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「僕のルール」が届くまで 〜ワクチン支援のラスト・ワン・マイル|地球リポート|Think the Earth

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from ミャンマー vol. 45 2009.03.31 「僕のルール」が届くまで 〜ワクチン支援のラスト・ワン・マイル

「あなたがお金を使う瞬間、
それはあなたが
世界を動かしている瞬間でもあります。」
『世界を変えるお金の使い方』(Think the Earthプロジェクト編 ダイヤモンド社)より

人気プロ野球選手がはじめた世界にひとつだけの寄付のルール。「僕のルール」とよばれる新しい寄付の形が共感をよび、自分なりのルールを決めて寄付を行う人や企業が、今増えています。けれど、自分のお金が実際どんなふうに誰かの役に立ち、地球のために使われているのか、確かなイメージはなかなか描きにくいもの。私たちが寄付したお金は、どんなふうに、必要なところに届けられているのか。そこには、どんな人たちが関わっているのか。ほんとうに、世界を動かしていくのか。
舞台はミャンマー。2月、乾季のある週末。日本のNPOが費用の約8割を支援することで実現したという、国をあげての一大イベントが行われていました。ポリオ(小児マヒ:Acute poliomyelitis急性灰白髄炎)撲滅のため、ミャンマー全土に住む5歳以下の子ども約740万人全員に予防接種を行う、全国一斉予防接種キャンペーンNational Immunization Days(通称NID)。そのプロジェクトと、動かす人たちの姿を追いました。

目次へ移動 仕組み

初めて耳にする企業の技術が、先端の宇宙開発を支えていたり、スポーツで突然頭角を現した国を、実は日本人の監督が指導していたり。人知れず、価値ある何かを動かしている人や仕組みがあります。
今回の舞台もそれとちょっと似ているかもしれません。

ミャンマーは中国、インド、タイさらにラオス、バングラデシュと国境を接するASEAN、東南アジア諸国のひとつ。『ビルマの竪琴』、敬虔な仏教国、軍事政権、多民族国家、世界の最貧国、といった修飾語とともに語られることが多いなか、ある世代以上の方に共通するのが、この国がもつ「懐かしさ」。かつての日本が発展する過程で失った何かが、この国には残っているようです。

ヤンゴン市街地。金色に輝くのは、ミャンマー最大のシュエダゴン寺院の仏塔
©HIROSHI ITO

目次へ移動 最終目標はこの国が自立できるようになること
〜ユニセフの日本人プロジェクトマネージャー

世界の最貧国と形容されるミャンマーは、一人当たりのGNPが220ドル、約2万円といわれています。加えて政治的な理由で、欧米からの国際支援も届きにくい。一人当たりの国際支援金が、たとえばルワンダの6,000円に対して、ミャンマーは300円というのが現状です。

そのミャンマーで、国の発展に欠かせない子どもの予防接種事業は、現地政府、国連ユニセフ、そして支援金を提供する寄付団体らが連携する形で行われています。今回のポリオNIDにおける主要な登場人物は3者。途上国におけるワクチン供与の豊富なノウハウをもとに、プログラムの計画・実施を技術指導、助言するユニセフ、プロジェクトの主体であり、大都市から小さな村々にいたるまで、実際に人員を確保し、接種を運営するミャンマー政府・行政、そして、「僕のルール」のような個人支援者からの寄付をもとにワクチンの購入資金を提供する認定NPO法人 世界の子どもにワクチンを日本委員会(JCV)。この3者が連携することで、NIDは実現しています。

ユニセフ・ミャンマー事務所の医師、國井修さんは、若い頃、ソマリアで医療活動をしていた際に、多くの感染症の患者を看たそうです。その現場では、患者さんを治療しても、また他の感染症にかかり、それを治療してもまた別の感染症にかかり、結局亡くなってしまう子どもや女性がたくさんいる。そもそもこれらは予防可能な病気なのに・・・と、とても無力感を感じたといいます。予防医療の大切さを痛感して、臨床医から公衆衛生専門家にキャリア転換をされた國井さんに、ミャンマーで5歳以下の子ども全員にポリオの予防接種を行う、全国一斉予防接種(NID)の全体像について話を聞きました。

ユニセフ・ミャンマー事務所の國井修さん。NID視察地にて(写真中央)©HIROSHI ITO

「予防接種事業は、大きく2つのプログラムで構成されています。毎月1歳未満の子どもを対象に継続的に行われている定期予防接種(ポリオ、麻疹、DPT三種混合、BCG、B型肝炎の5種類)と、それで十分にカバーできない予防接種のみをリスクの高い地域で、または、全国レベルで、一斉に行う追加予防接種です。ポリオはミャンマーで2000年から6年間発生がなかったのですが、2006年にワクチン由来株*1、2007年には野生株*2のポリオが流行してしまい、2006年には地域を限定して、2007年からは全国一斉のNIDを年に1度実施することに決めました。全国の子ども約740万人を対象に、95%の接種率達成を目指して実施しています」

※1 ワクチン由来株:投与されたワクチンが変異して毒性を持ちウィルスとなること
※1 野生株:自然界に生存していたウィルス

ポリオをはじめ、はしかやBCGなど予防接種に必要なワクチンには、熱や光に弱いという特徴があります。そのため、種類によって、凍らせたり、(凍らせずに)冷やしたりと、管理のためには適正な設備や人材教育が必要です。それが不十分であると効果を失ったワクチンを子どもたちに届けてしまう危険性もあります。予防接種を効果的に機能させるためには、ワクチンを届ける仕組みを作ることが必須です。その仕組みは、途切れずにつながる鎖を模して、コールドチェーン(冷たい鎖)とよばれています。

ここミャンマーのコールドチェーンはどのような道のりをたどるのでしょうか。
まず、JCVに日本全国の支援者から寄付金が集まります。JCVは、WHOやユニセフの現地事務所とミャンマー政府が作成した予防接種計画に基づく要請を受けて支援を決定。必要資金をユニセフへと支払います。そのお金をもとに、ユニセフのデンマーク・コペンハーゲンにある物資調達センターがワクチンの調達にかかります。実際に、世界中のワクチン製造会社がその都度入札を行っているため、品質が保証されたワクチンをできる限り低コストで購入でき、さらに、指定された納期に指定された場所へ確実に配送される仕組みになっています。
ワクチンの種類や時と場合によって若干事情が異なるものの、このように世界各地の工場で手配されたワクチンが、空路ミャンマーへと集結します。

「海外から届く全てのワクチンは、いったん、ヤンゴン市内の中央コールドルーム(保冷庫)に集められます。この施設はユニセフやJICAの支援で作られました。ワクチンはここを起点に全国19か所の保管施設を中継し、325のタウンシップとよばれる街区の中央病院へと運ばれていきます。冷蔵庫や冷凍庫を機能させるための自家発電施設があるのはここまで。そこから先の地域保健センター(RHC)や、さらに先の僻地保健センター(SHC)では、設備が不十分ななか、いかにワクチンを適正な温度に保つかが大きな課題です。助産師さんたちのなかには、自腹で氷を買い、ワクチンを冷やして届けている人も少なくありません」

ミャンマーのコールドチェーン

國井さんによれば、課題はあるものの、ミャンマーでの予防接種事業は順調に進んでいるといいます。

「当初こそわれわれが準備・計画から実施・評価に到るまで技術的・資金的援助を繰り返し実施してきましたが、今では、中央から地方、現場にいたるまで NIDの重要性が周知され、技術的には独自に実施できる体制になっています。ただし、私たちの究極の目的は、ポリオのNIDに限らず、すべての予防接種事業において、技術・資金の両面で政府が独自に進められるようにすることです。援助の最終目的は、援助なしでその国が自立できるようになることです」

今回のNIDの後、重点エリアのみで地域一斉に予防接種を実施する縮小版のサブNIDが数年間繰り返される予定です。そこで95%の接種率が確保されれば、近い将来ミャンマーではポリオフリー(根絶)を宣言できるとのこと。ユニセフは、すでにそのプランを描いているようです。

(左)ポリオウイルスは感染し発病すると、手足の麻痺など重い後遺症を引き起こす。各地で見かけた啓発ポスター©HIROSHI ITO(右)國井さんとともにプロジェクトに携わるユニセフのミャンマー人スタッフの一人、優秀な若手医師のチョー・ミン・アウンさん。「ミャンマー中の人を一人でも多く助けたい」©HIROSHI ITO

目次へ移動 役割

ワクチンを安全に届けるための仕組み、コールドチェーンに沿って、実際にそこで働く人たちを追いかけました。

目次へ移動 ミャンマー全土のワクチンを管理 〜保健省スタッフ

海外からミャンマーへと送られたワクチンはすべて、いったんヤンゴンにある中央コールドルームへと届けられます。施設を管理するのは、保健省のチョー・カン・カンさんです。

ヤンゴン市内の中央コールドルームヤンゴン市内の中央コールドルーム

中央コールドルームの管理者、保健省のチョー・カン・カンさん(写真右)と上司のタン・テン・ウィンさん

「ここは古い倉庫を改築したもので、これまでのコールドルームが老朽化しキャパシティーも不足していたため、2年前に建設されました。実際に稼働を開始したのは、昨年のサイクロン被災後です。人が自由に歩きまわれるサイズの"ウォーク・イン・コールドルーム"が7つ。常時40万人分のワクチンが保管されていて、それぞれ、種類によって冷凍・冷蔵など、決められた温度で管理されています」とチョー・カン・カンさん。

ヤンゴン中心部から車で10分足らず。近代化した衛生的なコールドルームですが、まだ課題も残っているようです。

「電圧事情が不安定なミャンマーでは停電も少なくありません。そのため、ここでは自家発電設備を備えて、24時間体制で温度管理を行っています。ここから各地にワクチンを発送するのですが、輸送用の車両も十分とはいえない状況です。けれど、ミャンマー全土のワクチンを一手にあずかる役割として、10名のスタッフが連携して厳正に温度管理を行い、ワクチンを無駄にしないよう取り組んでいます」

(左)ウォーク・イン・コールドルーム(右)日本では9本の針でおなじみ(?)のBCGは、結核予防のためのワクチン ©HIROSHI ITO

(上段左)このひと瓶に、20人分のポリオワクチンが(上段右)運搬のためのアイスパックや保冷剤も保管されている © TAKASHI MORIOKA(下段左)サイクロンの際にも活躍した発電機(下段右)ワクチンはこのボックスに入れられ、陸路・空路で各地に運ばれていく

彼らにとってミッションは明快そのもの。
上司にあたる保健省の予防接種プログラムの統括マネージャー、タン・テン・ウィンさんに国としての目標を聞いたところ、明確な答が返ってきました。

ポリオ根絶、肺炎の削減、はしかの予防がわが国の3大目標です。そのため常に新しいワクチン情報を研究し、導入しています。JCVをはじめとする支援団体との交渉や関係作りも大切な仕事です」

粛々と。ワクチンは、コールドチェーンの緻密なシステムに沿って、ここから陸路、ときには空路で、全国21か所の地域保管施設へ、そこからさらに325か所のタウンシップへと配送されていきます。

施設内の菩提樹

目次へ移動 サイクロンを乗りこえNIDを見守る
〜地域医療の女性リーダー

人口約5,000万人、面積が日本の1.8倍のミャンマーには325のタウンシップという行政区分があります。各タウンシップに設置された総合病院の病院長であり、地域の医療責任者が、タウンシップ・メディカル・オフィサー、通称TMOとよばれる人たちです。

話を聞いたのは、2008年5月に発生したサイクロンで大きな被害を受けたイラワジ管区のボーガレーというタウンシップにて。ここのTMOは、女性医師のラー・ラー・ジーさん。1997年以降全てのNIDに携わっており、当地には、サイクロン発生の少し前に赴任したそうです。

タウンシップ・ボーガレーのTMO、ラー・ラー・ジーさん(右)。「昨日はボートで3か所視察してきました」。片腕の看護婦長とともに

「この街は人口約32万人。サイクロンでは3万4千人もの命が奪われました。今回、ポリオワクチン接種の対象となる全ての5歳未満の子どもたちは、人口の約1割にあたる3万1千人です。NIDは2日にわたって行いますが、初日の昨日は域内531箇所の会場で接種を実施し、99%達成することができました。 2日目の今日は、家が遠いなどの理由から接種会場まで来ることができない遠隔地の子どもたちが対象です。リストを元に、一軒ずつボートで出向いて接種を行います」

イラワジ管区は、イラワジ川の河口にあたる地域で、大小の支流が静脈のように縦横に走る広いデルタ地帯です。移動手段として活躍するのはボート。けれど、南の海に近い地域では高波も多く、場所によっては1日で行けないところもあり、ひとつひとつの集落に足を運ぶのは容易ではありません。そんななか、看護婦長らスタッフとともに、ボートで視察にやってきた女性TMOの姿に、おどろく住民は少なくないといいます。

移動手段にボートが欠かせない。雨季には水かさが増し景色が変わる

サイクロン被害の際には区域内の7、8割の建物が全半壊してしまい、ワクチンが水浸しになるなどコールドチェーンも大きな打撃を受けたそうです。一時、定期予防接種もできないほどの状況でしたが、被害の2ヵ月後から復旧しました。被災直後からのユニセフのきめ細かい援助もさることながら、TMOの経験と高い意識の力を感じずにはいられません。

この病院ではソーラーを含む自家発電機を備えているので、ワクチンの温度管理は万全です。また、周辺に漁業人口が多く、氷が入手しやすいため、村や集落へも比較的安全にワクチンを運べます。実際にポリオやはしかにかかる人が目に見えて減ってきているので、親たちの間で予防接種に対する認知があがってきていることも実感します」

(上段左)ユニセフの援助で設置されたソーラー発電。日本円で60万円(上段右)病院内の冷蔵庫。ここから接種会場へワクチンが届けられる ©HIROSHI ITO(下段左)冷やしている間にラベルがはがれたりしないよう、ワクチンを個別にビニールで包装している ©TAKASHI MORIOKA(下段右)管区内の接種会場にて、運搬ボックスの中のワクチンは、しっかり氷で保冷されていた

325のタウンシップは場所や地域により事情が異なります。北部の国境付近ではヒマラヤ山麓の険しい山が続く広範な地域を限られた人員でカバーせねばならなかったり、また、ある地域では域内に言語の異なる少数民族を抱えて、予防接種の効果をなかなか伝えきれなかったりとまだまだ困難は多いようです。ただ、ここ、ボーガレーで、ラー・ラー・ジーさんはサイクロン被害を乗りこえてNIDを成功させました。彼女の経験と自信は、次は別の地域へときっと活かされていくでしょう。

目次へ移動 NIDのラスト・ワン・マイル
〜ボランティアとともに地域医療をあずかる助産師

タウンシップの先は、いよいよ子どもたちが待つNIDの接種会場です。地域保健センター(RHC)や、さらに下のレベルにあるサブRHCなどがその会場となります。コールドチェーンの旅もまもなく終わり。いわゆる支援の「ラスト・ワン・マイル」です。

同じイラワジデルタのピアポンというタウンシップにある、川沿いの村、チョンキンジーのサブRHCを訪ねました。ここは多くのRHCやサブRHCと同様に、助産師さんが責任者を務めています。今日はNIDの初日。会場前には対象となる5歳以下の子どもとその母親たち、取り囲むように、村中の人が集まりごった返しています。

予防接種会場に集まる人々 © TAKASHI MORIOKA

このサブRHCをきりもりする助産師のタン・タン・メイさんにNID実施のようすについてうかがいました。

視察団の質問にこたえる助産師タン・タン・メイさん © TAKASHI MORIOKA

「この村には307家族、1470人、5歳以下の子どもが187人、1歳以下の子どもが42人暮らしています。昨日ピアポンの中央病院から(ここよりひとつ上のレベルである)チョンダー村のRHCに届いたワクチンを、今朝一番にとりに行きました。ここからだと歩いて30分くらいです。ワクチンを運ぶケースの中には氷も一緒に入っているので、NID期間中の24時間から48時間は安全に保つことができます

この地域で移動手段にボートは欠かせない。タン・タン・メイさんも地域訪問の際は、ボートか、ご主人の運転するバイクで移動されているそうです

まず入り口でリストを見ながら、子どもとお母さんのさん名、年齢をチェックします。今回、ポリオと同時にビタミンAを投与しますが、その年齢識別のための札を渡します。次にポリオワクチンを順番に、一人一人の口に2滴ずつ投与していきます。続いて、ビタミンAを投与します。そのあと、いったん外で15分ほど休憩してもらいます。投与済みの目印になるよう、終了した子どもたちには爪に黒のマジックでしるしをつけます」

(左)なかには、お父さんに連れられた子も ©HIROSHI ITO(右上段)ポリオワクチンは甘い味がする。痛くないけど、泣き出してしまった子 ©HIROSHI ITO(右中段)接種が終わった子どもの爪に、識別のためしるしをつける ©HIROSHI ITO(右下段)数十名規模にのぼる地元のボランティアが協力 ©TAKASHI MORIOKA

狭い会場のなかには受付、ポリオコーナー、ビタミンコーナーと区分けされ、子どもは指定の順番通りめぐっていきます。人でごったがえしているものの、大きな混乱はないようです。普段は助産師さんが一人で切り盛りしている施設ですが、NIDの当日には心強い助っ人がバックアップ。そろいのユニフォームをまとった母子愛育協会などの女性たち、消防団の男性たちをはじめとするボランティアたちです。

この村だけではなく、どの村に行っても、NIDは、村をあげて実施されていました。ワクチン支援のラスト・ワン・マイルで印象に残ったのは、子どもとお母さん・お父さんたちの笑顔とともに、助産師さんを筆頭に会場を切り盛りする多くのボランティアたち、子どもの成長を見守る村人たちなど、会場を取り囲むさまざまな人たちの存在でした。

会場に集まったたくさんの村人たち ©TAKASHI MORIOKA

接種会場のようすを見つめる少年少女 ©HIROSHI ITO

目次へ移動 「定年まで、がんばりたい」
〜助産師さんインタビュー

NIDのラスト・ワン・マイルをあずかる助産師さんたちは多忙です。日本の助産師の役割に加え、看護師、保健師、ときには医師の役割もこなします。待遇面も決して恵まれているとはいえないなかで、それでもがんばる彼女たちはどんな想いで働いているのだろう。その存在をもう少し身近に感じたくて、 NID前日、ヤンゴンから車で1時間ほど離れたトンテイ・タウンシップにあるゾティ村のRHCを訪ねた折、センターを切り盛りする助産師さんに話を聞きました。

(左)助産師になって今年で15年目 (右)彼女が担当するRHC。サイクロンで建物が全壊したが、イタリアのNGOの支援で再建された。ボランティアスタッフとともに

普段の仕事内容は?
午前中は、ここでクリニックを開き、風邪や病気などを治療しています。午後は地域の巡回医療が主な仕事です。仕事をはじめて15年になります。1週間のうち平日はここに泊まり、土日は実家に帰っています」

仕事は好き? 大変なことはありますか?
「仕事は楽しいです。私はここから車で30分ほど離れた隣村の出身なのですが、ここのみんなには自分の村のようによくしてもらっています。この村には医師がいないので、出産で難しいことがあると大変ですが、無事に赤ちゃんが生まれたときはとてもうれしいです

これからの目標は?
「この村はとても静かでみんな良い人たちなので、60歳の定年になるまで勤めあげたいと思っています。それが私の目標です」

シンプルでバランスのとれた回答が印象的でした。役割は多くとも、とりまく事情が、日本よりもずっとシンプルなのかもしれない。そうして、小さなことにも左右されがちな日本の働く現場を思い浮かべていたら、なぜか、「本質」という言葉が頭に浮かんできました。

目次へ移動 想い

正しい仕組みと、粛々と役割を果たす人。持続可能に機能していくために欠かせないのが、潤滑油となる人々の想いではないでしょうか。

目次へ移動 「僕のルール」を届ける
〜NPO職員

日本とミャンマーの間に立って、双方の人々と直接言葉を交わし、コールドチェーンをつなぐNPOの人は、どんなことを考えているのでしょうか。今回のNIDで、ポリオワクチンの8割におよぶ支援をした認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを 日本委員会(JCV)」の事務局次長である江崎礼子さんが大切にしていることは。

サイクロン被災地の接種会場を訪れた江崎礼子さん(左から4人目)

「ミャンマーで10年以上支援をしてきて、JCVという名前は、ミャンマーの医療関係者にもずいぶんと知られるようになりました。けれど、JCVという団体自体が寄付をしているのではなく、子どもからお年寄りまで日本中のふつうの人たちがミャンマーの人々のために寄付をしてくださっているという事実を、伝えるようにしています」

日本で集まったお金は、ミャンマーの村々で、子どもたちの健康な成長に欠かせないワクチンに変わっていました。国際社会の知見をもとに練り上げられたシステムがあり、明快な役割を果たすたくさんの人たちがいました。また、地域の協力体制も機能しているようでした。しかし、お金を寄付した誰もが現地に行けるわけではありません。確かにお金が生きたことを、どうすればイメージできるのでしょうか。

「もちろん支援の実績の数値などのデータは必要だと思いますが、一番はリアリティだと思っています。これまでたくさんのJCVボランティアの方がミャンマーでのワクチン支援視察に参加されました。その後の進路に影響を受けたという人も少なくありません。そういう方たちが、それぞれの経験を会話やブログなどさまざまな場面で周囲にひろげていくことで、ミャンマーのようすを共有する。すそ野を広げることが大事だなと思っています」

国を越えた協力体制のもと、一国の国家規模で運営されるシステムで、粛々と役割を果たす人々。
そこで感じたのは、仕事への責任感や、誇り、国の将来に対する使命感、さらに役割を託す人への尊敬と信頼の想い。というと、大げさでしょうか。
私たちが寄付をする理由。何かを変える力になりたいと願い、寄付をする理由。言葉にすることをためらいがちなその想いと、通じる何かがあるように感じました。
そして子どもたちのために、お金をリレーし、ワクチンを届ける人たちの姿がありました。笑顔の母子と、村人たち、心強いボランティアの人たちの姿がありました。
いつか、携わるみんなの、そういった形のないものが大きな力につながっていく日がくるかもしれない。そうあってほしいと思います。

接種会場を後にする視察団へ、笑顔で手を振る人々 ©TAKASHI MORIOKA

私たちがお金を使う瞬間、それは私たちが世界を動かしている瞬間でもあります。



取材・執筆・写真:鳥谷美幸(Think the Earthプロジェクト)
写真・伊藤洋、森岡孝志(XINADA)
協力・認定NPO法人 世界の子どもにワクチンを 日本委員会(JCV)
http://www.jcv-jp.org/
財団法人日本ユニセフ協会
http://www.unicef.or.jp

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