NTT DATAThink Daily

  • 地球リポート
  • 地球ニュース
  • 緊急支援
  • 告知板
  • Think Dailyとは

地球リポート

from インド vol. 42 2008.10.08 インディアン・ヒマラヤのオルタナティブ教育

ヒマラヤ山脈は、西はパキスタンから東はブータンまで、インド、ネパール、チベットの5カ国にまたがり、幅は2400kmに及ぶ広大な山脈です。 今回、ヒマラヤの中でもインディアン・ヒマラヤと呼ばれる「ラダック」地区を訪れました。そこではインドの山奥とは思えないほど画期的な、環境と教育、2 つの側面でオルタナティブな取り組みが行われていました。ヒマラヤの未来を担う人材を育てるNGO、SECMOL(The Students' Educational and Cultural Movement of Ladakh=セクモール)の活動を取材しました。

目次へ移動 チベットよりもチベットらしい

ラダックは広大なインドの最北部に位置します。標高は3,000mから7,500mほど、周囲はヒマラヤの山々に囲まれ乾燥した砂漠の大地が広がります。ジャンムー・カシミール州の一角を担い、面積は約59,000平方kmで四国と九州をあわせた大きさです。人口は約24万人、これはインド全体の 0.02%に過ぎません。

ラダックはよく「インドのチベット」と呼ばれます。それはここが、チベット高原の西端に位置し、古くから今日に至るまでチベットの文化が深く根付いているからです。 どの村にもチベット風の寺院(ゴンパ)が建ち、通りには仏塔やマニ壇などが並びます。

中国に文化的に侵略されてしまったチベットに比べ、インドに位置していたことや、冬季は道路が雪により分断され陸の孤島となり、他の文化が入りにくかったことから、皮肉にも「チベットよりもチベットらしさが残っている」と言われることもあるそうです。

中心地、レー(Leh)

いたるところで見られるゴンパ(チベット寺院)

言葉は西チベットの方言と類似するラダック語が話され、民族はラダッキと呼ばれるチベット系の民族が大半で、我々日本人に似通った顔をしています。

チベット仏教が多数を占めますが、イスラム教徒やヒンドゥー教徒もいます。ラダッキの他にカシミール人やインド人などもおり、多様な民族で構成されています。

目次へ移動 グローバリゼーションの中で

ラダックは、チベットやその他ヒマラヤの地区と同様に長い間、欧米や近代化の影響を受けてきませんでした。標高が3,000m以上と高く冬の期間が長いうえ、大地が乾燥しきっているので厳しい環境ではありますが、ここでは古くから持続的で豊かな文化が育まれ、人々は幸福で満ち足りた生活をしてきました。

しかし、急激な変化がこの地域を襲います。1960年代にはインドと中国、パキスタンの国境ラインの緊張感の高まりから、膨大な数のインド軍隊が駐留する国境紛争の地域となりました。また1974年には外国人観光客に門戸が開かれ、それに伴い欧米の文化が入ってきました。

グローバリゼーションや貨幣経済の渦の中で、これまで営んできた持続的な田舎での暮らしは変化を余儀なくされました。一時は地元住民の価値観が崩れ、民族的な誇りや自信が失われつつあったとも言われています。しかし近年、ラダック地域の伝統や文化を尊重しながら、環境にも配慮した持続可能な発展を目指す地元NGOの活動が活発になってきています。

今回のリポートでは、20年以上ユニークな教育活動を続け、地元のコミュニティーに多大な影響を与えているNGO、SECMOL(セクモール)を取材しました。

目次へ移動 SECMOLの成り立ち

SECMOLが設立されたのは今から20年前の1988年。ラダックを含むインドの教育制度を改善しようと地元の大学生有志5名により立ち上げられました。

ラダックでは11年生(日本の高校2年生)になる時に進学テストがあります。2教科以上落第すると進学できないという厳しいテストです。落第者は学校に残ることはできず、留年して再びテストに合格しないと進学ができません。当時のラダックでは、このテストの合格率はわずか3%でした。

ラダックではほとんどの人がラダック語を第一言語として使用しているのに関わらず、1年生から8年生までの教科書はラダック語ではないウルドゥー語で書かれ、9年生からは英語で書かれていました。教科書は首都デリーで使われているものだったので、書かれている事例は地元の文化からは想像もできないほど遠い異国のもののように感じられました。また、学校での教育は現地の文化を否定し続けるものでした。近代や欧米型の文化がいかに素晴らしく、素朴でサステナブル、昔ながらの営みを続けるラダックの生活様式は古くて劣ったものだという教育が、義務教育の10年間行われたというのです。生徒は毎日学校に行き、自分ルーツを否定され続けました。

こうしたラダック文化をないがしろにした教育システムを改善し、自分たちの文化に誇りを持てるような教育にしようというのがSECMOLの出発点でした。以来SECMOLは地元の文化を尊重した多様な教育向上プログラムを行ってきました。

村の教育意識を改善するキャンペーンの様子 写真提供:SECMOL

ラダック語で書かれた教科書 写真提供:SECMOL

教員のトレーニングを実施し、教員を教えるリーダーとなる人材育成カリキュラムを浸透させました。たくさんの村を訪れ、村人の教育への意識を改善するキャンペーンを幾度となく行い、僻地の村に学校も建てました。また、1年生から5年生までの教科書を改訂し、ラダック語で記述するようにしました。政府と共にラダック地区全体の教育カリキュラムを作成してきました。SECMOLの活動の成果は非常に大きく、一時期、進学テストの合格率は40%以上まで上がりました。もっとも、今年はテストの難易度が高く、合格者は28%にとどまってしまったそうですが。

最近の2年間は政府とラダックのNGOの間に政治的な問題があり、その闘争にSECMOLも巻き込まれてしまったため、一旦は政府とは距離を置いているそうです。その代わり、SECMOLが所有するPhey(フェイ)キャンパスでの夏季ユースキャンプや、落第生に学習の場を提供する1年間の教育カリキュラムに活動の場をシフトしています。

目次へ移動 オルタナティブ教育 〜もうひとつの教育〜

ラダック地区の行政の中心地、レーから北西へ約20km。木が一本も見られない乾燥した砂漠の中に突然「SECMOL」への道標は現れます。アスファルトの道路を左折し、瓦礫の道を3kmほど進むとインダス川に突き当たります。なぜここに!?と不思議に思えるほど、本当に何もない砂漠の真ん中に、忽然とポプラの木々に囲まれたPheyキャンパスが姿を現しました。

SECMOLへの道、辺りは木一つ生えない砂漠

ポプラの木々の奥にあるPheyキャンパス

事務所や図書館、ホールなどがあるメインの建物

目次へ移動 ヒマラヤのフリースクール

キャンパスに着くとすぐに、数名の生徒が近寄ってきました。「どこから来たの?」「名前は?」とみんな物怖じせず気さくに英語で話しかけてきます。外国人のビジターが訪れるのは日常茶飯事のようです。日中ここにいる生徒は25名。ほとんどが16歳から17歳の10年生を終了した生徒です。

生徒たちは、自からの希望でSECMOLにやってきます。出身地は様々で中心地レーからだいぶ離れた僻地の村の出身者もいます。彼らは夏に行われる SECMOLのユースキャンプや友人・家族の口コミなどでここの存在を知りました。ほとんどの生徒は11年生のテストに落第した生徒だといいます。

Pheyキャンパスは落第した生徒に、通常の学校とは異なる教育の場を提供する、日本で言うところのフリースクールの役割を担っていました。落第生以外にも、ここの教育が受けたくて留年してまで入学してくる生徒も毎年いるそうです。
彼らはこのキャンパスで1年間寝食を共にしながら勉強し、1年後に11年生に進学することを目指しています。

進学後もレーの高校にバスで通いながら、キャンパスに残る生徒もいます。その高校生が15名。この他にスタッフ7名が共同で生活しています。

(左)好奇心あふれる生徒たち (右)晴れた日の朝食は野外で

目次へ移動 ユニークなカリキュラム

朝は6:00に起床。授業は英語、社会、数学、科学の4科目があり、授業の合間に担当の仕事をする時間や、グループでのディスカッション、洗濯、日々変わるダンスやアクティビティなどカリキュラムは22:00まで続きます。学校ではあまり教えてもらえないという、ラダックの文化や歴史を教えることも意識されていました。

授業に共通するのは、基本的に基礎だけを教えるということ。11年生の進学テストに合格するのを目標としながらも、テストのための授業は行われません

テストのレベルが生徒の実力とあっていないためというのも理由のひとつですが、基礎をしっかりと身に付け、自分で考える力を育てることが狙いです。

そのため、テストのための勉強は個人の責任に委ねられます。
それでも、ほとんどの生徒が1年後のテストに合格するのですが、それはここで自主性や責任感、学ぶ喜びを得られたからだと思いました。

授業の風景。この日の先生はダージリン地方からボランティアに来ていたインド人の大学生(上) ビデオを見ながら英語の授業(下)

朝のグループディスカッション。楽しみながら学ぶ光景が見られます

目次へ移動 責任感がキーワード

レベッカ・ノーマンさん 1992年よりSECMOLに関わる。英語教師でありボランティアコーディネーター。

「覚えるための勉強ではなく、真の教育をしたいと思っています。」とSECMOLに10年以上携わるレベッカさんは言います。 「教育とはもっと実用的だったり、実践的であったりするべきだと思うのです。責任感が非常に大切だと思っているので、"Responsibility"(責任)というカリキュラムを設けています。」

生徒たちの勉強への自主性は、このカリキュラムがうまく作用していると感じました。ここでは先生はアドバイスをしますが、決定権はあくまで生徒の自主性や責任感にゆだねられています。

SECMOLの教育のキーワードであると思われる、責任感を育てるのが、「Responsibility」と呼ばれる時間で、毎日30分間が設けられています。トイレやシャワー室の掃除から、草木の水遣り、ソーラーパネルのメンテナンス、図書館の担当、牛のミルクの搾乳、授業の出欠管理、経理など、単純作業から専門的なことまで、30程度の仕事が2ヶ月ごとに生徒に割り当てられています。個人で行うこともチームで行うこともありますが、自分の担当分は必ず責任を持たなければなりません。

面白いのは担当が入れ替わる2ヵ月ごとに、それぞれの仕事についてプレゼンテーションを行わなければならないこと。たとえば牛の搾乳担当グループは毎日ミルクの量を計量し、その成果やミルクを増やす手法の工夫などを、みんなの前で発表することになります。この発表の場を設けることで、毎日の行為に意味が出てきて、単なる作業ではなくなります。目標の設定も必要になりますし、責任感も増すでしょう。自主的にいろいろなアイデアがグループや個人から出てきます。
ここで養われた「責任感」や「自主性」が勉強にも大きな効果を生み出しているのだと思いました。

家畜の担当者。楽しそうにミルクを絞っていました

目次へ移動 世界を知る

SECMOLには毎年多くの外国人が訪れます。NGOのスタディー・ツアーだったり、ボランティア志望の若者だったり、国籍、目的、年齢もそれぞれです。そんな外国人とのコミュニケーションをSECMOLは大切にしています。

世界を見る広い視点を養うことということも、ここの教育の重要なことのひとつ。
ラダックの僻地では、いまだ電気や水道などのインフラが整っていない場所も多く、そのような村から来た生徒もたくさんいます。インターネットや通信が発達した現代でも、そんな村に入ってくる情報は断片的で偏っています。

生徒一人ひとりの世界観や価値観を多様なものとし、客観的に自分達の文化を見つめる目を養うのは非常に大切なことだと思います。テレビやラジオから入ってくる二次情報よりも、ここを訪れる世界中の若者との会話のほうが、よりリアルな情報なのです。 たくさんの外国人に触れ、自分の中の世界地図が広がっていくことを生徒一人ひとりが楽しんでいました。

2週間滞在予定のカナダ人、世界各地のオルタナティブ教育を取材中

目次へ移動 毎日が学び

Dadulくん

何人かの生徒にここでの生活の感想を聞きました。

「ここに来る前の学校では覚えるための勉強でしかなかった。ここではいろいろ学べて自分で考えることができる。それが好きなんだ。」とThinley(ティンレー)くん。

「責任を与えられているのが大好きなところ。ビジターとの会話も楽しい。村とはあまりにも違っていて世界が広がって行くの」とTashi(タシ)ちゃん 。

「前の学校ではわからないと先生は怒ったんだけど、ここは違う。もう2年目になるけど、それでも毎日毎日違う学びがここにはあるんだ」とは無事テストに合格し、ここに住んだままレーの高校に通っているDadul(ダドゥル)くん。

誰もが、学ぶ楽しみをかみしめ、活き活きと輝いていました。こんな前向きな子どもたちが落第生だなんて信じられないくらいです。テストのための教育、覚えるための教育。自分が日本で受けてきた教育を思い出しました。教育とは何かを記憶させることではなく、好奇心を引き出して世界を広げるきっかけを与えることなのだと改めて思いました。

目次へ移動 ヒマラヤのオルタナティブ・エネルギー

エコツアーの実施や夏のユースキャンプ。多面的で独創性のある取り組みはたくさん行われていますが、中でも特筆すべきは、キャンパスの環境への取り組みでした。

このキャンパスを建てる際、可能な限り地元の建材を使い、地元の技術を活かし、かつエネルギー的に独立するというのが当時の挑戦でした。今から15年も前の話です。

ラダックは標高が高く乾燥した砂漠地帯で、水は少なく冬は長い。このマイナスの環境面をプラスに変えたのが太陽でした。極度の乾燥は年間300日の晴天をもたらし、太陽のエネルギーがふんだんに地上に降り注ぐのです。キャンパスではいたるところにヒマラヤのオルタナティブ・エネルギー、太陽が利用されていました。

インダス川沿いには4機のソーラーパネルが設置されています

目次へ移動 真冬でも暖房要らず

キャンパスは一見何もないような砂漠の中にあります。しかしここは慎重に選ばれた土地でした。ラダックの中心地レーに近く、飲み水として利用できる泉が近くにあり、すぐ脇には灌漑に利用できるインダス川があります。太陽の光を受けやすい南斜面の丘に校舎は建てられました。

夏の気温は30度まで上がり、冬は−20℃まで下がります。しかし、建物の中は夏は涼しく、冬は12℃より下がることがありません。そのためエアコンもヒーターも一切要りません。

校舎は真南に面して建てられ、大きい窓が備わっています。夏は太陽が高く上がり、冬は低いため、夏の日差しは中に入りづらく、冬はたっぷりと入ってくるため、夏は涼しく冬は暖かくなります。もちろん窓が大きいため日中は電灯を一切使いません。また壁の厚さは30cmと厚く、間には建築廃材などを用いた保温材が入っています。この壁は日中に吸収した熱を夜にゆっくりと放出する熱の貯蔵庫の仕組みを担っているのです。

壁一面が窓ガラスとなっているホール

ラダックの寺院で使われている断熱の技術が利用されているそうです

この方法はラダックの数々の寺院で使われていた伝統的な技術だそうです。欧米の技術を模倣したわけではなく、地元ならではの工法で建ててみると、実はそれは世界各地で採用されている技術と類似していたと言います。
校舎にはセメントはほとんど使われず、この場所の土からできています。建材も地元の物が使われています。

目次へ移動 太陽エネルギーの活用

川沿いに4つのソーラーパネルが建てられ、その発電によって電化製品や電灯、パソコンなどのオフィス機器の電気がすべてまかなわれています。16のバッテリーがあり、3日間曇り空が続いても十分な電気量を確保できているそうです。

インダス川からの水も太陽のエネルギーによってポンプで引き上げられ、敷地内の緑や畑を潤します。建設当時はまったくなかった木が今では1,000本以上も育ち、鳥もよく見られるようになりました。

15年前は草木が全くなかったのが信じられないくらい緑があります

太陽の利用はそれだけではありません。キッチンには2枚の巨大ソーラークッカーがあります。シャワーのお湯を造るのも太陽です。冬には壁の外にプラスチックシートがかけられ、野菜が育つ温室ができます。

高さ2メートル以上あるソーラークッカー

シンプルな仕組みですがガスの中火程度の威力があります 資料提供:SECMOL

シンプルな温水器。地元の安価な素材からできています

光熱費がほとんどかからないため、施設のランニングコストは非常に安いとのこと。
工夫は太陽だけではなく、コンポスト式のトイレや、野菜の温室、家畜の小屋、ゴミの処理方法などまだまだあります。いずれは野菜をすべて自給し、ゴミからバイオガスを作り、インダス川の水流で発電したいという夢も持っているそうです。

目次へ移動 生活することが環境教育

これが北欧での取り組みならば特に驚くことはありません。ここがヒマラヤの山奥の砂漠であるという事実が、驚異的だと感じました。

ハイテクの技術はソーラーパネルだけ。その他の技術やアイデアはすべて地元で安く調達可能な素材が使われています。先進国の技術を模倣するだけではなく、地域の特性に合った資源を利用し持続可能な形に近づけるという点で、日本も学ぶべきことがたくさんあると思いました。

このキャンパスは資源が少ないヒマラヤの、未来へのサステナブルなモデル施設になると思います。
生徒にとっては、ここで生活すること自体が環境教育です。
曇りの日は水が冷たく、晴れの日は温かい。ビニールシートをかけると冬でも野菜が育ち、自分達の糞尿は循環して堆肥となる。そんな当たり前のようなことの一つひとつが環境教育なのです。

太陽パネルやソーラークッカーのメンテナンスなど専門的なことから、ゴミの分別、野菜や木々への水遣りなど、施設の整備はすべて生徒たちの仕事です。

コンポスト・トイレ。2階で用を足し、1階から堆肥として取り出します

彼女のResponsibilityはゴミの分別。10種類に分別します

ここでの環境教育の学びを、生徒一人ひとりが自分の村に持って帰ります。そのようにしてラダック各地に持続可能な未来へのアイデアが伝わっていくことを期待します。

目次へ移動 インディアン・ヒマラヤの未来へ

SECMOLに来るまで、グローバリゼーションや観光化の波がラダックに落とした影の部分について暗い思いを抱いていました。しかし、ラダックで活動するNGOやSECMOLと出会い、ヒマラヤの未来は明るいかもしれないと思えるようになりました。

SECMOLで学ぶことによって生徒たちが得られることはたくさんあります。 自らのルーツでもある、この地の歴史や文化の素晴らしさを学ぶことで、自分を構成するアイデンティティを肯定することができる。環境のことを学び、持続可能という視点を持つ。海外の文化や世界の多様性を肌で感じ、より広い視点で物事を見る力が身に付く。そして、学ぶことの楽しさと大切さ、自主性と責任感を持つ。

1年間の充実した、数々の経験を胸に、彼らはラダックの各地へ散らばっていきます。そんな彼らは地域を変える力をすでに持っていると思います。SECMOLの卒業生が地域を変えて、そこから世界も変わっていく。そんな日は遠い未来ではないかもしれません。現に、ラダックではすべてのNGOにSECMOLの卒業生がいるのだそうです。

「お金を出せば、ラダックでもレベルの高い私立学校に行くことができます。しかし、町でも、そこから離れた村でも、お金があってもなくても、全ての子供たちに均等に学ぶ機会と、本当の教育を与えたいと思っています。」SECMOLの今後について伺ったときに、レベッカさんが言っていたことです。

世界をより良くするために、大切なのは、たとえ遠回りだとしても教育なのだと改めて思いました。

日本のNGOジュレーラダックでは毎年、ラダックの民家やSECMOLを訪れるスタディー・ツアーを実施している。
詳しくは団体ウェブサイトまで。

取材・執筆・写真:佐々木拓史(Think the Earthプロジェクト)
協力・ジュレーラダック

    次へ

    前へ

    Bookmark and Share