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2018.02.28 | 宮原 桃子

世界中が校舎に 旅する高校「シンク・グローバル・スクール」が育てる、未来のチ ェンジメーカー


©THINK Global School

広島のとあるカフェに、最近さまざまな国の高校生がやって来ては、PCを持ち込んで勉強している姿が…。聞けば、彼らは常にさまざまな国を移動しながら、学んでいると言います。2017年度はボツワナ、インドを経て、現在約2カ月の予定で日本(広島)に拠点を置く学校は、その名も、「シンク・グローバル・スクール(THINK Global School)」。約40カ国45人の生徒たちが、参加しています。彼らは、何をどんな風に学んでいるのでしょう? 広島に滞在中のジェイミー・ステッカート校長に、お話を伺いました。

20年後、私たちがやっている教育は、当たり前になる

©THINK Global School 創設者のジョアン・マクパイクさん

シンク・グローバル・スクールを2010年に設立したのは、100カ国以上を旅したニュージーランド人のジョアン・マクパイクさん。当時14歳だった息子は、家族とともに70カ国以上を旅して、さまざまなことへの好奇心に満ちあふれていました。彼の知識欲と好奇心を満たす高校を探そうとしましたが、見つかりませんでした。それならば、自分たちで作ればいい。世界を舞台に多様性の中で学び、共感する力のある地球市民を育てる学校が、生まれたのです。


ジェイミー・ステッカート校長

ステッカートさん:
シンク・グローバル・スクール(以下TGS)が目指しているのは、こんな子どもたちを育てることです。グローバルな知識や視野を 持ち、思いやりと共感、好奇心に満ちあふれ、多様性や変化に対してとても柔軟。さまざまな能力やスキル、テクノロジーを活かして、世界をより良いものにしていくチェンジメーカーです。

私は、野外・冒険教育を行う国際機関「アウトワード・バウンド」の指導員や、アメリカや海外の学校で教師を経て、4年前にTGS の校長に就任しました。伝統的な教育では、これからの社会の変化に対応できる子どもたちを、育てられないと感じています。 今の多くの学校は、子どもたちが受動的になるように教育しがちです。ある調査では、幼稚園から高校に向かって、子どもたちの参加意欲はどんどん下がっていく、つまらなく感じていくという結果が出ています。こんなもったいない話はないでしょう? 子どもたちが本来持っている好奇心や情熱を、もっと輝かせて、スピーディーにそしてクリエイティブに、この世界で変化を起こせるような力を育てていきたい。私たちが今実践している教育は、20年後には当たり前になると思いますよ。

3年間で12カ国。多様性と変化の中で、フィールドワークとチームワークで学ぶ

©THINK Global School ボツワナの農村にて

TGSの3年間の学習は、計12カ国を巡りながら行われます。2017年-2020年は、ボツワナ、インド、日本、スペイン、中国、コスタリカ、オマーン、ギリシャ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、ペルー、オーストラリア、イタリアを巡ります。1つの国につき、1週間のオンライン学習と7週間の滞在、5週間の休みというサイクルを繰り返します。約40カ国45人の生徒たちは、毎回どこかの国で集合しては、休みには家に帰り、また別の国で集合するわけです。TGSには、通常のカリキュラムと、国際バカロレア資格が得られる 「チェンジメーカー・カリキュラム」の2つのコースがあり、それぞれ学習内容は異なりますが、すべての旅程をともにして学んでいます。


©THINK Global School ペルーにて

それぞれの国を訪れるにあたり、まず学校側がいくつかの大きなテーマを設定します。生徒たちは、その課題解決策を考えていくために、フィールドワークや地域の人びととの交流、ディスカッション、グループでの考察を重ねます。例えば、今回の日本ラウンドでは、「持続可能な水産養殖業と消費」「原子力と核兵器」「企業マーケティングと広告」などが主なテーマ。生徒たちは、広島を拠点にしながら、広島のカキ養殖場や東京の築地市場、広島や長崎の平和関連施設を訪れるほか、被爆者との交流、マツダなど地場企業へのプレゼンテーションなど、さまざまなフィールドワークを体験します。

今回、「持続可能な消費」の授業を見学させてもらえると聞き、訪ねてみると、なんとそこはレンタルキッチン! 生徒たちは、サステナビリティを意識しながら、自分たちで地元の食材を調達し、寿司やお好み焼きの準備をします。滞在中に、寿司職人や料理人から作り方も習ったとのこと。かたわらでは、持続可能な消費やそれぞれの食材の背景を伝えるウェブサイトを作っている生徒もいました。実際に買い物や料理をすることで、生徒たちは具体的に考え、時に葛藤や問題に直面することもあります。例えば、身近なスーパーでサステナブルな食材を見つけることの難しさを感じたり、値段とのバランスを考えたり。机の上だけでなく、体験もあわせて行うことで、学習や思考が深まっていきます。

 

週2-3日のフィールドワークの他に、ディスカッションや調査、各テーマとリンクさせて経済や政治、物理といった基礎学習、語学学習、運動やアウトドア体験なども行います。カリキュラムの中で、学校側がリードするグループプロジェクトが6割とすると、残りの4割は生徒それぞれの関心に合わせた、個人や共同研究プロジェクト。生徒の一人は「TGSは、すごく面白い。今までの学校のように、ただ教えられるのではなくて、自分で興味を持ったことを深く学び、広げていくことができるから」と語ってくれました。

例えば、写真に関心が高いある生徒は、日米の戦争体験者にインタビューと撮影を重ねながら、日米関係の歴史と今についての考察を深めています。一人ひとりの生徒には、担当アドバイザーの教師がつき、頻繁にミーティングをして進めます。月曜から土曜まで生徒たちが学ぶ時間は、アメリカの学校の平均学習時間よりも、はるかに多いそうです。そして各国でのプログラムを締めくくるのは、「ショーケース」と呼ばれるプレゼンテーション・セッション。ここで生徒たちは、滞在中に取り組んできたテーマについて、提言や解決策を発表します。

入学応募が殺到! 国籍も家庭も学歴も、関係ない。自分で考えて行動できるイノベーターかどうか


©THINK Global School

魅力的なTGSのプログラムには、世界中から注目が集まっています。今年は30人の枠に対して、1200人もの応募があったそう 。でも、こんなに多くの国を巡る充実したプログラムだと、授業料も高そうだし、裕福でリベラルな家庭の子どもたちばかりが集まるのでは? という疑問も湧いてきます。TGSのウェブサイトには、往復旅費を除いて、3年間で約7万9000ドル(約850万円)が必要という、びっくりするような金額が…。

ステッカートさん:
実は、学費を全額自己負担している生徒は、全体の1割にも満たないんです。ほとんどの生徒が、シンク・グローバル財団から奨学金を得ています(援助額は、それぞれの経済状況による)。 国籍や家庭環境、経済状況、学歴などにかかわらず、多様な学生を受け入れたい。大切なのは、自分で考えて行動するよ うな、イニシアティブを取れるイノベーターの精神や資質があるか どうか。TGSでは、知識や認識力、価値観などをチェックするテストの他、6-7回の面接を経て、時間をかけて丁寧に選考しています。

こうした選考によって、現在約40カ国から多様性あふれる生徒たちが集まっています。例えば核兵器についてのディスカッション一つとっても、隣国で敵対するような国同士の生徒たちもいれば、核の傘の下にいる国とそうでない国の生徒たちもいる。そうした多様性のあるメンバーが、被爆地である広島でさまざまな体験をして、日々話し合い、ともに学んでいくわけです。

生徒の一人であるフランス人のアリシアは、こう話してくれました。「TGSの一番の魅力は、多様性あふれるコミュニティがあることです。私が以前通っていたインターナショナルスクールにも、多様性はありました。でも、さまざまな国から来た仲間と、多様な国ぐにや環境でともに体験しながら学ぶのは、学びの深さが違います。異なる環境でさまざま経験をするたびに、お互いの価値観や考え方があらわになり、議論をし、刺激を与えあうのですから」

「何を考えるか」ではなく、「どうやって考えるか」をガイドする。求められる教師の役割とは


©THINK Global School

TGSでは教師陣も、アメリカ、オーストラリア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、イギリス、南アフリカなど、多様なバックグラウンド。約20人の先生が、生徒たちと寝食をともにしながら、世界各地を巡ります。その姿はまるで大きな家族のようですが、ステッカートさんはこう言います。「私は、生徒たちにこう言うんですよ。君たちにフレンドリーにはするけど、君たちの友達ではないからね(笑)と」。適度な距離感を保ちながら、生徒たちをサポートします。

ステッカートさん:
TGSで大切にしている考えの一つに、「何を考えるかではなく、どうやって考えるかを教える」(”Don’t teach me what to think. Teach me how to think.”)という言葉があります。インターネットなどあらゆる形で情報が集められる今、教師の役割は、知識や情報を伝えたり教えたりすることが中心ではないと思います。生徒に一方的に話すよりも、耳を傾ける。教えるよりも、導いてファシリテートする。

幼稚園や小学校など、小さな子どもたちを相手にする先生たちを、思い浮かべてください。まず本人たちに考えさせ、やらせて、失敗させて…、多くの選択を自分でさせながら、子どもの「生きる力」を育てているでしょう。高等教育になっても、それは同じであるべきです。彼らの興味や好奇心を尊重しながら、さまざまなことを体験するチャンスを提供し、自分で考え行動していくためのスキルやツール、テクノロジーを教え、考えを深めるためにガイドをする。それが、教師の役割だろうと思います。

子どもたちに芽生える、自立心と自信


©THINK Global School

TGSの学校生活は、家から遠い外国まで一人で旅をするところから始まり、見知らぬさまざまな国で暮らし、学ぶ日々。教師たち大人がいるとはいっても、自分自身でやってみたり、考えたり、判断したりする瞬間が、日々たくさんあるわけです。そんな経験の中で、子どもたちにどのような変化が起こるのでしょうか。

ステッカートさん:
TGSでの3年間を通じて、子どもたちは自立し、強い責任感と自信を持ち、成熟していきますね。また、さまざまな国で、多様な価値観や考え方、課題などに触れ、物事を多角的に考えられるようにもなります。

ただ、社会に対する考え方や自分のライフスタイルが、どのように変わるかは一人ひとり違います。もちろん教師としては、さまざまな体験や考察、ディスカッションを通じて、変化してくれたらいいなと願っていますが、それはすべて子どもたちに委られています。何かを感じて信じることを、強制したり、誘導したりすることはできません。外から植えつけられたモチベーションは、長続きしないものです。

学校が提供するのは、さまざまな体験と考える機会。そして、自分が何かを実践するためのツールや方法を教えること。そこから生ま れる自立と自信こそが、これから世界を変えていくための原動力になるのです。

地球市民へのカギは「共感」。共感は、教えるものじゃない、芽生えるもの
 


©THINK Global School

世界には、貧困や紛争、環境問題、難民など、さまざまな課題が山積みです。これらの状況を、自分とは関係のない、どこか遠い話と捉えるのではなく、「自分ごと」として考え、行動できるかどうか。それは、一人ひとりが「地球市民(global citizen)」としての意識を持てるかどうかに、かかっています。社会を変える力のある、地球市民を育てているTGS。地球市民になるために、一番大切なことって何でしょう?

ステッカートさん:
「共感」だと思います。他の人たちやその状況に、共感する力。今、世界中でナショナリズムが強まって、とても危険な状況です。何か悪いことがあると、すぐに自分とは違う文化や人びとを攻撃する。それは、自分とは違う立場の人びとやその環境に対して、共感できないからです。

でも、共感は教えられるものではない、その人自身の中から芽生えて、つかみ取るものなんです。私たちにできるのは、子どもたちの中にそうした力が育つように、多様な環境の中で、多くの体験と出会い、思考や行動ができるようにサポートし、ガイドすることです。

多様性や旅というスタイルに注目が集まるTGSですが、その理念には「子どもたちにどう向き合って、育てていくか」「世界をより 良くするために、教育はどうあるべきか」といった大切なヒントが、たくさん隠されていました。そんなTGSの教育を、垣間見ることができるチャンスがあります。3月8日に広島市内で、TGSの生徒たちによるプレゼンテーション「ショーケース」が開催されます。ぜひ見に行ってみてください!(詳細および申込先は、以下)

©THINK Global School ショーケースの告知
宮原 桃子
宮原 桃子(みやはら ももこ) 地球リポーター

日本貿易振興機構(JETRO)に勤務後、フェアトレードファッション・ブランド「People Tree」にて、バングラデシュ・インド・ネパールにおける生産管理に従事。現在は、企業のサステナビリティ推進を支援する「 エコネットワークス」に、コンテンツプロジェクトマネージャーとして参画。ライフワークとして、フェアトレード絵本「ムクリのにじいろTシャツ」を制作したほか、親子向けにフェアトレードを学ぶワークショップを企画する「フェアトレードガーデン世田谷」(本部・東京)の運営に携わる。社会や世界で起きていることを「自分ごと」として感じ、考え、行動する。そんなきっかけになるような記事をお届けしたいと思います。

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