考える、それは力になる

  • facebook
  • Twitter
  • Instagram
絵本が開くエコロジーの可能性 〜ボローニャ国際児童図書展から|地球リポート|Think the Earth

NTT DATAThink Daily

  • 地球リポート
  • 地球ニュース
  • 緊急支援
  • 告知板
  • Think Dailyとは

地球リポート

from イタリア vol. 52 2010.05.12 絵本が開くエコロジーの可能性 〜ボローニャ国際児童図書展から


児童書出版に関わる人や絵本作家なら一度は訪れてみたいと思う、国際的な子どもの本の見本市「ボローニャ国際児童図書展」。47回目を迎えた今年も大盛況でしたが、例年にない新しい傾向が関係者を驚かせました。それは、自然をテーマにした絵本が多かったこと。最も優れた作品に贈られる「ボローニャ・ラガッツィ賞」では、エコロジカルな視点を取り上げた絵本が多数受賞しました。絵本のコンセプトと制作過程に注目して、受賞者と審査員の方にお話を伺いました。

目次へ移動 ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア(ボローニャ国際児童図書展)

052-003.jpg 会場入口。世界各国の国旗が来場者を出迎える。入場券購入時には名刺の提出が求められ、同展に来た目的を聞かれる

「ボローニャ国際児童図書展」は、イタリアのボローニャで毎春開催される、世界最大の子どもの本専門の見本市です。児童書出版とマルチメディア産業に関わる世界各国の作家、イラストレーター、出版社、配給関係者、著作権・特許権関係者、マスコミ、司書などで例年賑わっています。1964年に始まった同展は、今年47回目を迎え、67カ国から1,200社以上が出展し来場者数は4,760名を超えました。(2010年3月23〜26日開催)。

052-005.jpg 来場者で賑わうイタリアCORRAINI社のブース。ブルーノ・ムナーリの絵本を多く手がけることで知られている。展示作品の数はブース最大級

同展は、出版社が作品を展示し版権を売買する場であると同時に、各国の出版状況や傾向について情報交換する場でもあります。出版に関わる専門家がコラボレーションし、新しいビジネスを生むチャンスにもなっています。さらに、世界中から児童書に関する最新情報が集まるため、ビジネス戦略を立てる機会にしている出版社もあります。日本からは、福音館書店や偕成社などの児童書出版社が出展しました。

052-007.jpg 「ボローニャ・ラガッツイ賞」ノンフィクション部門に入賞した『L'HERBIER』を出版するフランスEDITIONS MEMO社のブース。作品を手に版権の交渉が行われている

出版社にとっては才能ある新しい絵本作家を発掘する機会であり、作家にとっては作品を売り込む大きなチャンスです。同展で才能を見出され出版につながるケースもあるため、みな真剣。絵本作家やその卵たちが自身の作品を抱きかかえ、出版社ブースの前に行列を作って並んでいる姿も見られました。

052-009.jpg 絵本作家やその卵たちが、自身の作品を売り込める掲示板が用意されている。作家の連絡先を持ち帰れるような配布形式のチラシが目立つ

052-011.jpg 各国のイラストレーターの原画を展示するエリアも設けられている。貴重なイラストに見入る来場者

目次へ移動 「ボローニャ・ラガッツイ賞」に異変あり?

同展が絵本作品を対象に設ける唯一の賞「ボローニャ・ラガッツイ賞」。芸術・技術の観点と、テキストとイメージのバランスという視点から、最も優れた作品に贈られます。受賞作品は広くメディアで紹介され注目を集めるので、大変重要かつ名誉な賞とされています。今年は34カ国から1,160作品以上の応募があり、フィクション、ノンフィクション、新領域(New Horizons)、新人(Opera Prima)の4部門において、全15作品が受賞しました。

052-013.jpg 「ボローニャ・ラガッツイ賞」受賞作品のポスターが会場入口に大きく掲示されている。場内にもいたるところに掲示されており、同賞に対する注目の高さがうかがえる

052-015.jpg 「ボローニャ・ラガッツイ賞」授賞式。受賞作家に盾が贈られた(ボローニャ・マッジョーレ広場に面したサラ・ボルサ図書館にて)

応募される絵本のテーマは毎年様々。日々の生活を描いたもの、子どもの世界観を表現したもの、笑いを追求したものなど多岐に渡ります。そんな中、今年は特に自然をテーマにした作品が多く見られました。受賞した15作品のうち約半分の7作品が、自然やエコロジーを取り上げています。生きものの共生を描いた作品、樹の一生をハイライトした作品、チャールズ・ダーウィンの研究を物語にした作品、季節の変化を祝うダンスをテーマにした作品、植物標本をイラストで表現した作品、インド先住民族の暮らしを伝える作品、自然素材をイメージに使った作品です。

052-017.jpg 「ボローニャ・ラガッツイ賞」審査委員長アントーニオ・ファエーティさん。1939年ボローニャ生まれ。小学校教諭を経た後、ボローニャ大学教育科学部で児童文学の歴史を研究。現在ボローニャで読書を通じた教授法について教えている(ボローニャ・マッジョーレ広場に面したサラ・ボルサ図書館にて)

審査委員長のアントーニオ・ファエーティさんは、「自然をテーマにした作品が多かったことは、今年初めての傾向で驚いているんです。昨年がダーウィン生誕200周年だったことが影響していると思いますが、作家がこうした問題に敏感になっているのでしょうね」と話します。

昨今、地球温暖化や森林破壊などが、メディアでも大きく取り上げられるようになりました。出版業界もこうした問題を取り上げ、自然や環境の大切さを描く作品が増えてきています。何世代にも渡って取り組まなければならない問題だからこそ、未来を生きる子どもたちに絵本でも伝えてほしいテーマです。

それでは今年、どんな作品が受賞したのでしょうか?
フィクション部門と新領域部門を受賞した、オランダ・日本・インド発の3作品をご紹介します。

目次へ移動 自分で言葉を補い物語をつくる:『De boomhut』(フィクション部門受賞・オランダ)

052-019jpg 『De boomhut』【ロナルド・トルマン(エッチング)、マライヤ・トルマン(イラスト)/LEMNISCAAT/2009】http://www.lemniscaat.nl/

052-021.jpg 『De boomhut』の英語版は『The Tree House』というタイトルで、2010年LEMNISCAATから出版された

絵本は、絵と文がセットになっているかたちが一般的ですが、絵のない絵本、言葉のない絵本というかたちもあります。フィクション部門を受賞した『De boomhut』は、見開き2ページに一枚の絵が描かれた本。言葉は一言もありません。クジラ、クマ、サイ、フラミンゴ、パンダ、クジャク...といった動物たちが、ゆっくりとお互いを誘い合うように、まるで音楽を奏でるように一本の樹に集まる姿が描かれています。("De boomhut"は「木の上の家」という意味です)

052-023.jpg 『De boomhut』の出版社LEMNISCAATのブース。数カ国の出版社が同時に商談中

052-025.jpg 『De boomhut』の絵が出版社LEMNISCAATの展示スペースの約半分を飾り、プロモーションに力を入れていることがうかがえる

作者は、エッチングを担当したロナルド・トルマンさんと、イラストを担当したマライヤ・トルマンさん。父と娘の親子による作品です。

052-027.jpg ロナルド・トルマンさん。『De boomhut』でエッチングを担当。彫刻・絵画などの制作も行う(出版社LEMNISCAATのブースにて) http://www.ronaldtolman.nl/

052-029.jpg マライヤ・トルマンさん。『De boomhut』でイラストを担当。動物をキャラクターにしたイラストがユニーク(出版社LEMNISCAATのブースにて) http://www.marijetolman.nl/

審査員はこの本を「私たち人間も自然の一部だということを、エコロジカルな視点から訴えた本」と称しました。様々な生きものが集まり一本の樹を住みかとする、という絵から、多様な生きものが共生する地球、という意味を読み取ったのでしょう。

しかし、トルマンさん親子は、本に言葉を入れないことで、作者が特定の物語を作らないことを目指したと言います。

「物語そのものが私たちに語りかけられるような余白と臨場感と自由を探求しました。読み手が自分自身の物語を作れるように。人々にこう考えなさいというような強制はしたくなかったんです」(マライヤ・トルマンさん)

「本から自然環境の大切さを読み取れるでしょうが、こうしなさいこう考えなさいと言わずに、みんながこの本について話して想像して言葉を与え、物語をつくることができるその自由こそを大切にしたいのです」(ロナルド・トルマンさん)

一人ひとりが絵から何かを感じ、意味付けするプロセスを大事にしてほしいという願い。自分自身で得た気づきは、その人の心にいつまでも灯る明かりになります。そして、他者との共生や自然の大切さに思いをはせることができる『De boomhut』は、私たちが生きる社会や環境について考えるきっかけを与えてくれます。

目次へ移動 余白に込められた想い:『Little tree』(フィクション部門入賞・日本)

052-031.jpg 『Little tree』【駒形克己(作)/ONE STROKE/2009】 http://www.one-stroke.co.jp/

052-033.jpg 『Little tree』の紹介を受けながらゆっくりページをめくる来場者

小さな木の芽が成長しながら四季折々の表情を見せ、次第に年老いてゆく樹の一生を描いたポップアップ絵本。見開きページの中央に、様々なステージの樹が立ち上がります。言葉はほんの少し。余白が大胆にとられているのが印象的です。

「モノであふれる現代社会に静かな美しさを創り出した本」と評され、フィクション部門に入賞しました。大量生産大量消費が主流の現代において、月に50冊しか生産できない手作りの絵本です。

ページをめくるだけでも美しい本ですが、作者の駒形克己さんは、樹の一生と自分の人生を重ねて、余白に読者の思いを書き込む楽しみ方を提案しています。この本が、その人が生きている証になり、大事な人に遺す本にもなる、という可能性を見出して。

というのも、この本には駒形さんのこんな想いが込められているのです。

052-035.jpg 駒形克己さん。デザイン、出版、製品開発、展示、ワークショップなど、東京とパリを拠点に活動中(出版社ONE STROKEのブースにて)

「私の叔父が長い間意識不明のまま入院し、最後に亡くなってしまったときに、大切な人を失うことが周囲に与える影響を改めて感じたんです。生きている間にも、その人の存在を認めたり理解できたりしたら、人と接することや暮らすことがもっと大事にされるんじゃないかな。」(駒形さん)

「本は、その人の使い方によって変わっていいもの。自由に変えられるという解釈を含めて、ある意味『不完全なもの』であってもいいと思っています」(駒形さん)

個人の思いや経験が書き加えられた絵本。それは、人の一生が尊くかけがえのないものであることを私たちに気づかせてくれます。そして、自分が手を加えた絵本は、その人の人生に寄り添う宝物になるに違いありません。

目次へ移動 出版を超える総合的なプロジェクト:『Do!』(新領域部門受賞・インド)

052-037.jpg 『Do!』【ギータ・ウォルフ(文)、ラメシュ・ヘンガディ(イラスト)、シャンタラーム・ダッペ(イラスト)/Tara Books/2009】 http://www.tarabooks.com/

新領域部門を受賞した『Do!』は、西インド・マハラシュトラ州のワルリ族の暮らしを描いた作品です。この絵はもともと結婚式などの特別なイベントの際にワルリ族の家の土壁に書かれるもの。それをTara Booksのディレクター、ギータ・ウォルフさんと、ワルリ族のアーティスト、ラメシュ・ヘンガディさん、ラシカ・ヘンガディさん、シャンタラーム・ダッペさん、クスム・ダッペさんが絵本で再現しました。

ワルリ族は自然に神を見出し、畏怖と感謝の念をもって暮らしている少数先住民族。田んぼでお米を作り、川で魚をとり、土壁の家で牛や鶏と共に暮らしています。自然と共生しながら人々が助け合って生きている姿が、「Farm」「Grow」「Dance」といったシンプルな単語と共に、ダイナミックに描かれています。

052-039.jpg 『Do!』土を耕し稲を育てるワルリ族の暮らしを描く。流れる線と単純な円や三角形から構成された絵は、清らかな呪文か象形文字のよう

出版社のTara Booksは、本の内容はもちろん、その製造過程まで大事にしています。『Do!』はシルクスクリーンで印刷され、手作業で製本されています。この他の本も、多くは印刷から製本まで全て手作りです。その仕上がりは、機械で作られた本には到底かなわない端正さ。紙は現地で作られた再生紙を使用しています。

052-041.jpg 『Do!』の帯には本作りの工程が描かれている。印刷、タイピング、縫製、製本まで全て手作り

制作は、普段壁塗りなどをしている低所得の人々が、絵本制作という違った分野で、その技術を活かせる機会でもあるのです。現地に新たな雇用を生み出すと同時に、制作に関わる人が共に生活し働く場ができているそうです。

※『Do!』の制作過程はYoutubeでご覧いただけます。

Tara Booksの本は、イギリスやアメリカなど海外に輸出され、ポルトガル語、イタリア語、スペイン語にも翻訳されて、世界中で読まれています。プロジェクト・コーディネーターのアルン・ウォルフさんは、「制作に携わる人々は、賃金を得るだけでなく、本作りを通して大きな自信と満足感を得ているのです」と話します。

052-043.jpg Tara Booksプロジェクト・コーディネーターのアルン・ウォルフさん(出版社Tara Booksのブースにて)

Tara Booksの仕事は単なる出版ではありません。人と自然が共に生きる民族の暮らしを伝え、製造過程では環境に配慮し、現地に雇用を生み出すという「総合的なプロジェクト」なのです。こうした好循環を生み出す多機能的なプロジェクトが、今後更に増えてくることに期待したいと思います。

目次へ移動 本作りのプロセスもエコロジーに

これまでも、自然やエコロジーをテーマにした優れた絵本がたくさん描かれてきました。『木を植える男』(ジャン・ジオノ原作、フレデリック・バック絵/あすなろ書房)や『せいめいのれきし』(バージニア・リー・バートン作/岩波書店)などを読まれた方は多いでしょう。これらの絵本は、「内容」からエコロジーの大切さを伝えていますが、今回ご紹介した絵本は「内容」に加え「手法」からもエコロジーに取り組んでいます。『Little tree』も『Do!』も少部数を手作りし、大量製品にはない価値を作り出した作品です。本作りのプロセス自体がエコロジーにつながっているのです。

さらに、『Little tree』作者の駒形さんは、本作りについて「モノ化する本」という考え方を提案しています。

「例えば、本がいろいろな角度や視点から眺めたり楽しめたりできるものになれば、本は情報をのせる媒体ではなく『モノ』として機能します。DMなどのすぐ捨てられてしまうものに紙を使うのではなく、世の中に紙が残されるかたちの本、オブジェのような本を作れば、紙にしかないぬくもりや質感を大事にしつつ紙の使用量を削減できるでしょう」(駒形さん)

本のかたちを再考することや、『Do!』のように製造過程をトータル的にプロデュースすることは、今後出版業界が取り組んでいくべきテーマです。

目次へ移動 経験から得られる深い気づき

技術の発達に伴い、情報がますますデジタルメディアで発信されるようになりました。しかしその時代においても、本にしか担えない役割があります。それは、「経験」がもたらす「深い気づき」です。

人の考え方や行動の根本を揺るがす気づきは、知識ではなく経験から得られるもの。自分で言葉とストーリーを補う『De boomhut』も、自分の生涯を木の一生に重ねる『Little tree』も、物語を自身に引き寄せて読む経験ができる絵本です。

私たちが直面している持続可能性に関する問題は、長期的に取り組まなければ成果が出ず、複雑で一筋縄ではいかないからこそ、経験を通した深いレベルでの気づきが重要になってきます。

親が子どもに絵本を読み聞かせるならば、お互いの声や体温、時間を共有する豊かな体験になります。そして、紙のぬくもりや手触り、時間の経過と共に色あせる紙の自然な感覚、紙に書かれた手書きのあたたかさは、デジタル媒体では決して経験できない特別なもの。さらに、自然界の木から作られた紙は、自然と人を結びつけてくれる媒体でもあります。

目次へ移動 想像する力と今ここにない世界を描く力

多様な生きものと多様な環境が相互に関わり合い、たった一つの地球で生きているという事実。人の暮らしも社会の営みも、そしてそれを支える地球環境も、幾重にも編まれた関係性の網目でつながっています。

しかし、現代の暮らしからは、手にとる製品がどんなふうにつくられたのか、使い終わったらどこへ行くのかという「モノの来し方行く末」を辿ることが難しい。さらに、離れた場所で起きている自然破壊や貧困などの問題が自分と関係している、という感覚をもつことは容易ではありません。そうした状況の中では、「想像する力」が大切になってきます。

絵本が育む想像力は、これからの時代を生きる私たちにますます必要になってきます。絵本の余白とイメージがもつ曖昧さには、解釈の多様性と無限の想像性があります。絵本で培った豊かな感受性は、現代社会で感じにくくなっている関係性を見いだす力につながるはずです。

資本主義経済の限界が見え、幸せや豊かさの価値観が問い直される時代に、私たちはどこへ向かい、どんな社会をつくって行くのでしょうか? 大きな変化を伴う時代においては、現状から未来を「予測」するのではなく、つくり出したい世界を「描く」ことが大切です。そしてその世界に向かって、様々な状況が相互に関係していることを理解したうえで、行動していくこと。

想像力は、「今ここにはない世界を描く力」です。それは、この変化の時代に大人にこそ必要な力。絵本がもつ想像と経験の可能性は、子どもだけでなく大人にも開かれています。小さい頃に読んだあの本を、もう一度手にとってみませんか?

星野敬子 略歴
シューマッハーカレッジ・ホリスティックサイエンス修士課程修了。(有)イーズ/チェンジ・エージェントで環境・持続可能性に関するコミュニケーション業務を経、2010年独立。『つながりを取りもどす時代へ』企画編集。現在、絵本・教材、つながりのデザインについて研究活動中。


取材・執筆・写真:星野敬子
編集:上田壮一(Think the Earthプロジェクト)
協力:多木陽介、小塚泰彦

    次へ

    前へ

    Bookmark and Share