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エネルギーは足下にある ~地中熱という膨大な資源を活用せよ|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from 長野 vol. 26 2006.01.31 エネルギーは足下にある ~地中熱という膨大な資源を活用せよ

温泉はいつ行ってもいいものですが、冬の最中、寒冷地にある温泉に行くのは格別です。チェックインして、仲居さんにお茶を煎れてもらいながらも、心は温泉の暖かさに焦がれています。夕食や、翌日の朝食の説明を聞くのももどかしく、浴衣に着替えて浴場に急行。温泉の愉悦にひたるわけです。部屋の中の暖かさも、この時期にはぜいたくなもの。雪景色を眺めながら、閉ざされた空間のなかのぬくもりにくつろぎという言葉の本当の意味を見いだしたりします。この場合の暖房は床暖房に限ります。しかし、その暖かさと引き替えに、見えないところで大量の化石燃料が使用され、大量のCO2を排出しているとしたら・・・。そのぬくもりも、くつろぎも、水を差されたような気分になります。

敷地の中を流れる川に沿って形成された谷の集落「星のや 軽井沢」軽井沢高原教会で有名な軽井沢星野地区にある新趣の温泉旅館「星のや 軽井沢」のすべての客室も床暖房で暖められますが、ここでは軽油などの化石エネルギーは一切使われていません。何も燃やさずに快適な暖房を供給する。それを可能にしているのが地中熱を利用したGeo HP(Geothermal Heat Pumps)という技術です。地中熱は、地熱とは違います。地熱は、1000m単位の深さから高温の熱を取りだして発電するなどしてエネルギーに変換しますが、地中熱ではせいぜい15度から30度程度。そんな微妙な温度の熱を利用する技術がGeo HPという技術です。その仕組みに関しては、のちほどゆっくり解説しますが、まずは星野リゾートとエコロジカルな温泉旅館「星のや」のことを紹介しましょう。

目次へ移動 環境先進企業・星野リゾート

星野リゾートは、長野県星野エリアを中心に、北海道トマム、福島県アルツ磐梯、山梨県小淵沢などにリゾートホテルを営業する他、最近では日本旅館の白銀屋の運営、再建に取り組むなど躍進著しいリゾート企業です。リゾートは自然を破壊する、という通念をつくがえし、自然と共生する新しいタイプのリゾート経営を目指している点でも注目を集めています。環境対策を「リゾートの競争力」ととらえた同社の環境経営の3つの柱が「ゼロエミッション」「EIMY」「エコツーリズム」です。ゼロエミッションに関しては、徹底したゴミ分別(28分別!)と、生ゴミの堆肥化などで、2006年度までに完全なゼロエミッション、つまり一切のゴミを出さないことを目指しています。

EIMYは、Energy In My Yardの略で、自分の庭のエネルギーの意味。エネルギーの自給自足を目指すもので、今回のレポートのテーマになっている部分です。最後のエコツーリズムは、旅行者に地域の自然を理解して楽しんでもらうことと、自然を守ることを同時に推し進めるものです。例えば星野地区にあるピッキオは、当初ホテルの一部門として発足しましたが、現在では星野グループ内のエコツーリズムの会社として独立し、エコツアーの開催で収益をあげながら、自然保護活動に力を注いでおり、来訪者が増えれば増えるほど環境が守られるという循環を創り出そうとしています。

星野リゾートは、こうした活動が認められ03年には第6回グリーン購入大賞環境大臣賞を受賞しています。04年には、星野リゾート内の、ホテルブレストンコートのシェフ発案による食育のプログラムを開催。食育の提唱者ジャック・ピュイゼ教授を招き、地元の子どもたちに食育教育を行うなど、環境ばかりでなく、リゾート企業としてのCSR活動も盛んです。

目次へ移動 EIMY (Energy In My Yard)

今回のリポートの地中熱利用は、EIMY (Energy In My Yard)の考え方から生まれたものです。つまり、自分たちが使うエネルギーは自分たちで作る。この考え方は、1904年の星野リゾート創業の時から実はありました。

当時、電気は都会を中心に普及し始めていましたが、地方には行き届かず、地域での自家発電というのは珍しいものではありませんでした。「星のや 軽井沢」の前身である星野旅館にも敷地内の川の流れを利用したマイクロ水力発電設備が3か所あり、225Kwの出力を得ています。そしてそれらの発電機は現在も現役なのです。かつて、自家発電、中でももっとも手軽な水力発電は珍しいものではありませんでしたが、現在まで生き残っているのは非常に珍しいものです。つまり、水力発電の設備を作った人々も、電線が引かれ、電力会社の電気を購入することができるようになって、発電設備を放棄してしまった、あるいはメンテナンスの手を止めてしまったところがほとんどなのです。「星のや 軽井沢」の地中熱利用の設備には電力も使われていますが、そのうちの一部には、この水力発電による電力も使われているのです。

昭和6年に完成させた水力発電所の様子。左から2番目が三代目星野嘉助。自ら発電所の設計から工事までを手がけたといいます。

目次へ移動 リゾート地に排気ガスは要らない

「「星のや 軽井沢」の構想の中で、自然エネルギー100%というアイディアを出したのです。自然豊かなリゾート地に建つリゾート施設が、その自然を破壊する排気ガスを出し続けるというのは、許されることではない、という思いから提案したのですが、それが100%採用されてしまったんですね。いきなり全面採用です。正直、かなりのプレッシャーでした。日本では、ほとんど前例がありませんし、海外でもこれだけの規模のものはありません。わたしが自然エネルギーの中心に据えたのが地中熱利用です。地中熱というと、すぐに地熱と混同されてしまうのですが、地熱が200度以上の熱を対象にするのに対し、地中熱は10度程度の温度差を利用します。その分、堀削の負担も少なくて済みます。軽井沢の夏は涼しいので、冷房の負荷はほとんどありません。その代わり、暖房の負荷は高い。温熱利用が圧倒的に高いのですが、地中熱を利用したヒートポンプを使えば比較的高い熱が取れます。冷房は考えずに温熱だけ考えればいいというわけです」と語るのは、星のやの地中熱利用システムの発案者であり、全体のシステムを設計、推進した星野リゾートのエネルギー担当、松沢隆志さんです。

(左)地中熱利用を提案、推進した中心人物、松沢隆志さん (右)大浴場では源泉掛け流しですが、部屋にある浴室は、給湯システムから供給される湯を使っています。このお湯も、地中熱によって温められたものです。

星のやの地下には、約400mの地中熱井(地中の熱を採り出すための井戸)が3本あります。採りだした温度は約25度程度です。その程度の温度の地中熱をどうやって、暖房に使えるのでしょうか? ちょっと不思議な気もしますが、その不思議さはヒートポンプの不思議さに直結しています。地中熱利用を可能にしているのは、このヒートポンプの技術なのです。といっても、ヒートポンプ自体は珍しいものではありません。最近テレビのCMなどでもよく見かける「エコキュート」もそのひとつ。さらに、一般的なのはエアコンや冷蔵庫です。つまり、冷やしたり暖めたりするメカニズムの多くは、このヒートポンプの技術を利用しているのです。冷蔵庫の中身は冷えますが、裏側は暖かくなっています。エアコンも、室内を冷やすための室外機は熱い空気を外に出します。この事実がヒートポンプの鍵を握っています。

目次へ移動 ヒートポンプという熱交換システム

リング状になったパイプを想像してみてください。パイプの半分は室外に、残りの半分は室内にあります。その中には、冷媒と呼ばれる物質が入っています。物質と呼んだのは、これがパイプの中で液体になったり気体になったりするからです。パイプの中に例えば5度の冷媒が入っています。5度の冷媒が、室外の30度の外気にさらされることにより、10度に暖められます。もちろん、短いパイプを素通りしただけではそんなに熱は上がりません。表面積を増やすために、パイプはくねくねと折れ曲がりラジエーター状になっています。

たった5度しか上がっていませんが、ヒートポンプには、これでも十分。10度に暖められた冷媒は電気エネルギーにより、コンプレッサーで圧縮され、80度に暖められます。物質は圧縮されるとその温度を上げ、膨張すると温度を下げるという物理学の法則を利用しています。80度に暖められた冷媒は、パイプの室内の部分を通りながら、今度は室内で10度程度の水を60度まで上昇させます。50度まで温度を下げた冷媒は、膨張弁を通して気圧が下げられ、5度になり、再度室外に出て行きます。

この循環を繰り返すことで、30度の外気で、10度のお湯を60度まで温めることができるわけです。お風呂に入るためには十分な温度。お風呂に入るためには十分な温度。これが、ヒートポンプを使った給湯システムの概略です。ヒートポンプは外気温という自然エネルギーを利用しているので、電気だけで水を温めた場合の1/4~1/3の電力しか必要としません。地球温暖化防止に貢献する、とわれる所以です。

ヒートポンプのメカニズム 出典:『図解 ヒートポンプ』オーム社刊(田中俊六監修 矢田部隆志編著)

目次へ移動 地中熱を使ったヒートポンプシステム

いわゆるエアコンの暖房は、例えば0度の外気温を使って部屋を暖めているのです。そのためには、コンプレッサーヒートポンプがフル稼働しなくてなりません。だから、エアコンの暖房は電気代がかかります。外気温がもっと高ければ、ヒートポンプの負担は軽減されます。地中熱利用のヒートポンプは、このラジエーターが地下にあると考えればいいでしょう。つまり、水をパイプの中に循環させて地中の熱によって暖めているのです。このように、効率的に熱交換ができるのが地中熱利用ヒートポンプの技術なのです。「星のや 軽井沢」では、深さ400メートルの地中熱井の中に水を循環させることにより地中の熱を取りだしています。

このとき、地下からは熱以外は何も、水もお湯も汲み出していないのも環境面では特筆されるべきでしょう。ヒートポンプを動かすためには電気エネルギーが必要です。この電気の一部は水力発電によってまかなわれています。結果、星のやでは化石エネルギーを一切使わずに、床暖房などをまかなうことができたのです。オープン前には、消費エネルギー15%を水力発電で、60%を地熱エネルギーで、あわせて75%のエネルギーを自給する予定でしたが、昨年12月までの実績では約73%程度を達成しています。ほぼ計算通りのパフォーマンスです。

「温泉の熱も使っています。うちの温泉はかけながしですから、40度程度のお湯をそのまま捨ててしまいます。そのお湯から熱を吸い取って、浄化した上で環境に放す。地中熱利用の1/3は温泉の排水です。ただし、温泉がなければ地中熱システムが作れないわけではありません。地中熱は、日本中どこでも採り出せますから。ただ、これだけ大規模に自然エネルギーで動いている施設は他にはないと思います。国内はもちろん、海外を含めても。ずば抜けて大きい。これまでの施設の一番大きなものと比較して5倍から10倍はあると思います。ただ、海外での歴史は古くて20年以上も前から実用化されている技術です。意外ですが、テキサスのブッシュ大統領の邸宅やオクラホマの州議会議事堂にも利用されているんです」(松沢さん)。

(左)地中熱井。ここから、地下に400メートルにわたって熱を取り出す井戸がのびています (中央)地中熱採熱井にチュービングパイプをセットしている様子(右)地中熱ヒートポンプ装置のひとつ

地中熱井を掘りあげたドリラーたち。深さ400mの井戸を3本掘りあげ、プロジェクトX風に...

目次へ移動 冷房で生じる熱も無駄なく利用

「星のや 軽井沢」の客室にはエアコンが設置されていますが、大きな目的は除湿で(夏の軽井沢は霧で有名な釧路よりも霧の発生が多いのです)、冷房の用途に使用されることは少ないといいます。軽井沢はもともと、避暑地なので夏の冷房の需要は少ないのですが、それでも真夏には少しだけ暑くなるときがあります。でも、避暑地で冷房の風を浴びたくはないもの。そのため、星のやでは、古くから長野県などに伝わる天井近くに通風口を設ける伝統工法「こしやね」(星のやでは「風楼」(ふうろう)と呼んでいます)を作り、外気を取り入れています。しかし、フロントやレストランなどの設備では冷房も必要になります。その冷房によって発生した熱も星のやでは利用しています。

「熱エネルギーを移動させるヒートポンプを上手に利用すれば、エアコンの室外機から排出される温風も冷風も活用できます。「星のや 軽井沢」では冷房をすると同時に給湯もできます。もちろんその逆も可能で、給湯をすれば冷水も作ることができる。冷却と加熱のエネルギー需要がバランスしていると、ヒートポンプは非常に高い効率で運転することができます。省エネと省コストが実現できるわけです。問題は、冷却と加熱の需要が時間的にバランスしないことなんです。例えば冷房は日中に必要ですが、給湯が必要とされるのは夕方以降です。この問題を解決するために、蓄熱システムも作りました。氷蓄熱槽と貯湯槽を設けて翌日の冷房のための氷を夜間のうちに作り、同時に翌日の給湯を貯湯槽に蓄えるわけです。」

家庭用のエアコンでも本来ならば、夏の冷房時に室外機から出る温風を活用してお湯を作ることもできるわけですが、実際にはこうした蓄熱システムが実用化していないため、そのまま空気中に放出しています。

「星のや 軽井沢」のエネルギーシステムの概略

目次へ移動 地球がくれたぬくもりに包まれて

「星のや 軽井沢」のコンセプトは、もうひとつの日本。欧化一辺倒の近代化ではなく、もっと日本独自のものを活かしながら近代化していたとしたら、という「もしも」の国です。敷地内を流れる川をはさみながら、集落が形成され、その離れのひとつひとつが客室になっています。和風の意匠の中に、近代建築のノウハウを凝らした離れの中には、モダンデザインの中に和を取り入れた斬新ながら落ち着けるインテリアが。客室には、オーディオセットはありますが、テレビはありません。24時間ルームサービスが可能ですから、お気に入りの音楽を聴きながら、雪景色の中のぬくぬくを思う存分に味わえる仕組みです。そして、そのぬくぬくの正体が地球からの贈り物だとしたら。そんな幸せはありません。

「星野リゾートでは、エコロジーを積極的に推進していますが、宿泊される多くの方は、知らないかもしれません。ただ、たまたま宿泊されたお客様が、室内の快適さを感じていただいて、それが自然エネルギーでまかなわれていると知って、そのことが理由で「星のや 軽井沢」や星野リゾートのファンになっていただければ、うれいしいですね」(松沢)。

加藤久人 略歴
1957年東京生まれ。立教大学文学部仏文科卒業。有限会社バショウ・ハウス主宰。環境、エネルギー、温暖化対策、リサイクル、「働き方」などに関する執筆活動を通じて、21世紀のライフスタイルを提案している。趣味はウクレレ。著書に『Q.O.L.のためのひとにやさしいものカタログ~ユニバーサルデザインアイテム59+α~』(三修社)など。

取材 加藤久人
写真 広路和夫

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