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新しい時代の新しいキーワード、「半農半X」@綾部|地球リポート|Think the Earth

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from 綾部 vol. 40 2008.06.06 新しい時代の新しいキーワード、「半農半X」@綾部

21世紀の生き方、暮らし方のキーワードとして、「半農半 X」(はんのう・はんえっくす)という言葉が注目されています。半農の「農」は、「小さな農のある暮らし」。半Xの「X」は、個人の社会的使命であり、天職を指します。半分農業、半分仕事、なのではなく、双方は共にあり、触発し合う間柄。「健康で持続可能な小さな農のある暮らしをし、与えられた才能や大好きなことを世に活かす生き方」が、「半農半X」です。興味深いのは、それが単なる田舎暮らしのススメではなく、都会でも可能な暮らし方のスタイルであることです。この言葉の生みの親であり、半農半X研究所の代表、塩見直紀さんを京都・綾部に訪ねました。

上部へ移動 「半農半X」というコンセプトの発見

京都から山陰本線・特急で北に行くこと約1時間。丹波高地を源に若狭湾へと注ぐ清流、由良川が流れ、豊かな里山と田園の風景が広がる綾部。「半農半X」というコンセプトは、塩見直紀さんの生まれ故郷であるここ綾部から発信されています。
塩見さんは、高校までを綾部で過ごし、大学卒業後、1989年に通販会社のフェリシモに入社。10年間のサラリーマン生活を経て、1999年に綾部へとUターン、翌2000年に半農半X研究所を創設します。
「半農半X」というコンセプトを"発見"したのは、サラリーマン生活の半ば、1995年頃のこと。屋久島在住の作家・翻訳家、星川淳氏の著書の中で、氏の生き方である「半農半著」という言葉に出会い、触発されたことが始まりでした。もともと塩見さんの中にあった環境問題への意識と、いかに生きるかという問い。「半農半著」はこのふたつを結びつけ、「21世紀の生き方、暮らし方のひとつのモデルになると直感した」のだと塩見さんは言います。
そして、塩見さん自身が「自分にとって "著"にあたるものは何か」と考え続ける中で、誰もが持っている可能性や長所を「X」で表現する「半農半X」というコンセプトが生まれました。

上部へ移動 農をはじめる-アイディアの出る身体づくりと哲学の時間

塩見直紀さん。田植え前の塩見家の田んぼにて。

塩見さん自身が自給農をはじめたのは、「半農半X」というコンセプトの発見と同時期のこと。綾部から京都市へ通勤しながら、田んぼ8畝(約800平方メートル)でのスタートでした。現在は3反(約3000平方メートル)の田んぼを所有し、都心からの週末農業希望者などにもその場を提供しています。

「半農半X」のベースになっている「農」は、大規模な農業ではなく、家族の自給程度の「小さな農」のある暮らし。地球規模で広がる食料問題や日本の食料自給率の低さから自給自足への意識や関心が高まる中、命に直結する農に関わることは、これからますます重要なアクションになっていくでしょう。そのことと同時に、この「小さな農」のある暮らしは、感性や感受性、アイディアを培うためのベースになることに、塩見さんは大きな意義を感じています。

田んぼを見て歩く「田見舞」中の塩見さん。写真提供/半農半X研究所

「僕は感性や感受性、センス・オブ・ワンダー(自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性)を大事にしていきたいと思っています。"農"があることで、そういった感性と、生きていく力としてのアイディアが生まれる。僕は"アイディアが出る身体"というのがあると思っていて、身体がこわばっていたり、固まっていたりすると、アイディアも出ようがない。もっとやわらかく、頭も身体も、もっとしなやかに生きられるんだということに気づく場や時間が大切だと考えています」

塩見さんの「農」は感じ、考える農でもあり、田んぼは生産の場であると同時に哲学の場。それが「X」へとつながっていきます。

毎年5月下旬に家族で行われる塩見家の田植え。故郷綾部にUターンして10年、米作りをはじめて今年で13年目になる。写真提供/半農半X研究所

3反の田んぼを12区画に分け、「半農半X」的生活を望む都心(京阪神)の希望者に農地提供をしている。1区画170平方メートル程度で、年1万円。月2回程度通い、お米を育てる家族の姿はなんとも楽しそう。 170平方メートルでお米50キロ程度を収穫できる。写真は、大阪から参加しているコンサルタント・佐藤元相さん一行。写真提供/半農半X研究所

上部へ移動 Xを見つける-社会を変えていく力を発掘、発信

綾部のような場所でなくても、市街地から少し足をのばせば、耕作放棄地、遊休地が多く見られる今、農地探しはさほど難しいことではないのかもしれません。小さな農の試みは、マンションのベランダからでも始められます。都市での実践については後にご紹介しますが、「半農半X」という生き方を探る一番のポイントは、X=天職が何かを見つけること。「Xを見つけることの方が難しく、あらゆることはXさえ見つかれば解決するといってもいいくらいです」と塩見さん。X発掘のきっかけになる場づくりに力を注いでいます。

そのひとつが、月に1度開校している1泊2日の小さな学校「半農半Xデザインスクール(XDS)」。綾部の静かな空間で、Xについて、これからの生き方について考える時間を過ごす、というものです。宿泊先は綾部在住の芝原キヌ枝さんが運営している農家民泊「素のまんま」。2008年6月から「半農半Xカレッジ東京」もスタートしました。

また、天職発見法研究所では天職を発見する30近くのヒントをワークショップ形式で紹介。「肩書きを自分で考えるということも、"X"を発見していくことのひとつ」と考える塩見さんは、21世紀の肩書き研究所も開設し、ユニークな肩書きの数々を紹介しています。それもこれもすべて、X発掘のため。「与えられた才能や大好きなことを世に活かす生き方」が、これからの社会を変えていく一番の力になると考えているからです。

Xは誰もがもっている可能性であり、本来多様であるべき社会との向き合い方。さて、あなたのXは何ですか? あなたの肩書きは何ですか?

上部へ移動 「半農半X」は都市でも可能

「半農半X」はとてもオープンなコンセプト。「小さな農のある暮らし」に"こうでなければならない"という決まりなどなく、「X」はまさに、千差万別。そのコンセプトに惹かれたたくさんの人たちが既に日本各地でそれぞれの試みをスタートしています。

塩見さんの著書『半農半Xの種を播く-やりたい仕事も、農ある暮らしも』では、東京在住の「半農半豆腐屋」、栃木県鹿沼市の「半農半麻紙アーティスト」など、30名近い実践者たちの声が紹介されています。『半農半Xという生き方 実践編』でも、15名の実例をX探しのヒント共に紹介。アイディアに満ちたその生活に勇気を得た人が、自分なりの「半農半X」を始めるという循環が生まれています。

塩見さんの著書。左から『綾部発 半農半Xな人生の歩き方88』(遊タイム出版)、『半農半Xの種を播く-やりたい仕事も、農ある暮らしも』(コモンズ)、『半農半Xという生き方 実践編』(ソニーマガジンズ)。

考えてみると、都会で生活している私たちの多くは「農」も「X」も持っていない人が多いと思います。サラリーマン生活をしていても、「これが本当に自分の仕事だろうか」と悩んでいたり、毎日の暮らしの中で自然と接したくても時間がないと嘆いていたり。いきなり農業に転職するには無理があるし、かといって、定年まで仕事人間を続け、第2の人生で「農」を、というのも気が長い話です。そんな中、地球環境問題や食料問題への意識ばかりが高まっていく......

塩見さんは都市での「半農半X」的生活は可能だといいます。ベランダで小さな農をはじめ、自然と対話する時間を持つことでXが見えてくる。そんな気楽なスタートを推奨しています。
「とりあえず、1%でも土に触れること。鉢植でもいいから、野菜でも豆でも、とにかく何か種を蒔いてみることです」と塩見さん。それだったら、できるかも、と思わせてくれる。そこに「半農半X」というコンセプトの柔らかな強さがあるのかもしれません。

生活圏内の区民農園や市民農園を利用するという手もあるでしょう。都市農村交流を支援するNPOや農業体験を提供する農家の試みも増えています。一度始めてしまえば、方法はいくらでもあるはず。

「個人も社会もまだまだ能力を活かしきっていない部分がたくさんある。それを僕は"4つのもったいない"だと考えています。ワンガリ・マータイさんが言っている"もったいない"に加え、●与えられた才能の「未発揮」、●地域資源の「未活用」、●多様な人材の「未交流、未コラボ」。これらをもっと活性化させることで、都市でも過疎地でも、新しい問題解決の方法や文化が生まれてくると思っています」

上部へ移動 塩見流「半農半X」時間術

ところで、多くの人が「半農半X」というライフスタイルで最も気になるのが、時間の使い方、作り方ではないでしょうか。農とXが共にあり、触発し合う関係のポイントは、いかにして自分の時間を持つか、ということある気がします。塩見さんの理想の1日を聞いてみました。

「1日24時間中、寝る時間7時間。残り17時間のうち、5時間をXにあてる。一気に5時間集中をして、あとの12時間で畑をしたり、木工などの手作業をしたり、瞑想と散歩。食事もひじきや玄米を炊いたりして和食をいただき、ゆっくり家族で過ごす」

そのためには、職場と住まいが近い職住一体であること、できれば三世代住居であることが理想だと言います。ご自身の、とある1日の時間割を聞いてみると、なんと、夜明け前、午前3時に起床!

 
午前3時 :起床
 ↓   3時間ほどインスピレーションタイム。
 ↓   (思索、読書、原稿、ブログ更新など)
午前6時 :家族の起床/塩見さんは朝ご飯担当
 ↓   家族で食事
午前8時 :2時間ほど外でのインスピレーションタイム。
 ↓   (草刈りなど田んぼで農作業)
午前10時:2時間ほどXの時間。
 ↓   (自身で発行しているポストカード作成や
 ↓         エッセイやボランティアなど)
正午  :昼食
午後1時 :2時間ほどXの時間。
 ↓   (メールマガジン編集など)
午後3時 :家族が帰宅。ここからは家族の時間。
午後6時 :夕食
午後8〜9時 :就寝

午前3時からのインスピレーションタイムは、コンセプトやキーワードなど言葉を発信するという塩見さんのXの時間でもあり、どうやらこの時間に秘密がありそうです。

インスピレーションタイムに浮かんだアイディアを書き留めたノート。塩見さんは田んぼにも行くときにもペンとノートを持ち歩いているという。「田んぼはアイディアの産地です。とにかく思いや気づきを文字化すること(書くこと)が大事。そして、生まれたアイディアを独り占めせず、シェアしていくことが何よりも大切です」

上部へ移動 新しい時代の新しい言葉探し

塩見さんは読書家で、哲学者や詩人などが遺した言葉の数々を大切にしています。取材でお話しを伺う中でも、私たちが忘れていた素敵な言葉や先人たちの思想を伝えるフレーズが次から次へと出てきます。そんな「言葉の森」を通して塩見さんから出てくる言葉は、簡潔で、心にずっしりと残ります。

「キーワード主義、キーワード派といってもいいかもしれません。インターネットの時代で、どれだけ深いところに届く言葉を発せられるか。多くの言葉は頭の中に留まってはくれないけれど、キーワードならひっかかる。新しい時代に必要な法則なりコンセプトなりを探し、できるだけ "携帯できる言葉"にして提示したいと思っています」と塩見さん。

ひとつの言葉が、もやもやしていた気持ちを晴らし、背中を押してくれることがあります。「新しい時代には、新しい言葉が必要」なのだと、塩見さんは言います。「半農半X」は、まさに、多くの可能性を秘めた、新しい時代の新しい言葉。これからの地球環境について、違和感のない自分の生き方や暮らし方について、ただ漠然と「考えて」いるだけではなく、行動をしてみる。まずは、小さな鉢植えに種を蒔くことから、はじめてみませんか?



塩見直紀(しおみ なおき)
半農半X研究所、コンプトフォーエックス代表。 1965年京都府綾部市生まれ。カタログ通販会社、フェリシモを経て、2000年、半農半X研究所を設立。市町村から個人までの「エックス=天職」を応援する「ミッションサポート」と「コンセプトメイク」がライフワーク。「使命多様性」あふれる世界をめざす。また、「里山ねっと・あやべ」のスタッフとして綾部の可能性や里山的生活を市内外に向けて発信。著書に『半農半Xという生き方 実践編』『綾部発半農半Xな人生の歩き方88』『半農半Xの種を播く-やりたい仕事も、農ある暮らしも』などがある。



半農半X研究所公式サイト
http://www.towanoe.jp/xseed/
半農半Xという生き方スローレボリューションでいこう
http://plaza.rakuten.co.jp/simpleandmission


取材・編集 Think the Earthプロジェクト 上田壮一
取材・文  Think the Earthプロジェクト 岡野 民

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