域は5年かけたと聞きました。 

 今は文科省の復興関連予算や企業や団体、個人からの寄付で活動しているので、次も被災地でというのが現実的かもしれませんが、一過性でないコミットメントを大事にしていきたい。相馬では市長も教育委員会も理解してくださり、本当に人に恵まれたと思っています。

―外部評価も検討していらっしゃると聞きました。
 運営方法に柔軟性があるのはエル・システマの良いところですが、非営利の組織でやる場合には必ずアカウンタビリティーを求められますし、成果も示す必要がありますよね。アメリカでは既にそういう動きが出てきています。

 相馬でも、ワークショップの専門家である青山学院大学の苅宿俊文教授をお迎えして、エル・システマのワークショップで子ども同士のインターアクションがどう有意義に動いているかなどを調査・分析していただいているところです。
こうした外部評価がまとまれば活動に説得力も出てくると思いますし、エル・システマは音楽教育ですが、その枠に閉じ込めるのはもったいないと僕は思っていて、もっと広い意味での教育・方法としてやっていけるのではと考えています。

 学生時代はブラスバンド部でサックスを吹いていたという菊川さん。音楽の底知れぬパワーはユネスコ、ユニセフ職員として赴任していたアフリカ各国(南アフリカ、レソト、エリトリア)で強く実感したそうです。「音楽や踊りに支えられたアフリカの日常を体験したことはすごいインパクトだった。故ネルソン・マンデラ氏が遺した『音楽と踊りが私自身や世界の平和を作っている』という力強いメッセージにいつも活動を励まされている」と語っていました。

 地域への心の寄せ方がとてもきめ細やかな一方、音楽の力を信じて大胆に進み続ける行動力も併せ持つ菊川さんのパワーの源泉にはそんな体験があるのだなと、とても印象に残ったエピソードでした。

目次へ移動 音楽の力

日本には音楽教育の枠組みはあっても、それが広く開かれているかというとそうではない。圧倒的に大きいのが都市と地方の差ですよね」と菊川さんは指摘します。

 ベネズエラのアブレウ博士が「一流の音楽を万人に」と訴えたように、相馬の活動では、これまでにベルリン・フィルハーモニーのミニコンサートや米のエル・システマ関係者による夏期教室など、地方都市としてはとびきり豪華なゲストによるワークショップや交流会が次々と企画されてきました。

067-027.jpg昨年9月に開かれたベルリンフィル木管五重奏団コンサート&交流 in 相馬 (c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

米エル・システマ関係者を招いて開かれた夏期講習会。子どもたちも楽しそうです (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

  地域にいながら世界の第一線で活躍するプロの音楽家に直接指導してもらう機会もあるワクワク感はエル・システマの大きな魅力。発表の場もたくさん用意されているためか、子どもたちは大舞台も立派にこなしていて、とても頼もしく見えました

067-029.jpg(c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

 取材をしながら何度も感じたのはやはり「音楽の力」。音の振動や響きを耳で、心で感じとり、手を動かして奏でるという音楽特有の身体性。間接的な情報あふれる時代ですが、こうした「直接的」なかかわりが、特に福島の子どもたちに長期的に用意されることの重要性を再認識しました。

067-030.jpg(c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

 子どもたちが体験した震災や原発事故の辛さはとても短い取材で聞けるものではなく、心の傷は計り知れません。しかし、言葉ではその傷に不用意に触れてしまう可能性もあるところを、音楽は両者のコミュニケーションをふわっと和らげてくれる、そんな効果もあるのだと思いました。音楽は言葉を越え、私たちに子どもたちの豊かな感情を伝えてくれます。

067-031.jpgジェイミー・バーンスタインさん(故バースタイン氏の長女)に弓の持ち方を教える子どもたち (c)FESJ/2012/Ichiro Funakoshi

 震災と原発事故で地域コミュニティーを断ち切られてしまった福島で人と人とのつながりを取り戻していく作業は、オーケストラが音を合わせていく作業に連なるように思えました。地域の音楽関係者たちの間では50年前からの夢だったという子どもオーケストラ。地域から、学校から、全国の支援者から、そして国内外の音楽家たちから優しいまなざしで見守られ続けることで日本初のエル・システマも、子どもたちも、どうか健やかに育ってほしい。そう願わずにはいられません。

067-032.jpg(c)FESJ/2013/Mariko Tagashira

★エル・システマジャパンへの寄付はこちらから

参考サイト:
エル・システマジャパン(http://www.elsistemajapan.org
facebook(https://www.facebook.com/elsistemajapan

参考文献:
『突破する教育 ー世界の現場から、日本へのヒント』池上彰・増田ユリヤ著(岩波書店)
『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ エル・システマの奇跡』トリシア・タンストール著、原賀真紀子訳(東洋経済)

岩井光子・略歴
地元の美術館・新聞社を経てフリーに。「変わるもの」より「変わらないもの」を追いかけようと一軒の果樹農家に密着した冊子「里見通信」を2004年に発刊。2007年よりThink the Earth地球ニュース 編集スタッフ。ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、ecoshareなど。地元紙でも食や農家を巡る連載を執筆中。高崎在住。


取材・文:岩井光子
写真:長谷部智美/上田壮一(Think the Earth)

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