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緑の絆は結べるか 〜ボルネオの熱帯雨林で起きていること|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from マレーシア vol. 48 2009.12.09 緑の絆は結べるか 〜ボルネオの熱帯雨林で起きていること

ボルネオに行ってきました。「安い」、「からだにやさしい」という理由で、世界中に普及している植物性油脂の代表格パームオイル(ヤシ油)。食品や石けん、化粧品など、身近にある多くの製品で使われています。この油の世界的な需要増とともに、オイルパーム(アブラヤシ)のプランテーションが急拡大しています。その結果、熱帯雨林で暮らす生きものたちが絶滅に追いやられていることをご存知でしょうか。生物多様性の減少が、環境問題の大きな課題になっています。実際に何が起きているのか、それを知りたくて、マレーシア・ボルネオ島の熱帯雨林を訪ね、問題の現場を見てきました。

目次へ移動 熱帯雨林の島、ボルネオへ

今回のリポートは、『いきものがたり』で監修協力をお願いした中静透教授がリーダーを務める東北大学 生態適応GCOEプログラムのコンソーシアムに筆者が参加したことが縁で実現しました。大学院教育の一環で、博士課程の学生たちが森林生態研究の現場を視察するというのが大きな目的。行き先は世界で3番目に大きな島、ボルネオ。東南アジアではまだ少ないFSC認証林の視察や、サバ州、サラワク州の森林政策についての講義など、盛りだくさんの内容でしたが、このリポートでは、主にボルネオ島の北東部、サバ州のキナバタンガン川下流域で起きていることを中心にお伝えします。『いきものがたり』でも、この地域の保全活動の紹介をしていますが、筆者にとっては初めての訪問。実際に現地を見て度肝を抜かれることになりました。

地図

目次へ移動 地平線まで埋め尽くすオイルパーム

マレーシアに着いて、とにかく驚かされたのは、見渡す限り地平線まで続くオイルパームのプランテーションです。飛行機の窓からは、一見すると緑豊かな大地に見えますが、実はたった1種類の植物が大地を埋め尽くしている光景。プランテーションに近づいてみると、林立するオイルパームのそばに、虫や鳥の姿はほとんど見られません。オイルパームの実を狙うネズミと、それを補食するコブラがいるそうですが、なんとも殺伐とした生きものの連鎖です。

オイルパームのプランテーション地平線まで続く広大なオイルパームのプランテーション

プランテーションは一見すると緑の世界プランテーションは一見すると緑の世界だが・・・

パームオイル産業はなぜ拡大したのでしょうか。単位面積あたりの収量が他の植物性油脂に比べて圧倒的に多く、年間を通じて収穫が可能、価格が安い、石油と違って再生産が可能で枯渇しない、など資源として優れていることがその理由です。熱帯雨林を伐採しプランテーションに変えたとしても、植物を植えているので、二酸化炭素は吸収してくれるため「地球にやさしい」と宣伝されたことさえあります。いまでは植物油の生産量では、大豆油を抜いて世界一に。その結果、マレーシアでは、1980年代に100万ヘクタールだったプランテーションの面積は2008年には480万ヘクタール(MPOA統計)まで増えました。東京都の面積の20倍以上です。年間輸出量は1540万トン、そのうち日本は55万トンを輸入。世界全体の生産量は3800万トン。いまや世界経済に組み込まれた大きな産業になっています。

オイルパームの果房オイルパームの果房

オイルパームの実と断面オイルパームの実と断面

オイルパームは20メートルほどの高さに生長し、10〜12ほどの果房がつきます。重さ30kg以上にもなる一房の果房からは数百個の実が採取できます。果実にも、種子にも油分がたっぷりと含まれています。
オイルパームの実は収穫後すぐに品質が劣化していくため、24時間以内に搾らなければならず、プランテーションのすぐ近くに搾油工場が必要です。ひとつの工場を経営するためには、最低でも4000ヘクタールの土地がないと採算がとれないのだそうです。こうして広大な土地が次々にプランテーションに変わっていきました。

サラワク州のパームオイル工場。サラワク州のパームオイル工場。次々にトラックで運び込まれるオイルパームの房

巨大なタンクが並ぶ巨大なタンクが並ぶ

パームオイルは私たちの暮らしにすっかり浸透しています。スナック菓子、チョコレート、アイスクリーム、冷凍食品、インスタントラーメン、マーガリンなどの食品が8割以上。食品以外では、石けんや洗剤、化粧品、ろうそくなど。おそらくパームオイルに触れたり食べたりしない日は一日もないほどです。日本人の消費量は欧米諸国に比べれば少ないのですが、それでもひとりあたり年間平均37リットルのパームオイルを使っているといわれています。

目次へ移動 オランウータンが危ない 野生動物たちの悲しい聖域

そんなパームオイル産業の拡大が、熱帯雨林の野生動物たちを絶滅に追いやろうとしています。今回訪ねたボルネオ島の北東部、サバ州のキナバタンガン川下流域でも、オランウータンをはじめとする野生生物が絶滅の危機に瀕しています。この地域は、もともとは豊かな熱帯雨林が拡がっていましたが、プランテーションが熱帯雨林を浸食していったことによって、森が細かく分断(断片化)されてしまいました。そのため、野生の生きものたちが狭いエリアに閉じ込められることになってしまったのです。動物たちが生きていくためには、ある程度の広さの土地が必要です。狭い森で十分な餌を採り、パートナーを見つけて繁殖していくことはなかなか難しいのです。
絶滅に瀕している代表的な動物がオランウータン。野生のオランウータンが生きていくには7万ヘクタール以上の広さの森が必要ともいわれています。現在保護区になっているこの2万7000ヘクタールのエリアに、2003年の推定で1125頭が暮らしていることがわかっていますが、イギリスのカーディフ大学の調査研究によれば、このまま分断された森の状態が続くと、50年後には95%が絶滅すると推測されています。

キナバタンガン川キナバタンガン川

ボートに乗って川沿いに棲む野生生物を観察しに行きました。出会ったのは、本来の森の住民たち。ラッキーなことに、オランウータン、カニクイザル、岩ツバメ、カワセミ、レッドリーフモンキー、ワニ、ボルネオゾウ、テナガザル、テングザルなど多くの動物たちに出会うことができました。「今回は特別ラッキー」と言われましたが、観察できる野生動物が比較的多いために、エコツアーも盛んで、川沿いには居心地の良さそうなロッジやキャンプなども多く作られています。

出会った動物たち出会った動物たち オランウータンの雄(左上)、テングザル(右上)、カワセミ(左下)、サイチョウ(右下)

なぜこれほどまでに多様な生きものたちと出会えるのでしょうか。それにはちょっと悲しい理由があります。実はよく見ると、川沿いに森は残っているものの、そのすぐ奥にプランテーションが迫ってきていることがわかります。たくさんの動物に出会えるのは、わずかに残された狭いエリアに、動物たちが逃げ込んできて暮らしているからだったのです。保護区の中に違法に植えられたオイルパームもあります。何も知らずに訪れると、豊かな水辺と森に囲まれた動物たちの聖域のように思えますが、実は人間によって追い込まれた悲しい聖域だったのです。写真に写っているオランウータンも、このエリアに残った最後の一頭の雄です。

川のそばまで迫るプランテーション川のそばまで迫るプランテーション


大きな地図で見る
キナバタンガン川の南側、同じく野生生物の絶滅が心配されるセガマ川流域の衛星画像。森が川沿いの小さなエリアに追い込められていることや、プランテーションの海の中に、分断された森が小島のように浮かんでいる様子が良くわかる

森が分断されたため、直接会うことのできない対岸の雌ザルに、せつない鳴き声で呼びかける雄のテナガザル。霊長類の一種であるテナガザルはオランウータンと同じように泳げないので、プランテーションからの排水路や川が自然のバリヤーとなってしまう。パートナーが見つからなければ絶滅に直結する

目次へ移動 緑の絆を取り戻そう ボルネオ保全トラストの活動

このキナバタンガン川下流域の野生動物を守る活動をしているのがボルネオ保全トラスト(BCT)というNGOです。日本事務所(BCTJ)代表で、星槎大学准教授の坪内俊憲さんは言います。
 「(先進国の)私たちが便利だと信じて毎日の暮らしで使っているものが原因で、森が分断され、動物たちが隔離されてしまっています。その現実を知って欲しい。知らないということは、それだけで一種の罪だと思います」

ボルネオ保全トラストジャパン理事長の坪内俊憲さんボルネオ保全トラストジャパン理事長の坪内俊憲さん

BCTの活動にはいろいろあります。もともと獣医だった坪内さんは、野生動物救出センターを作りたいと考えています。狭い森で食べものがなくなったボルネオゾウなどが、餌を求めてプランテーションに入り、安い賃金で働く労働者が野生動物の肉を得るために仕掛けたワナにかかって死んでしまうケースなどもあります。そうした動物を見殺しにせず、救いたいという想いからです。

また、分断された森をつなぎ、野生生物の絶滅を防ぐために「緑の回廊」を作ろうと呼びかけています。プランテーションを買い取って元の森に戻し、分断された森と森をつなぎ、動物たちの通り道にしようという計画です。キナバタンガン河と南のセガマ川流域で2万ヘクタール分の土地を購入して回廊を作ることで絶滅が避けられるといいます。カーディフ大学の調査では、緑の回廊が完成すれば、50年後にオランウータンが絶滅する確率は5%にまで下げられるとのこと。1ヘクタールの土地の代金は約120万円(2009年9月時点)。2万ヘクタールまでの道のりは長いですが、坪内さんたちの呼びかけによって、賛同者も増え、少しずつ買い進めています(現在は3号地、4号地の寄付を募集中)。

さらに、土地の買取りだけでなく、分断された森をつなぐアイディアとして、日本の動物園や橋の設計者たちの協力によって、川幅の狭い場所にオランウータンが渡れる吊り橋をつくる活動「命の架け橋プロジェクト」も行なっています。

吊り橋2008年4月にかけられた吊り橋。消防ホースを使って作られている。残念ながらオランウータンが渡ったという報告はまだない

今回の視察中にテングザルが渡っているところを目撃。森と森をつなぐ役割はちゃんと果たせている。あとはオランウータンが渡ってくれれば!

目次へ移動 持続可能なパームオイル産業をめざして

パームオイルが引き起こす環境問題に気づき、活動を始めている企業もあります。石けんや洗剤メーカーのサラヤは、BCTの設立に参加し、その活動をサポートしています。同社の代表的な植物性洗剤「ヤシノミ洗剤」の売上の1%をBCT「緑の回廊」プロジェクトに送金することを消費者と約束し、オランウータンの「命の吊橋」プロジェクトや、傷ついたボルネオゾウの救出活動などを行なっています。また、消費者の代表が現地視察してリポートする「ボルネオ調査隊」を実施してホームページで情報公開するなど、本気で取組んでいることが伝わってきます。今回、坪内さんと共に現地を案内いただいたBCTJ理事/サラヤ広告宣伝部の代島裕世さんによれば、こうした活動を通じて、パームオイルを使った事業のあり方を見直し、企業として事業と生物多様性保全との両立をめざそうとしているとのことです。

さらに国際的な取り組みとして、2004年にはWWFの呼びかけでRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)という団体もできました。パームオイルに関わる企業やNGO、政府などが参加して、人も野生動物も持続可能なパームオイル産業のありかたを考えようという取り組みです。話し合いはまだ始まったばかりですが、認証制度の整備などが進めば、消費者が環境保全に配慮して作られた油を使った商品を選べるようになるかもしれません。2009年時点で、日本の企業もサラヤをはじめ6社が加盟しています。

オイルパームの生産を今すぐ止めましょうというのは非現実的な話です。世界人口が増え、暮らしが豊かになり、拡大していく消費。世界経済のニーズを満たしながら、絶対に失ってはならない生物多様性の保全をどう両立させていくか。さらに地元の人たちの暮らしを支えるローカルな経済も視野に入れる必要があります。現場は頭で考えて動く世界ではない、と坪内さんは強調します。森林保全活動をしている人を暴力によって阻止しようとする人たちもいて、重傷を負わされたり殺されたりするケースもあるそうです。実際に現場に立ってみると、問題の複雑さを前に、ただ立ち尽くすばかりです。そんな中で諦めずに活動を続ける坪内さんたちの熱意には本当に頭が下がりました。

目先の利益のために野生動物の絶滅を座視すれば、次に絶滅するのは私たちの番です。豊かな自然の恩恵なしに人間は生きていくことはできません。オイルパームの問題はコーンや大豆によるバイオエタノール生産が抱える問題も連想させます。急速かつ過剰な生産拡大は、回復不可能なまでに自然を壊すことになるのは全く同じ構造です。2010 年には名古屋で生物多様性国際会議(COP10)も開かれます。こうした問題と向き合い、経済と生態系保全の両立を実現する知恵を、早急に生み出していく必要があります。「必要なのは人間と生態系とを結ぶ緑の絆」。坪内さんの言葉が胸に残ります。このリポートが、まずは現実を知ることの一助になれば嬉しいです。

ゴマントン洞窟のそばで出会ったオランウータン。このオランウータンの未来と人間の未来は重なっている。



取材・撮影:上田壮一(Think the Earthプロジェクト)
Special Thanks:東北大学 生態適応GCOEボルネオ保全トラストサラヤ株式会社
関連プロジェクト:『いきものがたり 〜生物多様性11の話』

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