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2020.11.25 | 岩井 光子

AIを活用した水循環 水道がなくても手を洗えるWOSHの仕組み

コロナウイルスへの感染を防ぐためには、こまめな手洗いが一番の予防策とされています。外出先でトイレ以外にも、例えば店の出入り口などちょっとしたスペースに手洗いスタンドが置けたら便利です。

手を念入りに洗う習慣は、私たちの新しい習慣として定着しつつある

こうしたコロナ禍の特殊なニーズに合わせ、貯留式の手洗い器ではなく、容器の中で排水をろ過し、除菌し、塩素を添加してきれいにして、およそ500回リサイクルして使える「WOSH」が開発されました。日常の手洗い習慣がすっかり身についた私たちにとって、水場以外でさっと手を洗えることは、実際の感染予防にもつながりますし、ウイルスとの接触不安にいつもどこか緊張感している気持ちを和らげてくれる新たなサービスです。シンク脇にはスマホ除菌用の深赤外線照射装置もついています。給排水管との接続を考慮せず、電源さえあればどこにでも置けるWOSHは11月の発売前から大きな関心を集め、現在は駅の改札口や店の出入り口などに都心のあちこちに試験的に設置されています。

自律分散型の手洗い機。水道のない場所にポツンと置けるので、仕組みに興味を持って近寄ってくる人もいる

白いスタイリッシュなドラム缶の気になる中身は、浄水場の要素をぎゅっとコンパクトにし、オートメーション化したような構造です。臭気などを取り除く活性炭、使用済みの水に圧力をかけることで不純物を徹底的に除くRO(逆浸透)膜、塩素添加などの処理工程をAIが一定の水質基準やコスト効率に照らして判断していきます。蓄積された膨大なデータを根拠に、その都度適切なフィルターを選び、最適な水処理ができるようアルゴリズムで制御されているのです。

RO膜は1〜2ナノメートルと超微細な目の膜なので、直径およそ50〜200ナノメートルのウイルスはもちろん、不純物を99.9999%除去できます。飲み水ではありませんが、WHOの飲料水の水質基準をクリアしているほどなので、手洗いの衛生基準としては問題ありません。水の色や臭い、フィルターの変化はセンサーが感知するので、人間が行う定期的なメンテナンスは、フィルターの交換程度でOKだそうです。

WOSHはコロナ禍で手洗いの重要性が急激に高まったことを受け、3カ月ほどの急ピッチで商品化されました。元になったのは、先に開発されていたポータブル形式の水再生処理プラント「WOTA BOX」。一人がシャワーを浴びるための水量は50〜60リットルとされますが、WOTA BOX はシャワー2人分に当たる100リットルで100人がシャワーを浴びることができるよう、排水のリサイクル率を98%にまで高めました。

WOTA BOX(写真中央)は今年度グッドデザイン大賞を受賞。災害用途に留まらず、「人と水と環境の関係を変える新たなインフラとして育っていくことを期待」と審査員はコメントしていた

開発初期はアメリカのネバダ州の砂漠で行われる大規模イベント「バーニングマン」などでも提供されましたが、その後はシャワーキットと共に、熊本地震や西日本豪雨、昨年の台風19号などで被災者の入浴に使われました。一人用のシャワーテントは設置も迅速にでき、プライベート空間を確保できることから、現地でとても喜ばれたそうです。WOTA BOXはさまざまな自然災害で水インフラが寸断した際の備えとして、神奈川県や同県各市との災害提携も進み、全国各地の自治体から注目を集めています。

WOSHやWOTA BOXを開発したのは、東大大学院生たちが2014年に立ち上げたスタートアップ「WOTA」(創業時の社名はHOTARU)。かつて電力が自由化した時のように、水も従来のインフラ網から開放してオフグリッド化できないかというのが最初の発想でした。

世界には、自宅に石けんと安全な水で手を洗う設備のない人たちが推定30億人もいるといわれています。1日の8時間以上をも水くみの労働に費やすため、学校に行く余裕のない子どもたちも少なくありません。水はペットボトル何本かでさえ、実際に運んでみるとものすごく重いことにびっくりしますが、水くみの重労働で腰痛を抱えてしまう子どももいます。

WOTAの前田瑶介CEOは、「WOSHの技術は将来的にはオープンにしたい。今後、世界のどんな国でも安く手に入りやすいものにするため、ドラム缶を使った」と話しています。水をくむドラム缶そのものを安全な水の循環装置にすることができれば、水くみで必要だった過酷な作業の手間が大きく省け、製作コストも抑えられるというわけです。

来年からWOSHの海外出荷を始めると語る前田CEO。東大在学中から大手住設メーカーのIoT型水回りシステムユニットの開発プロジェクトに参加していたという

排水を極限まで減らすことで、水量に対する使用頻度を最大化してみせたWOTAの新しいテクノロジー。水道管から独立した高さ1メートルほどのドラム缶の中で絶えず水の再生処理が行われていることを知れば、通りがかりの人たちは無性に好奇心をそそられることでしょう。WOSHを通して“水の循環”というキーワードが多くの人の記憶に残るようになれば、それが次第に人々の水に対する意識の変化にもつながっていくのかもしれません。


今月14日、渋谷区観光協会などとのタッグでハチ公前広場「SHIBU HATCH BOX」にもWOSHが設置された。銀座に続き、まちと協働して公衆手洗い場の環境整備に力を入れていく

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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