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国民総幸福の国|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from ブータン vol. 30 2006.09.28 国民総幸福の国

国の豊かさを示す指標として、GDP(Gross Domestic Product)=国内総生産や、GNP(Gross National Product)=国民総生産が広く使われていることは、よくご存知の通り。しかし、GNPは経済や物質的な繁栄を示す指標で、かならずしも豊かさを的確に示すものではありません。このGNPに対してブータン王国の現国王、シグメ・センゲ・ワンチュック国王がGNH(Gross National Happiness)=国民総幸福という概念を提唱しました。1980年代のことです。ブータンの開発が目指すのは、GNPの成長よりも、国民の幸福や満足度の向上である、という開発哲学を提示したのです。いま、国際的にもGNHに対する評価が高まってきています。今回のリポートでは、実際にブータンを訪れて、GNHを提唱した国から学んできたことをお伝えします。

目次へ移動 ブータン王国の地理と歴史

ブータン王国は、ヒマラヤ山脈の東南に位置する小国で、広さは日本の九州ぐらいの大きさ。人口は約70万人。国土の70%以上が森林で、最大標高7500メートルのヒマラヤの山々に抱かれた険しい高山の国です。

王国としての歴史はインド人の高僧パドマサンババが、この地にチベット仏教を広めた8世紀に遡ります。その後、数百年にわたり、地方豪族や仏教指導者による、分散した領地の集まりでしたが、17世紀になって、仏教指導者ガワン・ナムゲルがひとつの権力のもとに国を統一しました。18世紀後半から19世紀にかけて政治的に不安定な状態が続いた後、1907年、現国王につながる世襲君主制の初代国王、ウゲン・ワンチュック国王が即位したことで政情は安定し、現在のブータン王国の基礎が築かれました。

ワンチュック王朝成立後は鎖国のような政策を掲げ、主に国内の安定に努め、国際社会との交流は活発ではありませんでした。第三代国王になってから、国連に加盟(1971年)するなど、少しずつ国際社会に開いた国に変わってきました。第四代のジグメ・センゲ・ワンチュック国王は18歳で即位 (1974年)して以来、美男子だということもあって(?)、国民から絶大な人気を誇っています。1998年に現国王が自ら内閣を解散し、ほぼ全ての行政権を大臣会議に委譲。地方分権を促し、国の意志決定への国民の参加を呼びかけるなど、君主制でありながらバランス良く民主化を進めるユニークな国としても注目されています。

ブータン第二の首都、プナカ遠景。7000メートル以上の標高差を持つブータンの風景の特徴は、峻険な山と谷を流れる川。そして、州に作られた集落。集落と集落を行き来するのもなかなか大変です。

ゾンは、ブータンの特徴的な建築物。軍事要塞と寺院と役所が一体となった施設で、各県にひとつずつ作られています。この写真はブータンで最も権威のあるプナカ・ゾン。

1955年まではプナカが首都でした。国王の戴冠式はプナカ・ゾンで行われるなど、ブータンのゾンの中でも最も重要な地位を占めています。

ゾンに向かう吊り橋。村人と僧が行き交います。ゾンの中では多くの若い僧たちが生活しながら学んでいます。

プナカはあまり大きな街ではありませんが、今も素朴な雰囲気が残っています。

プナカ近郊で見かけた棚田。ブータンは山が険しいために、平地に農地を確保することは難しく、斜面に美しい棚田が切りひらかれています。気候は安定していて、場所によっては二期作が行われているところもあるとか。

目次へ移動 GNHー国民総幸福とは

ブータン研究センター(CBS)の研究員、セリン・プンソ氏

今回、GNH研究の中心を担うブータン研究センターの研究員、セリン・プンソ氏にお話を伺うことができました。GNHという概念は、現国王が80年代後半に発言されたとされる「国民総生産(GNP)よりも国民総幸福(GNH)の方が大事だ」という言葉に端を発しています。GNPは経済的な発展を後押しするものですが、精神的な進歩を支えるものではありません。敬虔な仏教国であるブータンの人たちにとっては、物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも同時に進歩していく概念が必要だったのです。

「GNP は市場に導入されるモノやサービスだけを見ている指標です。環境保全や資源の持続可能性は無視されており、物質文明が持つ負の部分、例えば交通事故が起きた場合の事故処理費や医療費、公害問題への対策費用などは全てプラスに換算されています。消費を増やし、たくさんのエネルギーを使い、温室効果ガスを排出しても、それは成長と捉えられてしまうのです。」と、プンソ氏は言います。

GNHは、GNPを補完する概念として、「成長するのはいいけれど、その成長は人々にとって良い成長なのか、それとも悪い成長なのか?」という視点を与えるものです。こうした考えは、欧米型の近代化の限界が明らかになりつつある国際社会において評価されるようになってきました。
そして「GNPと同じように、数値化して客観的な指標にすることはできないか」という声が高まりました。とはいえ、そもそも幸福という概念は主観的なもので、国によって、宗教によって、地域によって異なるはずです。数字で簡単に測れるものではありません。ましてや仏教国における「幸福」は、精神の内側の奥深くに根ざした概念です。ブータンの人たちにとって、それを指標化(数値化)することには、少なからず抵抗があったようです。
しかし時を経るごとに、GNHを指標化して、国際社会で通用するものにしようと考える人も多くなり、1999年にブータン研究センターが設立され、具体的な研究がスタートしました。

ブータン研究センターのホームページ
Center for Bhutan Study

目次へ移動 指標化に向けて

プンソ氏によれば、現在、幸福という概念を9つの要素に分けて検討しており、2008年までには、なんらかの指標を完成させたいとのこと。この段階では国際的に通用するものではなく、あくまでもブータン国内で通用する指標をまず完成させる計画だそうです。興味深いと感じたのは、研究成果を国際社会にオープンにして、広くGNHについて考えてもらうきっかけにしたいと考えていることでした。GNHはブータン国王が発想したものですが、客観化や普遍化のプロセスは国際社会の知恵に頼ろうというのは、とても健全な考え方かもしれません。

ちなみに、9つの要素とは、

living standard(基本的な生活)
cultural diversity(文化の多様性)
emotional well being(感情の豊かさ)
health(健康)
education(教育)
time use(時間の使い方)
eco-system(自然環境)
community vitality(コミュニティの活力)
good governance(良い統治)

だと教えてくれました(順不同)。

実は、2005年にブータンで初めての国勢調査が行われました。その中に、「あなたは幸せですか?」という質問があり、国民の97%が「幸せ」と答えています。はたして、日本人に同じ質問をしてみた場合、どのぐらいの人が「幸せ」と答えるのかと、ふと考えこんでしまいました。

目次へ移動 ブータンの奥へ〜ナブジ村への旅

今回のブータン取材は、滋賀県近江八幡市に計画されている「小舟木エコ村」プロジェクトチームによる視察を兼ねて実現しました。
小舟木エコ村の事業主体である(株)地球の芽の若いスタッフたちは、国を挙げての歓迎を受け、女王陛下が主宰するタラヤナ財団というNGOの活動の一環でブータン内陸部の貧村を訪れる国際交流プログラムに参加する機会に恵まれました。以下は、その村を訪問してホームステイを体験した、地球の芽の斎藤千恵さんによるリポートです。

目次へ移動 国と国民のいい関係

ブータンの首都ティンプー(標高2360m)から東へ車で一日走ると、ブータン王国のほぼ中央に位置するトンサという町に到着します。そこから南へ車で数時間移動し、さらに車道を外れ、急斜面の谷を越えて山道を下ること9時間。標高1000m程度まで下り、山道の緑がすっかりバナナや照葉樹に変わった頃、遠くの山肌にナブジ村が見えてきます。

ナブジ村の方向を一望。この写真ではちょっとわかりにくいのですが、こんな高い山と深い谷に囲まれた風景の中に、斜面にへばりつくように村があります。(撮影:住原有紀)

ナブジ村の入り口。かつてのシンボルツリーの幹の大きさが村の歴史を感じさせます。(撮影:住原有紀)

今回の国際交流プログラムのメンバーは、小舟木エコ村スタッフ7名と、ブータン政府の情報省(Department of Information Technology)で働くニマ・ツェリングさん、ナブジ村を含む地域を管轄する地方政府の役人とツアーガイドが5名、そしてこのプログラムの仕掛け人でもあり元世界銀行南アジア地域担当副総裁、西水美恵子さん。

「子供たちは学校に通えている?」
「焼畑撲滅の農業指導は行われているか?」
「国王の政治方針は正確に伝わっているか...。」

ブータンという国の国づくりに関わってきた人たちと同じ道のりを歩むと、道すがらの車中や村人たちとのちょっとした会話の中にも、国をつくってきた人たちの国民を思いやる気持ちがにじむのがわかります。
地方政府に勤める役人は、一ヶ月のうち半分以上、管轄する村々を回って情報の収集や農業指導にあたっているといいます。(そのせいか、確かに皆さん、脚が引き締まっていてきれい!!)通信技術が普及していない分、実際に現地に赴き、顔を合わせて話をする機会が多いそうで、村の事情について大変精通しています。

村の水道は、みんなのシャワー。せっかくの入浴を邪魔されて、実はちょっと不機嫌!? ごめんなさい!!(撮影:斎藤千恵)

「国中の全ての村に水道と学校を、というのがこの国の政府の方針」と、途中滞在した村で西水さんが笑顔で教えてくれました。確かに、どこの村に行っても見かける、四角い水場と勢いよく水を吐き出す金色のかわいい蛇口。農村に滞在すると、この水が、山がちなこの国土で暮らす人々の生活をどれだけ助けているかは想像に難くありません。この国の政府が考える「国民の幸福」は、こういうことなのかもしれない、と水道に集まる人たちを見ていて感じました。

その政府の方針がやはり伝わるのか、私達が滞在した村でも国王は大変な人気で、「今の国王のおかげで、この国は本当によくなった」という声があちこちで聞かれました。
国王や政府の国民を想う気持ちが、信頼感や希望感を生む。もちろんそれで人々の日々の苦労や憂いが消える訳ではないですが、それでも「自分がブータン国民であることの幸福感」は疑うことなく持っていられるのかもしれません。

客を迎える時は、村の女性が総出で、歌や踊りを披露してくれます。(撮影:宮川陽名)

小中学校の教育は無料。できるだけ多くの子供たちが学校に通えるよう、国際協力物資などを利用して、昼食を支給したりもしているそうです。(撮影:宮川陽名)

目次へ移動 電気と道路がやってくる

そんなナブジ村に暮らす多くの人たちが今期待しているもの、それは電気と道路。ブータン政府は、電気と道路の全国への普及を進めており、次の5年計画の中には、ナブジ村も架線対象地域に含まれているそうです。
「もしも電気が通ったら炊飯器を買いたい。そしたらその分の時間で、他の仕事ができるから。」とホストファミリーのアマ(アマとは「お母さん」の意)も、まだ半信半疑ながらも期待を寄せます。また「村に車道が通れば、商品作物を栽培して市場で売ったり、観光客が増えたりして現金収入も増えるだろう」と村の人たちも意気込みます。

私がステイしたホストファミリーには6人の子供がいるそうですが、上の3人は高校進学や就職を機に村を離れており、現在は13歳になる娘さんが小さい妹弟の面倒をよく見ていました。両親は、子供に高等教育をうけさせるために借金をしているそうで、この借金をきちんと返していけるかどうかが心配の種だ、といいます。

電気や道路は、このナブジ村の生活も確実に変えるでしょう。つい「このままであってほしい」というソト者の勝手な想いが心をよぎります。しかし、ブータン政府は長年議論を重ねた上で、最終的に電線と道路の建設を選択したそうです。

「これまでも僻地に住む人々が貨幣経済の中に取り込まれることによって、彼らのモチベーションや生産効率が格段に上がるのを何度も見てきました。国民一人ひとりが、やりがいを持って生きられることが、国の豊かさ、そして国民の幸福につながると私達は考えます」と、この旅を全面的にバックアップしてくださったタラヤナ財団のスタッフは話します。

今回の国際協力プログラムを発案した西水さん(左)と情報省のニマさん(中)。ティンプーで行われたタラヤナ財団主宰のフェアにて。(撮影:斎藤千恵)

プログラム終了後、首都ティンプーへ戻って、タラヤナ財団への活動報告。タラヤナ財団のスタッフの多くは、中央政府や大学で働きながら、財団の活動にボランティアで参加している。 ニマさんもそのボランティア・スタッフのひとり。(撮影:高田友美)

目次へ移動 国づくりは国民の声に耳を傾けること

いま、首都のティンプーはどんどん都市化しています。観光でティンプーを訪れ、街を往来する車の数と、建設ラッシュ、張り巡らされた電線に興ざめだという感想を漏らす人も多いと聞きます。ここ数年で、インターネットも導入されました。インターネットが運ぶ情報の波、それがブータンの文化に与える影響に関してもやはり大議論があるといいますが、最終的には「国民を信頼する」という国王の決断で導入が決まったとニマさんが話してくれました。ニマさんは今、ブータンらしさと発展というせめぎあいの間に立ち、先進国を飛び回って最先端の通信技術を学び、ブータンの、ブータンらしい情報システム構築にむけ尽力しています。

ティンプーは建設ラッシュ。町を歩くと、いたるところで工事中の建物を見かけます。(撮影:白石純一)

国づくりという旅には正解はありません。しかし、国王が発したGDPよりGNHという高い目標に感化され、この激しい変化の瞬間にも「国民の幸福とは何か?」「彼らが本当に求めているものは何か?」と問いつづけ、国民の声に耳を傾けようとする人たちが国づくりをする現場にいること、そしてその人たちを信頼する国民がいること。
それが国民の幸福量をどう高めていくか、という課題に対するブータンの回答ではないかという気がしました。

2005年12月、ジグメ・シンゲ・ワンチュク王は2008年に国王の座を辞して皇太子に譲ると共に、憲法を制定し、ブータンを議会制民主主義国家へと移行させることを表明しました。

"我が国ブータンが発展し、平和と幸福の太陽が私たちを照らし我が国が多いなる繁栄を遂げ、国家の目標と私たち国民の望みを実現させブータンの人々がより大きい満足と幸福を感じられる事が私の望みと祈りです"(ブータン国内の新聞、クエンセル紙より抜粋)

現国王の意志を受け継ぎ、高い理想を求めて自らの道を模索していこうとするブータンの人たちを、心から応援せずにはいられません。

以上、地球の芽の斎藤千恵さんによるリポートでした。

目次へ移動 おわりに〜小さな心配と大きな期待

ブータンには大きな変化の波がやってきています。かつては年間数千人の観光客しか受け入れていませんでしたが、2006年は4万人を受け入れる予定で、各地にリゾートホテルが建設されています。首都ティンプー周辺では流入する人口を支えるための宅地開発が進み、犯罪や暴力事件が増えるなど、都市に特有の問題も出はじめているそうです。
GNHの概念に基づき、自然環境や伝統文化を大事にしながら、同時に近代化を進めるというのがブータンの基本政策ですが、経済的豊かさを求める欲望のスピードに負けないためには、優れたバランス感覚と強い意志がますます必要になってくるでしょう。

田舎に行けば伝統的な衣装を身につけた人たちばかりですが、ティンプーでは西洋風ファッションに身を包む若者が多く見られます。

発展してきたとはいえ、信号機はまだ無く、街で唯一の交差点では警察官が交通整理をしています。

「不幸せ」の源は不公平感ではないでしょうか。お金や市場、競争という概念が持ち込まれ、経済的、物質的に恵まれた人たちが現れることで、勝ち負けや貧富の差が生まれ、何も変わっていないのに「不幸せ」と感じる人が増えてくる・・・ティンプーの街を歩いていると、その気配を強く感じてしまい、複雑な気分になったことも事実です。

今後、ますますGNHは注目されるのではないかと思います。近い将来、国民総幸福(GNH)が指標化され、新たな豊かさのモノサシとなった時に、この考え方はブータン人の誇りとなっていくでしょう。そして多くの国が、この指標に基づき、経済優先の開発から、自然や環境と調和し、国民の幸福に心を配りながら開発していくという姿勢にシフトする可能性もあります。

ブータンの未来を少し心配しつつ、GNHが国際社会に与えるプラスの影響に大いに期待したいところです。



取材・写真 Think the Earthプロジェクト 上田壮一
ナブジ村取材 (株)地球の芽 斉藤千恵

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