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地球リポート

from 宮城 vol. 56 2011.02.23 おいしいお米と生物多様性を両立させる「ふゆみずたんぼ」の底力

冬の澄んだ空気に映える美しい「ふゆみずたんぼ」。秋の収穫が近づくと田んぼの水を落とし、畑を休閑地とするのが一般的ですが、水を張るふゆみずたんぼには、冬の間も渡り鳥が訪れてえさを食べたり休んだり、微生物やイトミミズが活発に活動を続けるなど、生きものの営みが途切れることがありません。取り組みは1997年ごろから全国各地で少しずつ増えていますが、なかでも宮城県大崎市の蕪栗沼(かぶくりぬま)は2005年、世界で初めて「蕪栗沼・周辺水田」として、ふゆみずたんぼを含む付近の田んぼがラムサール条約に一緒に登録された特別な場所。優れた生態系システムとしての水田を研究し、世界にアピールするNPO法人田んぼ理事長の岩渕成紀さんに現地を案内していただきました。(タイトル写真撮影:岩渕成紀)


目次へ移動 ラムサール・トライアングル

岩渕さんが住む宮城県大崎市は都内から新幹線で1時間半ほど。仙台市から北東に50キロほどのところです。1月中旬、訪れた日の気温はほぼ0度。風がびゅうびゅうと横から吹き付け、雪が舞います。慣れない寒さに体がきゅっと緊張しました。東北の中央部を走る奥羽山脈と北上山系に東西を挟まれ、元来風が強い地域なのだそう。

宮城県には、ラムサール条約(※)に登録された3つの湿地があります。蕪栗沼と周辺水田、化女沼(けじょぬま)、そして、北部の伊豆沼・内沼です。この3つの位置が三角形を描くことから地元では「ラムサール・トライアングル」と呼んでいます。

056-002.jpg ラムサール・トライアングル

10キロ以内に条約湿地3カ所が固まっているところは世界的にも珍しく、「定期的に2万羽以上の水鳥を支える湿地」「水鳥の一種(亜種)の地域個体群の1%以上を定期的に支えている湿地」などの国際的選定基準を満たしたこの土地が、いかに鳥たちに愛された地域かわかります。

※ラムサール条約 正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」。1971年に条約が結ばれたイランの都市名からこう呼ばれる。日本は1980年に加入。現在159カ国にのぼる締約国の会議は3年ごとに開かれる。

056-003.jpg ラムサール条約湿地の化女沼。蛇の化身に愛された美しい娘の伝説が残されている

目次へ移動 水鳥に愛される土地

岩渕さんに案内していただきながら、道中でたくさんの水鳥に遭遇しました。普段カラスやハト、ムクドリばかり見ている私の目にはどの鳥も新鮮に映ります。

056-004.jpg NPO法人田んぼ 理事長の岩渕成紀さん

056-005.jpg 初めて見る「ふゆみずたんぼ」。楽しみにしていましたが、最初に訪れた田尻北小塩の田んぼは寒さのピークで見事に凍っていました...

056-006.jpg 岩渕さんが撮影した同じ田んぼ。こちらにはハクチョウがたくさん写っています

056-007.jpg 田尻に向かう道中で出合ったマガン。精一杯近づいても50メートルはありそう。一斉にこちらを見ています。「雁(がん)首をそろえる」はこの鳥にちなむことを納得。「非常に警戒心の強い性格が全国で数が減っている理由のひとつ」と岩渕さん

056-008.jpg 次はハクチョウ、コハクチョウの大群に遭遇。この地域は本当に水鳥が多い! コココココ...と鳴くのがコハクチョウ、トランペットのような声を出すのがオオハクチョウ。皆でぺちゃくちゃおしゃべりしています

056-009.jpg (左上)木の看板が素敵なNPO法人田んぼのオフィス (右上)夕日に映えて美しいふゆみずたんぼ。この田んぼはNPO法人田んぼが管理しています (左下)ふゆみずたんぼのお話を伺う (右下)真冬でも水の中にたくさん生きものがいます

日が傾きかけたころ、田尻大貫のNPO法人田んぼの事務所に着きました。事務所の東側に自前のふゆみずたんぼもありました。

岩渕さんはNPOのメンバーと無施肥(※)のふゆみずたんぼを実践する一方、数々の市民団体の幹事や顧問を務めています。仙台市内での教員生活が長かった岩渕さんは、今でも田んぼの生きもの調査始め、子どもたち相手の楽しい環境教育も行っています。



※無施肥栽培 化学肥料はもちろんのこと、有機肥料も農薬も使わず、微生物の豊かな土づくりに力を入れ、有機物の生成なども自然本来の力にまかせる栽培方法

例えば、「人間代(しろ)かき」と称して、田んぼの中を子どもたちに水着姿でバシャバシャ走り回らせたり、ヘビがカエルをのみ込むスリル満点の場面を見せたり、田んぼで獲れたマシジミのみそ汁をふるまったり、トウホクサンショウウオを触らせたり、イトミミズのふんでトロトロに仕上がった土の匂いや味を体験させたり―。どれも、子どもたちの五感を開かせる内容です。

056-026.jpg 「人間代かき」、楽しそう!(春のふゆみずたんぼで 岩渕成紀撮影)

目次へ移動 マガンの帰宅ラッシュ

さて、蕪栗沼といえば、よく知られているのがマガンです。シベリアで繁殖し、毎年9月中旬に飛来するマガンは、明治以降の狩猟や生息地の開発で数が激減、国の天然記念物に指定されています。現在、日本に渡ってくるガン類の約8割が宮城県北部に集中していると言われています。

昔から、夕刻の落雁(らくがん)は広重の「近江八景(堅田の落雁)」の題材になる
など、風情のある眺めとして人々に好まれていました。沼に帰ってくると空中で急速にスピードダウンして、ひらひらと「落ちる」のですが、この急降下のテクニックをひと目見たいと訪れる人も多いのです。私たちも、その様子をのぞかせてもらえることになりました。

056-011.jpg岩渕さんおススメのビューポイント。右に蕪栗沼の湿原(写真右)、左に伸萠(しんぽう)地区のふゆみずたんぼ密集地(同左)が望めます

056-010.jpg 沼と呼ばれていますが、湿原のような蕪栗沼

056-012.jpg 宮沢賢治かと思ったら、マガンからのメッセージボード(笑)

朝、一斉に沼を飛び立ったマガンは、日中、田んぼの落ちもみや草などを食べています。そして、薄暮に四方の空から続々と戻ってくるのです。

私たちは対岸の背の高いヨシの群落の間から、開水面をそっと観察したつもりでしたが、ヒトの気配を感じたマガンはすぐさま、数千羽の規模で飛び去ってしまいます。ゴォーーッという飛び立ちのうなりは、まるで観客総立ちのスタジアムのような地響き。

056-013.jpg 取材日はほぼ満月

056-014.jpg帰宅ラッシュ中。こんなにたくさんのマガンを見たのは初めて。きぃー、きぃーと家族を呼ぶ声が周囲に響き渡ります。これだけのマガンが一斉に鳴くと、まるでオーケストラの音合わせを聞いているよう。今日あったことを報告し合っているのかなぁ


左右に広がる傘型になったり、縦一線になったりしながら飛んでくるマガン。「隣りあう2羽が、家族の近くにいたいという気持ちが強いという関係性だけで、全体の形が決まり、ああいう飛び方になる」と岩渕さん



素晴らしく気持ちを豊かにしてくれた鳥たちに感謝しながら、蕪栗沼を後にしました。7万羽にもおよぶマガンたちが毎日こうして戻ってきてくれるというシンプルな幸せを、地元の人たちは日々味わっている。この気持ちこそが、この湿地と周辺の田んぼを一緒に守りたいと願う人たちの原動力だったのでは、ふとそう思いました。

目次へ移動 あらためて、ふゆみずたんぼって?

さて、生きものにとっても、お米にとってもいいことがたくさんあるふゆみずたんぼについて、もう少し詳しく見てみましょう。

056-016.jpg1年を通して生きものたちでにぎわうふゆみずたんぼ。社団法人農村環境整備センターの主任研究員・田中伸一さんによるイラスト(クリックで拡大)

上のイラストを見てください。冬になっても水鳥が水田を訪れて落ちもみなどを食べます。リン酸や窒素を含む鳥のふんが水の中で微生物の繁殖を促し、肥料分となります。また、イトミミズやユスリカなどのふんが作るトロトロ層がある程度の厚さで積もれば、春先の雑草を抑えてくれます。また、光合成を行う藻類は田んぼに酸素を供給し、メダカなど魚のえさになります。

農家の水管理は大変ですが、生きもののサイクルとうまく作業を合わせていくことができれば、農薬の使用を減らし、生産コストも下げることができます。大きなトラクターなどで土を耕さなくても、生きものたちが冬の間から十分に土を耕してくれる、というわけです。

ふゆみずたんぼの歴史は古く、約340年前の江戸中期の会津農書では「田冬水」と紹介され、現在でも新潟県の十日町から東頸城(ひがしくびき)の地域では、伝統的な「ふゆみずたんぼ」の風景が見ることができます。

山里田共に惣而田へハ冬水掛けてよし。
   何れの川も何れの江堀にも、川ごミ有もの也
『日本農書全集第19巻 会津農書 会津農書附録』農山漁村文化協会 1982年 P54・55より抜粋

「川ごミ(有機物)が発酵して良い」とあり、有機成分の多い水が菌類やイトミミズなどの発生を促し、活動を活発化させることを1684年当時から既に知っていたと推測できます。原著者の佐瀬与次右衛門は「当時のスーパーマン」と岩渕さん。有機物の比重を測る実験にも取り組んだり、生きもの図鑑の編さんも行うなど、そのマルチな才能と科学的視点の鋭さには岩渕さんも舌を巻くほどだとか。

目次へ移動 水田は21世紀の地球の三大生態系システムのひとつだ!

岩渕さんは1月中旬、中国雲南省の哀牢山腹にある世界最大規模の棚田を訪れています。少数民族のハニ族が暮らす山岳地帯には、何と1300年前から続いていると言われるふゆみずたんぼがあります。

056-027.jpg雲南省の伝統的なふゆみずたんぼの棚田。国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産にも登録されています (岩渕成紀撮影)

岩渕さんは、この雲南省を生涯の地と定めた元FAO職員の故・ジョセフ・マーグラフさんを師と仰いでいました。TianZi生物多様性研究開発センターを設立し、世界の棚田を研究していた人です。

マーグラフさんは、人類が守らなければならない世界で最も大切な生態系システムとして「熱帯雨林」「サンゴ礁」、そして「水田」を挙げました。

水に溶けた養分を蓄え、水を浄化し、有機成分を作り出す田んぼは、熱帯雨林やサンゴ礁と次元は違うけれども、非常に優れた吸収・浄化システムを備え、栄養分を保持し、生物多様性を豊かにする点で同じだというのです。岩渕さんはこの話を聞いたとき、「言いようのない衝撃を受けた」と振り返ります。

大きく見ても、細部を拡大していっても同じ形に見える図形や地形を幾何学で「フラクタル」と言いますが、そのように「熱帯雨林もサンゴ礁も水田もフラクタルという概念でつながっている」と、マーグラフさんが話したことが、岩渕さんの心の中に水田の他ならない価値を決定づけたのです。

目次へ移動 3つの指標 その1:田んぼの生きもの、ぜんぶでいくつ?

さて、話を聞いていると、ふゆみずたんぼに一体どのくらいの生きものがいるのか気になってきます。子どもなら「ぜんぶでいくつ?」と聞くところですが、この質問に大人は答えることができるのでしょうか?

実はこの途方もない大仕事に取り組んだ人たちがいます。「田んぼの生物多様性指標・企画委員会」(桐谷圭治委員長ほか)です。農薬偏重の農業からの脱却を目指したNPO法人農と自然の研究所(2010年に解散)が最後のプロジェクトとして取り組んだもので、鳥を担当した岩渕さんを含め、様々な生きものと向き合ってきた16人の委員に田んぼにかかわる100人近い研究者や農家、NPOなどが加わって幅広い議論を重ねました。

田んぼや畔、用水路、ため池、休耕田などに見られる生物をできるだけ広く取り上げ、2年がかりでまとめた「田んぼの生きもの全種リスト」には、5668種もの生きものが収録されています。2010年3月に改訂版が発売され、同10月、名古屋で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)でも大きな反響を呼びました。

056-017.jpg田んぼの生きもの全種リスト

植物・コケ類の2075種を筆頭に、昆虫1726種、原生生物・藍藻(らんそう)類597種、ウイルスや細菌、糸状菌205種など12の分類別に、それまで目に見えなかったもの、さりげなくいて気づかなかったものも含め、実に幅広い生きものが生息分布や生態情報の補足付きで紹介されています。

NPO法人田んぼでは、この5668種をアピールするポスターを作りました。

056-018.jpg名古屋COP10でも活躍したポスター。背景の模様をよくよく見ると、何と5668種の生きものたちの学名がびっしり。国際会議では、海外の学者がのぞき込んで「これは知っている、本国にもある」などと反応するそう

056-019.jpgTamboの文字上あたりのアップ

目次へ移動 3つの指標 その2:米だけじゃない、田んぼの底力

農はそもそもヒトが食糧生産のために自然を利用して作り出したものですから、田んぼという環境にかかわり、依存する生きものたちをきちんと知り、共に生きる責任が私たちにはあるはず。しかし、現在の経済システムの中では効率的な経営や収量ばかりが評価のポイントになってしまい、稲作の営みが本来持っていた生物多様性の維持など、多面的機能を評価する視点はきちんと構築されてきませんでした。

農文協発行の季刊誌「季刊地域」で当時農林水産大臣政務官だった舟山康江さんが、こんな発言をしていました。

―米は需給バランスで価格が決まる。しかし農家はその生産活動にともなって田んぼに水を張って洪水を防止し、緑を育む。集落をつくって伝統文化を守る。景色をつくる。そういう生産に付随する役割に対してはまったく価格がつかない(2010年8月号より抜粋)。

例えば、除草剤を使わずに畔の草を丁寧に手で刈りとる、この手間をかけることで田んぼの生物多様性は大きく変わってきます。無農薬・減農薬や有機栽培といった生産過程の認証制度はあっても、それによってどういう生きものが守られたのかまではわかりませんし、日々の地道な作業を評価する仕組みは、まだほとんどありません。

そこで世界に例を見ない、生きた評価の仕組みを作りたい、ということが岩渕さんたちの活動の重要な目標になったのです。

056-024.jpg丁寧に手入れされた畔に咲いた野の花(春の低茎植物、オオジシバリやサギゴケ類)岩渕成紀撮影

まずは、野の花や草木、田んぼの生きものをせっせとお世話している農家の日常そのものを仕事の成果として評価できないだろうか。岩渕さんたちは考えました。NPO法人田んぼでは、田んぼや周辺水路、畔の管理はもちろん、近隣の湿地やため池、雑木林の手入れ、地元の子どもたちや地域との交流や食文化の継承まで、実に幅広い農仕事を「田んぼの底力」として160項目リストアップしたのです。

目次へ移動 3つの指標 その3:足元に豊かな菌がいるじゃないか

さらに、これまで目に見えなかったお百姓さんの努力(土力)を数値化する試みも行っています。良い作物を育てる「良い土」の定義は漠然としていましたが、最近になって開発された画期的な新技術がこの数値化を可能にしました。農研機構中央農業総合研究センターの農学博士・横山和成さんらのチームが開発した新指標「土壌微生物多様性・活性値」を測ることで「土力」を化学的に証明できるようになったのです。

測定はグリコーゲンなど95種の有機物が入った試験用プレートに、サンプル土壌を入れて行うだけの簡単なもの。もし、それぞれの有機物を食べる微生物がいれば、それが分解される時に呼吸が行われて二酸化炭素が発生します。その二酸化炭素に反応してプレートが赤紫色に変化する仕組みを使うのです。スプーン一杯(約1グラム)の田んぼの土には、およそ1兆個の菌がいると言われますが、色の変化具合や分解速度を調べることで、土壌微生物の生物多様性と活性値を48時間で測定できるのです。測定結果が目標値以上だった農家には「Soilマーク」が印刷されたシールが配布され、生物多様性豊かな土壌で作った農産物だということをアピールできます。

056-020.jpg土の組成と宇宙の組成は似ている? 宇宙が生まれる様子をモチーフにしたSoilマーク付きのふゆみずたんぼ米

056-021.jpg左のプレートで微生物がえさを食べて赤紫に変わったことがわかる

「効率を追求してスーパーマンのような菌を探し求める研究者が多いけれど、実際には様々な菌がいることによって総合力が安定し、生産も安定する」と岩渕さん。化学肥料や農薬を多用している土壌はやせてしまい、微生物が少なくなります。一方、良い土とは、たくさんの微生物が活発に活動できる土。Soilマークの技術も不足している成分を測定して補うという考えより、土壌の微生物の総合的な働きを見る方が大切だという発想の大転換から生まれたテスト方法でした。

056-022.jpgミミズと菌類が1年に作る土の塊。事務所に「イトミミズ神社のご神体」(笑)として祀ってありました

目次へ移動 前向き発想の新しい評価制度を!

農仕事をリストアップした田んぼの底力に土の新指標、そして、田んぼの生きものリスト。互いに関連深いこれら3つを組み合わせた新しい活動評価システムを構築しようと、NPO法人田んぼでは準備を進めています。目安は田んぼの底力50項目、田んぼの生きもの70種、土壌活性数値70。

田んぼの底力はリストにあるものでなくても、それぞれの農家の知恵をいかした活動であれば、カウント可だそう。「あれもこれもいいね、の前向き発想でやりたい。これは農薬の取り締まりでも格付け評価でもなく、活動評価。目標を立てて、そこに向かう姿勢が大事。続けながら生きたシステムとして多くの人が補い合っていけばいい」と岩渕さん。

056-023.jpg「(規制や減点を行う)従来の格付け評価とは発想そのものが違うことを強調するためにも、あえて認証の言葉は使わなかった。もっと柔らかな表現、『田んぼの生きもの宣言と約束』として広めていきたい」

農家だけでなく、消費者や企業も巻き込んでいきたいというのがさらなる目標。NPO法人田んぼでは、身近なことに目を向けてもらおうと、「田んぼの生きもの育む7つの宣言」という新しい環境運動の構想を温めています。農家や一般家庭、企業などそれぞれの立場から自由に7つの宣言をしてもらい、身近な生きものに思いを馳せることができる人をどんどん増やしていこうというものです。

056-025.jpg「宣言は、内容にこだわらずに自由な発想で行ってほしい。壁や扉に貼って、今日はどんなふうに生きものを守れたとか、毎日考えてもらえたらうれしい」

目次へ移動 「ふゆみずたんぼ」でつながる世界

蕪栗沼の周辺水田は広く世界にも影響を与えています。ラムサール条約登録を機に2008年11月、韓国の昌原(チャンウォン)市で開かれたラムサール条約第10回締約国会議(COP10)では、日本と韓国が一緒に提案した「水田決議」が採択されるという大きな成果につながりました。さらに2010年10月に名古屋で開催された生物多様性国際会議COP10でも、様々な生きものを育む場として水田の役割は高く評価され、日本のNGOの働きかけで農業の生物多様性条約決議の中で水田決議が再び採択されたのです。

興味深い話もあります。日本でふゆみずたんぼが再び始まったのは1997年ごろですが、スペインのエブロデルタや米カリフォルニアのサクラメントバレーでも、大体同じ時期に水鳥と農業の共生手段として同じ試みが始まったというのです。「偶然ではなく、時代が今という時期を待っていた」と岩渕さんは意を強くしています。

5668種のリストは「田んぼにおける現代版のシンドラーのリスト(※)」、岩渕さんはそう言います。「1種たりとも失ってはならない」と。農業は生命活動。季節が巡り、翌年また新しい命が宿ることを知っているからこそ、私たちは農業を続けることができますが、もし新しい命が宿らないとしたら......。「みんな生物多様性を経済活動の付加価値のように言うけれど、実は生物多様性は付加価値でなく、農業の価値そのもの。農産物は命、生きものであることを忘れてはなりません」と岩渕さんは強調します。そのことに少しでも多くの人が気づけるかどうかがポイントだと、私も今回の取材で強く感じました。

※シンドラーのリスト:第二次世界大戦下のポーランドで、アウシュヴィッツなどの強制収容所からひとりでも多くのユダヤ人を救おうとして、ドイツ人実業家オスカー・シンドラー氏が作った命の救済リスト

1880年代に10アール当たり約200キロだった米の収量は、1960年代には400キロとほぼ倍増。60年代に起こったことと言えば、農業の「工業化」の加速でした。同年代中、化学肥料や機械、インフラ整備などにかける投入エネルギーがついに米の産出エネルギーを上回り、農業は今や大量の石油消費がないと成り立たない産業となったのです。果たして60年代以降の道のりを「農の進化」と呼べるのか、岩渕さんは問いかけます。

ふゆみずたんぼも「急速に広がるのはむしろ危険。田んぼも多様性が大事」と、急いで環境を変えたがる人たちを戒めます。環境保全をうたう農業も、アイガモやカブトエビといった特定の生きものに着目するのではなく、「いろんな生きものがいて、雑草も多少あった方がうまい米になる」と、バランスの大切さを繰り返し説明してくれました。地球上で最も長く続いてきた農業である水田について深く考察し、行動している姿に接し、私も一消費者として身近な田んぼへの「まなざし」を大きく揺さぶられた旅でした。

056-015.jpg


関連URL
NPO法人田んぼ
http://www.justmystage.com/home/npotambo/345.html



岩井光子 略歴

地元の美術館・新聞社を経てフリーに。2002年、行政文化事業の記録本への参加を機に、地域に受け継がれる思いや暮らしに興味を持つ。農家の定点観測をテーマにした冊子「里見通信」を2004年に発刊。地球ニュース編集スタッフ。高崎在住。



取材・執筆:岩井光子
写真・編集:上田壮一(Think the Earthプロジェクト)

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