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2017.08.29 | 瀬戸 義章

複雑な社会で「偶発的で創造的な答え」を導くための「粘菌型コンピュータ」とは?


アメーバ計算機

「粘菌」という生き物をご存じでしょうか。ぐんにゃりと不思議な触感をもったおもちゃ、あるいはゲームに登場するモンスター「スライム」のモデルとも言われる多核単細胞生物です。粘菌のうち変形体と呼ばれるアメーバ状の塊は、うねうねと自在に形を変えながら土や朽ち木の中を移動して暮らしています。かつて粘菌は、その形をまねて生み出されたキャラクターたちによって、エンターテインメントの世界にインスピレーションを与えました。そして今、粘菌の動きに学ぶことで、次世代の情報処理装置である「粘菌型コンピュータ」を開発しようとする研究が進められています。

粘菌は単細胞生物ですから、複雑な脳はもちろん、目も耳もありません。身体は粘性の高いゲル状の層で覆われており、その中に液状の原形質が詰まっている単純な構造をしています。身体を覆うゲル状層を伸び縮みさせることで、餌(えさ)がある場所に移動したり、光が当たる場所から逃げ出したりすることができます。また、体の一部を切りとると、その部分もまた新たな個体として活動し、逆に複数の個体が接触すると、融合して一個体(単細胞)となって振る舞います。粘菌は、体の末端どうしが、部分でもあり全体でもあるかのように通信しあっているのです。この不思議な生物の研究が、どのように最新のコンピュータ開発に繋(つな)がっていくのでしょう。

慶應義塾大学環境情報学部の青野真士(まさし)准教授は2004年から2013年にかけて、粘菌の特徴を活かした「アメーバ計算機」を開発し、実験をおこないました。通常、寒天培地に置かれた粘菌は栄養物質をできるだけ多く吸収するために同心円状に身体を広げますが、「アメーバ計算機」では、プラスチックの壁によって複数の「道」を設定しました。そして、いくつかの道に向かって伸びた粘菌の足がある長さを超えた場合、複数の道に光を照射するように設定しました。こうすると、光を嫌う粘菌は、光が照射された道に伸ばしていた足を縮ませ、照射されていない道へと足を伸ばします。この粘菌の足の伸ばし具合によって、問題を解くという計算機です。


青野真士准教授

アメーバ計算機は「巡回セールスマン問題」を解く実験に用いられました。「セールスマンがいくつかの都市を1度ずつ訪問して出発点に戻ってくるときに、移動距離が最短になる経路」を求める問題です。たとえば粘菌がD1・C2・B3・A4の道に足を伸ばしきったら「D→C→B→A」の順番が答えというわけです。最大8都市まで実験を何度もおこなった結果、最短ルートが100、最長ルートが200の問題に対し、粘菌の出した答えの平均値は133となりました。粘菌は、最も正しいわけではないですが、”そこそこ良い答え”を導くことができたのです。

じつは、巡回セールスマン問題は、私たちが普段使っているコンピュータが苦手とする「組み合わせ最適化問題」です。5都市をめぐる場合なら経路は12通りしかありませんが、10都市では約18万通り、15都市では約400億通りと、もの凄(すご)い勢いで組み合わせが増えていきます。普通のコンピュータで経路をひとつずつ総当たりで調べて最短ルートを求めようとすると、都市の数が多くなったらいつまで経っても計算が終わらないことになるのです。一方、アメーバ計算機は、最短経路ではないけれどもそこそこ良い経路を、都市数に比例する程度の時間で発見することができました。全ての方向に同時に足を伸ばそうとする粘菌は「複数の条件を一度に満たす」問題が得意なのです。



アメーバ計算機によって8都市の「巡回セールスマン問題」を解いた様子

こうした粘菌の動きをさまざまな条件の下で観察し、それを数学モデルとして表現したところ、青野准教授は「なぜ粘菌が”そこそこ良い答え”を短時間で発見できるのか?」その秘密の一端を解き明かすことができました。粘菌のすべての足があるリズムで振動し、シンクロしていること、言い換えれば、一個体の粘菌が全体として「ダンス」をしていることが鍵だったのです。

まったくランダムに足を伸ばし、光が当たればすぐ引っ込めているだけでは、良くない答え(長いルート)しか得ることができません。しかし、ダンスをしていると振り付けを途中で止めることが難しいように、生きた粘菌は光が当たっても勢いあまって足を伸ばしつづける、あるいは、光が当たっていないのに足を縮めるのをやめない、という振る舞いをある小さな確率で偶発的に起こすのです。一見エラーに思えるこうした振る舞いこそが、そこそこ良い答えを短時間で導くための仕組みとして働くのです。生き物のもつ振動・揺らぎ・リズムそれ自体が、判断や計算や記憶のような情報処理機能を担っていたと言えるでしょう。

現在、こうした特徴を再現できる、粘菌のような振る舞いをする電子回路「粘菌型コンピュータ」の開発が進められています。そこでは、いかにして自然界の揺らぎを活用するかが重要であり、「電子ブラウンラチェット」という半導体ナノワイヤ素子により、熱雑音を積極的に利用する方法も提案されています。

こうした粘菌型コンピュータが実用化された場合、どのような分野で役立つでしょうか。たとえば、化学反応シミュレーターへの応用が考えられます。ある元素の集団がどのような化学反応を実現しうるか、あるアミノ酸の一次構造がどのように折り畳まれタンパク質を形成するかなど、未知の物質や構造を探る助けとなることが期待されています。あるいは、多足歩行ロボットに搭載することで、火星の表面のように荒れた地面で、人間が正しい歩き方を教えることができないような状況であっても、自ら新しい歩き方を発見しながら前進し(時々間違えるかもしれませんが)、最終的に目的地にたどり着けるような、創造的な振る舞いを実現できるかもしれません。

複雑な条件の中で「偶発的で創造的」な答えを選ぼうとする粘菌の情報処理方式は、今の社会に求められるコンセプトだと青野准教授は言います。

「かつての高度経済成長期は達成するべき目標が明確で、そこに向かって最適な行動を選択すれば良かったのでしょうが、今の社会は複雑性や不確定性に満ちていて、目標をなかなか設定できません。グローバリズムもナショナリズムも疑わしい。昨日まで売れていたものが今日は売れなくなる。人々には漠然と『創造的』であることが求められていますが、何を創造の目標にしたら良いのかすらわかりません。しかし、私には粘菌がとても『創造的』な存在に思えます。これだけは『禁止』するべきであるということが自明であるような既知の断片的なルールだけを設定しておけば、それ以外のいろいろな可能性を試して、禁止されない未知の状態(=正しい答え)を『偶発的』に導いてしまうのです。それこそが『創造性』ではないでしょうか。しばしば、小さなシャーレの蓋(ふた)の隙間を見つけては這い出し、ついには大きな培養器の外に脱出したりすることもできるのですから。粘菌という生命の仕組みに学べることはまだまだたくさんあるでしょう」

記事中画像提供:青野真士准教授

瀬戸 義章
瀬戸 義章(せと よしあき) 地球リポーター

1983年 神奈川生まれ。"ゴミ"がテーマ。 長崎大学で環境科学を学び、上京。粗大ゴミをリユースするサービス「エコランド」の広報に携わる。2009年グッドデザイン賞受賞を担当。2010年末に退職し、東南アジア諸国のリユース・リサイクル・ゴミ事情を取材してまわる【ゴミタビ】を実施した。 帰国した矢先に東日本大震災が発生。仙台で復興支援事務局に携わりながら、災害廃棄物の処理について発信していく。

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